2007年6月28日
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「可愛い子には・・」 / 2006年05月31日(水)
人は単純に生きられない。もしそう生きられれば大助かりなのだがそうはいかない。例えば一人の女の子を好きになる。他にも彼女を狙っている男がいる。でもどうしても自分のものにしたい。狙っている男はどう見ても自分よりカッコいい。さあ皆さん、どうしますか?単純に解決できますか?できませんね。単純に考えれば、その男をボコボコにしてしまう。そういう答えもある。今の若い奴はそう考える。物事を単純に捉えたがる。家でファミコンやゲームをやっている奴はきっと、現実に向かうとそうなる。ストーカーも然り。ファミコンゲームをやっている息子を競馬場に連れて行った。「前レース当ててやるよ、見てろよ。」なんてほざいたが、全レース外した。息子が言った。「競馬は面白くない。当たる気がしない。よくこんなのやるよな、大人達は。」少しは自分のアホさに気付いたのかもしれない。そうであればグッドだが。若い奴はどうしても自分には何かの才能があると思いたがる。世の大人達がそうさせた。夢を持てとか、目標を見つけろとか、出来もしない事を子どもに押し付けた。テメエには夢も希望も無いくせに。そんなフニャけた物は要らない。「お前はアホだ。なぜなら俺がアホだからだ。きっとお前の人生は暗いものとなるだろう。用心して頑張れ。」僕はいつも息子にそう言う。彼の人生がハッピーになるなぞ思っていない。でも神様の御加護があれば少し楽しい事が起きるかもしれない。親は誰も子の幸せを願う。自分よりはマシな人間になって欲しい。親の勝手な思いだ。僕は何度も息子を競馬場に誘うだろう。嫌がる息子を無理にでも連れ出すつもりだ。人生は思い通りに行かないことをまず学んで欲しい。そして矛盾するのだが、自分を信じ続けることの困難さを知って欲しい。親だからこそ、しなければならないことだと思っている。

 
Posted at 12:28/ この記事のURL
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「信じるものは裏切られてなんぼ」 / 2006年05月30日(火)
競馬はパドックである。新聞を隅から隅まで読んでも答えは出ない。レースの始まる20分前に走る気があるかどうかを知る事より以外、我々のできることは無い。前レース的中させる事は出来ないが、「おお!こいつはいい!」と思った馬が凡走する事も無い。思い切り単勝勝負なのだ。選んだ馬が先頭でゴールを駆け抜ける快感こそが、競馬の最大の喜びである。前日に競馬新聞を読む必要もなくなるし、スポーツ紙のタイトルに踊らされる事も無くなる。同じレースに気に入った馬が2頭いれば2頭の単勝を買えば良い。1頭に絞る必要はない。土曜の中央競馬で、2千円の単勝を取ったが、その馬は誰がどう見ても凄い気合を見せていた。武豊の馬が本命で1.8倍だったがパドックではごく普通の馬の仕草だった。おまけに歩様が少しおかしかった。僕の選んだ馬は4コーナーで先頭に立ち、そのまま押し切った。武の馬は着外である。「こんなレース、八百長だ!」と叫んだ親父がいた。多分前走までのデータを信じた人だ。そんなもの簡単に吹っ飛ぶ。武が乗ろうが、デムーロが乗ろうが走る気の無い馬は走らない。競馬場に行き、ゆっくりパドックを見、できれば返し馬まで見れば、万全である。新聞を読んで当たった馬券こそが、まぐれである。本命、対抗で入ったとして、それを当てたとしてもまぐれである。「日本はアメリカに守ってもらえるはずだ」とか「中国が日本と戦争する筈が無い」とか、僕らは全く信じない。戦争する時はする。僕ら大衆は何も知らないだけだ。戦争は起きるし、アメリカは日本を守らないこともあるのだ。勝手に新聞の2重丸を信じる人は全てにおいて人頼りだと思う。誰だって儲けたい。だからこそ遠回りかもしれないが、自分のスタイルを作り、それを信じなければいけない。本当の楽しさを僕は知らないかもしれないのだ。それこそが1番悲しいことだ。いくつのなっても知らない事がある。それを知る事が本当の楽しみだと思う。

 
Posted at 00:35/ この記事のURL
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「戦う男は美しい」 / 2006年05月28日(日)
戦争が無い時代に、男はまともに生きられない。男は戦争するために必要なのだ。ビジネスのために必要なわけではない。ビジネスは女の方が得意なのではないだろうか。スポーツ選手に人気があるのはそのためである。彼らは戦っている。肉体を使い、脳みそを使い故に大衆は彼らに注目する。スポーツする人は肉体を鍛える。それにより、脳も鍛えられる。スポーツ選手がテレビの司会業を平気でこなすのはそのせいである。スポーツジムで体をいくら鍛えても、顔は良くならない。全身で生存をかけ、戦うものでなければ何にもならない。
僕はジョッキーが大好きだ。運動神経と脳みそが良くなければ、良いジョッキーにはなれない。何度もしつこく言う。的場文男こそ、最高のジョッキーである。物凄い勢いの内田博に大きく水をあけられているが。現在第2位である。諦めるな的場!リーディングを目指せ!中年オヤジたちがついてるぞ!

