毎年11月第2週、おめこ祭り

November 10 [Sat], 2018, 0:00

毎年11月第2週、おめこ祭り

茨城県神栖市の恵日山長照寺
正式名称は、日蓮聖人御会式といいます。元来、11月12日に日蓮聖人の御逮夜法要、同13日に正当法要を営んでおりました。現在では、第二土曜・日曜で開催いたしております。この太田新田の開墾当初、過酷な環境の中多くの人々が待ち望んでいたのが寺院の建立でした。そんな中、開基檀越太田宗助氏によって千葉県にあった長照寺はこの地に再興されました。



長照寺では、日蓮聖人の御会式を千葉県でも当然のごとく厳修いたしておりました。いつしか御会式は日蓮聖人のご命日講(ごめいにちこう)と呼ばれ、時代とともに「おめいこう」・「おめこ」となったのです。言葉の変化とともに、多くの参詣者で賑わう境内には、多くの出店や映画館が軒を並べ、歩くこともままならないほどにまで発展しました。地域の情報交換の場として、また唯一の娯楽の場として、太田新田の開拓に活力と希望を与え、現在に至る橋渡しを担っていたのです。

最盛期には、現在の柳川・横瀬・長峰〜矢田部だけではなく、千葉県へのおめこ専用の蒸気船も運航されたり、学校が半休したりと、その賑わいは茨城県下でも群を抜いていました。映画館も2棟が立てられ、前に進むのも至難であったと当時を振り返る方々も多いです。 長照寺は御会式、賑わいは地域の方々が取り仕切りそれは見事なものであったというのです。



しかし、時代が進むにつれ、祭りも様相を変えました。豊かな時代に入ると、祭りの乱立や風習の衰退により、祭りが特別なものではなくなり、さらに地域離れが進み、おめこ祭りもその影響をうけ急速に衰えていきました。時代を経るにつれ、おめこ祭りは子供のころの懐かし思い出を持っておられる数名の方によりどうにか守られておりました。しかし、住職の不在や地域の祭りへの意識の低下などにより、漬物屋さん(江橋さん)一軒だけの暗い境内となってしまいました。

2003年地元の方々の暖かな支援により、広島から赴任致し、2005年地元の方々から「昔のように盛大に祭りをして欲しい」との言葉に応え、「御会式」と銘打って復興を目指すも失敗。翌、「おめこ祭りの思い出を今ここに」と、立ち上がっていただいた地元の有志により「おめこ祭り」として復活。

地元の特産品の生産効率と販売促進を目指し、無料にてメロン早食い大会やピーマンつかみ取り大会を実施。地元由来の問題によるクイズ巡りや、地元の食品を使った手作りの料理、雅楽の演奏、現役の僧侶による行脚などいろいろ企画しております。



おめこ祭りとは、御会式(おえしき)という日蓮聖人のご命日に『法華経』をよみ「南無妙法蓮華経」と唱える法要のことであります。御会式とは「法会の儀式」を意味するもので、他の宗派で用いられていた言葉でした。現在では、「御会式」といえば日蓮聖人のご命日を意味するようになっております。そのため、おめこ祭りでは二日間(夜と昼)開催しているのであります。古くは、「御命日講」(ごめいにちこう)などと称されておりました。

この「御命日講」は、特に江戸時代、江戸の町が大きく発展すると同時に、江戸近郊にありました池上本門寺で盛んに行われました(現在も)。これが、江戸の一大行事として名が知られるようになりました。長照寺はその江戸時代に現在の地に移転してまいりましたので、その「御命日講」がそのままこの地に根付いたと考えられます。

「一貫三百どうでもいい  テンテンテレツク  テンツクツ」
と歌われたように、職人が一日の手間(一貫三百)をふいにしてでもお寺にお参りしたいと盛んであった事が伺えます。この「御命日講」が、独特の地域性とあいまって「ごめいにちこう」→「ごめいこう」→「おめいこう」→「おめこ」となっていったと考えられます。



このおめこは太田新田開拓当初唯一、開拓者の集まる日でありました。開拓者は日頃の苦労を癒すべく法要のあとに寄り合って、いろいろな話をしたり食事をしたりしておりました。それが時代とともに纏いを振り、太鼓や笛を奏で題目を唱えながら歩くという情緒たっぷりの祭りの様相がでてまいりました。そして、「おめこ祭り」として地元に定着していったのであります。

この「おめこ祭り」なくして、この地元(柳川・横瀬・長峰・宝山・須田・須田団地・太田・太田新町・日和山・矢田部)の開墾が成功することはいうまでもありません。機材も重機もない、ましては十分な食料や環境も整っていない中での当時の開拓者の苦労は想像もつかないものです。多くの人が集まっていただきたいからこそ、この地域の中心部に長照寺が建立されているのです。



あとがき
この祭りは地元の大切な祭りです。地元の歴史と伝統、特に当時の開拓者の苦労があって今があるということを、現代の我々は感じとって感謝しなければなりません。そのため、この祭りは後世に伝えていくべき大きな意味があるのです。ますます御協力をお願いいたします。

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 流山情報へ
にほんブログ村
  • URL:https://yaplog.jp/yagimitinomise/archive/3184
Comment
小文字 太字 斜体 下線 取り消し線 左寄せ 中央揃え 右寄せ テキストカラー 絵文字 プレビューON/OFF

不正な自動コメント投稿を防ぐため、チェックボックスにチェックをしてください。

利用規約に同意
 X 
禁止事項とご注意
※本名・メールアドレス・住所・電話番号など、個人が特定できる情報の入力は行わないでください。
「ヤプログ!利用規約 第9条 禁止事項」に該当するコメントは禁止します。
「ヤプログ!利用規約」に同意の上、コメントを送信してください。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:きーらくだま
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 誕生日:1981年10月18日
  • アイコン画像 現住所:千葉県
  • アイコン画像 趣味:
    ・神輿-田舎町にはこれが一番
読者になる
開発に取り残された街、なんて言いますけどね、コミュニティの強さ、田舎町の安心感、歴史財産まで、今の時代に一周遅れでトップになった感じです
TX沿線の新市街地に住む方たちも歴史情緒ある流山本町、今では一割もいないだろうと思われる流山先住民、昔からの生活をする住民として発信出来たらいいな、と思っています。
なお、神輿会に入りたい人については上に紹介はしますが審議にかけられます、個人として権力ないもので
2018年11月
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
最新コメント
アイコン画像★T軍曹★
» 昭和57年10月31日、館山城開館 (2018年10月31日)
アイコン画像坂牧
» ダンススクール (2018年09月23日)
アイコン画像無有
» アメノウズメノミコト (2018年09月17日)
アイコン画像kusakabe-dc
» 基本は第4土・日曜に開催、南越谷阿波踊り (2018年08月25日)
アイコン画像日本画家・絵本画家 後藤 仁
» 昭和5年1月21日、後藤純男生誕 (2018年04月26日)
アイコン画像でれすけ
» 平成29年、宿赤城神社祭礼、神輿渡御その2 (2018年03月10日)
アイコン画像四木 徹
» 平成29年、宿赤城神社祭礼、神輿渡御その2 (2018年03月09日)
アイコン画像ぽんぽん
» 平成29年、宿赤城神社祭礼、神輿渡御その2 (2017年10月18日)
ヤプミー!一覧
読者になる