JA11ジムニー日記その4 「クランクボルトが締まらない?」 

February 28 [Thu], 2019, 12:10
クランクシャフトのボルトがまったく回らず、いきなり手詰まりになるところだったジムニーのエンジン整備だが、悶絶自作した特種工具(?)で何とかクランクボルトは緩み、ひとつ前に進むことが出来た。

前のカバーを外す。
おお、ホントにツインカムなんだなあ!
ローテクディーゼルのタイミングベルトしか交換したことがない僕はミョーに感動。





硬化してプラスチックのようになりぱきぱき割れるヘッドカバーガスケットや、カチカチになったカムシール、オイルシールを交換し、いろんなことにひとしきり関心したので組み上げて行く。

カムプーリーの回り止めはいつも外したベルトとシャコ万を使う





元々装着されていたプーリーはキー溝が広がってしまっていたのと、軸(クランクシャフト)との嵌め合いが緩かったので、新しいプーリーを注文。
いざ新品を取り付けようとしたら、そちらも嵌め合いが緩く、不安なのでプーリーの嵌合部分をローレットのつもりでポンチで全周軽く荒らす。
クランクシャフトはカプチーノ、プーリーはジムニーなのでこういうことが起こるのかもしれない。
この処理で通常のプーリー嵌め合い具合になった。




しかしプーリーが新しくなったことで形が変わり、取り付けボルトを締めるにあたって今回作った回り止めの特種工具は使えなくなった。
新しいプーリーは引っかかりに使えそうな突起が無いのだ。





仕方なくベルハウジングの穴からリングギヤを止める事にするが、やはりマイナスドライバーを突っ込むような事はしたくないので、新たにリングギヤ用の回り止めを作ることにした。

バックトルクで回り止めががたつくと、それだけベルハウジングの穴をこじる力が発生するので、なるべく穴の内径に近い外径のSS400丸棒の先端に分厚いフラットバーの小片を溶接しその部分をリングギヤの溝の形に削り、丸棒の下側は建築用の角座を溶接。




使用時にはマスキングテープを巻き、下から軽くジャッキで押して使う。





エンジンが掛かり、異音のチェック。

あまり詳しい事は分からないが、こうやってエンジンの音を聴いてみると、色んなパーツが頑張っているのがよく分かる。




JA11ジムニー日記その3 「クランクボルトが緩まない!」  

February 03 [Sun], 2019, 19:23
購入を決めてから約ひと月後の10月下旬、暖かく心地よい秋晴れの日にジムニーはやってきた。
前オーナーが多忙な中、エンジンオイル交換やブレーキ廻りなど、あちこち整備してくれていたのだ。感謝!感謝!




しかし、車検を通すにはまだまだ整備しなければならない箇所が山盛りだ。
なんとなくボンネットを開きエンジンルームを覗くと、シリンダーブロックから下がオイルで汚れていたのが見えたので、先ずは、ヘッドカバーガスケットとカムシャフト、クランクシャフトオイルシールの交換をすることに。
併せてタイミングベルト、エアコンとオルタネータベルト、ウォーターポンプ等も交換する。
ちなみにそれらの部品は、全て前オーナーが揃えていてくれていた(ああ、感涙…。。)


・やって来たときのエンジン外観。
自分が乗るならこのままでも良いが、10代女子が普段乗りをするにはそのままでは不安な部分や、車検に通らない箇所もある。
信頼性向上の為、色々と手を加えた方が良さそうだ。





ラジエターや電動ファン、その他もろもろを外し、いざクランクシャフトのボルトを緩めようとしたが、ハンドツールやエアインパクトで回してみてもびくともしない。

ネットで調べてみると、クランクボルトに工具を掛けておき、セルモーターの力で外すやり方が書いてあり試してみたが、全く外れる気配がない。

というわけで、作業を開始していきなり行き詰ってしまった。

これはもう、レンチのハンドルを延長しまくって強大なトルクを掛けるしかないが、それには共回りするクランクシャフトをがっちりとロックする必要がある。

ネットを調べると、ベルハウジングの下の穴からドライバーなどを突っ込んで、フライホイールのリングギヤをロックさせる、という方法が多く紹介されていたが、これから異常なトルクを掛けることになるので、リングギヤやハウジングを破損する可能性を考えると、その方法は採りたくなかった。

