SKB40
漣ケンタロウバースデー40歳の略(笑)
上手い具合についてるよなぁというのが、最初にこのイベントタイトルを見た時の感想(笑)
トーク&ライブ形式は、五年前のおしゃべり王子以来。
奇しくも、その時と同じように嵐の天候になってしまった(笑)
トークの司会を務めるは、親交の深いN.U.から庭瀬幸一郎さん。
おしゃべり王子の時も、一緒…(笑)この二人、何かある?(笑)
まず、開場のチケット引き渡し時に渡されたクリアファイル。
中には、告知通りのA4キングサイズのビッグチケット。
ちなみにクリアファイルは、折れずに持ち帰りができるように、とのキングからの気持ちの品。
ありがとうの気持ちをいっぱいに詰めたら、チケットが大きくなったそう(笑)
中にはチケットだけでなく、年表が。(かなり沢山の資料から作られたらしい)
40なだけに、生誕時から10年区切りで1枚ずつ
『漣のこと』『芸能界』『ニュース』『(小さくかわいいフォントで)庭瀬のこと』とあり、それに書かれている事を拾いながら、トークがされたり、曲を歌ったりするのだ。
予定では、四時間あるから十年を一時間で語ると。
当然のように(笑)そんな短い時間では全て語り尽くせるはずもなく、また来週やろか?なんて話してたけど(笑)
まずは幼少時。
親戚の集まる場で、人前で初めて披露したであろう曲。初ONステージはコタツの上(笑)
●勝手にしやがれ(沢田研二)
座ってるのに、ちゃんと振りまでやってた。(笑)
親戚の前で披露する時に、襖を自動に開けるためステージだった、コタツになわとびをくくり付けて、片方だけでも襖を開けられるようにしたそうだ。
当時ジュリーと同じようにいとこのお姉さんの帽子も投げたようだし(笑)
こんな小さい頃から、自分がどうしたら格好良くステージにたてるのかってのを
わかっているようで笑えた(笑)今の姿は、まさに天性のもの?!
●さらば恋人(堺正章)
庭瀬さんもカラオケでよく歌ったとは話していたけど、歌い回し方が、カバーでなく自分のものになってる!と感心してた。
でもケンタロウさん曰く。
その人と同じようになりたいのだとか。
完璧に、こだわりの人なんですね。と、一つキーワードが。
大きな影響でなくてはならないのがチェッカーズの存在。
チェッカーズのデビュー時は嫌いだったのに、初めてテレビで見た時に衝撃がすごくて、当時丸坊主だったケンタロウ少年。真似をしたくて、赤白帽子にクレヨンでチェック柄を作り、紙で前髪を作った程(笑)
中学生時代には、同級生を集め(おかず)からネーミングを取った(笑)オッカーズなるバンド?を結成。楽器とかは出来ずだったらしいけど(笑)
ケンタロウさんのステージネームはオッカーズのオミヤ(笑)
サイドはシケモク(笑)
とか。どこかパク…オマージュされた名前をつけるのはこの頃から(笑)
●星屑のステージ(チェッカーズ)
最後の方は気持ちが入ったのか、立ち上がり振り付きで熱唱。
後にも言ってた言葉だけど。
チェッカーズになりたかったって言葉が印象的だった。
●青春の影(チューリップ)
この曲も大好きでした。と、静かに歌い始めて、会場の空気が変わっていった。
周囲には涙ぐむ姿がチラホラ。
話は、ようやく高校生時代に入り、ジョニーさんとの出会いや、ピスキッズ結成まで。
●DAYS(ピスキッズ)
上京してきて、すぐに売れると思ってたのに、なかなか結果が出ずに、壁を感じ書いた曲、DAYS。
ここでサプライズゲストです!と、ピスキッズサイドボーカル、ジョニーさん登場。
一番印象に残る思いでは?の問いには
収容所生活(笑)
事務所から与えられた、南青山のマンションに男8人詰め込まれた日々の事。
ケンタロウさんはとにかく、夜な夜なポテトチップスを食べ、メガネをあげながら録画していたビデオを観ていたと(笑)
そりゃ、大人の男が八人も同じ部屋で暮らせば(朝から晩まで一緒)ギスギスもするだわなぁ(汗)
今は思い出話になり、じゃあ一緒に…と。
●STUDY(ピスキッズ)
二枚目のアルバムから、同じく壁を感じ書いた曲。
この曲でもアレンジを務めた島田さん(aikoやいきものがかりを手がける!)が、なんとリハーサル中にわざわざワインを届けに来てくれたそう。
スッゴい忙しい人やのに!と感激しきり。
もう一曲と、ジョニーさんがパーカッションに移り、
●からさわぎのストップモーション(ピスキッズ)
with JO
saxがないからと、自分で口で鳴らす楽器(名前ど忘れ)をやるが、タイミングが難しい(笑)その必死さが曲の格好良さと裏腹に笑いを誘う。
