平成29年11月16日、本格駆除

November 16 [Fri], 2018, 0:00

手賀沼を外来植物から守ろう

水陸両性の「オオバナミズキンバイ」も拡大
千葉の手賀沼で水面を覆い尽くして周囲の植物を枯らし、治水上の懸念もある外来水生植物の繁殖が拡大している。約10年前に確認されたナガエツルノゲイトウに加え、今夏は「よりやっかい」とされる水陸両生のオオバナミズキンバイが、沼の西部地域で初めて見つかった。

危機感を抱いた地元の市民団体などが立ち上がり平成29年11月16日、本格駆除に乗り出した。ナガエツルノゲイトウは南米原産のヒユ科の多年草。平成元年に兵庫県で見つかり、特定外来生物に指定されている。



印旛沼流域での拡大が著しく、水面を漂って排水機場の作業をまひさせることもあり、県はボランティアなどの協力で定期的な駆除を行っている。手賀沼でも排水機場に流れ着いたりボートの営業ができなくなる被害が出ているという。この夏に初めて見つかったオオバナミズキンバイは、南米・北米南部原産のアカバナ科の多年草。

他の植物を圧して短時間で高く成長する。光を遮ってナガエツルノゲイトウさえ枯らすとされる。水から離れても生きられ、水田耕作地への侵入が懸念される。葉や茎からも根をのばし、駆除後の仮置き場も定着場所になってしまうという。10年ほど前から西日本地域で拡大し、特定外来生物に指定された。



21年に見つかった琵琶湖(滋賀県)では27年度末に、生育面積が約20万平方メートルになり、滋賀県は対策に追われている。手賀沼の環境保全に取り組む市民団体「美しい手賀沼を愛する市民の連合会」によると、6月10日に手賀沼公園(我孫子市若松)で、メンバーが見慣れない植物を発見。

県立中央博物館でオオバナミズキンバイと確認され駆除された。しかし、8月30日に県委託の外来水生植物調査を行っていた環境コンサルタント会社が、同じ若松地区で生育を確認。9月6日の連合会の調査で、手賀沼西側地域に広範囲に広がっていることが分かった。

外来水生植物対策は、水辺を持つ地域共通の課題となりつつあり、連携を模索する動きにつながっている。滋賀県自然環境保全課の中井克樹主幹(56)は、15日に我孫子市内で開催された緊急勉強会に参加。オオバナミズキンバイの特徴を伝えたほか「計画的な駆除の推進、駆除後の見守りも重要。市民の理解と協力も大切」とアドバイスしている。



手賀沼ぐるぐる体験ツアー

2015年9月4日(金曜日)
去る、8月26日から31日まで柏市主催の「道の駅しょうなん」と「手賀沼フィッシングセンター」間で、試験的にシャトルバスの運行と手賀沼を水上バスで渡る『手賀沼ぐるぐる体験ツアー』が開催 されました。今回はその模様をお伝えします。



今回の試験運行は、年間100万人を超える観光入込客数を誇るという手賀沼中央の「道の駅しょうなん」と手賀沼の東出口「手賀沼フィッシングセンター」とを結び、それぞれの施設等への人の往来を誘導し、回遊性を高めることを目的として実施されたものです。

千葉県でも有数の入場者客数を誇る「道の駅しょうなん」を地域交流拠点として、 将来的な二次交通による手賀沼周辺地域のネットワーク化するため、シャトルバス・水上バスを二次交通手段として活用しさせようというものです。今回は6日間限定の社会実験で、今秋にも自転車利用者向けの社会実験などが企画されてるとのことです。



【水上バス】
一日4回往復で運航され、片道約30分、手賀沼を湖上から眺めると、新たな発見と手賀沼のすばらしさを再認識できます。水上バスを運航していただいた「手賀沼の小池」さんの船長Kさんの手賀沼解説も、ウィットに飛んだ解説で、あっという間の30分でした。途中、ちょっと時期の過ぎてしまった<ハスの群生地>も立ち寄って頂き、ハスに触れることもできました。