現況に身悶えしつつ、もう一度落ち着いてクランクのプーリーを良く見てみると、内径に3箇所の突起がある。

これを利用して回り止めの特殊工具を作ってみることにした。


・出来た回り止めはこんなかたち。
かなりのバックトルクに耐えられるよう廃材のチャンネルにパイプを押し込んで補強し、近所の親切なバイクやさんに頂いた円盤の外径を削り、(自宅には良い材料が無かった)、三箇所の突起に合わせてサンダーで溝を入れたものを溶接。反対側はフレームに当てることで回り止めとなる。
抜き勾配のある鋳物プーリーが相手なので、少しでも喰いついてもらおうと敢えてバリ取りをしなかった。





・クランクボルトに1/2インチのインパクトのソケットを入れ、T型スライドハンドルを差込みハンドルには4分の白ガス管を差し込んだが、力を掛けている最中にハンドル、ガス管が共に曲がってきたので、急遽白ガス管の外側の曲がりやすい場所に一回り太いパイプを挿入。





・僕の体重だけでは回らないので、反動を付けて何回もぶら下がると、パキン!と音がしてボルトが少し回りだした。
推測だが、掛けたトルクは瞬間的に1000N-mぐらいまで行ったのではないだろうか。
特殊工具は少し曲がった。






・実は、今回クランクボルトを回す為に奮発してみたHAZETのエアインパクト。
トルクを高める為にジャンボハンマーを内臓しているとのことだが、外観は驚くほど小さい。
コンプレッサーのレギュレータスイッチをいじって0.9MPaまで圧を上げたものの、結局このインパクトでボルトは回る気配すらなかった。折角買ったので、ある程度まで緩めたボルトを、このインパクトでばりばりと緩めて自分を慰めた。
ちなみにこのインパクト、頑張ったら1100N-mまでトルクを出すことができるとのこと。



JA11ジムニー日記その2 「出逢いはいつも突然に」  

January 28 [Mon], 2019, 10:44
娘のジムニー探しは、「これぞ」という良い車が見つからず、なかなか進まなかった。

安い車を探すからには整備する時間も確保しておかなければならず、そういう意味でそろそろタイムリミットと判断し、もう、車種は何でもよいからひと冬を乗り切るための軽四駆を、とまさにネットオークションで見つけた車を落札しようとしていた矢先、近所のオフロードバイクの知り合いがやってきたので念のため尋ねてみたら、これまた近所の後輩が現在乗ってないジムニーJA11を持っているという。

その場で直ぐ連絡してくれ、その15分後僕はそのジムニーの前に立っていたのであった。

・現車はJA11、エンジンはカプチーノのF6Aツインカムに換装、社外リーフとシャックルでおそらく3インチぐらい車高がアップしている他にも、改造箇所は多岐にわたっていた。



車検が切れた状態で数年が経ってはいたものの、屋根下保管である。

かなりの改造車だし、自分の少ない知恵と技術でどれだけ対峙出来るか分からないが、実際に改造し、乗っていた本人が近くに居るというのは、ネットオークションでは望めない好環境である。

ジムニーの画像を撮らせてもらい、LINEで娘に送ると、普段なかなか返信をよこさない娘から、

「めっちゃかわいい!!」

とすぐに返信が帰ってきた。

そういうわけで、そのジムニーの購入を決めた。



・ジムニーがやって来るまで特にやることがないので、その間ジムニーに取り付けるハンドルのリペアなどして過ごした。
仲間が昔ハイエースに装着していて、表皮の一部がめくれてしまったので僕にくれたハンドル。
段差が出来ないよう手持ちの端切れの中から同じぐらいの厚さの革を探して繕ったが、結局は縫い目の段差が気になる結果に。
こう言う繕い事は初めてだが、やってみてわかったことにめぐり合えるだけで、既に上達の一歩なのだと嬉しく思う。
たとえ万事上手くはいかずとも。