ピスキッズの曲はこの曲たちだけだったのだけど、自分だけでやると世界観を壊すから、あえて色の薄い曲を選んだって。
もちろん、ピスキッズといえば、この曲!を聞けたら嬉しいよなぁと思っていたのも本当なんだけれど、ハセさんのドラムが。キナミさんのベースが。ヨースケさんのギターが、ヒデキさんのsaxがなければ、それは違うって、思ってしまうでしょ?と、ケンタロウさんの配慮から。
そんな思いも嬉しく感じた。
話の前後は定かではないけど。この場での初出の話が。
ケンタロウさんの身体に刻まれている傷。
大学生時代に大きな病気をして…というのは、音楽雑誌でも話していた記憶はあったけど、初めて病名を口にした。
ガンだったと。
大学2年の時に3ヶ月の入院、手術。抗がん剤も使い、髪の毛も抜け…大学を卒業するために、退院した翌日(4月1日)から丸坊主姿で大学に出向いた話。
これから世に俺を知る人が何万もおんのに、こんな所で死ぬわけにイカン!と。
活動してたピスキッズのライブも休んで(もちろん、本当の事情は伏せて)治療に専念したと。
ピスキッズがあったから、乗り越えられたと。
その後十年間は再発の恐れもある事もあり、月に一度は病院に定期的に通っていた、と。
その十年目だった2000年に漣ケンタロウに改名。
きっかけは売れた時に病院で本名呼ばれたらパニックになるからって事だったけど。
生まれ変わろうとしたのかも?
漢字一文字にしたかったらしく、あとから好きなサザンの「サザ」も入ってるし、とか意味が次々と付け加えられているらしい。(笑)ちょうど今年で漣になって十年になるのだ。
この話で強く納得した。
そこまでの経験をした人だから、周りを引っ張り出していく、魅了していく力があるんだなと。
ひどいほどの(笑←褒め言葉)凝り方も。こだわりも、目指した先に見える場所に突っ走る原動力はそこなんじゃないかと。
きっと毎回の検査で、いつかは再発するんじゃないかと不安に襲われる瞬間があったのだと思う。
いつまた、あのただ寝て治療の痛みとやり過ごす日々を送らなければいけないのかもしれないという不安。
だから、後悔ないように、やりたい事はとことんやる。
そんな思いが根底にはあるのかな、なんて。
なんとなく類似した箇所を持つ私は勝手に想像してみる。
●frends&dream(チェッカーズ)
※ここでケンタロウさん、歌えなくなるくらい号泣。途中はファンが歌い、助ける。
歌詞が、ピスキッズ活動休止間際の頃の自分達を投影しているようで、かなりグッときてしまった。
後から理由はかいま見れた。
ケンタロウさん自身に残ってしまった、大きなコンプレックスの塊。
メジャー時代に、あんなすごくて大勢の人達が周りで動いてくれて、売れる事ができなかった。
メジャーに行くまでは、チェッカーズになりたかった。
でもメジャーに行ったら、それじゃいけないのかもしれないと。ピスキッズのスタイルを模索して、模索しての日々。
多分。一番の夢は、ピスキッズで武道館に立ちたかったんだろうって事。
それが出来なかった悔しさ、熱い思い。
ピストルモンキーズになり、残してきた仲間から受け取った思いを背負いこみ、また苦しかった事。
その思いが乗っかっている証拠には、バンド名の頭『ピス』とお尻『ズ』を託してる事からもうかがえる。
そんな思いがグルグルと。歌詞を読むとたまらなくなったんじゃないのだろうか。
その頃はただステージで観る華やかな場面しか知らずにいたけど、内に秘めた感情は複雑だったんだろう。
歌い手としたら、大失態なんだろう。
でも、全てを出す・リセットする!と臨んだ場。
これも良かったんだと思う。
この辺りから、ケンタロウさん涙腺破壊状態に。
続けて司会の庭瀬さん、後から出るまんぼーさんも度々もらい泣き状態。
●
大切なこと(CHURU-CHUW)withまんぼー。
この辺りから、自らも歩いてきた道を歩く同士への話に変わる。
ピスキッズ時代には、ワンマンばかりで他のバンドとはあまり横の繋がりが出来なかったと。
最初は後輩だったのが、時間を共に過ごしていくうちに、かけがえのない同士になっていったと。
また、彼らと会わなければ、間違いなくこの場にはいないと。
ケンタロウさんを驚かせようと、マンボーさんはこの日は友達の結婚式の司会をしなければならないから、欠席と行っていて、実は来ていたっていうパターン。
漣監督として、この大切なことのPVを撮影してたり、その話を折りませながら。
まんぼーさんが涙拭いながら歌う姿に、もちろんケンタロウさんも涙。
旅行部から、大きいバースデーケーキのプレゼントも。ちゃんと40本ロウソクが立っていたそう。
●
グリーン(N.U.)
