November 09 [Mon], 2009, 11:35

タイトルが「無」って、多いな(笑)



おさむ君が死んでから、一ヶ月以上経った。

もうそろそろ四十九日だね。

四十九日過ぎたら、もう完全にあっちの世界に逝っちゃうんだっけ?

家の中でも、エレベーターの中でも、フとした時でも、気配を感じるんだけど、

それは、おさむ君なのかな?違うかな?

違かったら怖いよね(笑)


私は、何となく日々を過ごしているよ。

Bが骨折したり、@とAがインフルエンザだったりと、慌しい毎日を過ごしていると

フと、おさむ君の事を忘れてたりする。

忘れてたりする事に、愕然とすることもあるけど、

嗚呼、やっぱり私は、おさむ君の家族ではないから、

一緒に過ごす時間が短かったから...

短い分だけ思い出も少ないし、おさむ君の記憶が薄れていくのも早いのかなぁ...なんて、淋しく思ったり。

7年分の思い出って、結構沢山あったハズなのにね…



そうそう、私、やっと仕事辞めれることになったんだよ。

もう一年以上も前から辞めたいと言い続けていた会社。愚痴も散々聞いてもらったよね。

おさむ君が生きてたら、一番最初に報告して、一緒に喜んでもらえたのに。

多分、祝杯あげてたかもね(笑)

淋しいよ。



おさむ君、今どこに居るの?






朝、清々しい日差しがふりそそぐ駐車場。

おさむ君が、停めてある車に向って歩いてくる姿。

職場へ向うバイクでの信号待ちをしてる姿。

生きていれば、当たり前のような日常の行動。


朝や日中、フと視線を外すと、そんなおさむ君の行動が、見たこともないのに、目に浮かぶんだよ。


でも、よく目に浮かぶのは、

スーツの上着を翻し、私の名前を呼びながら、私の元へと走ってくるおさむ君の姿なんだよ。

目に焼きついて離れない。なんてことないワンシーン。






退院して、何日目で急変したの?翌日?翌々日?

救急車の中では意識はあったの?到着した病院では?

心臓が止まるどの位前から、意識が無くなったの?

言葉は、どれくらいあったの?


私には、何一つ情報が入ってこない。

聞きたいことが沢山あるのに、誰に聞いたら良いのか解らない。

教えて。おさむ君が急変した時からのことを私にも教えて。

どういう風に、亡くなっていったのか、

今更聞いても意味が無いと、周りの人は思うかもしれないけど

私は、私だけは知りたい。

一時、おさむ君のことなら何でも把握していると思っていた時期から一転、

時を経て、今は、おさむ君のことを何も知らない、解らない状況に、暗澹たる気持。


Mが、四十九日を過ぎたら、お兄さんに電話して

おさむ君の最期の話しを聞いてくれるって約束してくれた。


四十九日は、魂が本当に天国に還る日だと、何かで見た(聞いた)

居なくなってしまうのは、悲しいけど、

だけど、おさむ君の最期が解ると思うと、

早く、四十九日が過ぎて欲しいと願う日々。





「おさむ君が居てくれたら...」と、想う日々。

 

October 07 [Wed], 2009, 22:32

おさむ君が死んだ日の夜。

私、独りで居るのが耐えられなくて、前によく二人で行ったバーに行ったじゃん?


あの時、ほんとに私の隣に来てくれたの?

「おさむ君、もっと俺の話しをしてよ」って言ってるよってTが言ったけど

それってほんと?

おさむ君がそんな事言うなんて思わなかったから、正直びっくりしたよ。


私の隣に座っていたT

「あなたの隣がいいんだってよ」って、席をずらしてくれた。

あの時、ほんとうに私の隣に居たの?



ほんと言うと私、気配を感じることのできるTがちょっと羨ましい。

私も感じたりするけど、

それがおさむ君なのかどうかは解らない。

誰か解らないから、ただ単に怖いだけ。


はっきりおさむ君だと解ればいいのに…



でも、私の独りよがりなのかな。

来るなら私の所じゃなくて

きっと、家族の所のハズだもんね。




私は淋しくて切ない気持でいっぱいだけど

もしかしたらおさむ君は、私のことを恨んでるかもしれないね。

好かれていた、愛してくれていたと思ってるのは単なる私の思い込みだけで

我が侭で意地悪な私に散々振り回されて

解放されたことにホッとしてるかも。




「見守っててね」とは、まだ思えないよ。

淋しい 切ない 私の側に居て




 