 
Posted at 11:49/ この記事のURL
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「ストーンする」 / 2006年05月27日(土)
自分が自分であるという認識を誰でも持っている。その認識は文字にも音にも表現しにくいものである。僕はその認識の多様性言い換えればたくさんの違った認識を持てれば人生は面白いと思っている。その認識が一つだけだとポキリと折れると、万事休すになる。例えば僕は川底のカニかもしれない。清流に住むオオサンショウウオかもしれない。あるいは、川崎のパドックを回る馬体重300kg台の冴えない馬かもしれない。そう思ってみるとこの世は結構面白い。頭も悪く、知識も無いのでこの様に表現するしかないのだが。所詮僕らは地球上の上に落ちている一個の小石である。親兄弟、恋人知人。そういう概念を全て取り去ってしまえば、木も石も人も一緒な存在になる。それを「ストーンする」という。ニートの人達の事を思う時、いつもそういう考えが浮かぶ。「ストーンする」ことによって生まれる認識。それも一つ確かにある。

 
Posted at 21:30/ この記事のURL
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「新人現る」 / 2006年05月22日(月)
5番と12番の馬がもつれてゴールした。写真判定。僕は9番→12番は持っているが12番→9番は持っていない。9番に自信があった。3番人気だったが僕は頭で来る事を疑わなかった。それで裏目は買っていない。「大丈夫、9番が勝ってますよ。」と一人の男が僕を見て言った。60歳くらい。携帯電話でオッズを検索してくれた。「27倍ですね。おめでとうございます。」「ありがとう」その日彼はずっと僕の傍を離れなかった。「主に川崎ですか。それとも大井ですか。」「両方です。時々金沢競馬場へも行きます。」「ほー、金沢ですか。いいですねー。駅から近いんですか。」「駅前から無料バスで行きます。金沢は実家の近くなんです。小松っていうんですけど、ご存知ですか?」「小松空港ね。知ってます。」その日一日僕は妙に上品になった。彼は3番4番固定の3連単流し。「的中ですね。凄い。」「イヤー助かった。今日初めて当たりました。」片目をつぶりウィンクした。こういう人には中央競馬の人である。川崎では珍しいタイプだ。「じゃあ帰ります。」「えっお仕事ですか。そうですか、残念ですね。一緒にお酒を飲みたかったのに。」彼は名残惜しそうに言った。パドックの近くで固まるのは皆常連である。彼はその輪に入ってきた。上品だが意思の硬そうなこの男がわれらのリーダーになる日がきっと来る。多少われ等とは毛並みは違うがそこがまたいい。帰り道、僕は嬉しかった。あれから川崎には行っていない。川崎に行くのがもう一つ楽しくなった。新人の登場は大歓迎だ。

 
Posted at 14:19/ この記事のURL
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「競馬を楽しんだ男」 / 2006年05月21日(日)
「吉井!吉井竜二!ドラゴーン」と馬鹿でかい声でパドックでわめくオヤジがいた。「気合入れてやったから来るよ。ネ。吉井だよ、このレースは。」オヤジは僕に話しかけた。そのレース。人気薄の吉井は2着に来た。馬連で万馬券。オヤジは馬券を僕に見せた。吉井の馬から総流し。「2百倍はあるよね。もっと買えばよかった。」とポツリと言った。オヤジは60歳は超えている。いつもリュックを背負いレースの途中から来る。「仕事終るのが5時だからさ、すっ飛んで来るんだ。横浜でカアチャンが飯作って待ってるからさ、最終レースまではいられないの。」人懐っこいオヤジで大井か川崎で僕を見つけると寄ってくる。ある日新丸子でそのオヤジにバッタリ会った。「えー、兄貴新丸子なの?なーんだ。俺は武蔵小杉で仕事してんだよ。ガードマン。」数ヵ月後、また新丸子でバッタリ会った。「兄貴、今日大井やってるよ。行かねーの?行こうよー。」「今日はちょっとダメなんだ。行けないんだ。」「なーんだ。そうなの?俺さ、今日で現場変わっちゃうんだ。横浜の方へ移っちゃうからさ。大井に行けるの今日が最後なんだ。兄貴にもう会えないけど、元気でね。」と言って淋しそうに去っていった。それ以来オヤジとは一回も会っていない。夫婦で横浜に住んでいるらしい。嫁さんは体が悪く出歩けない。仕事場が横浜になればオヤジは助かるのだが、もう大井と川崎には来れない。妻を放って競馬はしないのだ。オヤジは精一杯楽しんでいた。どのレースも必ず大声を上げて騎手に気合をいれた。傍迷惑だったが、気持ちは良くわかる。オヤジが喚くと他の客もドッと笑った。リュック背負ってどこかの街の夕暮れ時、妻の待つ家に急ぐのか。駅に向かって走っているのだろうか。

