10月22日。23日

2006年10月25日(水) 19時41分
22日
とにかく朝からいろんな人が来た。
葬祭センターの人や親戚・・・父さんの妹が
この日からお葬式の日まで泊まることになった。

いろんな親戚が口ばっかり出して、
これはこうしたほうがいい・・・
だとか、これじゃダメだ・・・とか。言いたいことばっかり
言うもんだから、母さんと私と父さんの妹は
三人で親戚の悪口ばっかり言ってたw

親戚が何人も家に来ている間も社交性がないアタシは
部屋で眠ったり何だか部屋でぼんやり過ごしていた。
そんな時間でじいちゃんに手紙を書こうと思い立って
手紙を書いた。
今の私のこと、家のこと、親のこと、じいちゃんとの思い出
・・・自己満足でしかないのかもしれない。でも、棺に
収めてもらおうと思った。

23日
この日もいろんな人が来て連日、朝化粧して
寝るまで落とせない日々が続いた。
23日はじいちゃんの誕生日・・・だった。
生きていたら84歳。
夕方から入棺をすることになっていた。
続々と近所の人が集まって、親戚一同も集まって
儀式が始まった。縄を肩から通して
布団に横たわるおじいちゃんを、男の人数人で
棺に納めた。背の高いおじいちゃんはピッタリ・・・だった。
涙が・・・でた。
それからセンターの人の言うがままに、あの世にいく
準備をおじいちゃんにしてあげた。
膝をこすらないように、膝あて、手の甲にもぬの、
額にも足にも・・・・いろんな服をつけた。

10月21日

2006年10月25日(水) 19時12分
田舎のお葬式って言うのはどうしてこんなに大変なんだろうか。

じいちゃんが亡くなった。
ひどい認知症で施設に入っていたわけですが、
肺炎になり、結核になり、ずっと病院で寝たきりだった。
先週木曜日に、母さんから「危ない」という話を聞いていて
土曜の早朝に亡くなったらしい。
電話を受けた時、覚悟があったからなのか、
離れていたのが長かったからなのか
悲しみもあまりなくて、自分でもどうなんだろう・・・というくらい
冷静に帰省の準備をした。

実家に帰ってじいちゃんの遺体が横たわっていて
顔を見て、それでも涙が出てこない自分に・・・
どうしちゃったのかなぁ・・・なんて思った。

帰省するたびに病院にお見舞いに行っていた。
おじいちゃんの身体は痩せ細ってて、骨に肉が
かろうじてついていた。あらゆる管につながれ・・・
もちろん、会話なんて出来なかった。
何を言っているかすら分からない言葉を発していたけど
聞き取れたのは「ゆえちゃん、よく来てくれたなぁ」って。。
それを聞くたびに、私は病室で泣いていた。
痛々しくて、可哀想で・・・

病院にいたとき、管につながれて生きていた時よりは
開放・・・されたのかななんて思った。
だから、「死」の知らせを聞いても涙が出なかったのかもしれない。

土曜にすぐ帰省して、それからいろんな人が家に来た。
親戚、近所の人・・・そのたびにペコペコ挨拶して
お茶をいれたりお茶菓子を出したり・・・

お葬式の日程はホールがたて込んでいたため
火曜日になった。
お返しやお弁当やお花や果物や祭壇や・・・
色々決めることがあって、母さんと父さんは大忙し。
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