サンダーに3Mロロック用コレットチャックを付ける 

September 10 [Mon], 2018, 16:39
これからサビグルマとの格闘が始まる。

サビ落としにとても使い易い、3Mのロロックディスクを使えるアングルグラインダーが欲しくなったが、エアーの物しか見当たらない。

ウチのコンプレッサーは小さく、エアーの工具を使うとずっと回りっぱなしになるので、モーター駆動のアングルグラインダーを探すも、検索の方法が悪いのか、見当たらないのである。

そして朝、布団の中で思い付いたのが、市販のサンダーにコレットチャックを付けてしまうという方法。

回転軸のロックナット(M10)代りに高ナットをはめて、M10寸切りボルトの一端にコレットチャックを取り付けるM6ネジを切ってあげれば出来そうだ。

早速、ガレージに行って材料探しをするも、M10の高ナットが無かった。

ホームセンターへ行くのも面倒だし、高速回転する軸上に、色んなものをネジで付け足して行く事に不安も有ったので、モーターが焼けて使えなくなったサンダーのヘッドを部品取りし、その軸を加工してみることにした(壊れた工具とか、僕は捨てない)。


同じメーカーのサンダーだと記憶していたが、違う物だった。しかしヘッド部分及び中のベベルギヤは同じ。どちらもホームセンターで2000円ぐらいの安い物。



ヘッド部分。この軸を抜き、コレットチャック用に加工する。



元々コレットチャックが付いていたグラインダー。これでロロックを使っていたが、正面で持たなくてはならないので、微妙なタッチがやり辛く、キックバックを起こしやすいのが、今回アングルが欲しくなった要因。
サンダーにコレットチャックを付けるには、この軸形状に加工しなくてはならない。



頂き物のミニ旋盤に抜いた軸をセット。



ちゃんと測ってみたら、M6ネジ部分より付け根はテーパーになっていた。三角関数で角度を割りだし、同じ角度になるように削る。



自動送りのない旋盤なので、ダイスでネジを切り、元になったグラインダーの軸と見比べる。
加工した軸のテーパーに、一部溝が出来ているのは、元々細くなっていた部分。



ヘッド、コレット、ロロックを装着。
元々ロロックの軸は、コレットのサイズより太かったので少し細く加工している。



回転を下げて使いたい事が多いので、レギュレーターを使用。アマゾンで300円ぐらいだったと思うが、直ぐに基盤が壊れるので補強が必要。いや、その前にケースが必要だなあ…



ヘッドが二種類になった(^-^)
プラスネジ4本だけなので、交換は簡単。



でも、使ってみると思いの外バランスが良く使い易いので、専用機にしちゃおうかなあ…(*´ω`*)


ヒマ・カネ・技の、攻めぎあい「マンギョンボンゴの排気管修理」 

May 30 [Wed], 2018, 12:55
愛車マンギョンボンゴが色んな所で騒がしくなってきた。

そのひとつが排気音。
クルマの下を覗き込むと、直ぐにも原因が分かった。


・センターパイプのフレキ部分が割れてそれを被うメッシュが漏れた黒煙で黒くすすけている。




実はこのセンターパイプのフレキ部分は、以前にも割れてネットでその部分だけが売られていることを知り、すげ替えたのだ。

調べてみると、3年前の出来事だった。

たしか当時、送られてきたフレキを手にした際、純正よりフレキ部分が短かく固い感じがして直ぐにも割れるのでは、と心配ではあった。

同じ愚を繰り返さぬよう、と新しいセンターパイプを購入しようと考えるも、3万円を超えるその価格にビビり、結局今回もフレキ部分のみをネットで仕入れたのであった。
典型的な貧乏ヒマなしのパターンである。


・隣家より猪の棲家の方が近いような自宅に居ながら、こんな物が届く有り難さ。



・前後のフランジ角度や長さが変わってしまうと、それだけフレキ部分に負担を掛けてしまうので、車体から外す前にセンターラインや全長をけがく。



・フロントパイプとの繋ぎ部分を外すと、「ワシもうあかん…」と首をうなだれた。
3年間お疲れさまでした。



・古いフレキを切り落とす。




・新しいフレキ菅は少し径が大きいので、丁度厚さ加減の良かった軽天の端材からフラットバーを切り出して隙間に差し込んでから、アークで溶接。



・四半世紀を無交換で耐えてきた排気管のフランジは、腐食して大きく隙間が出来ていたので、それもアークで溶接肉盛り後、サンダーで研磨面出し。




・車体に仮付けして排気漏れのチェック。漏れはなかった。ガスケットは汎用のものが有るのを初めて知った。



塗装前にサビ落としを施すと、錆穴が出現。
以後、溶接で穴を埋めつつその熱で新たな穴を明ける、というモグラ叩きを数時間繰り広げ、心が折れそうになる寸前で穴が塞がったので、亜鉛+耐熱で塗装し、ひとまずセンターパイプ(プレマフラー)の修理が完了。





