2007年6月28日
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「おいでよ、行こうよ、地方競馬」 / 2005年10月19日(水)
「民主党」は日本をどうしたいのか?私には全く分かりません。「自民党」は実に分かりやすかった。地方を守った。都市を切り捨てた。では、民主党は地方を切り捨て、都市を守るのか?そういうことなのか?どっちにしても地方競馬を守る者などいない。中央競馬ファンはどう思っているのだろう。どうでもいいんだろうね。でも、中央競馬も、そろそろヤバイんではないかい?今年は1頭の馬が救ってくれているけど。活力が無くなってきたね。面白くない。公営競馬場のほうがよっぽど楽しい。私はずっとそう思っている。何が楽しいかって?そんなもの、行けば分かる。中央競馬がとっくに失くしたものがある。まだある。川崎競馬場に行ってごらん。風呂上りに桶持って来たような人がいっぱいいる。皆、自転車で来る。私もそうする日もある。「何。今日川崎やってるの?じゃあ行くべか!」こんなオヤジ達ばかりだ。これが、地方の良さだ。今、地方競馬場が面白い。行ってみるけ!

 
Posted at 10:24/ この記事のURL
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「東京よ」 / 2005年10月16日(日)
「東京は解体すべし」そう思っている。もうこの日本に東京は必要ではない。その役目はとっくに終わっている。首都は京都か名古屋に移すべきだ。地方分権では駄目だ。早く東京を解体すれば全ての構造改革はうまくゆく。地方の豊かさに東京は追いつけない。何をバカなと思うかもしれないが、事実だ。新宿、渋谷、六本木、青山、全て小汚い街だ。活力も無く、ただ暴力とアホな子どもたちで溢れている。街ではない。何も生まない。物があるだけだ。日本の首都がこれでは困る。金持ちも、文化人も、とっくに東京にはいない。逗子や、鎌倉、たまプラ、熱海に移住している。私のような貧乏人だけが東京に住んでいる。どうです?そう思いませんか?私達はいつからかブロイラーの鶏なのです。配合肥料をせっせと食っている。栄養を錠剤で摂取しだした時に気付くべきだった。そう思いませんか。金があるという事と、豊に生きるという事は全然別の事なんですよ。

 
Posted at 19:44/ この記事のURL
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「ロックと競馬」 / 2005年10月14日(金)
高橋源一郎さんとお会いした時、私はやたら「ロック」と言う言葉を使った。私は源一郎さんにロック界に来て欲しいのだ。51年生まれの我等は、ロックの子であると確信している。そして、いつの間にか我等ロックの子は競馬場にいた。誘い合ったわけではなく、私達は競馬場にいた。ロックと競馬を結びつけたものは各自、違うのだろうが。単純に私は今、こう思っている。競馬界が今度はロック(音楽)を生むのだ。競馬界からヒット曲が生まれる。日本中でそう思い込んだのは私一人だろうが。中央競馬会や公営競馬関係者は誰もそう思っていない。それはそうなのだ、仕方がない。でも、もっと面白くしたい。私は、競馬ファンは全てロックに向かえる人達だと思っている。頭の柔らかい人達だ。そして何かを求めている。人生をもっと楽しみたいと思っている。人生は短く、儚い。競馬場に甘えてばかりいられない。

 
Posted at 01:06/ この記事のURL
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「行け!川崎帝王号!」 / 2005年10月11日(火)
「行け!川崎帝王号」1曲を仕上げるのに、5年かかった。よくもまぁ飽きずに取り組んだものだ。この曲を発表する事が心の支えだった。リズムを変え、歌詞を変え、メロディラインを変えた。気持ちがくっついたり、離れたりした。この曲を誰か聴いてくれるか、ずっと不安だった。
そして、この曲からアルバムの構想が広がっていった。途中、左の耳の三半規管がやられた。私の左の耳の平衡感覚の神経は切れている。今は小脳がその働きを助けている。時々ふらつく。一年中眩暈がする。でもそれ位は何でもない。自分の才能を疑い、自分を疑い、追い詰められた日々に比べれば。
何度も私は中の峠のスタジオに転がり込んだ。山の中のスタジオに逃げ込んだ。行き場が無かった。この1曲にすがりついた。家に帰らず中ノ峠町周辺で取れたキャベツと大根とピーマンを毎日食べた。金も無く、微かな希望がこの曲だった。
そして発表した。私は絶望から片足を抜く事が出来た。中の峠のスタッフ、聴いてくれた人に私は心から感謝している。

 
Posted at 14:18/ この記事のURL
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「いざ!金沢」 / 2005年10月05日(水)
そろそろライブの季節になった。競馬ではなくライブ演奏と言うことだ。声をかけて頂く。競馬の歌を歌うべきか悩む。ライブに来る人は全員競馬を知らない。そんな人の前で「5-8一本」を歌っても何の事だかさっぱり分からないだろう。「フミオって誰?」「人生が何故馬券なの?」・・厄介な事になる。
石川県金沢市の人は殆ど競馬に興味が無い。知らない。石川県知事に文句を言いたい。どうしてくれる!完全に乗り遅れているではないか!もう美術館は要らない!なんて、八つ当たりしたくなる。まあ仕方が無い。ここは一発私が頑張るしかない。競馬の面白さをたっぷり分かりやすく説明しよう。それしかない。
30年前もそうだった。ブルースやR&Bを全く知らない金沢人の前で私はブルースを歌った。加山雄三に夢中な女の子の前でロックを歌った。全然受けなかった。不思議な顔をされた。再びパイオニアの苦しみを背負わなければならない。また、不思議な顔をされるんだろうな〜。でも一丁やるか!

 
Posted at 17:34/ この記事のURL
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「風情と価値観」 / 2005年10月05日(水)
公営競馬には夏競馬という呼び方は無い。そういう世間並みの風情はそぎ落ちている。京浜工業地帯の夏なんて、思っただけで倒れそうだ。でも行くんだけどね。常連が次々消えてゆく。皆忙しいのだろう。常連同士、名前も知らないけどね。やはり、いるべき場所にその人がいないと寂しい。今年は川崎より金沢競馬場に多く通っている。気が付けば全く中央に行っていない。SKIの高橋君と行ったのが最後だ。府中競馬場が立派になればなる程足が遠のいた。一度、息子と一緒に行った。ビギナーズラックも無く、全レースハズした。あれじゃ競馬はしないだろう。息子は、勝てないと面白くないと言う。金が無くなるから嫌だと言った。これではアカン。私は、負けるから楽しいと反論した。それはおかしいと反論された。まあ、世間的には息子が正しい。でも、でも、そんな人生何が面白い?と私は思う。競馬を勧める私は息子に何を望んでいるのだろう。考え込んでしまった。

 
Posted at 17:16/ この記事のURL
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