JA11ジムニー日記その1 「ジムニーがいい!」 

January 22 [Tue], 2019, 14:56
子供が生まれたことを期に勤めを辞め、日々やりたいことやお昼寝、時々旅に出たりタマにお仕事したりして過ごしていたら、気がつくと上の娘はもうすぐ成人であった。
自分自身は微塵も成長していないのに子供ばかりが大きくなり、そのうち追い越されそうな勢いである。

その長女は、高校を卒業して自分の夢のために直ぐ就職し、さらにその夢に近づくために昨秋転職した。

その転職先が豪雪地帯なものだから、雪が降り始めるまでに車を四駆に乗り換える必要が出てきてしまった、というのが事の発端である。


僕: 「こんどの仕事先、けっこう雪降るんじゃねーか?」
長女: 「むっちゃ降るみたいやなー」
僕: 「今のクルマ(ミニカ)じゃ無理か」
長女: 「せやなー、四駆やないとあかんやろなー」
僕: 「クルマ探してみるか? 何か欲しい車種とかあんの?」
長女: 「ジムニー!むっちゃかっこええ!!」

という訳で、早速ジムニーの評判口コミ等を調べてみると、

・とりあえず燃費が悪い
・とりあえず乗り心地が悪い(リーフ車)
・とりあえず高い。旧くても。

というような内容が多く、あとは、

・○○が壊れた
・○○から異音がするけどどーしよー
・動かなくなりましたたすけてください

的な内容については限りないほど出てきた。


本当にジムニーで良いのだろうか。
再び娘を諭してみる。

僕: 「ジムニーってけっこう大変みたいだな。燃費も悪いみたいだし」
長女: 「そうみたいやな」
僕: 「パジェロミニとかは?」
長女: 「パジェロミニも燃費悪いで」
僕: 「(調べてやがった…)もっと普通のにすれば?ジムニーだとタイヤがデカいからスタッドレスも高いぜ」


いつの間にか反ジムニー活動家のようになってしまった僕だが、実は昔ジムニーに乗っていたこともあり、結構好きな車なのである。



・ジムニーの記憶

SJ30を次のオーナーに届ける最後の旅。
兵庫県から東京までの道中、うんと遠回りをして砂浜で車と一夜を過ごし思い出を作った。








東北遠征道中、福島県の国道脇で値札が貼られていた初期型SJ10。
オーナーと商談が成立し、遠征帰路に仮ナンバーを取得し、一時保管を引き受けてくれた群馬の仲間のところへ陸送。



いろは坂を下ろうとしたらブレーキが抜けた。
ごまかしながら群馬の仲間の工場まで何とか走りきり、後日ヒッチハイクで引き取りに。


陸送中駆動系から異音が発生。パチンコ屋の駐車場に避難。
原因であったフロントペラを外し、兵庫県までそのまま走る。






AMラジオを聴きながらの、下道700キロのんびりひやひや旅だった。










旅する楽器の思い出「海外楽団潜伏記」 

December 31 [Mon], 2018, 13:21
3月とは言え、グアムは日本の夏の気候だった。

しかし全身から噴き出してくる汗は、その気候とあまり関係なく、僕の隣に座るおばさんの大きな咳払いを合図に噴出するようであった。


僕は、数日後に始まるコンサートに向け、グアムのオーケストラの助っ人として日本の演奏家達に混じってそこに居た。

リハーサル会場へ着くと、僕が指定された席は後ろのほうの左側で、隣には現地の大きなおばさんが座った。

目が合うなり、おばさんは笑顔とともに、恐らく「よろしくね」というような意味の言葉を僕へ投げかけた。

僕は英語が分からず、ただニコニコするしかなかった。


それまで、初めての海外旅行という事ばかりが占めて、浮き足立っていた僕の脳ミソは、リハーサルが始まったことでようやく自分がバイオリンを弾きに此処へ来たのだ、と把握し出したようだった。