新品を買ったら10分で済む修理に恐ろしい時間と手間を掛けたが、こういう修理はある意味愛車との信頼関係を築く作業でもあると思っている。


クルマからしてみれば、えらい迷惑な話かもしれないが。

処々流れし醸成月 その5「遠征帰路は渡りに船の菌探し 完結」 

March 26 [Mon], 2018, 1:28
Gさんによると、今シーズンは稀なるキノコの外れ年で、足繁く山に入るものの成果は上がっていないらしい。
そんな訳で、今日は少しばかり賭けに出るぞ、と軽トラを遠方へ走らせる。
川の本流に沿った国道をかなり遡ってから支流に入り、さらに延々と標高を重ねて行った。

分岐から標高を実に600m程登った所で、ようやく遠景が節々で望めるようになった。
と、思ったらGさんが車を止めた。

ここから山に入るようだ。
慌ててスパイク足袋に履き替えた。

僕はてっきり山を登って行くイメージでいたが、Gさんは車道から斜面をどんどん降りて行く。





・「おう、あれ食ったらハライタ起こすど。カカカ…、」とGさんが笑って指差した茸。ハイイロシメジだろうか。
食べられないことは無いが、人によっては中毒を起こす、と後に調べた図鑑には記されていた。




山を行くペースは速かったが、次第に要所要所で立ち止まることが増えて行った。
あまり来ることのないこの山においても、Gさんは何処にきのこが出るのかを把握しているようだ。


・立ち止まり、「あれ摘んどき」と指さしたキノコその1。
ツバアブラシメジだろうか。前夜に頂いた味噌汁にも入っていたらしい。





・その2。ホウキタケ。
そう言えば前日の昼食時、「ネズミのてのひら」という名で度々話に登場していた。





地形は険しくなり、Gさんは頻繁に「気ぃ付けぇよ〜」と僕に声を掛けた。

僕は何か有るといちいち胸ポケットからスマホを取り出して画像を撮っていたのだが、ポケットを閉じるベルクロが弱っていたのだろう、腰を屈めた時に胸ポケットからスマホが滑り落ちたのが分かった。

これから崖を15m程下の涸れ沢に降りて行こうとしていた時で、スマホはそのまま沢へ落下して行った。
自分の位置からは落ちて行った場所が見えなかったが、カッシャーン、という大きな音がし、スマホが石に直撃したのが分かった。

ここで慌てても危ないだけなので、足元に気を付けながら沢床に下り、程なくしてケースと本体が外れた状態で転がっているのを発見した。

操作をしてみると全く異常がない。
当たり所が良かったのだろう、ダメージは貼っていた硬質ガラスのシートにヒビが入ったことと、ポリカーボネートのケースの角部が若干潰れていたことぐらいだった。

すぐ壊れるだろうからスマホにはせん、と長年Gショック携帯を更新し続けているGさんは、その状態を知って、「お〜」と驚いていた。


・京セラL03。 海山川で相当手荒く使っているが、故障したことはない。
しかしながらアプリで負荷が掛かりすぎると電源が落ちるという、頭が悪くて丈夫なヤツ。






岩ばかりの枯れ沢を登り雑木の斜面に出ると、Gさんが再び地面に注視しだしたので僕も下を向いてキノコを探す。

同じくツバアブラシメジとホウキタケが少々。

斜面をひとしきり丁寧に見廻ると、Gさんが車道を目指して歩き出した。
約一時間ほどだったろうか、僕の初めてのきのこ狩りは終了したようだ。



・車に戻ると、Gさんが軽トラの荷台から「この本が一番わかりやすい」と愛用の図鑑を出して見せてくれた。
きのこの本を作っている作者が「自分が作った中で一番良い本」とGさんに言った本、だそうだ。




Gさんは車を走らせたと思ったら、直ぐに停めた。

薄暗い木々の中に居てその存在も忘れていた太陽が、雲の無い空からこの高地へと力強く光を注いでいる。


・車を降り、神宿りし地の遠景をしばし望む。




再び車を走らせたと思ったら、また直ぐ停めて少しだけ山に分け入り、何かの実を拾って殻を外して僕に渡してくれた。
栗に似ているが、もっと表面の色が濃く艶が有りどこかチョコレートのよう。