これは、自分が歌うよりめっちゃ好きな歌だから聞きたい!とのリクエストに宇田さん登場。
また驚くケンタロウさん。
この曲が出来た経緯は、自分が上ばかり見て悩んでいた時に、ケンタロウさんか
らの一言であったと宇田さんからの言葉。
『目の前にこんなに大勢のお客さんが来てるなんて、すごい事なんやで』
俺、そんな事言ってたなんて言ってたけど(笑)。
N.U.のPVも作ってる漣監督。(
幸せって言葉、
マリンタワー)
撮影は、ほぼ三人でやったそうで。
二人曰く、他のどんなお金や人数のかかったPVよりも、作り手側の楽曲への愛が伝わってくる。
後輩としてというより、純粋にただファンなんだろうなぁと。
思いを伝える共通のツール、音楽が結びつける男同士の熱い絆がビシビシ。
ケンタロウさん自身が通ってきた道だからこそ、お互いに語らずともわかる部分が多々あるみたいだ。
大人になって、そこまでの絆が生まれる程の同士に出会えるなんて、早々にない。
そこには共通するツールがあるから、更に深められてるのだろう。
だからからか、すごくすごく羨ましく見えた光景だった。
●祭りの後(桑田圭佑)
泣き疲れ?で、もう終わろうや、と言ったものの、さすがにSKB40をN.U.の曲で終
える訳にはいかないでしょと、持ってきたのがこのナンバー。
かなり昔、ベルズの創世期の時代?!
森下研太郎名義でやったソロライブの時にも歌ったような。
アンコール
□ピストルステージ
●横須賀メリー
●アモーレ☆夏の恋人
●フラワー
●旅姿六人衆(サザンオールスターズ)
サザンのオリジナルの歌詞には、サザンに欠かせないスタッフさんの名が入っている。
多分だけど、この場所には小山さんの名が入っていたなと、この曲を初めて聞いて、調べたら気づいた。
ちなみに、小山さんと初めて会った94年頃は、デニシラ(デニムの白髪(笑))でなく、爽やかだったとの話に、会場中がどよめいていた(笑)
この場で何度も何度も口にしていたけど、もしこの場にお客さんが僅かだけしか来なかったら、もう辞めよう。
いや、もう辞めたい。そんな気持ちが片隅にあった。
実際、昨年にもそういう衝動にかられたと。でも、今のメンバーが一緒にやりたいと話してくれた、俺の場所を作ってくれた。
先月まで、ほぼ五年近く?ピストルモンキーズのライブを観てこなかった私の感想。
バンドメンバーが、ボーカル以外に総変わりしていた事。
やはり、比べてしまうと物足りなさを感じずにはいられなかった事。
それとはまた別にお客さんのリアクションにも静かで驚いた。
(昼間だったからか?動員が予想よりも少なかったのにも驚いた。)
大きなステージで観ていたインパクトが強かったからか、久しぶりのライブで楽しかったのは本当なんだけど、その気持ちよりも大きなものが重くて。
書いてみたライブレポも、そのままになっている。
だから、もう辞めようと踏ん切りをつけようとしたケンタロウさんの思いに非難
しようとは思えないのは事実。人にはそれぞれ人生があるのだから。
もちろん歌っていってほしい。これまでも変わらずに目指す夢に向かっていって欲しいと思う。
でも以前のように頻繁には足を運ぶこともできないし…。なんて思いもあったから。
SKB40がリセットとなり、また新たにケンタロウさんが道を進むと決心をしてくれたのなら
やっぱり応援したい。
ケンタロウさんの歌う声がやっぱり好きだ。
寝食忘れて、作品には全精力を傾けるケンタロウさんだから。
自分のメンテナンスを忘れてしまいそうなのが気になるけれど。
どうかどうか、元気で続けていって欲しいと思う。
そして、いつかは夢が花開く時が来てくれたら、本当に嬉しい。
メモも何も取っていなかったので、抜けている曲。
ここ書いてないよ!という話もあるし、自分の勝手な思いも加えてしまったけれど、これが精一杯のレポ。
携帯で制限一杯に打ち込んだのははじめてだ(笑)
途中でパソコンに打ち変えたよ。(笑)