手荒れ

2008年03月05日(水) 22時29分
数週間前から、いきなり、手がこんな状態に・・・・・
深い皺が刻まれ、ガッサガサです・・・・・・・・・。
原因不明・・・・・・・・・・・
ハンドクリームを毎日ぬっても戻らない〜・・・
自分の皮膚は丈夫だとずっと思っていたのに・・・・・・・・・・・・・この1年で老化を感じ始めた〜・・・将来、顔もこんな状態になるのか〜 おそろしや〜


大山祇

2008年01月19日(土) 3時47分
神社(おおやまづみじんじゃ)
全国の山祇神社、三島神社の総本社である。国宝8件、国の重要文化財75件(2005年現在)を有し、天然記念物「大山祇神社のクスノキ群」がある。








山の神、海の神、戦いの神として歴代の朝廷や武将から尊崇を集めた。
源氏、平家をはじめ多くの武将が武具を奉納し、武運長久を祈ったため、国宝、重要文化財の指定をうけた日本の甲冑の約4割がこの神社に集まっている。近代においても日本の初代総理大臣の伊藤博文、旧帝国海軍連合艦隊司令長官・山本五十六をはじめ、現在でも海上自衛隊、海上保安庁の幹部などが参拝している。かなり古い時代から存在した神社であることは確かで、平安時代には朝廷から「日本総鎮守」の号を下賜されている。(wikipdia)

お遍路さんがゆく

2008年01月19日(土) 3時46分




夢の中で死んだ。

2007年12月23日(日) 5時54分
おそろしい夢は幾度となくみた事がある。死のぎりぎりまでいっても、そこで目が覚めた。
でも今日、初めて夢の中で死んだ。
友達3人と(小学生時代の同級生でそれ以来合ってないが名前の顔もはっきりうかんだ)東南アジアらしき地から、徒歩で帰国中のようだった。一人だけ自転車で先を行くHを追っていくと、角を曲がった下り坂に信じられないほどの美しい風景が現れた。



隣の青い湖からか道は半ば水没している。 大きな睡蓮や、日本のものとは違う豪快なマンジュシャゲが木の上から咲き誇っている。 「早く来てー!!!すごい景色だよ!」 と後方のFを呼んだ。
私はこの絶景をカメラにおさめたいとシャッターを押そうとしたとき、水没で立ち往生した人々や三輪オートが視界を邪魔してかなわなかった。 やってきたFと、現地の叔母ちゃんとで、水に浸かった道を進んだ。    道の脇に何匹かの黒い野良犬がいた。うなり声・・・・・・・・「狂犬だっ!にげろ〜〜〜!!!」自分か、誰かかが叫んだ。  私は迷って右側に逃げたところ、ふくらはぎを一瞬で噛まれてしまった。 チクっと虫に刺された感じだった。
倒れこんだ私にFが駆け寄り、 「狂犬に噛まれた、もう死んでしまう!。」 といい、私もそうだと思った。体がどんどん痺れていった。  「え〜っ!!!こんなんで、私、死んでしまうのかっ!」  あっけにとられた気がしながら、確かに近づいて来る死を確信していた。 振り絞ってやっと伝わるかのような声でFに叫んだ  「〜銀行と〜銀行に貯金があるので両親に伝えてくれ(臨終の際に気にしているのはおかしい?!!)、両親に本当にごめん、ありがとう、感謝していると伝えてくれ!(日ごろ親不孝しているので罪悪感かんじてるんだな・・・・)」  と、同じことを何度も何度も、声が出なくなくまで叫んだ。もう、声は出ず、口だけパクパクしているのが自分でもわかっていた。Fは理解したことを手をぎゅっと握って伝えてくれたようだった。
あまり痛みはひどくなく、痺れがだんだん増し麻痺して体が固まっていくようだった。
( なんだ、こんなものか。案外あっけなく死んでしまうものだ)
 壮絶な痛みを覚悟していたので不思議に感じた。医師のような男が私の瞳孔を確認しているのがわかった。 私はもう死んでいると判断されたようだ。でも意識はあった。必死で彼の腕をつかもうとし、「た す け て 」と声を出そうともがいていた。 体の痺れが、自分の体内はもう狂気のウィルスに支配されたことを実感させた。 発狂する前に死んだほうがいい・・・・・そう思った。    「こんなんで終わってよかったのか・・・・・・」


