k君の旅:イラク日本人殺害事件2

2008年03月06日(木) 21時53分
k君のあまりに悲惨な最期を知ってから、疑問の数々が頭から離れず気付けば自分に置き換えてその恐怖を感じ、「あまりに酷すぎるよな、どうしても納得なんてできない。なぜ?なぜ?」 と呟き考え込んでしまう。 彼の死は改めて生について、戦争、平和、人々の心にある宗教、そしてそれまで避けてきたイスラム教にむきあわせた。
私は自分自身の心を探求することで 「真実、平安」を追求しようという仏陀の教えを求めており、 まるで正反対に思える抑圧的な神を掲げ暴力を正当化するイスラム教に強い反感を持っている。 仏教の5戒のうちのたった一つ 『不殺生』 あるいは縁起の観念、さえあれば人を傷つけることはおろか、悪魔的な残虐行為は出来るはずがなく、今中東が陥っている悲惨な紛争状態がこんなに長引くことはないのだ。なんで神の名を叫びながら人を殺すのか???? 理解なんか出来るはずなく、まったく論外であった。でも、なぜ彼らがあんなにまで狂信的になり命をかけて戦うのか、理解する必要があると考えるようになった。


k君の事件があった2004年、10月、私はインド、HP州のキナール地方を旅していた。チベット国境近くの辺境地nakoまで行き、圧倒的な大自然と孤独の内に脈々と浸透しいる仏教を感じていた。 そしてその後チベット仏教の指導者ダライラマのお膝元ダラムサラに戻り、平和な仏教徒の中で安心していた。 旅をしているとnewsに疎くなってしまいインターネットで探さない限り情報は入ってこない。(殆ど日本人と接触しないので・・・・) 彼のニュースを知ったのは大分たってからだった。その半年前の邦人3人の拉致&解放の頃は日本におり、自己責任とバッシングの大嵐であった彼らの行動と言論に対して私も多少の反感を感じていた。日本人人質が殺害された、と聞いた時、「ああ、とうとう・・・。ムスリムは本当に恐ろしいなあ」 くらいにしか思わず自分の仏教的旅を続けていたのだった。
イラクーーーー この10年の間、アジアの国々を陸路で貧乏旅行してきた私にとって、もし混乱していなければパキスタン⇔トルコ間はイランイラクを訪れていたはずある。 あまりに危ないのと、ムスリム社会での女性の存在と行動を考慮して避けてきた土地であった。 
イスラム教の文化と人々は全く異次元で理解できなかったが、パキスタン、エジプトなどの超イスラムな国を訪れての印象は、意外に整然とし安心を感じる良いものであった。
熱心なヒンドゥー教といいながら、平気で嘘をつき、金を騙し取り、外人女に対して露骨に性的アプローチスしてくる厚かましくデリカシーのないインド人より、ムスリムのほうがよっぽど紳士的で真面目な人が多く感じたのだった。 そこに厳しい戒律と抑圧を感じはしたものの。
旅行中、現地人に対しては常に警戒&慎重に接触してきたつもりだが、異国の地でk君に起こってしまった悲劇は一歩間違うと自身にも起こりうる。
 私は旅がとにかく好きで、地図を見ているだけで楽しくなる。(かなり地図マニア)その地の情報を収集し、文化や歴史背景を知ることが旅の楽しさの3割は占める。そしてその情報を確かめるように地図と方位磁針を使い迷路、謎を解き明かしていくように、知らない土地を探索するのが楽いのだ。そして知らない土地、知らない人々の中で感じる色々な事。

 ヨルダンはアンマンまでくれば、イラクはすぐそこである。 地図で見ると本当に近い。バスで国境までたったの4時間、連日ニュースで伝えられる話題のバグダッドまででも たった2000円ほど払えば、翌日には着けてしまうのである。 もし、アンマンまで行ったなら、私も必ずイラク入国を思い巡らしたに違いない。 だから、あまりにバカで無謀、自己責任と非難されるK君の気持ちもありありと理解できてしまうのである。
 K君は24歳でフリーター、人生を悩み考え、旅に何かを見つけるきっかけを探していた。 私も同じであった。 k君のように一時高校中退を考え一年休学、大学に入ったものの人生に悩み中退。その頃は毎日、日本で生きていく自信も希望もなく、人生の意味について思い悩んだ挙句、死にたいという鬱のどん底に陥っていた。そして19歳の私は精神的な何かを求めてインドに初めての旅に出たのだ。 k君も私と同じように日本社会での生き方に悩み、精神的なものをみつけたくて、初めての旅に出た。しかし行き先の選択を間違えた。
私はk君の旅を、私がまだ訪れたことのない地、誰も永遠に知ること出来ないk君が見、感じたであろう命がけの旅を追体験した。

k君の足跡を追って感じたいろいろな事がある。 彼の結末は避けられたのではないかという疑問。そして同時に初めから決まっていた運命に突き進んでいった様にも思えた。
原因はいくつもあるように思える。
★第1の原因; 状況把握、危険認識の甘さ。最も危険な時期、その半年間、毎月外国人が拉致され斬首されているという恐ろしい事実を自覚していなかった。イラクで外人と目立つ短パンtシャツ姿でうろつき回る。イスラエルの入国履歴、十字架の焼印は極めてマイナス。