それまで知らなかったが、左席の者には演奏しながら楽譜をめくる役割が有るらしかった。

リハーサルが始まったが、僕が譜めくりを忘れるので隣のおばさんが咳払いをし、僕はその咳払いを合図に譜めくりをした。演奏にはまったく付いていけず、譜めくりも一度として満足なタイミングに出来なかった。

苛立ちの高まってきたおばさんは、咳払いでは収まらず、とうとう弓で譜面をばしばしと叩き始めた。
頭皮の全ての毛根が縮んで髪が逆立つのを感じた。



その時いくら一生懸命やっても、出来る事と駄目な事がある。

これはどう頑張っても無理な案件に思えた。



僕は楽譜というものをまったく読めなかったのだから。


最終日のコンサートが終わった後。
何事も無かったかのように涼しい顔で写る昔の自分に、意外なしぶとさを感じる20年後の繊細な自分。


サンダーに3Mロロック用コレットチャックを付ける 

September 10 [Mon], 2018, 16:39
これからサビグルマとの格闘が始まる。

サビ落としにとても使い易い、3Mのロロックディスクを使えるアングルグラインダーが欲しくなったが、エアーの物しか見当たらない。

ウチのコンプレッサーは小さく、エアーの工具を使うとずっと回りっぱなしになるので、モーター駆動のアングルグラインダーを探すも、検索の方法が悪いのか、見当たらないのである。

そして朝、布団の中で思い付いたのが、市販のサンダーにコレットチャックを付けてしまうという方法。

回転軸のロックナット(M10)代りに高ナットをはめて、M10寸切りボルトの一端にコレットチャックを取り付けるM6ネジを切ってあげれば出来そうだ。

早速、ガレージに行って材料探しをするも、M10の高ナットが無かった。

ホームセンターへ行くのも面倒だし、高速回転する軸上に、色んなものをネジで付け足して行く事に不安も有ったので、モーターが焼けて使えなくなったサンダーのヘッドを部品取りし、その軸を加工してみることにした(壊れた工具とか、僕は捨てない)。


同じメーカーのサンダーだと記憶していたが、違う物だった。しかしヘッド部分及び中のベベルギヤは同じ。どちらもホームセンターで2000円ぐらいの安い物。



ヘッド部分。この軸を抜き、コレットチャック用に加工する。



元々コレットチャックが付いていたグラインダー。これでロロックを使っていたが、正面で持たなくてはならないので、微妙なタッチがやり辛く、キックバックを起こしやすいのが、今回アングルが欲しくなった要因。
サンダーにコレットチャックを付けるには、この軸形状に加工しなくてはならない。



頂き物のミニ旋盤に抜いた軸をセット。



ちゃんと測ってみたら、M6ネジ部分より付け根はテーパーになっていた。三角関数で角度を割りだし、同じ角度になるように削る。



自動送りのない旋盤なので、ダイスでネジを切り、元になったグラインダーの軸と見比べる。
加工した軸のテーパーに、一部溝が出来ているのは、元々細くなっていた部分。



ヘッド、コレット、ロロックを装着。
元々ロロックの軸は、コレットのサイズより太かったので少し細く加工している。



回転を下げて使いたい事が多いので、レギュレーターを使用。アマゾンで300円ぐらいだったと思うが、直ぐに基盤が壊れるので補強が必要。いや、その前にケースが必要だなあ…



ヘッドが二種類になった(^-^)
プラスネジ4本だけなので、交換は簡単。



でも、使ってみると思いの外バランスが良く使い易いので、専用機にしちゃおうかなあ…(*´ω`*)


ヒマ・カネ・技の、攻めぎあい「マンギョンボンゴの排気管修理」 

May 30 [Wed], 2018, 12:55
愛車マンギョンボンゴが色んな所で騒がしくなってきた。

そのひとつが排気音。
クルマの下を覗き込むと、直ぐにも原因が分かった。


・センターパイプのフレキ部分が割れてそれを被うメッシュが漏れた黒煙で黒くすすけている。




実はこのセンターパイプのフレキ部分は、以前にも割れてネットでその部分だけが売られていることを知り、すげ替えたのだ。

調べてみると、3年前の出来事だった。

たしか当時、送られてきたフレキを手にした際、純正よりフレキ部分が短かく固い感じがして直ぐにも割れるのでは、と心配ではあった。

同じ愚を繰り返さぬよう、と新しいセンターパイプを購入しようと考えるも、3万円を超えるその価格にビビり、結局今回もフレキ部分のみをネットで仕入れたのであった。
典型的な貧乏ヒマなしのパターンである。