手賀沼解説「手賀沼は、昔はひらがなの<つ>の形をしてたんですよ。江戸時代からの干拓事業で今の姿になっています」船長Kさんの解説も楽しく、あっという間の30分。まもなく手賀沼フィッシングセンター到着です。当日は、参加費は無料でしたが、アンケートの協力頂きました。利用者へのアンケート配布時、筆者の作成したチラシも同時に配布していただきました。少しは、手賀沼を知って頂けたかと思います。



最後に、今回の期間中、あいにくの雨模様で残念でしたがそれでも、土、日、最終日は各回とも毎回満員のようでした。たぶん全体を通して700~800名ぐらいの方に参加していただいたようです。今回はあくまで試験運行。本番運行があるならば、今回のアンケートの意見を参考により良いものにして頂きたいと思っています。

ここからは、手賀沼フィッシングセンターで行われたイベント風景をお届します。早釣り競争:ニジマス3匹をいかに早く釣るかを競う。釣り堀は、手賀曙橋を渡ったところにあります。ニジマス釣堀2面、ヘラブナ釣堀2面、金魚釣堀が4面あります。養殖場やドックランも併設していて家族で1日楽しめることができます。



自宅で手軽に食べれるよう、1尾30円で、わたぬき、塩をまぶしてくださいます。私達は、ニジマス8尾分のわたぬきまでお願いし、お支払いした金額は1800円程でした。わたぬき分を引くと1560円。参考までに・・・8尾で1キロ少し。1尾あたり200円程度の金額になりますので、良心的だと思います。

わたぬきをお願いしている間に、フィッシングセンター内を散策してみました。こちらでは、釣った魚で、バーベキューなども行なえるスペースがあります。機材一式もレンタルできますし、養殖した魚も販売しております。日曜、祭日のみとのことでしたが、いろり焼きも楽しめます。別の日に伺い、鮎焼きを頂きました♪



11月に入りましたが、まだまだ釣りを楽しむ方は多くいらっしゃるようです。川釣り、海釣り、本格的な釣りは、いろいろあるかとは思いますが、私達の様に、釣り初心者の方や、短時間で少しだけ楽しみたい方、子供を連れて親子で気軽に楽しみたい方など・・・そんな方々には、ぜひ、おすすめしたい釣り堀、手賀沼フィッシングセンターです。

釣りをしながら、地域の方とも自然と交流が出来たり、周辺施設も大変充実しております。朝から手賀沼フィッシングセンターで釣りをして、ランチは釣った魚でバーベキュー、午後からは手賀沼親水公園や道の駅などを散策し、満天の湯で足湯に浸かって帰宅・・・そんな休日プランも楽しいなあと思いました。そして何より自分で釣った魚は、やっぱり美味しいからか、子供達もいつも以上に食欲旺盛でした♪



道の駅から遊覧船…柏・手賀沼
手賀沼のほとりにある「道の駅しょうなん」(柏市箕輪新田)が、期間限定で手賀沼での遊覧船(定員35人)を運航している。集客が好調な道の駅の魅力をさらに高め、人の流れを周辺に誘導して波及効果を生み出すのが狙いだ。



道の駅しょうなんは、地元産の野菜などが人気で年間約100万人が訪れる。昨秋に3日間、遊覧船を約4キロ離れた「手賀沼フィッシングセンター」(同市曙橋)まで無料運航したところ好評だったため、今年は7月23日から同じ区間を有料で運航し、客の反応をさらに確かめている。

遊覧船は1日4往復。片道30分の船内では、沼の歴史や生息するカワウ、オオバンといった水鳥などの説明をガイドから受ける。担当者は「普段の目線とは違った手賀沼の魅力を発見できる」とPRする。運航日は11月27日までと来年3月4〜26日の原則、土日祝日。片道の料金は大人400円、小学生以下200円。



手賀沼フィッシングセンター

千葉県柏市曙橋1
東葛観光歴史辞典に文が残っているので電化する。成田線の湖北駅から湖北台の坂をおりて沼べりの水田を歩くと、フィッシングセンターまで40分はかかる。センターは沼南町曙橋若鮎にあるが、ここは我孫子市の外れでもある。

曙橋は手賀沼の沼尻で、ここから手賀川が流れ出しているとばかり思っていたが、地図には手賀川の標示はなく、やはり手賀沼とある。センターの南側の曙橋で、沼はくびれて細くなっただけなのだろう。だから建設省は手賀沼全体を一級河川と指定しているようだ。



