毎年11月7日、「いどり祭」

November 07 [Wed], 2018, 0:00

毎年11月7日、「いどり祭」

餅をけなして、来年の豊作を祈る
祭りの名前でもある「いどり」は、「けなす」という意味の方言。当番となる男子のみで直径1.2メートルもの大鏡餅2枚、小型の餅50〜60個、とうし餅16枚を作り、陪審をもてなす。この際に陪審は餅をけなしまくり、当番たちは弁明をし、最後は宮司が仲裁に入り、「来年に期待しましょう」などと場を治めて終了する。今年陪審を務めた男たちは、来年には当番となり、けなされるための餅を作る。

この祭りは、毎年1日から8日にかけて行われる「八講祭(はっこうさい)」の最中に、能登町鵜川の菅原神社にて行われる。500年の伝統を持ち、石川県の指定無形民俗文化財にも指定されている、由緒ある奇祭だ。



石川県能登町の鵜川菅原神社
6つの町内が交代で当番となり、男子のみで造った大鏡餅2枚(直径1.2m)、丸形小餅50〜60個、とうし餅16枚を神前に供し、明年度大鏡餅を造るべき当番の者を陪賓としてもてなす。この時、陪賓たちは鏡餅やお膳の餅などについてさまざまな難くせをつけ(いどる)争い、これに対して当番はいろいろ弁解するが、容易に治まらないので神主が仲裁に入って話が治まる珍しい神事。

正式には八講会(はっこうえ)と称せられ、当屋制による古風な新嘗祭りの一つである。一条天皇の西暦年中(990〜994年)の旧10月7日に、浦人の夢の告げに、菅公の像が波に漂っている事を知り、桜木社(大己貴命・小彦名命・木花咲耶姫命の三神を祀る)のある地に社を設けて祀った。



その後、享禄年中(1528〜1532年)、鵜川の馬場の婆の夢に、鵜川に早く社殿を造るよう、お告げが二夜もあり、村長の伝兵衛慰に語ったので、明る年の旧3月21日に遷座された。という訳で菅原神社は旧3月21日と旧10月7日の両日が祭日となっており、伝兵衛慰の子孫が祭りの主賓となり、両祭日には桜木神社に渡御が行われている。

この祭りの奉仕に組織があり、名組当番が決められていた。すでに天文3年(1534年)に決められたものが現在まで踏襲されている。450年の伝統を今に伝える神事で、収穫祭の名残をとどめています。当番の町内が作った餅を見せている様子です。この後、陪審の人たちから「形が悪い」「でこぼこだ」などのいどり(悪口)が始まります。



鵜川の菅原神社で行われる、当屋制による古風な新嘗祭の一つ。鵜川地区の6つの町内が交代で当番となり、男子のみで造った直径1.2mの大鏡餅2枚、丸型小餅50〜60個、とうし餅16枚を神前に供し、明年度大鏡餅を造るべき当番のものを陪賓としてもてなします。

この時、陪賓たちは鏡餅やお膳の餅などについてさまざまな難くせをつけ(いどる)争い、これに対して当番はいろいろ弁解するが、容易に治まらないので神主が仲裁に入って話が治まる珍しい神事です。いどりと弁明はユーモラスで、見る人たちの笑いを誘います。石川県の無形民俗文化財に指定されています。



姉妹都市、石川県能登町
平成24(2012)年1月17日、流山市の市制45周年の節目に、姉妹都市の盟約を結びました。能登町は、平成17(2005)年、能都町・柳田村・内浦町が合併して誕生しました。

石川県の北部、日本海に突き出した能登半島に位置し、朝市で有名な輪島市に隣接しています。町の東〜南側は富山湾に面し、その海岸線の大半は能登半島国定公園に含まれます。九十九(つくも)湾などの景勝地を有する海岸と、陸地の約8割を占める丘陵地で構成される町域は、緑豊かな「里山・里海」の風景を今に残しています。

古くから漁業や商業で栄え、新鮮で多様な海の幸や、揚げ浜という伝統製法で作られる天然塩などが特産となっています。平成15(2003)年7月に能登空港が開港したことから、首都圏から約1時間でのアクセスが可能になり、観光や活性化の追い風となっています。