October 06 [Tue], 2009, 22:17

あのね、私ね、焼香の時震えてたんだよ。

手も足も体も、ずっとガクガクだった。


初めて奥さんの顔をじっくり見た。

でも、目を合わすことが出来なかった。

目 合ったら、その場から逃れられないような気がした。

初めて見る おさむ君の親族達

きちんと向き合えなかったよ。

凄く凄く緊張した。






流れるおさむ君と家族の写真。

私の知らないおさむ君ばかりだった。

知らなすぎて、ただ眺めるだけだった。


最後の一枚だけ

痩せてしまったけど、

それまでに流れてた写真とは全く別人になってしまっていたけど

今までで一番素敵な笑顔で映っていたおさむ君が

ただ唯一、私の知ってるおさむ君だった。

あまりに変わり果てた写真を見て、参列者の人達は一様に涙したけど

私は…

やっと、私が知っているおさむ君が出てきたと

それが嬉しくて嗚咽した。



沢山の写真と一緒に流れていた曲

「キセキ」


これは私達の曲じゃない。

もしかして、奥さんとの曲?


お通夜の席でまたヤキモチ。

死んでからも尚、ヤキモチ妬かれる気分ってどう?

しつこい?

もういい加減にしてよと思われるかな。笑






最後は

家に帰りたいとしきりに言ってたよね。

奥さんと子供の居る家に…

家族と一緒に居るおさむ君が

本当のおさむ君だったのかもね。



今は、そう思うよ。






逢いたい 

October 06 [Tue], 2009, 22:01

溢れて 溢れて 声にならない

あなたを空に 想い描いた

泣いたり 笑ったり 共に歩んだ

足跡 永遠に 消えはしないさ


嗚呼 果てしなく また巡り逢う命


もしも願いが叶うのなら もう一度…


逢いたい 逢いたい 忘れはしない

あなたは今も 心にいるから

ありがとう ありがとう 伝えきれない

想いよ どうか 届いて欲しい

声も 温もりも 優しい微笑みも

心にいるから 逢いたい

 

October 06 [Tue], 2009, 8:34
今日は雨だよ。

そっちは?


またいつもの通り、仕事に行きたくないよ(笑)

会社の話し、何度聞いてもらっただろうね。

いっぱい話しすぎて忘れちゃったよ。



そうそう、おさむ君ゴルフやってたの?

私、知らなかったよ。

お通夜の時、遺品が飾ってあったんだけど

その中に立派なゴルフセットがあったよ。

ゴルフやってたって話し、チラとも聞いたことがなかったよ。


ううん、私が聞かなかったんだね。

おさむ君の話し、ちっとも聞いてあげなかった。

いつも自分の話しばっかり。なんでもっとおさむ君の話しを聞かなかったんだろう。

きっと、もっと、自分自身の話し、嫌な話し、

会社の話しも子供の話しもしたかったんだよね。

今更ながらに後悔するよ。


今までの7年間

おさむ君は私のことを沢山知ってたけど

私はおさむ君のことこれっぽっちも知らなかったのかも。





また夜話ししたいな。

仕事、行ってきます。

ぐじゃぐじゃした気持と苦笑 

October 05 [Mon], 2009, 23:46
なんかね、フと

ほんとに「フフッ」っと笑っちゃう時があるんだ。

声には出さないけどね。




今、改めて思うと、とっても不謹慎だったけど

ふたりとも、死体やグロい画像を見るのが大好きだったよね。笑

離れてたけど、同じ画面見ながら

あーでもない こーでもないって言いながら、同じ事して同じ時間を共有してたんだ。



お通夜の時、棺の中で眠ってる冷たく硬いおさむ君を思い出して

一緒に見た画像と同じになっちゃったね、なんて

フッと笑っちゃうんだよ。

 

October 05 [Mon], 2009, 22:50

淋しいよ。

切ないよ。


おさむ君死んじゃって、凄く淋しいよ。


居なくなった日からもう一週間経ったんだ。

早いんだか...遅いんだか...