・隣家より猪の棲家の方が近いような自宅に居ながら、こんな物が届く有り難さ。



・前後のフランジ角度や長さが変わってしまうと、それだけフレキ部分に負担を掛けてしまうので、車体から外す前にセンターラインや全長をけがく。



・フロントパイプとの繋ぎ部分を外すと、「ワシもうあかん…」と首をうなだれた。
3年間お疲れさまでした。



・古いフレキを切り落とす。




・新しいフレキ菅は少し径が大きいので、丁度厚さ加減の良かった軽天の端材からフラットバーを切り出して隙間に差し込んでから、アークで溶接。



・四半世紀を無交換で耐えてきた排気管のフランジは、腐食して大きく隙間が出来ていたので、それもアークで溶接肉盛り後、サンダーで研磨面出し。




・車体に仮付けして排気漏れのチェック。漏れはなかった。ガスケットは汎用のものが有るのを初めて知った。



塗装前にサビ落としを施すと、錆穴が出現。
以後、溶接で穴を埋めつつその熱で新たな穴を明ける、というモグラ叩きを数時間繰り広げ、心が折れそうになる寸前で穴が塞がったので、亜鉛+耐熱で塗装し、ひとまずセンターパイプ(プレマフラー)の修理が完了。





新品を買ったら10分で済む修理に恐ろしい時間と手間を掛けたが、こういう修理はある意味愛車との信頼関係を築く作業でもあると思っている。


クルマからしてみれば、えらい迷惑な話かもしれないが。

処々流れし醸成月 その5「遠征帰路は渡りに船の菌探し 完結」 

March 26 [Mon], 2018, 1:28
Gさんによると、今シーズンは稀なるキノコの外れ年で、足繁く山に入るものの成果は上がっていないらしい。
そんな訳で、今日は少しばかり賭けに出るぞ、と軽トラを遠方へ走らせる。
川の本流に沿った国道をかなり遡ってから支流に入り、さらに延々と標高を重ねて行った。

分岐から標高を実に600m程登った所で、ようやく遠景が節々で望めるようになった。
と、思ったらGさんが車を止めた。

ここから山に入るようだ。
慌ててスパイク足袋に履き替えた。

僕はてっきり山を登って行くイメージでいたが、Gさんは車道から斜面をどんどん降りて行く。





・「おう、あれ食ったらハライタ起こすど。カカカ…、」とGさんが笑って指差した茸。ハイイロシメジだろうか。
食べられないことは無いが、人によっては中毒を起こす、と後に調べた図鑑には記されていた。




山を行くペースは速かったが、次第に要所要所で立ち止まることが増えて行った。
あまり来ることのないこの山においても、Gさんは何処にきのこが出るのかを把握しているようだ。


・立ち止まり、「あれ摘んどき」と指さしたキノコその1。
ツバアブラシメジだろうか。前夜に頂いた味噌汁にも入っていたらしい。





・その2。ホウキタケ。
そう言えば前日の昼食時、「ネズミのてのひら」という名で度々話に登場していた。





地形は険しくなり、Gさんは頻繁に「気ぃ付けぇよ〜」と僕に声を掛けた。

僕は何か有るといちいち胸ポケットからスマホを取り出して画像を撮っていたのだが、ポケットを閉じるベルクロが弱っていたのだろう、腰を屈めた時に胸ポケットからスマホが滑り落ちたのが分かった。

これから崖を15m程下の涸れ沢に降りて行こうとしていた時で、スマホはそのまま沢へ落下して行った。
自分の位置からは落ちて行った場所が見えなかったが、カッシャーン、という大きな音がし、スマホが石に直撃したのが分かった。

