感情 

December 10 [Thu], 2009, 19:30
   個人的な話だけど、昔、長い列に並んでいてやっと自分の番が来たとき、足を踏んずけて、さらに割り込みをしてきた人がいた。痛さと驚きでひるんでいた間に、その人は用を済ませて立ち去って行った。
 それで私は怒っていたのだけど、ひょんなことから般若心経を耳にしたとたん、怒りがどこかに行ってしまった。
 関係のない人のためのお経だったにもかかわらず。怒って当然の体験をしたにもかかわらず。
 
  それ以来、自分の感情というものが、本当に自分のものなのか分からなくなった。

  自分自身はちょっと怒っただけのところに、「そうだ、もっと怒れ!」という何者かが憑いて、自分で収拾できなくなっているのかもしれない。
 同じことが悲しみや他の感情についても言えるのかもしれない。
 それから私は、感情が動いたときに、自分で収拾できる範囲を心の隅で意識するようになった。

  貴方は自分の感情は自分のものだと、責任を持って言えるだろうか。
 感情に振り回される様な事が多い人は、一度ゆっくり考えてみていただきたい。

  
  宇宙を越えた世界の神々様は、時間というものが無い上に、感情も含めて全てを完全なかたちで持っておられるので、感情の動きというものがほとんど無い。
 私たちの世界の神々様も、格が上がるほどにそれに近づく。
 人間も、人格者と言われる様な人はそうなるだろう。
 その世界では、感情の動きというものは、ゆとりを前提にした「遊び」なのだ。
  
  
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