センターや曙橋から見る沼は、手賀沼の中で最も広々と沼を見渡せる場所である。手賀沼は「つ」の字形で長いことは長いが、幅がとても狭い。が、ここだけは南北幅が約一キロあって、沼はゆったりしている。交通の便が悪いだけに、ここまで来ると手賀沼も自然の中に広がっている。

沼ベリまで住宅は迫っていないし、斜面林も残されていて、左右の大地の緑も濃い。ここからの景観は、県立印旛手賀自然公園の名にふさわしい。普通は曙橋と呼ぶが本当名は手賀曙橋で、「手賀沼調節水門管理橋」と親柱に書いてあるから、橋だけでなく水門の働きもしているようだ。



フィッシングセンターの釣り堀は大小10個ほどあるが、これらの土地は、戦後の埋め立てによる補償金で漁協が購入したものである。釣り堀では、コイやヘラブナの他にニジマスも釣れる。珍しいのではテラビアという魚(熱帯性の淡水魚)も釣れて、休日は釣り人で賑わう。

このフィッシングセンターの釣り堀は、手賀沼漁業協同組合が経営している。この手賀沼漁協は明治35年からの歴史があるが、今の名前になったのは昭和24年である。この手賀沼漁協から手賀上沼漁協が分かれたのが昭和30年である。二つに分かれているが、クリーン作戦や稚魚の放流は共同で行っている。



手賀沼漁協には400名を越える組合員がいて、上沼漁協には約150名の組合員がいる。組合員は手賀沼で漁業をする免許を県知事から受ける。昭和13年、16年の洪水では米は全く収穫できなかったから、ウナギを捕って千住まで売りに行って生活してきた歴史があって、普段は漁業をしない組合員もいる。

組合員は組合費を払っている。僅かな組合費だから、これで漁業の経営は成り立たない。だから、釣り堀を経営し、コイ、フナ、ニジマス、イワナ、アユ、スッポン等の養殖もして、レストランなどの多角経営をしている。



上沼漁協の漁業権は手賀沼だけだが、手賀沼漁協は手賀沼の他に利根川の漁業権も持っている。だから手賀沼漁協には関宿や野田の人も入っている。手賀沼で釣りをする場合は、料金一日500円を監視員に払わなければならない。

これは稚魚の放流などの費用として使われている。手賀沼漁協の漁業権の範囲は大堀川は呼塚橋まで、大津川は中ノ橋までである。呼塚橋や中ノ橋に釣り人が多い理由はここにある。その橋が特に釣れるポイントではなくとも、料金を払わなくても済むからである。



※文を追加しておく
今現在は料金は一人1000円です。釣り竿、網、餌込みの金額です。釣った魚は戻すことは出来ないようです。1キロあたり1400円でのお買い上げになります。ボイルエビ100円とい良く釣れる餌というものがあり、うどんの場合は30分に1匹程度。

有料の餌の場合は30分に数匹釣れます。日により異なることや個人差がありますので、ご了承ください。魚の数え方は、生きている時は「1匹(いっぴき)」、水揚げされた後は「1尾(いちび)」という数え方をするんだそうです。わたぬきをお願いしている間に、フィッシングセンター内を散策してみました。



こちらでは、釣った魚で、バーベキューなども行なえるスペースがあります。機材一式もレンタルできますし、養殖した魚も販売しております。日曜、祭日のみとのことでしたが、いろり焼きも楽しめます。釣り初心者の方や、短時間で少しだけ楽しみたい方・・・ぜひ、おすすめしたい釣り堀、手賀沼フィッシングセンターです。

釣りをしながら、地域の方とも自然と交流が出来たり、周辺施設も大変充実しております。朝から手賀沼フィッシングセンターで釣りをして、ランチは釣った魚でバーベキュー、午後からは手賀沼親水公園や道の駅などを散策し、満天の湯で足湯に浸かって帰宅・・・そんな休日プランも楽しいなあと思いました。

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ
にほんブログ村 
にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 流山情報へ
にほんブログ村