ここで慌てても危ないだけなので、足元に気を付けながら沢床に下り、程なくしてケースと本体が外れた状態で転がっているのを発見した。

操作をしてみると全く異常がない。
当たり所が良かったのだろう、ダメージは貼っていた硬質ガラスのシートにヒビが入ったことと、ポリカーボネートのケースの角部が若干潰れていたことぐらいだった。

すぐ壊れるだろうからスマホにはせん、と長年Gショック携帯を更新し続けているGさんは、その状態を知って、「お〜」と驚いていた。


・京セラL03。 海山川で相当手荒く使っているが、故障したことはない。
しかしながらアプリで負荷が掛かりすぎると電源が落ちるという、頭が悪くて丈夫なヤツ。






岩ばかりの枯れ沢を登り雑木の斜面に出ると、Gさんが再び地面に注視しだしたので僕も下を向いてキノコを探す。

同じくツバアブラシメジとホウキタケが少々。

斜面をひとしきり丁寧に見廻ると、Gさんが車道を目指して歩き出した。
約一時間ほどだったろうか、僕の初めてのきのこ狩りは終了したようだ。



・車に戻ると、Gさんが軽トラの荷台から「この本が一番わかりやすい」と愛用の図鑑を出して見せてくれた。
きのこの本を作っている作者が「自分が作った中で一番良い本」とGさんに言った本、だそうだ。




Gさんは車を走らせたと思ったら、直ぐに停めた。

薄暗い木々の中に居てその存在も忘れていた太陽が、雲の無い空からこの高地へと力強く光を注いでいる。


・車を降り、神宿りし地の遠景をしばし望む。




再び車を走らせたと思ったら、また直ぐ停めて少しだけ山に分け入り、何かの実を拾って殻を外して僕に渡してくれた。
栗に似ているが、もっと表面の色が濃く艶が有りどこかチョコレートのよう。



・「食べてみ」というので皮を剥いて食べてみると、ほの甘い木の実の良い味がし、「おお!」と感激!…しようと思ったら後に猛烈な渋みが。




とちの実だそうである。
とち餅などにするには、川を剥いてから何日も流水にさらすなどしてあく抜きをする。

再び車を走らせしばらく行くと、Gさんの知り合いが道の傍らできのこ採りに入る準備をしていたので声を掛けた。




思い起こしてみると、僕がこの地に訪れるようになったのは四半世紀前だ。

山の中や、山と川の狭間で、人々がどこか昔のままのように慎ましやかに暮らしている様は、物が蔓延した東京から遊びに来た僕に、山と川以外に何もないところに頑張って人が住んでいるように映っていた。

僕らが下る川は、とても山奥であることが多い。
人里を離れ、川に並走する山道を延々遡ったところで、ふと民家が現れることがある。

当初、「こんなに何もない所に住むと、さぞ不便だろう」とばかり想像していたのだ。

毎年のようにここへ来るようになり、幾重にも連なる山々を、その中を流れるどこまでも澄み切った川を、そして、それがごく当然のこととして、その自然からの恵みを享受している人たちを知るにつれ、ここは生きることに必要な様々なものが存在する、「豊かな場所」と感じるようになった。

その豊かさの恩恵に与るには、多岐にわたる知識と知恵、根気や体力が必要であり、だからこそそういう人に自分は憧れるのだろう。


帰路、元々のGさんの家が在ったあたりへ寄り道をした。
6年前の大水害の時、土砂ダムの決壊によって出来た流れにより、この村は深くえぐられてしまった。


・当時の様子


・法面と河道改修、護岸工事が行われている現在の様子

 




家に戻ると紀州犬がGさんの帰宅を跳ね回って喜びつつ、僕という来訪者を警戒しつつ迎えた。


水害の時まだ子犬だった彼らは、山崩れで孤立した避難場所から住人達と共にヘリで吊られて脱出した。



その時、僕はその数日後にこの地を訪れたのだが、災害後連日のダム放水により今までにはない程の長期間に渡って濁流となってしまった川を眺め、
「川の魚は死んでまうやろな」
と言うGさんの呟きを横で聴きながら、川の生き物達と深く係わり合いながら生きるとはこういう事なのだろうか、と自分も今までに何度か潜ったことのある、魚が乱舞していた青い淵が、濁流に覆われている姿をただ無言で眺めていたのだ。