おさむ君はもう居ないのに、私は普通に生きてるよ。

おさむ君が居なくなっても、いつもの日常だよ。

仕事も行ってるし、家事もしてる。


涙はもう出ないんだ。

おさむ君が死んだ日に沢山泣いたから。

あんなに声を上げて泣いたのは、どのくらいぶりだろ。

悲しくて泣くことはなくなったけど、胸の真ん中にぽっかりと穴が開いてる感じがするよ。


私を呼ぶ声も、もう忘れてしまったよ。

居なくなっても2、3日は思い出す事ができてたのにな。

今は

私の名前を呼ぶ時の、くしゃっとした笑顔だけが思い出される。

私の名前と連動する時だけ、笑顔と微かな声が浮かぶ。


もう一度、私の名前を呼んでよ。

可愛いよ いい子だね 大好きだよって言ってよ。


あんなにカチカチの頬っぺたは嫌だよ。

冷たくて硬いよ。




どんな顔してお喋りしてたっけ


どんな仕草だったっけ


どんな瞳で私を見てくれてたっけ



いつも優しい眼差しで、笑って私の話しを聞いてくれた。


私はもう、誰にも心の内を話せないよ。


私よりも私を解ってくれた人。

もう居ない。



死んじゃっても尚、自分のことばかりな私。

ほんと嫌になっちゃう。




なんだか不思議だよ。

だって、もうこの世の中に居ないんだもん。

メール送っても、もう返ってこないんだよな・・・










逢いたいよ 切ないよ  おさむくん

授業参観日 

May 10 [Sat], 2008, 1:47
中学に入って初めての授業参観日。

体育だというので、是非見に行かねば


小学校と違って、中学の先生方は冷たい。門を開けてくれないのだ。

時間前に行ったのに門が閉まってて校内に入れない。

その内、どんどんお母さん方が溜まってきて、私に「門を開けろ」と口々に言いはじめた。

なんで私よ(;´Д`A

「だいじょぶ。だいじょぶ。勝手に開けちゃっても平気だよ♪」「勝手に開けて先生に怒られたら逆ギレしちゃえ♪」

みんな勝手なことばっか言ってズルイぜorz




親に見せる為なのか、体育はリレーだった。

2組と4組の対抗リレーだったんだけど、@のクラス(4組)は、男女共惨敗。

敗因は、4組の女子はデブが多かったことだと思う。




その後はクラス懇談会

殆どのお母さん方は帰ってしまって、40人中9名のお母さんしか来なかった。

『何か少なくね?』って、ブンブンのママに言ったら「中学は親の参加が少なくなるのかもね〜」と、いう返事がきた。

そうか。次からはもう参加しない方向で検討しよう。


しかし...

持ち帰らずに忘れられた二つの給食袋が机の脇に・・・さっきから気になって仕方ない(;´Д`A



まずは初めだからということで、子供の名前と一言で自己紹介をすることになった。

一言と言っているのに、みんな話しが長い。

ウトウト眠くなるし、ユウキちゃんのママを見やると、充血した目でどっかとおくに逝っちゃってるよ。


私の番になり、何を話そうかと考える前に、思わず

『あの二つの給食袋、誰かが忘れて帰っちゃったんですかね?』

『ってことは、洗濯されぬまま来週も誰かが着ると?』

『うちの子が給食当番じゃないことを祈りますね〜』


と、自分でもやんなるくらいイヤミたっぷりな言葉が口をついて出てしまった(ノД`)



みな、引いたよなあ…



『GWに宿題がいっぱいあって子供が可哀想でした』


『他校の運動会に行ってはいけないと言われたらしいが、それは解る。だが、姉妹の運動会にも行けないなんてバカかって思いますね〜』


『中学の先生は理不尽な事ばかり言うけど、アンタが我慢しないと子供には教えてます』


『HRの時間はなるべく短くしたほうが良いですよ。あまり長いことダラダラ話しても逆に子供は聞く耳持ちませんからねェ』





先生に恨みでもあんのか?>私




自分が母校で味わってきた屈辱を、今まさに娘の担任に晴らそうと!?