毎年11月15日、御柱焚き上げ神事

November 15 [Thu], 2018, 0:00

毎年11月15日、御柱焚き上げ神事

兵庫県姫路市、広峯神社、御柱祭
11月15日は陰陽道において、一年の内で最も大安吉日であると考えられています。御柱祭はこの日に斎行されるもので、御田植祭、祈穀祭と並んで広峯神社の三大祭りの一つです。御柱祭は、「一陽来福を祝し、陽気発達を祈り、運勢と幸福を祈る祭」として伝えられています。



当日の早朝、社殿の前に高さ5mの柱を建て、その頂上に方位を表す十二支の割木を巻き付け、御幣と赤色のもみの布と円形にした3本の白扇を立てて、大神様の降臨を祈ります。 そして夕方の「本殿祭」の後、この御柱の根元に火を放ち、御柱を倒す「御柱焚き上げ神事」が斎行されます。

この神事で柱の倒れた方角が、来年の節分以降の方忌みの方角とされるのです。 ちなみに「一陽来福」とは、太陽の光がだんだん衰えていくこの時期、古来の人々が農耕生活に欠かせない太陽光のよみがえりを願い、羅異変の豊作を願ったものだと考えられています。



広峯神社の奇祭
一陽来福を祝し、人間の運勢と幸福を祈る広峯神社の奇祭。当日の早朝、社殿の前に高さ5mの柱を建て、その頂上に方位を表す十二支の割木を巻き付け、御幣と赤色のもみの布と円形にした3本の白扇を立てて、大神様の降臨を祈る。

そして夕方の「本殿祭」の後、この御柱の根元に火を放ち、御柱を倒す「御柱焚き上げ神事」が斎行される。この神事で柱の倒れた方角が、来年の節分以降の方忌みの方角とされる。



火柱倒れた方角にご用心

姫路で御柱焚き上げ神事
火を放った柱が倒れた方角で来年の凶方位を占う「御柱焚き上げ神事」が15日、兵庫県姫路市広嶺山の広峯神社で行われた。多くの参拝客らが見守る中、炎に包まれた柱は大きな音を立て「南南東」に倒れた。

陰陽道で最も吉日とされる11月15日に毎年開催。柱は約5メートルで、先端に方角を表す十二支が記された木や御幣、3本の扇が取り付けられている。



2000年に復活
姫路市広嶺山の広峯神社で十五日に行われた「御柱祭(おはしらさい)」で、吉凶を占う「御柱焚(た)き上げ神事」が約百三十年ぶりに復活した。伝統の行事を二十一世紀に伝えようと、神職らが文献を調べ、昔ながらの手法で再現した。御柱は、直径約一五センチ、高さ約五メートルの木の柱。

毎年早朝に境内に立てられ、氏子たちが五穀豊穣(ほうじょう)や夫婦円満などを祈願してきた。焚き上げ神事は、境内で柱を燃やし、倒れた方角で翌年の節分以降に注意する方角を占った。しかし、同神社は神宮寺としての役割もあったため、明治時代初期の神仏分離の影響などにより、行われなくなったという。

昨年、幸田精久宮司(40)が中心となり、新世紀に伝統ある行事を引き継ごうと、古い文献を丹念に調べ、復活させた。御柱に火が付けられたのは夕刻。祈とうを終えた四人の神職が、古式通りに太鼓をたたき、大祓(おおはらえ)の詞(ことば)を唱える中、御柱は約四十分後、北の方角に倒れた。

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 流山情報へ
にほんブログ村

旧暦11月14日、茨城県笠間市、愛宕山『悪態まつり』

November 14 [Wed], 2018, 0:00

茨城県笠間市、愛宕山『悪態まつり』

旧暦11月14日
愛宕山の山頂にある飯綱神社の祭りで、旧暦11月14日に行われている。13人が白装束で天狗の格好をし、13天狗のほこらにお供え物をして回る。この時に悪態(悪口)を言い合い、天狗に邪魔されながらお供え物を奪い合うという変わった祭りだ。このお供え物を奪い取った人は、幸せになれると言われている。もともとは7日間の斎戒を夜間に行った後に徒歩で巡回するものだったが今は行われておらず、現在は昼間行われている。このような祭りは日本中でも珍しく、日本三大奇祭の一つと言われている。