・6年前の豪雨災害後、長い間ダム下流の濁りは治まらなかった。




今回、採ってきたきのこは全て僕が戴いた。
Gさんにお礼を告げ帰路につく。

車を走らせると、運転席の窓の向こうには、あの災害の時微塵も透過していなかったその川が、今までずっとそのままであったかの様に、白石の川底までしっかりとこちらに見せて流れていた。

今、あの川にはどんな魚が、どのように棲んでいるのだろう。
川の中の姿を想像しながら、車を走らせるのは楽しかった。

帰り際、

「夏もおいで。今度は川行こうや。」

と言ってくれたGさんの言葉を思い出しながら、川を眺め運転する僕の笑みはなかなかおさまろうとせず、全開にした窓から飛び込んでくる乾いた風が、そんな気持ちを知ったかのように、髪の毛をわさわさと心地よく掻き揺すった。

処々流れし醸成月 その4「遠征帰路は渡りに船の菌探し 続き」 

February 27 [Tue], 2018, 14:28
温泉の駐車場にはGさんの顔見知りが県外から集って来ていて
「おーい、久しぶり!」
「おうおう、」
などと、高らか賑やかに挨拶を交わしてから風呂へむかう。

脱衣場では年配のおっちゃんが二人話していた。

爺A: 「あかんワ、ワシこの前スズメバチぃ刺されてもうてな〜、二匹やっつけた思たらまだ他のんおって、そいツにやられてもうた」

爺B: 「ほな、アレちゃうか、もう占領間近やったんやろ。アイツらそん時だけはごっつう刺して来よる」
(スズメバチは、ミツバチの殺戮を続け、巣が陥落する頃になると人間に対しても凶暴化するらしい)

この辺りは昔から養蜂が盛んな地域で、僕らが行く山奥の川辺にも大木の胴をくりぬいた蜂箱が置かれているのを良く見かける。

話をしている一人(爺B)は、それが本職なのか相当な数の巣箱を管理している様だ。
という訳で、僕はパンツを半分ずらしたまま、彼らの脱衣場世間話に聴き入っていたのであった。


風呂上りに再び駐車場の面々の所へ。

彼らは退職後に好きなことをやって過ごしている楽しい仲間たち、という感じで、落ち鮎釣りに来ているようだった。
皆、申し合わせたように車の車種や大きさなどはまちまちだが、快適に車中泊が出来るように改造してあった。





・一人が、今回の漁の成果を見せてくれた。
「そんなん小さいわ」 と川漁にもにも詳しいGさんは愛想もなく言った。
暖かくなったら、川のことも教わりたいな。




その晩はGさんのお宅で、手際よく作られた晩御飯を頂いた。
和食料理人として修行してきたGさんの作る料理は、べつたん変わったメニューではないのにどれも不思議なぐらい美味しく、味にこだわりのない僕にさえ、素材を知りつくした調理が施されているのがわかった。

料理人時代の話や、この野趣濃密な水郷の地において、山川に分け入りその恵みを享受する話を聴きつつ、手作りおかずと土鍋で炊かれたご飯を頂くのはなんとも感慨深かった。

どうやら僕は、自然に詳しい人、その知識が生きて実践出来ている人、生きる過程の多くが自分の中にある人をとても尊敬する傾向にあるようだ。

Gさんの普段の居場所であろう座椅子に座らせていただきながらの晩御飯だったが、その傍らにはサンダーや充電インパクトと言った電動工具と共に鹿の角などが置いてあり、聞けば知り合いから依頼され、猟で使うナイフの加工をしているとのことだった。

テレビの前には他の工作道具や材料の載ったちゃぶ台が有り、座椅子があり、居間の一番快適な場所で(少々周りを汚しても)手作業をするというその状景が、ウチのそれと全く同じなのがなんだか可笑し嬉しかった。