★第2の原因; 初の海外旅行で右も左もわかっていない。値段交渉もできす交通移動、宿探し、街歩きも自力でできていない事実がある。地図も現地情報も持たず文化や宗教の理解も不足していた。

★第3の原因: 所持金。イラク入国時たったの100$(!!!!)。これは最大にして決定的な過ち。 (信じられない額である。私はひと月2万円以内の超節約旅行をしながらも、何かに備えて最低10万円以上は残して日本に帰る)。 特に貧困地域では殆どの問題はお金で交渉が可能となる(役人でさえバクシーシで動く)。 k君は100ドルで 「1週間ぐらいイラクに滞在したい。ホテルが高ければ外で寝る(!!!)」 などと答えたそうだ。 そして危険を察知し、イラク脱出を試みた時には 「所持金が20ドルしかない」としてtaxiでのアンマン行きを諦めた末に拉致されてしまった。・・・・・・・。

★第4の原因; 不運? 危険地帯を警戒もせずうろちょろした末に、「最も危険なテロリスト」とアメリカから指名されている一番危険なグループに捕まっってしまった。半年前の高遠さんらを拉致したグループは宗教勢力部族長が交渉できる相手だったので解放された。しかしk君が捕まってしまったのはその頃、毎月のように外人の首切りを有効手段として取り組んでいた超過激派。 接触も交渉も不可能なザルカウィ率いる国際テロ組織アルカイダであった・・・・・。
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2004年 1月〜9月上旬  クライストチャーチ
ニュージーランドで7ヶ月間のワーキングホリデー。
あまりに平和な毎日で思っていた刺激がなかったようだ。帰国前に2ヶ月弱の短期旅行を計画する。何故か突然、周りの人にはメキシコに行くと嘘(?)をついて???イスラエル行きを決定。10月27日にはイスラエルからクライストチャーチに戻り、11月25日には日本に戻る航空券の予約も済ませてあった。

9月5日〜8日  エルサレム
ニュージーランドから一気に離れたイスラエルまで飛ぶ。(ただ単に刺激的な冒険、異文化にふれてみたいなら近くに世界一の秘境、南太平洋の島々がある。そして異国情緒あふれる東南アジア、インドまでに向かった方がルート的にも、経済的にも遥かに合理的である。 なのに、お金がないk君は20万円もの高いエアチケットを買って遠くイスラエルまで飛んだ。) その理由はひとつしかない。彼の家族は熱心なキリスト教徒だそうだ。精神的なものを求めて迷っていたk君にとって最も身近な宗教、その聖地イスラエルをどうしても訪れてみたかったのだ。
日本を出たとき250万円も用意してあったのにイスラエルに着いた時点で6万円しかなかったという。(それで2ヶ月滞在する予定だった・・・・イスラエルではバイトが探せるが・・・。)
エルサレムで日本人に連れられて宿を見つける。(ガイドブックも地図も持っていなかった)
【悲しみの道】を十字架を背負って歩きイエスの苦難を追体験し、涙するキリスト教徒を見て何を感じただろう? また日本人には異様と思える格好で【嘆きの壁】に向かい祈り続けるユダヤ教徒は彼の目にどう映ったのだろう?
聖地をめぐって血を流してまで争いを続けている敵、イスラム教にも関心が湧いたに違いない。
k君は仕事斡旋センターを訪れようと一人エルサレムを去るが、道に迷い6時間もさ迷い続けた挙句、日本人のいるエルサレムに舞い戻っている。・・・・・(しかも真夜中・・・。飄々として捕らえどころのないような人物像・・・・・・・・、ブルースリーに憧れボクシングを始めたという青年は、実際は臆病でナイーブだったのではないか?強く勇気ある男に憧れながら、内心ビクビクしながらも自分を奮い立たせ危なっかしい大胆な行動をしていたのかもしれない。)

〜10月8日 テルアビブ
日本人に連れられて宿を見つける。 バイトをしながら6週間も滞在。(一泊1000円程)。ディスコやパブにも行った。髭を金色に染めた。この後、すぐにニュージーランド、日本と戻る予定であったが、 全く運悪く(!)、その宿で、イラクを訪れた事を自慢げに話すフランス人と出会ってしまう。・・・・k君はそのフランス人の話を毎日のように聞きイラク=戦場をみてみたくなった。平和な日本での生活の中で悩んでいたk君は日本ではありえない究極の場に自分自身の身をおいて、人生の目的や意味を見出せるかもしれないと、夢見たに違いない。日本で育った若者にとって「戦争」は抽象的な他人事にしか感じられないだろう。ちょっとしたスリルが味わえる冒険旅行のつもりだったろう。実際、自称 『バックパッカー』(なんでも肩書きを作りたがり自分をカッコよさげなパッカーという部類に入れたがる典型的な日本人)、勘違いした旅人気取りのやつがどの国にもいる日本人宿(!)で日本人と群れており自分の冒険譚、危険な所、珍しい場所にいったことを勲章のように自慢する輩がたくさんいる。 k君はそんな奴に影響されたかもしれない 。k君はイラクを憧れとりつかれてしまう。

