開院

October 29 [Fri], 2010, 20:58
弓道の方もなかなか安定しないと言うか、難しい。長年やられている有段者の方でも、時々、錬士の先生から指導を受けているのだから、やり始めたばかりの素人では当たり前かそれにしても、指導され、アドバイスされているその中味が(体得する前に)どうにも理解できないから情けない。「高倉さんの離れは綺麗だ」と誉めていただき、先輩たちにもうらやましいと言われるのだがどこが綺麗なのか自分では判らない。《綺麗なら中っても良さそうなものだが的を避けるようにしてバラバラだ》いもT錬士の先生から注意されるのは「下がっている、下がっている、まだ降ろしている」と言うのが理解できない。和弓は単に横に引くというのではなく、(打起こしといって、両手で斜め上方に弓を捧げるように上げていき、大三という体勢を取り、そこから弓と弦を左右に引き分けていくのだが)頭上から半円を描くように、開くようにしていくとき「下げちゃダメ」と。《「下げちゃダメ降ろしちゃダメ」と言われても、降ろさないと引き分け出来ないよ》と、その注意の中味が判らなかった。「胸を入れて」もよくわからなかった。胸を張るとき、左右の肩甲骨を寄せてはダメで、むしろ肩甲骨を左右に押し広げて行くようにしないと十分に引き分け会ができない。(これも、結構難しい、かなり努力が必要のようで昔、テレビ「男子シンクロスイミング」(題名は忘れた)でやっていた窓ガラス拭き練習法が効果的かなと今も努力進行中)「弓は手で引くのでなく、肘で引け」といわれる。《降ろす、下がるというのは、肘が下がるという意味か》と思いそこで、日夜、一週間振りの道場で肘に注意して引き分けてみた会も精一杯、我慢して保ちそれが、いきなり8射5中《中(あた)ってしまった凄い》《この後の練習は中らないと気分が悪くなるから止めておこう。(苦笑)》(日の夜は、あまりの寒さで、早々と仕舞った冬の弓道は、大変だ)しかし、最後の射で「高倉さん、まだ、会が十分じゃないよ」と若い有段者からアドバイスをされた。「ありがとうございます。」知人のお父さんが使っていたという弓を譲り受けたものだが無級無段の私が持っている弓が肥後三郎と知って弓道場では、垂涎(すいぜん)の的(まと)になっている。(本人の私は、まだ、その値打ちも知らない。)(冗談で「中ったのは肥後三郎のお陰よ」という声が聞こえてきた)《いえいえ、先生方のご指導が良いからです。》有段者の若い青年に、「この肥後三郎正確に何キロかわかりますか」と聞いてみると、早速、私の矢束(やずか:手の長さから矢の長さを定めたもの)を計り、バネばかりを出してきて計ってくれた。すると十分な会に入ればキロと出て驚いた最初、弓を持ち込んだ日に、女性の先生に試して貰ったとき「キロだね奥さんが使っても良いよ」と言われたのだが《そうか身体の大きさでも、キロ数が違うんだ》と、初めて知った。息子が高校の時、少し強めの弓を買ったと言っていたのが、キロだった。先日、初段に合格した代の青年が「買いました」と言っていた弓はキロだというから、キロの弓では還暦過ぎた私には少し強いのかもしれない。ところで、自分の理解力と、指導アドバイスされる中味とのギャップ兎に角、ひとひと克服して行くしかないのだろう。習い事、技術習得というものは、すべて同じ事の様だ。習いはじめは、誰にも、真贋(しんがん)の違いなど判らない。最初から本物を習わないとこれも縁か
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