・「食べてみ」というので皮を剥いて食べてみると、ほの甘い木の実の良い味がし、「おお!」と感激!…しようと思ったら後に猛烈な渋みが。




とちの実だそうである。
とち餅などにするには、川を剥いてから何日も流水にさらすなどしてあく抜きをする。

再び車を走らせしばらく行くと、Gさんの知り合いが道の傍らできのこ採りに入る準備をしていたので声を掛けた。




思い起こしてみると、僕がこの地に訪れるようになったのは四半世紀前だ。

山の中や、山と川の狭間で、人々がどこか昔のままのように慎ましやかに暮らしている様は、物が蔓延した東京から遊びに来た僕に、山と川以外に何もないところに頑張って人が住んでいるように映っていた。

僕らが下る川は、とても山奥であることが多い。
人里を離れ、川に並走する山道を延々遡ったところで、ふと民家が現れることがある。

当初、「こんなに何もない所に住むと、さぞ不便だろう」とばかり想像していたのだ。

毎年のようにここへ来るようになり、幾重にも連なる山々を、その中を流れるどこまでも澄み切った川を、そして、それがごく当然のこととして、その自然からの恵みを享受している人たちを知るにつれ、ここは生きることに必要な様々なものが存在する、「豊かな場所」と感じるようになった。

その豊かさの恩恵に与るには、多岐にわたる知識と知恵、根気や体力が必要であり、だからこそそういう人に自分は憧れるのだろう。


帰路、元々のGさんの家が在ったあたりへ寄り道をした。
6年前の大水害の時、土砂ダムの決壊によって出来た流れにより、この村は深くえぐられてしまった。


・当時の様子


・法面と河道改修、護岸工事が行われている現在の様子

 




家に戻ると紀州犬がGさんの帰宅を跳ね回って喜びつつ、僕という来訪者を警戒しつつ迎えた。


水害の時まだ子犬だった彼らは、山崩れで孤立した避難場所から住人達と共にヘリで吊られて脱出した。



その時、僕はその数日後にこの地を訪れたのだが、災害後連日のダム放水により今までにはない程の長期間に渡って濁流となってしまった川を眺め、
「川の魚は死んでまうやろな」
と言うGさんの呟きを横で聴きながら、川の生き物達と深く係わり合いながら生きるとはこういう事なのだろうか、と自分も今までに何度か潜ったことのある、魚が乱舞していた青い淵が、濁流に覆われている姿をただ無言で眺めていたのだ。

・6年前の豪雨災害後、長い間ダム下流の濁りは治まらなかった。




今回、採ってきたきのこは全て僕が戴いた。
Gさんにお礼を告げ帰路につく。

車を走らせると、運転席の窓の向こうには、あの災害の時微塵も透過していなかったその川が、今までずっとそのままであったかの様に、白石の川底までしっかりとこちらに見せて流れていた。

今、あの川にはどんな魚が、どのように棲んでいるのだろう。
川の中の姿を想像しながら、車を走らせるのは楽しかった。

帰り際、

「夏もおいで。今度は川行こうや。」

と言ってくれたGさんの言葉を思い出しながら、川を眺め運転する僕の笑みはなかなかおさまろうとせず、全開にした窓から飛び込んでくる乾いた風が、そんな気持ちを知ったかのように、髪の毛をわさわさと心地よく掻き揺すった。

処々流れし醸成月 その4「遠征帰路は渡りに船の菌探し 続き」 

February 27 [Tue], 2018, 14:28
温泉の駐車場にはGさんの顔見知りが県外から集って来ていて
「おーい、久しぶり!」
「おうおう、」
などと、高らか賑やかに挨拶を交わしてから風呂へむかう。

脱衣場では年配のおっちゃんが二人話していた。

爺A: 「あかんワ、ワシこの前スズメバチぃ刺されてもうてな〜、二匹やっつけた思たらまだ他のんおって、そいツにやられてもうた」

爺B: 「ほな、アレちゃうか、もう占領間近やったんやろ。アイツらそん時だけはごっつう刺して来よる」
(スズメバチは、ミツバチの殺戮を続け、巣が陥落する頃になると人間に対しても凶暴化するらしい)

この辺りは昔から養蜂が盛んな地域で、僕らが行く山奥の川辺にも大木の胴をくりぬいた蜂箱が置かれているのを良く見かける。

話をしている一人(爺B)は、それが本職なのか相当な数の巣箱を管理している様だ。
という訳で、僕はパンツを半分ずらしたまま、彼らの脱衣場世間話に聴き入っていたのであった。