10月18日 ヨルダン入国 死海泊???
k君はイスラエルでもヨルダンでも道に迷い自力で宿を探すことも出来ず、バスを間違えて目的地に行けないことも何度かあったようだ。イスラエルを発ち、アンマンに行く予定が何故か間違って死海に辿り着き、そのせいでイラクに着く予定が2日も遅れてしまった。(もし、死海に行くことがなかったら全ては違った結末になっていたかもしれない。)

10月19日 アンマン
自力で辿り着けずtaxiから電話してやっとクリフホテルにチェックイン。すぐにイラクに発つつもりでマネージャーにチケットを頼んだという。この時4時pm、イラク発のバスは6pm。マネージャーに「もう遅い、満席だ」 と言われ急遽この宿に一泊することになる。(定員なんてないようなものだし自分でバス停に言っていたら必ず乗れたはずだ。) (マネージャーは彼を宿に泊めさせ説得するつもりだったかもしれない) (一日ずれていたら結末は変わっていたかもしれない・・・・・)。この宿で情報ノートを見ていたというから、イラクに行こう!この機会を逃すな!という文字、イラクへの自慢冒険譚に触発されてしまったかもしれない。そのノートにはつい数ヶ月前にイラクを訪れた人による感想や詳しい行き方の説明などが書かれていたという。
k君はせっかくアンマンに来たというのに、殆ど宿から出ず、バルコニーからじっと外を眺めていたという。何を考えながら?一人で街に出るのが怖かったのか?そんな状態で遥かに危険なイラクになど行ける筈もないのだが・・・・・・・・
 アンマンの宿に滞在中、マネージャーは一度も彼の笑顔を見なかったという。死ぬかもしれないとジョークで言っても表情を変えなかったという・・・・。
k君はこの宿で出会った日本人に「イラクに行って、何が起きているのかを自分の目で見たい。とりあえず見てみたい。サマワに行きたい」 と言っていたそうだ。『どうしたら世界は平和になるんでしょうか』。「やはり戦争を体で体験しないと平和は語れないですよね」などと語っておりイラク戦争に関するメディアの報道が「嘘ばかり」だから、自分の目で事実を確かめたかったという。「いや、旅行者だから大丈夫ですよ、何とかなりますよ」
所持金はたったの1万円くらいしかなく!・・・・お金を貸そうかと言う日本人の申し出を断り(その時点で彼はイラクへ脱出のチャンスを失ってしまった。 あと20ドルあれば彼はイラクを脱出できていた・・・・・・)

10月20日 イラクへ・・・・
 夜行バスでの出発が迫った夕方、k君ははロビーに緊張した表情でたたずんでいた。「気が変わったか?」と尋ねたマネージャーに、「I need (?to) go」と強い口調で話し、「5日後に戻る」と荷物を預けていったという。彼をバス停まで見送り(一人で行けなかった・・・・)イラクへ去っていくk君を見届けた日本人には彼は不安ものぞかせるような複雑な表情にみえたという。「非常に好奇心旺盛な若者だった。なぜ一般のイラク人まで殺されなくてはいけないのか。それを確かめるためにイラクに行ったのだと思う」。「自分に課題を課し、それを乗り越えようとしているような決意も見えた」という。「彼は、まるでただの観光旅行をしていたように言われているが断じて違う。戦争の真実を見ようとした勇敢な若者だということを知ってほしい。真実を見に行った、尊敬できる日本人だ」と話す。
(その時期、日本大使館の人がわざわざ安宿まで足を運び、日本人を絶対イラクにいれないよう忠告していったという。なのに、「100ドルで大丈夫か?」というk君に宿のマネージャーは「往復と宿、食事だけなら数日は何とかなる。」と言い、結局は「言ってもきかない」としてk君にチケットを買い与え、バス停まで連れて行っている。(旅慣れた人なら全部自分でやり、その分節約も出来たのだが・・・・)忠告したというが、イラクの危険を十分知っている宿のマネージャーは何故禁止しなかったのか?実際この数ヶ月間、外国人たちが拉致され首が切られているという事実を彼に伝えたのか? もしk君にその余りに恐ろしい事実を実感させる(犠牲となった者の切られた首を見せられたら絶対に行かないだろう)事が出来ていれば、当に自分に起こるかもしれない危険を実感させていれば止められたはずだ。その事が後悔されてならない・・・・・

とにかく彼はバグダッド行きのバスに一人乗り込んでしまった。
たった20ドル、の切符、しかしそれは余りに恐ろしい結末への片道切符だった。
 その時点で彼は自分の命があと10日に短縮され、そのカウントダウンが始まったことに気付くはずがなかった。

k君はドキドキしながら国境を通過し、まんまとビザなしで通過出来たときはヤッタ!と思っただろう。殺伐とした車窓の景色を眺めながら、彼は何を感じていたのだろう・・・・・