 
Posted at 03:18/ この記事のURL
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「束の間の川崎」 / 2006年05月18日(木)
川崎競馬場へ行く。第1レースは午後4時。常連のKさんがあらわれる。一家言有る人で面白い人なのだが、僕のペースは狂う。「おー、久しぶりじゃん。どうしたの。」彼は結構お洒落である。僕は春物を全部小松に置いてきたので、古いジージャンを着ている。Kさんは多分、いつも悲惨な暮らしなんだと思ったと思う。まあ、当たってるけどね。マークシートを書き損ねたり、時間に間に合わなかったり、散々だったがパドックは良く当たった。基本は単勝で行こうと決めてきたのだが連単に手を出してしまう。300円、400円の単勝では買う気が起きない。川崎のオッズは甘くない。締め切り2分前に900円の単勝が570円になる。その単勝を僕は狙っていたのだが、来るとわかっていても買えない。欲が出る。でも2着を当てる方が難しい。やはり内田博のワンマンショウだった。パドックでパッとしない馬を2着、3着の持ってくる。これじゃ手がつけられない。初日は逃げ、先行有利、2日目は追い込み有利。1日で馬場状態はコロッと変わった。馬場が乾くと軽量の馬は走れない。小さな馬はハナから用無しとなる。現実は厳しい。小さな馬は雨を待つ事になる。僕は400キロぐらいの牝馬が好きなのだが、この馬場では無理だ。ナイターの帰り、いつものように喫茶ルノアールに寄る。作詞をする。アルバムの構想を練る。傷む脚を撫で、靴を脱ぎ、足の裏を叩く。弊店まで粘る。明日は小松へ帰る予定だ。束の間の川崎だった。駅の鏡に写る顔は、日に焼けて赤くなっていた。

 
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「渋谷で〜ビクトリアマイルに〜挑んだ〜」 / 2006年05月16日(火)
内田裕也さんが財布を盗まれた渋谷ウィンズに土日出かけた。府中に行きたかったがよるには人と会わなくてはいけないので止めた。何せ府中からの帰りの電車はムチャクチャ混む。テレビパドックを頼りに馬券を買う。単複で遊んだ。日曜メインは新設ビクトリアマイル。テレビパドックでラインクラフトが良く見えない。僕にはダンスインザムードも良く見えなかった。18番エアメサイアを頭で連単を買い外した。この2日間、殆どのレースで関西馬が勝った。最後に藤沢厩舎が関東の面目を保った。普段はどうか知らないが、平場は9割がた関西馬が勝った。関西馬の出てないレースで関東馬が勝っただけだ。それにしても1番人気が何度飛んだだろう。勝馬紙上で2重丸が上からしたまで並んだ本命馬はすべて来なかった。単勝を買っていて良かった。連複、連単に手を出せば10点くらい買わないと当たらない。来場者はことごとく負けて帰ったと思う。渋谷ウィンズはどの顔もイラつきと不安でいっぱいだった。やはり府中に行けばよかった。

 
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「老人と競馬場」 / 2006年05月10日(水)
ある日府中競馬場へ行く歩道橋を朝歩いていたら、入場ゲート近くで、老人がヨロヨロとヨロけて倒れた。係員が飛んできて抱き起こしたが意識は無かった。よほど体が悪かったのだろう。でもゲート入り口で倒れるくらい体調が悪いのに良く来る気になったものだ。ボロクソに負けて、そのショックで倒れたならわかるが、まだレースは始まっていない。よほど競馬場に来たかったのだ。「俺も最後はああなるのかもしれない。」とその時思った。僕が川崎競馬場に通い始めた頃、パドックにいた常連の老人たちは今、一人もいない。多分皆さん病院にいるか、あの世にいるのだ。山高帽にガンチェックのジャケットを着て、双眼鏡を首から下げた背の高い上品な老人がいた。場違いな感じだった。アスコット競馬場が似合っていた。「クソー、また八百長レースやりやがった。」と言う声が多かった時代にいつもニコニコと淡々とされていた。肩から提げた古い茶色のかばんを僕は時々思い出す。

 
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「男は黙って川崎競馬!」 / 2006年05月09日(火)
自分の真の希望を探すために僕は川崎競馬場へ行く。欲望の果てにある欲望。夢の果てにある夢。それを知りたい。それを探し、探る事が人生と言う時間だ。落ち込み絶望し全て諦める。その果てにあるものが自分ではないのか。
自虐的と言われようが構わない。常識の中で生きるために、僕は生まれたわけじゃない。自分がやりたい事をやるために生きている。他人の人生をどうして生きられるのだ。僕は川崎競馬場の吸い寄せられた。心の何かが反応した。僕にとってはとても大事な事だ。あるときは府中競馬場でダービーを見るも良い。ジャパンカップを見るも良い。そしてあるときは川崎競馬場のC3の馬を見るのだ。その振幅。その距離。表と裏。G1からC3の間に自分がいる。それを解らぬ者にとって競馬は一つのゲームである。アミューズメントである。ディズニーランドである。
「男は黙って川崎競馬」
以上、終わり!

 
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