風呂上りに再び駐車場の面々の所へ。

彼らは退職後に好きなことをやって過ごしている楽しい仲間たち、という感じで、落ち鮎釣りに来ているようだった。
皆、申し合わせたように車の車種や大きさなどはまちまちだが、快適に車中泊が出来るように改造してあった。





・一人が、今回の漁の成果を見せてくれた。
「そんなん小さいわ」 と川漁にもにも詳しいGさんは愛想もなく言った。
暖かくなったら、川のことも教わりたいな。




その晩はGさんのお宅で、手際よく作られた晩御飯を頂いた。
和食料理人として修行してきたGさんの作る料理は、べつたん変わったメニューではないのにどれも不思議なぐらい美味しく、味にこだわりのない僕にさえ、素材を知りつくした調理が施されているのがわかった。

料理人時代の話や、この野趣濃密な水郷の地において、山川に分け入りその恵みを享受する話を聴きつつ、手作りおかずと土鍋で炊かれたご飯を頂くのはなんとも感慨深かった。

どうやら僕は、自然に詳しい人、その知識が生きて実践出来ている人、生きる過程の多くが自分の中にある人をとても尊敬する傾向にあるようだ。

Gさんの普段の居場所であろう座椅子に座らせていただきながらの晩御飯だったが、その傍らにはサンダーや充電インパクトと言った電動工具と共に鹿の角などが置いてあり、聞けば知り合いから依頼され、猟で使うナイフの加工をしているとのことだった。

テレビの前には他の工作道具や材料の載ったちゃぶ台が有り、座椅子があり、居間の一番快適な場所で(少々周りを汚しても)手作業をするというその状景が、ウチのそれと全く同じなのがなんだか可笑し嬉しかった。

翌朝暗いうちに出発するというので、早い時間ではあったが寝床である車に行った。

山で足手まといにだけはなりたくない、という思いから、思いつく限りの想定をし準備してから寝た。


朝、言われた時間よりかなり早く目が覚め、再び装備のチェック。
扉が開いて、

「おーい、入っといでーや、」

の声で僕も家に。


入ると、梅昆布茶を入れてくれていた。
それにはどうやら自分で漬けた梅干の紫蘇の葉が入っており、
それがまた不思議なぐらい美味しくて、僕にはその美味しさの理屈が分からず、

「つまり人が何かにこだわり修行し精進するという事は、すなわち魔法を身に着けることなのだな、」

などと思いつつ飲み干した。

それを見届けたGさんの、

「よーし、行こか」

の合図で僕らは、まだ暗い山へと出発した。

処々流れし醸成月 その3「遠征帰路は渡りに船の菌探し」 

January 03 [Wed], 2018, 11:00
ベッタ君は帰って行ったが、世の中はまだ休日だったらしい。
しっぽおまけ夫妻とさらに一泊。

・キャンプサイトで翌日昼過ぎまでのんびり遊んで過ごす。






みんな帰り、ひとり河原キャンプサイトに残った僕は、なんだか眠くなり夕方からそのまま朝まで寝た。


朝陽を浴びる芙蓉の花を眺めながらひとり三線で遊び、それにも飽いてキャンプサイトを撤収し、以前から気になっていたオフグリッド民宿の立地を見に行く。



その道中、近くに住むGさん (過去のブログ「閉じ行く人の営みに」参照 ) に連絡をしてみたら、丁度これから近所の店へ昼食しに行くという事で、僕もそこへお邪魔した。


店ではお昼を食べつつ (便乗してご馳走様して頂きました。有難うございました ) Gさんと知り合いの方が山の話をしていたが、丁度旬であるキノコの話や、山の猟の話など、僕の興味のある話ばかりで聞いててまったく飽きない。

その中でも、カモシカが猟犬に断崖へ追い詰められ、最後に50メートル下の地面に墜ちて行く話などはなかなか壮絶で、なんだか紙芝居を見ているようであった。


店を出てGさんが、せっかく来たのだから、という感じで翌日行く予定のきのこ採りに僕を誘ってくれようとしたのだけれど、ジーンズにサンダル履きの僕を眺めて、

「しかしその格好ではちょっとなァ…」

と躊躇の色を示したので、

「山の装備すべてアリマス!」

とすかさず返答。

今回のキャンプは、山仕事の現場あがりにそのままやってきたので、作業着やスパイク足袋などクルマに積みっぱなしだったのだ。


・直前に山仕事をしていた。雨でツルツルになった土の法面では、スパイク足袋が楽。





ちなみに、6年前にGさんとの再会を果たすことになった豪雨災害の時、被災したお宅からの荷物の運び出しを手伝うと言った僕に、彼は、
「道は流れてしもとるし、スパイク足袋無いと無理や」
と言ったが、何故だかやはりその時も偶然に、タマ〜に行く山仕事の直後で、そのあたりの装備一式が車に積まれていたのだった。

