あてられた

2007年10月14日(日) 20時55分
父さんが土日お仕事になったため、母さんに
「母さんは土日休みなのに、父さんは平日に休みなら
デートできなくなっちゃうね。」・・・ってメールしたら
「うん。だから月に一回くらいは一緒に休んで食事にでも
行くんだ」・・・って。


・・・軽く失笑デス。ソウデスカ。
相変わらず仲がよろしくて娘としては何よりですよ。。

私なんかいなくても、あの二人は二人なりに
新婚気分で暮らしてるってわけだ。
・・・幸せで羨ましいなぁ。

24日

2006年10月26日(木) 20時34分
お葬式当日

私は5時半起きだった。母さんは4時くらいに
目が覚めたらしい。父さんの妹はおじいちゃんの
ところのロウソクが消えないように神経を使って、
あまり寝られなかったと言っていた。
母さんは着物を着るといって近所の人に着付けを
してもらっていた。近所の人や親戚が来て
棺が霊柩車に乗せられて、父さんと母さんは一緒に
その車へ乗った。
私は後から親戚や近所の人とマイクロバスで
火葬場へついていった。

最後のお別れをして、おじいちゃんは火葬された。
2時間くらい、火葬が終わるまで控え室に通された。
ジュースやお菓子なんかが置いてあって、
近所の人なんかと話すこともないのに
ぼんやり話を聞いていた。

放送が入って
2、3人で先に確認に来てください
と言われ、父さんと母さんと父さんの弟が見に行った。
暫くして全員が骨の前に呼ばれた。
人間ってこんな風になるんだ・・・
って思った。なんだかもう分からない。骨のような
石のような・・・父さんと弟がツボの前に立ち
向かい側に親戚や近所の人が並んで箸渡しで
骨をつぼに入れていった。手が・・・震えた。
箸の持ち方がきれいじゃない私にとって、難関だった。
足のほうの長い細い骨を父さんに渡した。

全員が終わり、センターの人が残りを入れますといって
ちりとりのようなもので骨を集め始めた。
また、涙が出た。でも、目を背けないでしっかり見ていた。
ポタポタ流れる涙なんか気にしないで。
おじいちゃんは全部つぼの中に入った。

父さんが位牌を持ち、父さんの弟が遺骨を持ち、
母さんが写真を持った。
そのままバスに乗り葬儀場へ向かった。

10月22日。23日

2006年10月25日(水) 19時41分
22日
とにかく朝からいろんな人が来た。
葬祭センターの人や親戚・・・父さんの妹が
この日からお葬式の日まで泊まることになった。

いろんな親戚が口ばっかり出して、
これはこうしたほうがいい・・・
だとか、これじゃダメだ・・・とか。言いたいことばっかり
言うもんだから、母さんと私と父さんの妹は
三人で親戚の悪口ばっかり言ってたw

親戚が何人も家に来ている間も社交性がないアタシは
部屋で眠ったり何だか部屋でぼんやり過ごしていた。
そんな時間でじいちゃんに手紙を書こうと思い立って
手紙を書いた。
今の私のこと、家のこと、親のこと、じいちゃんとの思い出
・・・自己満足でしかないのかもしれない。でも、棺に
収めてもらおうと思った。

23日
この日もいろんな人が来て連日、朝化粧して
寝るまで落とせない日々が続いた。
23日はじいちゃんの誕生日・・・だった。
生きていたら84歳。
夕方から入棺をすることになっていた。
続々と近所の人が集まって、親戚一同も集まって
儀式が始まった。縄を肩から通して
布団に横たわるおじいちゃんを、男の人数人で
棺に納めた。背の高いおじいちゃんはピッタリ・・・だった。
涙が・・・でた。
それからセンターの人の言うがままに、あの世にいく
準備をおじいちゃんにしてあげた。
膝をこすらないように、膝あて、手の甲にもぬの、
額にも足にも・・・・いろんな服をつけた。

10月21日

2006年10月25日(水) 19時12分
田舎のお葬式って言うのはどうしてこんなに大変なんだろうか。

じいちゃんが亡くなった。
ひどい認知症で施設に入っていたわけですが、
肺炎になり、結核になり、ずっと病院で寝たきりだった。
先週木曜日に、母さんから「危ない」という話を聞いていて
土曜の早朝に亡くなったらしい。
電話を受けた時、覚悟があったからなのか、
離れていたのが長かったからなのか
悲しみもあまりなくて、自分でもどうなんだろう・・・というくらい
冷静に帰省の準備をした。

