なた豆はみがきの工場

February 19 [Thu], 2015, 20:10
坂製作所(京都市右京区、坂栄孝社長、075・463・4214)は、海外企業と積極的に取り組む金属加工の「町工場」。大企業の看板もなく、単独で中国へ乗り込んだ。現地でも日本と同じ加工を手がけ、日本の顧客向けに低コストで生産しているほか、現地での顧客開拓も始めた。グローバル化の波に立ち向かう果敢な挑戦が、町工場の経営を活性化している。(大阪・田井茂) 「日本政府が尖閣諸島を国有化した2012年9月から半年間は、従業員の確保もできなくなった」。坂栄孝社長は日中関係の緊張が最も高まった当時の苦難を振り返る。入居する広東省の工場団地ではデモこそ生じなかったもののストライキが起き、毎日訪れていた求職者がぱったり止まった。坂社長は本社から従業員を多数出張で送り込み、不安定な政情と人手不足の難局を乗り切った。 坂製作所が同省に現地法人を設けたのは07年。当時、精密加工した金属部品の納入先である顧客が生産拠点を中国やアジアへ相次ぎ移していた。すでに現地では賃金が上昇し、「中国へ出るのはもう遅い」とも指摘された。しかし、活気ある経済や社会インフラの進展を自分の目で確かめ、進出を決断した。「顧客を守り海外情報を得るためにも、拠点がほしかった」(坂社長)。 それから7年たち、賃金の高騰などでなた豆はみがきの工場を4回引っ越したが、試作部品や治具の金属加工を中心に従業員40人の町工場に育て上げた。日系を中心に顧客50社を開拓し、12年にようやく黒字にこぎ着けた。日本と比べ賃金は依然低く、「顧客には日本より50%安く納められる」(同)。 当初は苦労の連続。材料や品質が安定せず、機械加工設備を中国へ送るのも度重なる規制変更で難しくなり、右往左往した。08年にはリーマン・ショックに襲われたが、景気の立ち直りは日本より早かった。 中国で経営を実践し、特に重要と学んだのは外注先の指導と幹部の確保。一時は従業員の半分を品質検査に充て外注先を徹底的に鍛え、人材も幹部約10人を固定した。一般の従業員はどこの企業も入れ替わりが激しいが、幹部を固定すれば従業員が代わっても比較的容易に戦力化できる。従業員には教える技能をなるべく限定することで、転職を防ぐ工夫もした。 坂社長は「当社は日本にも中国にも東南アジアにも、陸続きで納品できる。日本円でも人民元でも香港ドルでもなた豆歯磨き粉の商売できる。それは中国に工場があるからだ」と、取引上のメリットも強調する。 中国工場では日本の顧客向け部品だけでなく、組み立てロボットや検査装置を生産する日系企業に部品を納める現地供給の仕事も増えた。さらに現地での展示会が縁で、外資系企業からベトナムに出荷する受注も得た。モノづくりの基盤が不十分な東南アジアとのビジネスチャンスも、東アとは地続きの中国では今後増えると期待する。 坂社長は「中国工場はまだ大きくないので概要や事業規模を公表していないが、売上高はすでに本社の半分。仕事の量はほぼ同じに達している」と明かす。今後は中国工場とさらに連携し、本社と中国で仕事を振り分けられる大型受注にも取り組む。日本と中国で鍛えた複眼の経営術で「スーパー町工場」を目指す。
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