年増の先生は嫌いだ

更年期はあるし、家庭でのトラブルを引きずってきて生徒に当たる。

機嫌がモロ出ちゃうんだな〜 あーゆー年代は。




娘が嫌な思いをしない為にも先制攻撃しとかなくっちゃ。

「なんだ!?アノ親は。子供が可哀想」って思って欲しい。意味ワカンナイだろうね(笑





バカだからさー 私。


























千倉写真集 

May 10 [Sat], 2008, 1:33


「母の日のプレゼントだよー」と、AとBが摘んでくれた名も無き花

(去年は@も一緒に三人で摘んでくれたのに 泣)







バンドマン

(バンド名 : 湘南千倉乃風)







足だけでも海に入れてご満悦な二人







館山ファミリーパークで釣りを楽しむA・B・半分に切れてるパ

(@と私はオリジナル香水を作った)





とっても楽しかったけど、ちょっと淋しい思いもあった今年最初の千倉。

何事もチビ達と一緒に楽しんでくれてた@が、今年は一人覚めてた彼女。

そういう年頃なんだろうけどな… ちょっと淋しかったな。



父と母 U 

May 07 [Wed], 2008, 23:32
ボストンバッグひとつ下げて出て行くお父さんを弟と二人で玄関で見送ったのは今でも忘れられない。


大して好きでもなかった両親。




お母さんは専業主婦で、お父さんは典型的な日本男児。

家のこと、子供のことは女房に任せっきり、仕事から帰ってきたら自分の定位置から座ったまま一歩も動かず

一品多い刺身をつまみながら酒を飲んでテレビを見るだけのお父さん。

ご飯中、箸を持ったままテレビに夢中になっていようもんなら、途端にお父さんが使っている象牙の太い箸で指を叩かれた。

私達の世話の一切を自分一人でやらなくてはならないお母さんは、いつもイライラしていて

何も手伝おうとしないお父さんへの怒りの矛先がいつも私と弟に飛んできて、いつもビクビクしていた。

だからといってお父さんは私達を庇う訳でもなく、ガミガミと声を荒げて怒っているお母さんが煩くて、それに対して頭に来ている風だった。

褒められた記憶もなく、あまり子供には感心が無さそうに見えたお父さんだった。




家に居ることを苦痛に感じ、いつも他所の家族が羨ましかった。



あの頃、お母さんの笑顔を見ることはあまり無かった。



なんで、こんな両親の元へ生まれてきたんだろう。「私のことなんか生まなきゃ良かったのに」と、いつも言っていた。

お母さんの視野に入りたくて「お母さんは、私と弟とどっちが可愛い?」と、一緒にお風呂に入る度、いつも聞いていた。


なんか、そんなことしか覚えてないのが今でも寂しい。





そんなお母さんの苦痛がピークに達し、両親は離婚した。

家は元々、母方の祖父が建てた家だったから、お父さんが出て行くことになった。


お父さんが家を出てから、よく覚えてないけど半年後ぐらい、

私よりも弟を可愛がってたお父さんが弟を引き取りたいと言ってきた。

お父さんは私が産まれた時、正直ガッカリしたそうだ。

最初の子は絶対、男がいいと願っていたんだ。

だから、弟が産まれてきた時は凄く喜んだそうだ。

そんなお父さんだったから、弟を引き取りたいと言ってきた時にお母さんは無碍に断ることが出来なかったそうだ。


お父さんが居なくなり、弟も居なくなった。

荷物が無くなってガランとした弟の部屋を見た時は、本当に堪えようのない淋しさを感じた。


だからといってお父さんと弟と一生会えなくなったわけでもなく、

私はちょくちょくお父さんの所へ遊びに行ってたし、弟もお父さんには内緒でお母さんの家へ遊びに来てた。


だけど、


帰る時はいつも「じゃあ、またね。バイバイ」


本当の親子なのに。。。





今は、誰しも年を取って許せなかったことも許せるようになった。

悲しかったこと、淋しかったことも過去のこととして捉えることができるようになった。



お父さんが悪いんじゃない。お母さんが悪いんじゃない。

今はそう思えるようになった。


父も母も、かけがえのない私の大切な両親。
P R
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:あずき
  • アイコン画像 性別:女性
読者になる
2009年11月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
最新コメント
アイコン画像あずき
»  (2009年10月06日)
アイコン画像まこ
»  (2009年10月06日)
アイコン画像あずき
» 授業参観日 (2008年05月11日)
アイコン画像あずき
» 千倉写真集 (2008年05月11日)
アイコン画像あずき
» 父と母 (2008年05月11日)
アイコン画像あずき
» 父と母 U (2008年05月11日)
アイコン画像ニジママ
» 授業参観日 (2008年05月11日)
アイコン画像ニジママ
» 千倉写真集 (2008年05月11日)
アイコン画像ニジママ
» 父と母 (2008年05月11日)
アイコン画像ニジママ
» 父と母 U (2008年05月11日)
Yapme!一覧
読者になる