10月21日 バグダッド着
昼前バグダッドに到着。半ズボンでTシャツ姿の奇妙な格好の東洋人は周囲の視線を集め、「ここ数週間で外人客はその人だけ」だったとイラク人はk君を覚えている。k君は宿泊を予定していたボルグ・エル・アラブ・ホテルに行ったが、外人トラブルを恐れるホテルから拒否されたことが分かっている。k君は予想外の治安の悪さを始めて実感し、怖くなったに違いない。拉致されるまでのバグダッドでの5日(?)間、彼がどこに行き、何をし、何を見、何を考えたのか? 今となっては知る人は誰もいない。宿泊先すら未だ一切不明。。(?????まさか5日も野宿???)????
この空白の5日間が私は知りたい。彼が命を代償としてまで見、感じたことを・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・永遠に謎であろう空白の5日。イラクはーーー戦場でk君が感じたものは何だったのか?


10月22日 バグダッド2日目
タクシーに連れられボルジュ・アラブホテル、カサブランカ・ホテルを訪れるが宿泊拒否されていたことが判明している。カサブランカホテル(1泊20ドル前後)はNGO関係者らがよく利用していたホテルだったが、外人がいるとアメリカ軍の捜索を受け、また外人客を狙った武装勢力の攻撃もあるので、8月からは外人の宿泊を断っていたという。フロントマンは「日本人に事情を説明し、謝った上で引き取ってもらった」という。どこに泊まったのかさえ不明・・・・・・・・

10月23日 バグダッド3日目
宿泊さえままならず、お金もなくなったk君は自分の置かれた状況に恐怖し、即アンマンへ戻ることにしたのだろう。午前11時45分ごろ、バスターミナル事務所に現れ、「今日中にアンマンに行きたい」と言ったがラマダン(断食月)で聖地への巡礼用にバスが まわり普段は1日1便あるアンマン行きのバスも、週2便と激減していたらしい。次の便は25日と聞かされ、立ち去った。・・・・・・・・・・。

10月24日?バグダッド4日目
(??23日??24日情報は錯綜している) 市内の外国人用の高級ホテルで アンマン行きのバスを予約しようとしたが「バスは満席らしい。予約できない」と言われ、「そろそろ金がなくなる」と訴えていたそうだ。
バスターミナルにて。 バスはない・・・・ 翌日の便の予約を勧められ 「何かに怯えるように震え出した」???という。心配した運転手の1人がタクシーでの手段を薦めたが 「所持金が20ドルしかない」と言って、諦めたという・・・・・・(あとたった$20あれば、その時タクシーでアンマンまで戻れていたのだ!!!!・・・・。)「何とか乗せて。 あと20ドルしかない」と懇願していた姿が目撃されている。(自分が不利益になるような援助をするイラク人は滅多にいないだろう・・・・)(もしタクシーに乗せてもらえていれば結末は変わった・・・・・・)
タクシーのドライバーから 「別のバス会社をあたってみよう。約150円で連れて行く」と持ちかけられが、「高い」と断り、周辺をうろうろしていたという・・・・・・・・・。(後にこの事も後悔したであろう・・・・)
k君は、バスターミナルの門まで歩いて行った。そこに2人の若い男が近づき、話しかけたという。それまで暗い顔をしていた彼は急に笑顔になり、男たちについていって、近くの通りに止めてあった黒い車に乗り込んだところが目撃されている。
この時点で誘拐されたのか?彼らが外人を捕まえて誘拐グループに売り渡すことで金儲けする者たちだったのだろうか?・・・・・後に犯人が語る所によると26日、市内の広場で拉致したという。ではこのバス停でk君を車に乗せたイラク人とは何をしたのか?? 全て不明・・・・・・・・。
このバスターミナルでの目撃が最後となる。
10月25日 バグダッド5日目

????不明・・・・・・・

10月26日 バグダッド6日目

誘拐される・・・・。後に逮捕されるフセインの供述に因るとk君はバブル・アルムアッザム広場でイラン・イラク戦争の記念碑を撮影しているところを別のグループが拉致し、フセインらに引き渡したという。グループはバグダッド中心部ハイファ通りにあるスンニ派モスクの敷地にある建物でk君を4日間拘束したと話している。
;過激派はちょうどこの時期、外人狩りに力を入れていた。4月から毎月のように外人を誘拐しては首を切り、その映像を流すという行動をパターン化し、自分達の活動の武器としていた。外人を見つけたら通報するよう町中に網を張っていたはずだ。彼らはホテルの部屋にまで押し入って外人拉致を行っていたのだ。 超危険地帯をk君はまったくの無防備で警戒もせずカメラを撮ったり目立ちまくりな格好でうろつきまわった。 宿とアンマンへの手段を求めていろんな人に接触してかっこうのカモがいることを自らアピールして回った。 囮を捕まえれば名誉up、「日本人は売ると高い値がつく」というからむしろ彼らに捕まらないほうが奇跡的な状況だった。
犯人によると当初、身代金と引き換えに解放することを考えていたが、上部からサマワ自衛隊の撤退を要求するよう指令が届き、利用する方針が変更されたという・・・・・・。