実家に帰ってじいちゃんの遺体が横たわっていて
顔を見て、それでも涙が出てこない自分に・・・
どうしちゃったのかなぁ・・・なんて思った。

帰省するたびに病院にお見舞いに行っていた。
おじいちゃんの身体は痩せ細ってて、骨に肉が
かろうじてついていた。あらゆる管につながれ・・・
もちろん、会話なんて出来なかった。
何を言っているかすら分からない言葉を発していたけど
聞き取れたのは「ゆえちゃん、よく来てくれたなぁ」って。。
それを聞くたびに、私は病室で泣いていた。
痛々しくて、可哀想で・・・

病院にいたとき、管につながれて生きていた時よりは
開放・・・されたのかななんて思った。
だから、「死」の知らせを聞いても涙が出なかったのかもしれない。

土曜にすぐ帰省して、それからいろんな人が家に来た。
親戚、近所の人・・・そのたびにペコペコ挨拶して
お茶をいれたりお茶菓子を出したり・・・

お葬式の日程はホールがたて込んでいたため
火曜日になった。
お返しやお弁当やお花や果物や祭壇や・・・
色々決めることがあって、母さんと父さんは大忙し。

おかんとアタシと時々おとん

2006年07月16日(日) 23時44分
この前いきなりメールが来て、今日親が来ると言うことになり
そっこーで部屋を片付けて待っていたんです。
14時半くらいに両親が現れ、部屋でおしゃべり。
アタシの可愛いピンクのワンピを「バーのママ」のような
華美な服装だ・・・と非難し、いきなり不機嫌になりながらも
出かけることになりました。
両親は前日から羽田空港に飛行機を見にきて、
近くのホテルで泊まってから来たらしく、
父さんの腕は日焼けで真っ赤でした。
パパったら本当に飛行機が好きなんだから(=_=)
私も羽田空港に何回連れて行かれたか分からない・・。

東京タワーへ行こう!ということになり向かったのですが
駐車場から猛烈な渋滞・・・。
なんなの?休日だからってこんなに混んでるとこだっけ?
私はそこまでして東京タワーにこだわらなくても
いいと思ったのですが、パパはどうしても
東京タワーに行きたかったらしく、結局並んで駐車場へ。
東京来てから一回彼氏と夜のドライブで夜景を
見に行ったけど、中に入るのは小学校の時以来?でした
展望台もエレベーターがめちゃくちゃ混んでたけど
並んで行って来ました。そして、初めて特別展望台
250メートル地点のほうまで上がって来ました。
いやぁ・・・すごいね。ディズニーランドの
「ピーターパン空の旅」の世界でした。
・・・え?分りにくい?
とにかく豆でした。すべてが。
ちょっと感動(・o・)

地震

2005年10月17日(月) 2時34分
今日(昨日)東京に地震があったでしょ?
私は部屋にいたわけですが、ヤバイと思いました。
まぁ、一人のときに地震が来ると十中八九ヤバイと
思うんだけどね。私の部屋超高いロフトベット?
があるんですわ。
揺れて倒れてきたらひとたまりもない感じの・・・

で、母さんから「大丈夫?」みたいなメールが来たわけです。
私がいつものことながら、「怖かった。東京はもうダメだ」って
返信したら、「カンパンと水をベットのとこに用意しろ・・・って
言っても用意しないだろうから送る」・・って。
さすが、20年間私を育てただけあって用意しない
ことはお見通しなわけです。・・・でもね、そんなもの送られても
部屋が狭いので「死ぬときは死ぬからいらん」って
メールしたら、
「ばかだな。おばあちゃんは災害の時用に
リュックに物凄い大荷物を用意してあって、地震で
つぶれる前にアレを背負った時点で潰れるってほど
なんだぞ!どんな状況でも生きる執念を捨てたらいかん!」

って力説されてしまいました
生きる執念がないわけじゃないのよ。
・・・ってか、背負った時点で潰れるほど・・って
いみねーじゃん!!
とりあえず、ばあちゃんに荷物を
コンパクトにしろって言ってやれよ。。