悪口御免の奇祭
悪態祭 笠間市の愛宕山(標高305メートル)山頂にある飯綱神社で行われる奇祭。神社には「十三天狗の祠」があって13人の天狗を祭っている。愛宕山(岩間山)は、古くから筑波神社などとともに修験の道場として知られ、「イヅナ」という社名と天狗にその歴史をうかがい知ることができる。

飯綱神社の悪態まつりは真夜中から早朝にかけて行われる。神主と氏子のなかから選ばれた13人の天狗を先頭にして、海の幸と山の幸を奉納するために参道を登る。マスクをした無言の天狗たちとは違って、行列につづくものたちは互いに悪口を言い合う。ののしり合うわけだが手を出してはいけない。

「日本三大奇祭」の一つとされる同祭りは、愛宕山の愛宕神社で江戸時代中期から行われている。伝承によると、領主が政治に対する住民の意見を聞くため、その時に限り、どんな悪態を言っても罪にならないとして始まった。13天狗役の氏子は白装束と烏帽子(えぼし)を身に着け、山麓から同神社まで約4キロを無言で行進。参拝客は道中、「バカヤロー」「早く登ってこい」などと罵声を浴びせ、天狗が16カ所のほこらに置いて回った供え物をわれ先に奪い合った。



皆で「ばかやろう!」
「ばかやろう!」「しっかり歩け!」といった罵声が響く中、天狗たちは、決して言い返すこともなく、無言の業に徹します。中には、「格好いいぞー!」「ありがとう!」等の罵声とも言い難いかけ声も響きます。名指しでなければどんな悪口を言っても許されるというだけあって、参拝客は、日頃の憂さを晴らすように、思い切り叫びます。また、祠での供物の奪い合いは、想像以上の激しさで、幸せの御利益をつかみとろうと、皆必死です。

天狗たちは山頂まで辿り着くと、愛宕神社の境内で、大勢の参拝客に向かって餅や菓子をばらまきます。そして最後には、合図を受けて、参拝客皆で「ばかやろう!」と叫びます。叫んだ後には、不思議と拍手が沸き起こり、その言葉の意味とは裏腹に、すがすがしい気持ちと、一体感さえ生まれた気がしました。祭りには、県外からもその噂を聞きつけ、沢山の人が訪れます。



一度は途絶えたものの、10年前に復活
天狗に悪態をつくことで、体にある罪や“けがれ”を追いだす――天狗を引き連れる愛宕神社の神主さんは解説してくれました。「神社では“みそぎ”や“おはらい”で、人々から罪やけがれといった悪いものをはらいます。それでもはらい切れずに残ってしまった悪いものを、悪態をつくことでひとつ残らず吐きだしてもらうのがこのお祭りです」

お祭りが年の瀬に行われるのもそのため。天狗はけがれを引き受けるよう、白装束を着たり、出発前に飯綱神社でおはらいをうけたりします。愛宕神社は806年から存在する、日本三大火防神社の1つ。火の神を祭ると同時に、境内の飯綱神社で天狗を祭っていました。



「なぜ悪態を受けるのが天狗かは、いろいろな説があるんですが結局分からないですねえ。祭りが始まった江戸中期から、天狗と決まっていました」言い伝えってそんなもの。お祭りは昭和20年(1945年)ごろに途絶え、空白の時を経て10年前によみがえります。

現代風にいろいろアレンジしつつも、今も変わらず悪態を引き受ける天狗は、ありがたくて愛くるしい存在。途中16カ所あるほこらを周りながら、飯綱神社を目指す天狗たち。ほこらに到着するたび、お祭りは盛り上がりを見せます。悪口を吐き出すこととは別の悪態、お供え物の奪い合いです。



悪態まつりでは、天狗がほこらに収めた後のお供え物をゲットすると、幸せになれるという言い伝えがあります。参加者は先回りしてポジションを争うなど、御利益を巡った激しいバトルを繰り広げます。争奪戦はほこらごとに行われ、全部で16回。ほこらの環境や奪い合いの趣向が異なるおかげで、それぞれ違った盛り上がりを見せます。もはや一種の競技。これも御利益ある“悪態をつく”行為なのです。