人質;過激派にとって外人を捕まえてきて写真をとり、メディアに流すだけで成立させることが出来る。手軽に自分達の主義主張を世界中に発信できる(大きな要求ができる)効率のよい手段。外人を人質に取ればその国は大いに騒いでくれ、しかもすぐに奪還しに来る可能性は低いのでローリスクハイリターンなのだという。外の世界に恐怖心を味わわせる。(参;『アマチュアはイラクに入るな』)



10月27日 バグダッド7日目 拘束2日目
誘拐公表。 日本時間深夜 02:07 ザルカウィ率いる「イラクの聖戦アルカーイダ組織」(人質を容赦なく殺害する危険なグループ)がウェブサイトで、日本人を人質にとったとする映像を配信。長髪で白いTシャツ姿のk君は手を後ろで縛られ、黒い旗、覆面のメンバー3人の前に力なく座らされていた。犯人は声明を読み上げ自衛隊がイラクから48時間以内に撤退しなければk君を殺害するとの声明を出した。(私は見ていないが)k君は力なく
「彼らは、なぜ日本政府が法を破ってイラクに自衛隊を派遣したのかと尋ねています。小泉さん、彼らは日本政府に自衛隊の撤退を求めています。さもなくば、僕の首をはねると言っています。すみませんでした。また日本に戻りたいです。 」またこれと同じ内容を英語で発言しているという。
朝の6時、「アルジャジーラ」がテレビでその映像を放映 、NEWSとなり世界中が知ることになる。 小泉首相は「自衛隊は撤退しない」と即答。・・・・・・・・ 11時半、 「人質はkさん24歳とみられる」と発表 。夕方18:30k君の家族が九州の自宅前で  「彼は同情心や正義感でイラクの人々の苦しみに目を向けようとした。解放を心よりお願いします」 。

10月28日 バグダッド8日目 拘束3日目
朝8時、谷川外務副大臣がヨルダンに到着

10月29日 バグダッド9日目 拘束4日目
02:07、 期限とされた48時間が経過 。
10:00 k君の 母親が東京で記者会見 「一民間人として国に何をしろとは言えません」

10月30日 バグダッド10日目 拘束5日目
??? 

10月31日
(am0〜1時頃殺害される。) am3時、イラク警官が、首を切られた遺体を発見(死後2〜3時間と確定)。遺棄現場は、最後に目撃されたバスターミナルから約3km、車で約10分・・・・・・。フセインに因ると「彼は涙を流して解放を求めていた」というが日本政府が要求を拒否したため、殺害。監禁中、暴行や手足を拘束されることはなく、食事は1日3回与えていたというが解剖では胃の中は空で2日は何も口にしていないようであったという。 10時 「指紋が一致したため、k君の遺体と確認した」 と発表。13時 小泉首相 「解放のためあらゆる努力を尽くしたにもかかわらず、kさんがテロの犠牲となり、痛恨の極みだ。引き続き自衛隊による人道復興支援を行う」 。
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●11月2日
殺害されて3日経ってから、斬首ビデオがインターネットに氾濫。覆面男達が組織の旗の前で人質の解放を条件に「日本政府から数百万ドルの身代金の提供の申し出があったが、これを拒否し、聖戦の道を進む」「日本政府は、48時間の撤退期限を守らなかった。アメリカ軍と協力する日本人の異教徒を殺害する」と声明文を読み上げたあとk君を押し倒してアメリカ国旗の上で斬首する場面が世界中にさらされた・・・・・・。

●11月3日
遺体が、福岡空港に到着。葬儀はキリスト教式で営まれた。
 
●2006年3月 事件から約1年4ヵ月後
k君殺害実行犯Hussein Fahmi Badr(26)逮捕。エジプトやヨルダンに逃亡していたが1月にバグダッドに戻り、女性に求婚しようとした前日に逮捕されたという・・・・・。 「自分は上からの命令を受けて殺しただけだ」「組織の上部がどうなっているのかは自分にも分からない」謝罪の言葉はないのかという問いに、「自分に何が言えるというんだ。受けた命令を実行しただけだ。起きたことは起きたことだ」と反省の色を見せなかったという。
NGOやマスメディアに所属しないk君が「イラクに来た理由が不明確でスパイだと思った」。
フセインはk君を含む外国人やイラク人市民や警官、兵士ら900人!!!の殺害に関与したという・・・・イラクでの裁判では、バドルは一転して「自供は拷問による強制だ、私は誰も殺していない。」と無罪を主張。「日本人も殺していないのか」とたたみかけると、「そうだ」と答えた。しかし裁判長はフセインに死刑を言い渡した。 殺害実行犯のグループは5人おり主犯格の男は米軍の拘束下にあるという。 誘拐グループの割り出しにもあたっているという。