・・・結局乾パンではなく柿とみかんを
送ってくれることになりました(笑

熟年離婚の危機

2005年09月23日(金) 11時50分
本当は今日親が来る予定だったんです。
でもね、昨日の夜母さんから電話きて、明日行けなくなった
っていうんですよ。その理由が夫婦喧嘩
もう・・・なにやってんの・・・。って感じですわ。
喧嘩中だったけど、母さんが父さんにメールで
私のとこに予定通り行くって私にメールする
・・って送ったそうなんです。そうしたら
明日は行かない!!
・・・ってメールが返ってきたって(-_-;)
そう、彼は怒っているんです。東京で二人でとまる予定で
ホテルまで予約してたらしいのですが、
なんていうか・・・
ガキかあんたは?!って感じですが
もう、下らなくて父さんのことを
母さんにツッこむことも出来ませんでした。

妖怪

2005年09月07日(水) 17時21分
彼氏と見に行く約束をしていたのに私が帰省中に
公開が終わってしまうようなので母さんと見に行って来ました。
結構気になってて楽しみだったので。
レディースデーで1000円だったし。
↓感想↓今から見る人は(ビデオとかで)見ないほうがイイです


一言で言うと
そんなあ・・・。って感じでした。
なんか、小さい子受けはよさそう。。
豪華なメンバーだったんだけどなぁ
しかも水木しげるさんとか、荒俣さんとか関わってたんでしょ?

なによりエンディングがぬるすぎ!
世界は豆で救われた・・・って・・ばかなぁ!!!
良かったのは、神木くんの可愛らしさ!!
(映画と関係ない)
もうなんて可愛い整った顔の子なんだろ
あとは阿部サダヲ・・・いやぁ彼好きです(笑
なんだかやたらと浮いて見えたけども。。
あと、個人的にはホンコンさんがツボでした。
妖怪役じゃないなんて・・・(失礼

期待して見に行っただけにちょっと・・・
という感じがしました

ありがとう

2005年09月05日(月) 1時15分
母さんが某デパートのお得意様の会みたいな
のに入っていて毎月積み立てをすると、積み立てた
お金にすごい率で上乗せされた金額が商品券となって
返ってくる・・・というので5年間コースをやっていたのですが
それが満期になり、3万円くらいのものを
なんでも買ってやると言われました。
高いネックレス?ピアス?化粧品?
いろいろ言われたんですが。安物思考の貧乏が染み付いた
アタシは(言いすぎ)3万もするアクセサリーなんて
とてもつけられない!!と思い、考えた末、
そのデパート小さな電気屋さんもついていたのでi pod mini
を買ってもらいました
母さんにものすごい感謝。。ありがとう。

父さんは母さんにそれはそれはイイうで時計を
買ってもらってました。・・・お前は買ってやる側だろ!!
っと思ったことは内緒です。
その時計やさんでアナスイのうで時計を見たんですが・・・
やばい!!!!超絶かわいい・・・
もうアレは彼氏に買ってもらうしか自分で買うしかない!!
バイト頑張ろう!
あの時計は私の目標だ!

あ、アクセサリーも買いました
コレ可愛いでしょ!
ひとめぼれでした

私の元

2005年08月22日(月) 0時32分
母さんが車の窓がしまっていたのに、なぜか
開いてると勘違いし、頭をぶつけました。
いきなりゴツって・・・・
いたたた・・・・・って!をいをい!!

100均に行きました。
私が色々買うから、父さんが一緒に買ってくれって
かごに物を入れてきました。
会計の後、何を買ったのかと思ってみたら、
夜光るブレスレット
あの、お祭りとかで売っているやつですよ。
完全になにかの間違いだと思って、父さんに尋ねたところ
・・・・欲しかった・・・って
50代半ばの父がお祭りでは買えないから・・・
という理由で蛍光ブレスレットを!!
えぇ

アタシびっくりしました。

この二人を元に私は成り立っているのです。
プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:ゆえ
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  • アイコン画像 誕生日:1985年
  • アイコン画像 職業:会社員
  • アイコン画像 趣味:
    ・ゲーム
    ・買い物
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