人々の「わぁ〜!!!」という声。
私の体の上に飾られたピンクの桜花から、小さな黄色い蝶の大群が溢れて飛んでいったからだ。
私の家での葬儀のようだった。
人々、 「きれいだったね。でも、野桜かぁ〜」 私の体を覆っていたのは豪華な花でなく、桃色に赤やオレンジの混ざった小さな雑草のような桜だったのだ。  でもその桜が私の庭にあるのものと知って、家族がおおってくれたんだとクスッと笑いがこみ上げた。
まだ意識があり、「あ〜〜、部屋、片付けとけばよかった。あれ、処分しとけばよかった。あ〜あれみられたくないなあ〜」いまだにこんなことを思っていた。 もう動かせない体を実感していたのに、
「じゃぁ〜〜〜〜
隣で、トイレの流れる音。 「?????」
目が開いた。 手が動いた。
「夢っっ???」 理解するのに少し時間がかかった。それほど鮮明でリアルだった。
ほっとしたのと同時に、正直この世界に引き戻されてがっかり。あのままオサラバできたら、どんなにラクだったろう。。。。そして、あの後どうなるのか、もうちょっと知りたかったのに〜、トイレにいった家族をうとんだ。  続きが見たくて寝なおしたが、あの続きはもうみれなかった。
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石鎚山1

2007年09月27日(木) 20時58分
2001年にチベットラサであったKから突然連絡あり、6年ぶりに急きょ再会することになった。 
互いに一枚も写真残してなかったが、わかった。





































石鎚スカイラインをハラハラドライブ。土小屋から登る。体力の全然違うKには先に行ってもらいマイペースで登る。あほだから、荷物が、重い。それがしんどい。最後の500メートルはかなり歩いたつもりが距離の減らない嫌〜な標識多発地帯。足ガクガク。Kは階段嫌で鎖登ったそう。かなり重いリュック背負いやるよな〜鉄人! やっと着いた頂上山荘。素泊まり5500¥。5:00着いてすぐ前の神社にてお勤め。払ってもらう。頂上は汗だくが嘘のように寒い〜〜〜  厚着しても震えながら夕日を見る。山荘の人もカメラを出してくるほど、ラッキーな日の入りを拝めた。湯をもらいカップラーメン。 すご〜くへとへと(半分はなれない運転で使った神経疲労)で8時頃には見える満天の★空も待てず、雑魚寝ドミにて7時頃からK共にグーグー寝入ってしまった。毛布が暑いくらいで熟睡。



翌日、ご来光も美しく拝めた。

石鎚山2

2007年09月27日(木) 19時30分

Kが先導し(たくましい〜)道なき藪を分け入り、天狗岳へ。
高所の苦手な私だが霧が出ていて下が見えなかったのでいけた。
絶壁で平気で立つKはたくましい




馬鹿みたいな荷物。
今治まで亀が森林道をドキドキしながら飛ばす。(離合の出来ない山道なので)
やっと無事抜けほっとして整備された道を進むが「ようこそ南国土佐へ」の看板を
Kが発見する。どこで間違ったか南北逆にかなり進んでいた。。。。。。
ひきかえし、無事糸山へ。

海岸で昼寝し、ディナーは美味しいブュッフェ。糸山伯。

サイクリング

2007年09月27日(木) 19時00分
糸山から大三島までサイクリング。島並み街道はサイクリングレーンが整備されていてサイクリストに人気。いくつもの島、橋、海を越えて行く。重いリュック背負っていたのでへとへと〜〜
ギア軽くしてたので幾らこいでも進まない(知らなかった・・・)
Kは鉄人。ママちゃりでしかも何故か裸足で悠然と先を行く。すげぇ〜大三島泊。
翌日Kはそのまま広島へ。私は大山づみ神社へ行き、今治に戻る。


帰りは無理やりリュックを自転車にくくりつけ、ギア重くしたら全然楽だった〜



すごい日焼けした。



なれない運転の緊張感、体力の酷使、(もう歳・・・〜〜〜〜)、まともな食事をしてなかったので(あほみたいに持参したお菓子を消費) etc で、疲れきっている・・・・・・・・・・・・・
三十路を超えてから、疲れがすぐに瞼にでる・・・・・・(落ち窪んで3重、4重になる・・・・・・・・・・)

ビリーズブートキャンプ

2007年08月19日(日) 12時44分
ビリーズ・ブートキャンプが日本で大ブーム!今やビリーを知らない人がいなくなるぐらいビリーズブートキャンプダイエットがブレイク社会現象になっている?!。アメリカ陸軍で専属トレーナーを務めていたビリー・ブランクス(51)が考案。
ビリー語録もの人気。

というわけでやってみました。休みなしにガンガンハイスピードで続くので、かなりきつい。特に今年の異常猛暑の中、冷房もつけずにやってると、驚くほど汗かきます。まじタオルしぼれる〜 腕とか、ふくらはぎとか、意外なところにも汗の水滴が無数滲み出て爽快!
殆ど姉が占有してるから、数回しかやってないけど、あれだけ動けばそりゃあ効果あるよ

2007年08月08日(水) 21時18分