●2006年6月
ザルカウィ潜伏先でアメリカ軍の爆撃を受け死亡
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●k君はなぜ、死ななければならなかったのか?
友達は彼を思い出す。「誰にでも優しくて素直で、汚れていない男だった。」
なぜそんな彼が悪魔の生贄になれなければならなかったのか????
・・・・・まるで生まれたばかりの真っ白な子ヤギがヨタヨタとおぼつかない足取りで、腹ペコで獲物を探している猛獣の群れの中に自ら迷い込んでしまったように思えるのだ。 なぜそんな罪のない人間があの人生を与えられたのか?私には不思議で仕方がないのだ。
仏教的な考え方をすれば、−−−−結果には必ず原因がある。自分の犯した罪は来世、来々世・・・・・と償わなければならない。・・・・もし彼が前世で犯した過ちのせいであのような最後を迎えなければならなかったとすれば、その罪は償われたはずである。そして今は新たな生を生き始めているに違いない。
そして、そしてこれから罪を償わなければならないのは、フセイン、ザルカウィ etc、彼を苦しめた奴等だ。 彼等はk君が味わった苦しみの何倍をも幾世に渡って償っていかなければならない。・・・・・・それを思うと、悪魔のような彼等にも哀れみを感じる・・・・。
k君の腕に刻まれていたというキリスト教ではどう捉えるのか?私にはよくわからないが、k君がイエスのように殉教すべき使徒だとするなら・・・、k君の死は無駄ではなかった。他国の戦争に無関心な日本人、豊かな文明社会の中で心を蝕まれていく多くの日本人に対して、彼は多くの問題を提起した。現に私にとってk君の存在が意味をもったように。
彼の御両親は 「生きて証を立てる」という意味で彼を名づけたという。 「いつか平和のために働く男になってくれるはず」という想いをこめて・・・・・。


 イスラム教とは???   まさに生き地獄のようなイラクに暮らす人々。 無実の家族が 居座る外国の武力によって殺されていく。 彼等が抱く不安と悲しみ、怒り、憎しみは当然だ。 しかし彼らの主義 「目には目を」 で復讐を義務とまで思い込んでしまえば、この暴力の連鎖は永遠に終わることはない。暴力に対して暴力でやり返すことで再び自らに暴力ではね返ってくるという、この単純な堂々巡りからどうして抜け出さないのだろう????
k君は私にとって会った事もない他人である。けれども人質にされた彼の怯えた表情、奴らの冷酷さ、卑怯さに対して、私は抑えられない怒りと憎しみで叫んでしまいそうだ。 騙して拉致し、覆面で保身し、抵抗も出来ない状態にして恐怖感を味わわせた挙句、残酷に殺す。
聖戦といいながらこの余りに卑怯な戦い方! 神を隠れ蓑に正当化し罪悪感から逃れるという卑劣さ!陵辱された彼の生を思うと耐えられない。奴らを全く同じ目にあわせk君の苦しみを理解させ、自分の行為の愚かさを悔い改めさせたい。 奴らが首を切られ辱められても同情しない。奴らに対し抑え難い怒りと憎しみ、だからって、私は自分のこの手で他人を傷つけることなんて絶対にできない。誰だって他人の痛みを自分に置き換えれば出来るわけがない。仏教徒なら 最大の罪である 「殺生」 を犯すことは罪悪感で精神的に耐えられないだろう。 また自分の行為が必ず結果につながる因縁という概念があれば、罪は犯せない。自分の罪は必ず自分に返ってくるのだ。 (こんな概念も自我自己愛を捨てられない低次元なもの・・・) 真の仏教者なら利他を喜びとし自己犠牲を苦とも思わず、人間に限らずあらゆる生命を平等な愛、慈悲のこころで助けることを人生の意義として時を生きている・・・。 そんな仏教観を抜きにしても、人を殺す、そんな権限はどの人間にもないのだ!
なのに奴らはアッラーの名を叫びながら、宗教を盾に、自分等の恐るべき愚行凶行からの罪悪感から逃れ、自らを正当化している。イスラム教が本当にそんなことを認めている教えなら、まさに悪魔の教えであり、何より、そんな教えを廃止し、改宗させるべきである。信仰の自由なんてレベルではない。
罪を犯せ、人を殺せと煽るような宗教はこの世に存在してはならない。
私はイスラム教をもっと理解する必要を感じている。