【町制施行】 平成17(2005)年※合併
【 人  口 】 19,247人(平成27年1月1日現在)
【 面  積 】 273.46平方キロメートル



歴史と流山市とのつながり
江戸時代には、加賀百万石で知られる前田家の所領に組み込まれ(一部を除く)、その頃には水運を生かした商業などで栄えていた能登町。合併前の旧内浦町には、古くからの酒造りの技を受け継ぎ、日本四大杜氏に数えられる「能登杜氏」が生まれ、時代が下るにつれその酒造技術を生かし全国で活躍するようになりました。

昭和初期には、白みりん発祥の地として醸造業がさかんであった旧流山町に、能登杜氏をはじめとした旧内浦町民が数多く移り住むようになりました。こうした繋がりから、昭和60年ころからは流山市民・旧内浦町民の間での交流が活発に行われるようになり、合併により能登町が誕生したのちも友好関係を醸成させてきました。
 
東日本大震災の発生により飲料水の確保が困難となった際には、能登町からいち早く「のと海洋深層水」が支援物資として届けられ、流山市民の大きな助けとなるなど、多方面で信頼関係を深めています。



里山里海の風土
平成23(2011)年6月には、「能登の里山里海」(能登町を含む4市4町)が、国連食糧農業機関(FAO)が定める「世界農業遺産」に認定されました。景観や伝統的な農林漁法、文化・祭礼などが評価されたもので、能登町では、農家民宿の集落でもある「春蘭の里」の豊かな里山景観などが該当しています。

祭りの王国
古から受け継がれた祭りが年間を通じてさかんに開催される能登半島。特に夏は祭りのシーズン、能登の祭りの主役はキリコと呼ばれる大きな奉燈です。能登町の「あばれ祭」は毎年7月、2日間にわたって繰り広げられ、高さ7メートルのキリコ40本以上が大松明の火の粉の中を乱舞する迫力を楽しめます。その昔、悪病が蔓延したときに盛大な祭礼をしたところ、神霊が病人たちを救ったのが始まりと伝えられていて、2基の神輿を海や川に投げ込むなど個性的な神事が、今も連綿と受け継がれています。

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ
にほんブログ村 
にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 流山情報へ
にほんブログ村
  • URL:https://yaplog.jp/yagimitinomise/archive/3179
Comment
小文字 太字 斜体 下線 取り消し線 左寄せ 中央揃え 右寄せ テキストカラー 絵文字 プレビューON/OFF

不正な自動コメント投稿を防ぐため、チェックボックスにチェックをしてください。

利用規約に同意
 X 
禁止事項とご注意
※本名・メールアドレス・住所・電話番号など、個人が特定できる情報の入力は行わないでください。
「ヤプログ!利用規約 第9条 禁止事項」に該当するコメントは禁止します。
「ヤプログ!利用規約」に同意の上、コメントを送信してください。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:きーらくだま
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 誕生日:1981年10月18日
  • アイコン画像 現住所:千葉県
  • アイコン画像 趣味:
    ・神輿-田舎町にはこれが一番
読者になる
開発に取り残された街、なんて言いますけどね、コミュニティの強さ、田舎町の安心感、歴史財産まで、今の時代に一周遅れでトップになった感じです
TX沿線の新市街地に住む方たちも歴史情緒ある流山本町、今では一割もいないだろうと思われる流山先住民、昔からの生活をする住民として発信出来たらいいな、と思っています。
なお、神輿会に入りたい人については上に紹介はしますが審議にかけられます、個人として権力ないもので
2018年11月
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
最新コメント
アイコン画像★T軍曹★
» 昭和57年10月31日、館山城開館 (2018年10月31日)
アイコン画像坂牧
» ダンススクール (2018年09月23日)
アイコン画像無有
» アメノウズメノミコト (2018年09月17日)
アイコン画像kusakabe-dc
» 基本は第4土・日曜に開催、南越谷阿波踊り (2018年08月25日)
アイコン画像日本画家・絵本画家 後藤 仁
» 昭和5年1月21日、後藤純男生誕 (2018年04月26日)
アイコン画像でれすけ
» 平成29年、宿赤城神社祭礼、神輿渡御その2 (2018年03月10日)
アイコン画像四木 徹
» 平成29年、宿赤城神社祭礼、神輿渡御その2 (2018年03月09日)
アイコン画像ぽんぽん
» 平成29年、宿赤城神社祭礼、神輿渡御その2 (2017年10月18日)
ヤプミー!一覧
読者になる