それより何より、僕はこのところ自宅の敷地や仕事で訪れた山で、怪しいキノコを見つける度、食べれるキノコについてもっと知りたいと思うようになり、それには誰か詳しい人に山で教えてもらうのがイチバンなのだけれど、生憎自分の周りにはそのような人がなかなか居らず、しゃあない、ひとりできのこ採りしてみるか〜だけど間違って毒キノコ採って来ちゃうかもな〜なんせキノコの事全然知らないからな〜誰か教えてくれる人居ないかな〜、もう。
という状況だったものだから、サンダル履きででも付いて行きたい気持ちだったのだ。


だからこんな好機は絶対に逃してはならないのである。



・という訳でその日も僕の大好きなこの町にとどまる事になった。
この水郷の町は古くからの温泉の町でもある。





とまあ気が付いてみれば、年を跨いだ昨秋の出来事だけれど、まだ続けるつもり。


処々流れし醸成月 その2「抱きしめたい景色へ」 

December 20 [Wed], 2017, 11:05
朝、昨日とは違う陽光の明るさと暖かさ、匂いで目が覚める。


・目の前の河原には、ピンク色の大きな大きな芙蓉の花が咲いていた。





しっぽおまけ夫妻がピザトーストを焼いてくれた。

青い草原に吹き流れて行くコーヒーの香りに包まれていたのも束の間、
カ、シーッ…、と本来の歯切れ良い音をいくらか殺しながらプルタブを起こしたしっぽの旦那が、キリンラガーを自分と愛妻のタンブラーに注いでいた。

しかしこの二人は幸せそうにビールを飲むなあ。


川下り隊の僕とベッタ君は、そんな朝のゆるい空気を堪能しながらゆっくりと準備をし、夜露を避けてテントの下に干していたウエットを車に積んで川へと出発。


・今まで何十回も通った橋の上から。
そしてその通った数だけ、この谷の底を流れて行く自分を想像していた。






・ベッタ君、今日もよろしく!








・川は一日経って、さらに澄んだ。濁り無き川が僕等の心をも洗う。









・しばらく下ると大きな堰堤が現れる。



・僕らがこの堰堤を越えることの出来る唯一のルートである魚道だが、下りて行くのは簡単ではない。水圧で激しく体を押さえ込まれる。




・チューブを流し受け取って貰ってから、自分も同じように魚道を下った。






ダムは、このルート一番の難関。
増水時には魚道の縁から水が盛大に溢れ出すので、溢れた水に押し出されてダム下のコンクリ床に転落する危険がある。

また、川の両岸は切り立っていて、山を迂回するのも難しい。
当初は最終手段としてダムから飛び込む事も考えていたが、実際には水流が激しすぎて飛び込む場所で安全に飛び込む姿勢をつくる事も出来ない。


・難所を越えて一服。
僕はここでビールを飲み、以後頻繁に上陸してはオシッコをすることになる。
ウエットの中で用を足すと、あとあと面倒なので。
(→「キャニオンチュービングweb古座川川下り記録」より)




・ダム下の地形調査に潜るが、この日は水流が速くなかなかダムに近寄れなかった。






ダムを超えたあたりから、両岸を岩に阻まれた景色へと変わる。
初めてこの区間を流れた時、その景色に思わず僕は、わあ、と子供のように声を揚げてしまった。



・両岸の岩壁までしっかりと満たされた青い流れは、チューブの上でぽかんと口を開けている僕を滔々と流した。
谷を流れる青い水と、そこを流れ行く僕に、岩の上に生える木々がやわらかく緑の屋根をかけていた。



要するに、僕はこの景色に出会いたかったのだ。

20年以上前、職場に落ちていたトラックのチューブを眺め、こいつで何か出来そうだと拾い上げ、よく分からないままに海や雪山で遊び、川に持ち込み、実に些細なものではあるが改造を重ね、カヌーでは入れない山奥の川にたどり着いた。