イラク日本人青年殺害事件

2008年03月05日(水) 1時08分
イラク日本人青年殺害事件
2004年当時、外国の僻地にいて知らなかった。だいぶ経って日本人が殺されたと知らされただけだった。今回、ネットで偶然いきあたり、もう3年前になるこの事件とその反応についてつくづく考えさせられた。
青年はアルカイダグループにナイフで首を切断され殺害場面をネット上で動画配信された。中学校で生徒が授業中にパソコンで動画をダウンロードしたり、携帯電話のメールに添付されたり、あるバンドがコンサートで上映したり、したという・・・・・・。
2chでの人々の反応を知り、あまりの非情さに愕然とした。宗教を持たず、平和な日本で欲望追求にしか興味のない現代日本人は他人に同情できないほど精神が病んでしまっているのか?こんなかんじである・・・・・・・・・・
2004年の2CHでのスレ;
>>・キター!!kさん首切り動画だ!いつ見られなくなるか分からないから速めに保存なりしたほうがいい。
>>・うちの学校で流行っているもよう。クラスでの会話。 「ねえねえkさんの画像もう見た?」 「えーまだ見てないよ」
「じゃあ送ってあげようか?すごかったよ〜血ぃドバドバ出るよ」 「うん送って送って!」
>>・kさんの断末魔、うおぉぉぉ・・って仮面ノリダーを思い出すのはオレだけ?
>>・俺の高校では、全校生徒の半分以上がその動画を見たらしい。
>>・俺のまわりにもいます。奴らの見た感想が「気持ち悪い」の一言。それ以外に「怒り」と「悲しみ」っていう感情でねぇ。
>>・人が死ぬところを見ることが一種のステータスと化している。
>>・俺なんて慣れ過ぎて飯食いながらみたよ 。まぁこんなものかと思ったけどな。ビビリすぎなんだよヘタレどもが!
>>・携帯で見たいんです。どなたか親切な方携帯用の動画貼って下さい !
切られるとき、うぞぉ〜ってきこえた(笑)。
>>・仕事で仕方無く行ったとかなら同情するが 観 光 旅 行 だ ぜ 。しかも散々「危いからやめろ」と言われてたのに。
どうやって同情すりゃいいんだよ。
>>・kの首切り動画が見れない人のために、動画をupしたよん。 飛ぶべし!。
>>・わたくし元がかなり冷たいもので、動画そのものを見て感想は「こいつら手際いい」「よく切れるナイフだなあ」「出血はこんなもんなのか」「やっぱ痛いかなあ。それとも最初だけウッてなるけどすぐに意識が飛ぶかのか。]くらい。目の前で起こってることなら感じ方も違うし、助けられるものなら必死で助けると思うんですけどね。
>>・方々から制止されたのを振り切って、 しかもイスラエルから、パスポートにしっかりイスラエルのはんこをつけて たいした金も持たず(野宿で「なんとかなるっしょ」)、短パン太もも丸出しで 、キリスト教のタトゥー入れて戦争中のイスラム教圏に入国した人ですよね。 もう度胸あるな〜っていうか、もしかして天然?っていうか・・・
>>・他国の人の首切りは普通に見れたけど日本人だから見た時は嫌な気分になった 。
>>・俺はみんなほどには衝撃受けなかったなあ。麻薬みたいなものをやった上で切ったみたいで、アルカイダも 少し手加減したのかなあって思った。それよりアメリカ人の首切られる映像のほうが、ショッキングだったかも。声が。でも案外血ってのはぶわーっと噴き出ないもんだな って、結構冷静に見ていた俺は異常か。
>>・南極に裸で旅行して凍死したようなもんだな 。皆の制止を振りきって行ったんだから、同情も出来ない。。
>>・首切り動画見たけど俺は何とも思わへんし… 見て後悔したとか言うヘタレっ!好奇心だけで見るん失礼やん。
>>・さっきネパール人の首切りは見たけど音大きくしないと「スースー」聞こえない、なんだかな〜って感じだがまあいいや 。右手にビール ほや食べながら晩酌ついでに見ちゃったよ 。チキンは見るな。

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唖然、愕然・・・・・・・・
「人間が殺されている映像」(最上級のタブー、スナッフィルムである)を、友達とわいわいキャーキャー言いながら見る子供達・・・ 人がなぶり殺されていく映像の再生ボタンを興味本位でクリックし、首が切り離されていくまで見通す神経・・・・・
それを餌に彼をさんざん誹謗中傷して喜んでいる日本人・・・・・・・ 軽率な行動とその結末をニュースとして聞いただけでなく、彼が殺されていくその様子を映像で自分の目で見た後での日本人の反応である・・・・・・・一人の人間の苦しみを見た後で、ただ行動の批判と客観的な感想で済ませてしまう人々・・・・信じられない鈍感と冷酷さだ。 自分の名前もバックグラウンドも知られた上で、「自分が殺されていく姿」(最も悲惨な自分の姿、最も個人的で守られなければならない姿、裸体、セックス現場、心の中を覗かれるより屈辱的だと思う。)を、世界中の不特定多数の人々にまるでエンターテーメントのように見られる・・・・・・・ 最上級の人格の尊厳への冒涜だ。
アルカイダの行為はもはや悪魔としか言いようがないが、 彼の死に行くさまを面白半分に見ている日本人も同レベルの残酷な心を持っている。イザとなれば人を殺せる心だ。
例えどんな凶悪な殺人鬼でも、例え虫であろうとも、理由はなんであれ、「個人の生命が侮辱され殺される」ということ、その痛み、苦しみ、悲しみを思うだけで耐えられなくないだろうか? 