翌朝暗いうちに出発するというので、早い時間ではあったが寝床である車に行った。

山で足手まといにだけはなりたくない、という思いから、思いつく限りの想定をし準備してから寝た。


朝、言われた時間よりかなり早く目が覚め、再び装備のチェック。
扉が開いて、

「おーい、入っといでーや、」

の声で僕も家に。


入ると、梅昆布茶を入れてくれていた。
それにはどうやら自分で漬けた梅干の紫蘇の葉が入っており、
それがまた不思議なぐらい美味しくて、僕にはその美味しさの理屈が分からず、

「つまり人が何かにこだわり修行し精進するという事は、すなわち魔法を身に着けることなのだな、」

などと思いつつ飲み干した。

それを見届けたGさんの、

「よーし、行こか」

の合図で僕らは、まだ暗い山へと出発した。

処々流れし醸成月 その3「遠征帰路は渡りに船の菌探し」 

January 03 [Wed], 2018, 11:00
ベッタ君は帰って行ったが、世の中はまだ休日だったらしい。
しっぽおまけ夫妻とさらに一泊。

・キャンプサイトで翌日昼過ぎまでのんびり遊んで過ごす。






みんな帰り、ひとり河原キャンプサイトに残った僕は、なんだか眠くなり夕方からそのまま朝まで寝た。


朝陽を浴びる芙蓉の花を眺めながらひとり三線で遊び、それにも飽いてキャンプサイトを撤収し、以前から気になっていたオフグリッド民宿の立地を見に行く。



その道中、近くに住むGさん (過去のブログ「閉じ行く人の営みに」参照 ) に連絡をしてみたら、丁度これから近所の店へ昼食しに行くという事で、僕もそこへお邪魔した。


店ではお昼を食べつつ (便乗してご馳走様して頂きました。有難うございました ) Gさんと知り合いの方が山の話をしていたが、丁度旬であるキノコの話や、山の猟の話など、僕の興味のある話ばかりで聞いててまったく飽きない。

その中でも、カモシカが猟犬に断崖へ追い詰められ、最後に50メートル下の地面に墜ちて行く話などはなかなか壮絶で、なんだか紙芝居を見ているようであった。


店を出てGさんが、せっかく来たのだから、という感じで翌日行く予定のきのこ採りに僕を誘ってくれようとしたのだけれど、ジーンズにサンダル履きの僕を眺めて、

「しかしその格好ではちょっとなァ…」

と躊躇の色を示したので、

「山の装備すべてアリマス!」

とすかさず返答。

今回のキャンプは、山仕事の現場あがりにそのままやってきたので、作業着やスパイク足袋などクルマに積みっぱなしだったのだ。


・直前に山仕事をしていた。雨でツルツルになった土の法面では、スパイク足袋が楽。





ちなみに、6年前にGさんとの再会を果たすことになった豪雨災害の時、被災したお宅からの荷物の運び出しを手伝うと言った僕に、彼は、
「道は流れてしもとるし、スパイク足袋無いと無理や」
と言ったが、何故だかやはりその時も偶然に、タマ〜に行く山仕事の直後で、そのあたりの装備一式が車に積まれていたのだった。

それより何より、僕はこのところ自宅の敷地や仕事で訪れた山で、怪しいキノコを見つける度、食べれるキノコについてもっと知りたいと思うようになり、それには誰か詳しい人に山で教えてもらうのがイチバンなのだけれど、生憎自分の周りにはそのような人がなかなか居らず、しゃあない、ひとりできのこ採りしてみるか〜だけど間違って毒キノコ採って来ちゃうかもな〜なんせキノコの事全然知らないからな〜誰か教えてくれる人居ないかな〜、もう。
という状況だったものだから、サンダル履きででも付いて行きたい気持ちだったのだ。


だからこんな好機は絶対に逃してはならないのである。



・という訳でその日も僕の大好きなこの町にとどまる事になった。
この水郷の町は古くからの温泉の町でもある。





とまあ気が付いてみれば、年を跨いだ昨秋の出来事だけれど、まだ続けるつもり。


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*チュービングとは:トラックのチューブで渓流や激流を下る、それはそれは楽しく危険な遊びです。
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