・この青い水にもっと触れたくなった僕はチューブから転げ、しばし川に浸りながら、時に歩きながら川を下った。思った以上に水が柔らかく身体を包んだ。

景色に抱かれ、水に抱かれる。
美しい谷を流れている時は、そんな感覚である。





・狭い断崖の曲がりを抜けると、突然橋が現れた。
何十回と、あの橋の上からこの谷を眺め下ろしては、ときめいていた。

そして今、自分のやり方でそこに来たという感慨。





・ゴール近く。太陽がいとも簡単に、この山奥の深く狭い谷底を跳び越してしまった。




・おつかれさま。
一緒に流れてくれてありがとう。





・仕事以外にも何かと忙しいベッタ君はそのまま帰っちゃった。
一緒に遊んだ後に飲む酒が一番美味しいのに。

処々流れし醸成月(かみなしづき) 

November 11 [Sat], 2017, 23:48
秋という季節が好きなのである。

夏の喧騒や春から続いてきた自分の焦燥が、熱気もろとも山からの風に追いやられ程よく静まって行くのを感じる。


ある週末、紀伊半島へ出向いて、仲間と草原の河原にキャンプを張った。



・集合した夜は雨だったので、とある屋根の下を間借りしてこじんまりと
しっぽとおまけの夫妻は何処へ行っても瞬時にいつもの宴会場をこさえる。




・翌朝、カヌーをしに川へ。
初めてこの川を下りだした20年前、細い道でいくつも山を越えて行った道程を、地を抜け天を駆ける道で瞬時に移動する。




・昨夜、注意報が出ていた程の大雨にも関わらず、ダムに堰き止められた川の水は少なく、それを好機と追い込みで投網を打つ川漁師をしばし眺める。



本流に水が無いので予定を変更し、ダムの無い支流へ。

その支流は今まで何度もチューブで下っていたのだが、いつも下っている区間の下流にある車道橋から見下ろした谷底の雰囲気がなんとなく好きで、いつかそこへ行ってみたいと思っていた。

そして去年、ふとしたタイミングがあったのでチューブで下ってみると、想像以上の素晴らしい景色に出逢えた。

今回のキャンプで、その場所へ水遊び仲間のベッタ君と行く予定だった事と、今後色んな仲間を連れて下るであろうその道中の安全対策のための下見をしたかったのだ。

最初にそのルートに入った時、僕ひとりの単独行だった上、チューブとしてはかなり長いコース設定だったお陰であまり余裕もなくひたすら漕ぎ流れたせいか、ゴール地点まで車道に繋がる上陸地点をひとつも見付ける事が出来なかった。

岩山を深く垂直に削り込んだが如き谷を流れる川である。
簡単に車道に上がれる道など作ることが出来ないのは承知の上だが、このルートは大きな堰堤を魚道で下りて行くという難関もあるので、何か有った時の為に川から脱出する陸路をしっかり調査しておきたい。

しかしお気楽気ままな自由業の僕以外、一緒に遊ぶ仲間は会社や様々なコミュニティの要人である。

好きな遊びのためとはいえ、各々の仕事や家庭、しがらみを背負いつつ(だからここではあえて渾名で記している)何時間も掛けてやってきてくれる仲間に、ただの下調べという行動に同行して貰うのは少なからずの申し訳ない気持ちが有る。

・快く付き合ってくれたベッタ君は、どうやら急な山道の上り下り、この調査行動すら楽しんでいるように見えた。

 


調査活動で時間は短くなってしまったが、その日は今まで何度も下り、勝手の分かっているその川の上流区間を下ることにした。


・川くだり準備をしている間に、家から作って持ってきたおでんが痛まないよう温め出したベッタ君。
温まった頃合いを見計らって僕は箸と取り皿、ビールを手ににじり寄る。
実はとてもお腹が減っていた。




・チューブの川下りは絶えず川に浸っているので冷たい川は向かないが、この地域の川は10月でも全く問題なく下れる上、大雨の直後にも関わらず、川の水はさほど濁っていない。




・転覆するのが前提の川下りだ。
カヌーでもチューブでも思い切り漕いで転覆し、流れにくちゃくちゃに洗われる度、彼はストレスと肩こりが流れ去っていくと笑った。




この川下りにはマニュアルのようなものが存在しない。
手に入れたチューブを自分で改造し、様々な用具を試し創意工夫して、少しずつ使える形に仕立てて行く。
売ってない装備も有るし、そもそも川の情報が無いから(僕のサイトも、もう情報が古いから、あまり参考にならない)、オレは金を払ってでもなるだけ手っ取り早くそれをしたいたんだ、という人には不向きな遊びだ。