想像してみてください、自分が人質にとられ拘束され「お前の首を切る」と脅される。自分の命乞いを日本政府に要求させられ日本中の人々に見られる重圧と自責悔恨の念。 自分の命の期限が迫るのを待つ時間。 どんな状態で耐えられますか?
想像してください。 自分のその姿がカメラで撮影され 「お前の首を切る場面をインターネットで流す」 と知らされる。 自分の家族が感じるであろう悲しみ、不特定多数の人に曝される屈辱。 どんな気持ちですか?
想像してください。 髪をつかまれ、ナイフを首に突きつけられた瞬間。 その恐怖感、絶望。 ナイフが差し込まれた時の痛み。
「自分の首が切り離されていくのを意識しながら、ただその痛みと屈辱が終わるまで耐えるしかない時間の長さ・・・・」
想像してください。 切り離された自分の顔が自分の背中に乗っけらている姿。
想像してください。 その過程が世界中に見世物にされた挙句誹謗中傷される自分の存在、家族の悲しみ・・・・。


 人間の精神や感受のレベルは一様ではない。他人の心はわからない。どれほどの差があるのか?
虫も殺せない人がいる一方、他人にじわじわと苦痛を与えながら殺すことに快楽を感じる人間もいる。
歴史を見ると世界中で残虐な行為で溢れている。悪魔としか思えない人間がいつの世にも存在している。
一体、人間の本質は善なのか?悪なのか・・・・ 考えさせられる。
この地球上に一体何割の悪魔が存在するのだろう・・・ 全ての生き物のうち、最も恐ろしく、残酷なのは、人間。
一番大切なのは、この世に生きて、追求すべき事は心の優しさ、他人への優しさだとつくづく感じた。

しかし、何故彼はこんな最悪の苦しみを味わわなければならなかったのだろうか?
過去の悪業の報いとしか納得ができない。
もし、何の理由もないなら、ただの偶然、悪運(軽はずみな行動の結果では理解できない)というなら、この世は余りに不条理でむご過ぎる。人生に意味は見出せない。
そして、彼が信じていたというキリスト教の神がいるとしたら、その神はあまりに残酷だ。
彼が捉えられている写真を見たが、人並み外れた逞しい太い首、そして彼の名、「生証ーーー生きる証」が余りに皮肉で哀しかった。彼は自分の「死んだ証を」人々に曝されてしまったのだ・・・・・・・・・・。
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ニュース; 2006/3 フセイン・ファハミ被告(26)が香田さん殺害を自供し死刑判決が言い渡された。取材に応じた被告は、kさんについて「殺されて当然」と繰り返し、悔恨の情を一切示さなかった。動機について「彼はイスラム教徒ではない。イラクに部隊を派遣したやつらは殺さねばならなかった」などと供述。
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いかなる理由があれ、生命を侮辱し傷つける行為は許されない。
自分の犯した罪は、必ず償う事になる。(彼の罪は死刑では値しない)

アルカイダのナンバー2が報復誓うビデオ声明を発表

2008年03月05日(水) 0時53分

アルカイダのナンバー2、アイマン・ザワヒリ(Ayman al-Zawahiri)はミサイル攻撃で死亡した同組織幹部の報復を誓うビデオ声明を、発表。

・・・・・・・・・・・・・あきれる・・・・・・・・・理解不能なイスラム教・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
復讐を聖なる行為とするのはどういう論理だ???? 子供の喧嘩のような低レベルな行為にしかみえない、イスラム世界での暴力の連鎖・・・・・・・・・・・・・・・人々を混乱に導くイスラム教に怒りを感じてしまう・・・・・・・・・・・・。

インド、カシミール地方の村で銃撃戦

2008年03月04日(火) 23時39分

美しい土地、カシミール。私が訪れた1997年もパキスタンとの国境近くで撃ち合いがあり、交通がstopした・・・・。
いつまで争い続けるのか・・・・・・・・・・。宗教の為に争い悲しむ人々・・・・。なんのための宗教????

パキスタン北西部で自爆攻撃、少なくとも44人死亡、90人負傷

2008年03月04日(火) 22時46分

スワート(Swat)渓谷ミンゴーラ(Mingora)で2月29日、自爆テロ

イスラエル軍がガザ地区から撤収、死者110人以上

2008年03月04日(火) 22時36分

聖地を奪いあい、殺しあう人々。
彼らが崇拝する神は、憎しみと悲しみの連鎖を願っているのか?
何のための宗教なのか?

巨大なスカート高速回転、エジプト伝統の旋回舞踊タンヌーラ

2008年02月28日(木) 21時24分

旋回の恍惚の中で神と出会うスーフィーダンス!!!カイロで見て大感動しました!!!素晴らしかったです。(3度も見に行った)

パキスタン総選挙、一部地域で女性の投票中止

2008年02月27日(水) 1時48分

女性の投票中止→なぜ???→ 「自分たちの文化に反する行為」だからだそうだ・・・・・

トルコ軍越境軍事作戦、死者は170人に

2008年02月26日(火) 23時59分

●イラク北部を拠点とするPKK(クルド労働者党)広範な自治を求めて武装闘争しているトルコの反政府組織)
を掃討するためにトルコ軍はイラクに越境し死者は170人に・・・・・・・・・・・・・・

誰の為の国家? そこまでして国家を守りたがっているのは誰?

コソボ自治州が独立宣言、セルビアは承認せず

2008年02月18日(月) 21時03分

イスラム教あるところに暴力の予感が・・・・・これからどうなる?