一方、物作りが好きな人間には堪らない楽しさがある。
試行錯誤し自分で作った道具達が、実践で活躍するのを実感出来るのは、そんな人間の至福である。


・瀬を越えチューブの調整を施す。次回、彼のチューブにはしっかりと改造が施されていることと思う。





・僕らには想像のつかない力と時間が造り出した景色を流れる。




・「波平の白フン」と僕等が勝手に呼んでいる瀬。




波平さんそっくりの大きな岩の下に、白フンドシの如き瀬を有することからその名前を付けた。
水量が増すと、白フンの上の分岐の水位が増し、そっちの方へ流されてしまう危険がある。
そちらの流れは画像右の岩の下を潜って本流に合流する。
もしそこへ流れてしまったら、分厚いウエットやライジャケなど相当な浮力を身に着けた我々が、岩の下を潜ってちゃんと出て来れる可能性は低いように思える。




・この支流に流れ込むそのまた小さな流れも、濁りや澱みを見せることなく海への旅路を始めていた。




川から上陸し、乾いた服に着替え温泉に浸かり、草原のキャンプサイトに行くと、しっぽおまけ夫妻が屋根を作って僕らを待っていてくれた。

・彼らがその日、海の町へ出向き仕入れてきた海老は、見事なパエリアパスタに仕立てられ、草原の夜宴を彩った。




ベッタ君がおでんを温めてくれた。彼は家を出る2日前からおでんを仕込んでいたらしい。

こんな夜、僕が出来るのは馬鹿話と、下手くそな音楽ぐらいだ。

それでも良しと集まってくれた仲間に感謝しつつ、これまたいつもの如し夜更かしの野宴。



夜中、よく通る高い鹿の鳴き声が繰り返し川向かいの岸にこだまして、まるで2頭が鳴き合っているようだった。

新ダイワチェーンソーK35SDクラッチOH用特殊工具の製作 

September 03 [Sun], 2017, 13:16
東京に住んでいた頃、チェーンソーという物は何かとても特別で、その専門のヒト達が扱う、それはそれはキケンなシロモノだと思っていた。

田舎に住む今では、チェーンソーは薪作りや、仕事で行う立ち木の伐採など意外と身近な活躍道具となった(キケンなシロモノであることには変わりないけど)。


活躍し過ぎてクラッチが滑ってしまった。



クラッチをばらすには、一番外側のリング状の内側の三分割の部分だけを時計回りに回さなくてはいけないが、その構造を見て、マイナスドライバーでコジったり叩いたりするような、いわゆる有り合わせな対処ではムリと判断し、有り合わせな廃材で特殊工具を作る事に。

不細工に切り抜かれたSS400の板は、たしか廃油ストーブの天板に煙突の穴を抜いた時の物だと思う。
こんな不細工な板も、小さな小さな鉄片も全て捨てないで、直ぐ閲覧出来るようにまとめてある。
ナットも機械設備か何かの撤去で出てきたもの。
工具の安定性を考え二面幅21ミリを選んどく。



ナットを溶接後、外径を旋盤で研削。



3センチ四方ぐらいのSUS304の切れっぱし(ゴミですね)から切り出した小片を仮合わせ。




それらを溶接したら、インパクトで時計回りに回す。



クラッチが外れる。



クラッチは見たとこあんまり悪くなかった。
ネットで調べてみたが、チェーンソーのクラッチが滑ったから交換、という事例は少ない印象。

すごいのになると、ドラムが摩耗して無くなるまで使ってた、なんてのも見受けられた。
つまり、ドラムが消滅する寸前までクラッチは機能していた、ということである。

と言うことで、当初は交換予定であったクラッチは、ドラムの修正(若干楕円になってた)と、接触面のブラスト処理をしてみることに。



組み直してテスト。
クラッチの滑りは直った。



今回のクラッチ滑りは、スプロケカバー内の木屑掃除を怠ったのが大きな要因かもしれない。

あと、かた減りした歯を無理やり使ってたのも、良くなかったと思う(研ぎ続けていたらいずれ元に戻る予定でいた)。


しかしこの特殊工具、次の出番、あるのかな?

上を向いて歩こう 

August 31 [Thu], 2017, 15:25
カラッとあっけらかんと、あの、そこはかとなく明るいイントロが流れてくると、
僕のおなかはきゅう、と絞られ、胸の中がなんだか熱く暖かく満たされる。


十数年前のその時、僕はニュージーランドをヒッチハイクしていた。


車の通らぬ国道の端でポツリと立ち、空を眺めていた僕を拾ったのは、出張公務中のマオリの青年だった。


車の場所に帰る必要がないので、ロングトレイルの山歩きにヒッチハイクは都合が良かったが、生活道具全てを担いで山を歩かなければならなかった。




彼の公務に付き合いながら数百キロを移動し、なんとなく意気投合した僕は、彼が予約していたワンガヌイと言う町の貸し別荘の一室に便乗させて貰うことになった。


車のラジオでは、DJがやたら「ラストサムライ」と言っていた。
このタラナキ山で映画のロケをしているんだよ、と青年が教えてくれた。






その晩、僕等は街に出て数件を飲み歩き、その流れでカラオケバーに入った。

そこは日本のそれとは少し違っていて、そこにいる全員が絶えず誰かが歌う歌に耳を傾け、皆が空気を共有していた。

やがて、見るからに他所者の僕を面白がってか、歌え、歌え、と客達がはやし立てはじめた。

英語の歌も知らず、そもそも英語が苦手な僕は、困り果て頭をムシリつつ渡された歌本をめくっていると、題名を読むことすらできないような歌の羅列の中に、

「sukiyaki」

の文字を見付けた。

歌本の文字の向こうで、九ちゃんが「やあやあ、こんにちわ!」と白い歯を見せて大きく笑っていた。


あの、聴き慣れたイントロが流れると、僕の中に一万キロ彼方のニッポンがやってきて、おなかを熱くした。

訳も分からず赤道を越え、何処へ行くかも分からず彷徨っていた僕の両肩に、
九ちゃんはやさしく、だけどしっかり手を置いてくれた。僕は九ちゃんと歌った。

我に返ると、大きな大きな拍手に包まれていた。

僕を載せてくれた青年。
その道中、彼の仕事である違法ゲーム機のヒミツ捜査に、自分も捜査官ヅラでバーに潜入したけれど、僕を見た店のオヤジは僕を何と思っただろう(笑)



奇しくも、今年行ってきた日本の南島のキャンプサイトで、三線弾きのキャンパーの方と意気投合し、最初に僕のギタレレと一緒に弾いたのが「上を向いて歩こう」だった。
二人して朝から酔っ払ってテキトーに音遊びをしているさなかだったので、音合わせも何も無く、何ともバラバラだけれど、それがお互いの勝手感(生き様だねw)や、ちょっと前まで知らなかった者同士ってのを表現していて、自分的には見ていてなかなか楽しい。




「上を向いて歩こう」

今、この歌が僕をあの十余年前のニュージーランドに還してくれる。


上を向いて歩こう。

空は繋がっている。
時は繋がっている。



上を向いて歩こうか。

涙もこぼれないしね。





豊かながらくた 

June 28 [Wed], 2017, 15:56
敷地に植えたキクイモとトマトの苗が、数度に渡ってイノシシか鹿に食べられているようだったので、柵を造ることに。

先ずはホームセンターでコンクリの鉄筋網を買う。



杭は、薪にどうぞ、と言うことで貰って来た使用済み品。

今回の用途には短めなので、後で繋ぐ前提でチェーンソーで継ぎ目を作り、防腐とイノシシ避けの意味で廃油を塗りたくる。




テキトーに植えた苗を、テキトーに囲む。




扉については、当初アングルで枠を作り、鉄筋網を溶接しようと思っていたが、腐ってしまって、燃やそうかどうしようか迷っていたパレットがあったので、処分がてら、それで作ることに。

バラシつつ腐っていない部分を切り出す。


取れた材料から扉の形、寸法が決まって行く。


仕上げに廃油を塗ると、カビなどの汚れが落ちにくくなるので、その前にナイロンブラシで撫でる。




大きな蝶番は買うと高いし、頂きもののパイプとフラットバーが丁度良いサイズだったので、両者を溶接して作成。


廃油を塗りたくって据付け。



蝶番のサイズも良い感じ。



廃材でドアロックを作る。
沢山在る鉄片、廃材の中からインスピレーションで材料を抽出。


曲がった長ボルトはワイヤーなんかを巻いて出荷するときの木製ドラムの物。

それをバラす時に曲がってしまったその形をそのまま利用した。



レバーを上に起こすとロックが外れ、扉を開く事が出来るが、起こしたまま閉じてもロックはしない。

レバーを倒してからヤンワリ閉めると勝手にロックが掛かるようにした。


パレットの腐りきった部分は、廃材利用の薪コンロで燃料となった(パスタを茹でてるところ)。
灰と共に出て来た釘は、リサイクル業者さんへ。



膨大なガラクタに囲まれ、それが豊かだと感じる日々。
P R
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