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 流山情報へ
にほんブログ村

平成28年11月13日、【中学受験】

November 13 [Tue], 2018, 0:00

平成28年11月13日、【中学受験】

TX沿線22校が参加、私立中学校合同説明会
つくばエクスプレス沿線で通学できる私立中学校を中心とした合同説明会が11月13日、東京電機大学の東京千住キャンパスで行われる。個別相談のほか、生徒作品の展示も実施。事前申込みは不要。

TX沿線私立中学校合同説明会に参加するのは、足立学園、上野学園、北豊島、京華、京華女子、国府台女子学院、駒込、芝浦工業大学柏、昭和学院、常総学院、聖徳大学附属女子、西武台千葉、専修大学松戸、土浦日本大学、東京成徳大学、東洋大学附属牛久、二松學舍大学附属柏、日出学園、三輪田学園、茗溪学園、麗澤、和洋国府台女子の22校。



各校ブースに個別相談コーナーが設けられ、学校説明や入試直前のアドバイスを受けることができる。生徒の作品などの展示コーナーも設けられ、学校の雰囲気や魅力が伝わるプログラムになっているという。また、小学4年生や5年生の参加も歓迎している。

参加は無料。事前予約も不要で、午後3時まで入場を受け付ける。TX沿線私立中学校合同説明会のWebサイトでは、参加校の一覧が確認できるほか、各校のWebサイトおよびデジタルパンフレットを見ることができる。



二松學舍柏

伝統と革新の「グローバルコース」
二松學舍大学附属柏中学校・高等学校(千葉県柏市)に今年度誕生した「グローバルコース」。「異文化を理解し、多様な価値観を認め、様々な局面を乗り越えるコミュニケーション能力を養う」という目標を、どのような教育で実現していくのか。授業取材と副校長インタビューで探る。



時代に追随するだけではない「グローバル」
グローバルコースの生徒は通常の授業に加えて、週に2日、7時限目に「グローバルルーム」で英語の授業を受ける。コース設立の背景を、島田達彦副校長はこう語る。

「海外で仕事する機会の増加はもちろん、国内でも外国人が身近になりつつあります。今後大きく変化する社会の中で、彼らと手を携える必要性は増しています。

文科省も本腰を入れて“スーパーグローバル大学構想”を打ち出しました。ただ、そうした流れに追随するのではなく、本校創立以来の発想を特化させる形で設立したのが、私たちのグローバルコースです」



実践的な英語でプレゼンテーショントレーニング
グローバルコースの専門授業をのぞいてみた。グローバルコースの7人は、9月の文化祭で「アメリカ」および「フェアトレード」を題材に英語で研究発表をする。その準備が1年1学期のテーマだ。アメリカ人のジェームズ・リー先生が英語で授業を行い、英語科の三沢彩加先生がサポートにあたる。

取材当日の授業はプレゼンテーションの基本。「大きな声で」「ジェスチャーを交えて」「聴く人と視線を合わせて」など五つのルールを挙げ、良い例、悪い例を実演。時に笑いを誘いつつ授業は進む。実践レッスンとして、簡単な自己紹介を行った。

「Hello,everyone」に始まり、「My name is〜」「Please call me〜」「I like〜」「I love〜」と続き、「Thank you」で締めくくる、20秒程度の流れだ。各自プレゼン原稿をつくり、1人ずつ前に出て発表。残り6人は「五つのルール」に沿って発表者ごとにポイントをつけ、また良かった点について意見を述べ合った。



ポイントの集計をリー先生と三沢先生が行う間、生徒たちはタブレット端末で自分のプレゼンテーマの調べ学習を行った。テーマはアメリカのある州、ミュージカル、ホワイトハウスなど、それぞれの興味対象を反映して多様だ。授業終了後、生徒の一人に話を聞いた。

6歳から9歳までドイツのインターナショナルスクールに通っていた須貝陽介君(中1)は、「英語の感覚を取り戻したいと思って受験しました。実用的な英語が学べるのがうれしい」という。将来の夢はカメラマンとして世界で活躍すること。「7時限目の授業は少し疲れるけど、ためになっている実感があるので苦になりません」



「自問自答力」から発展するスキル
意欲的な生徒が集まり、滑り出し順調なグローバルコース。だが現在、「グローバル」の名を冠したカリキュラムは珍しくない。そんな中で二松學舎の強みは何か、島田副校長に聞いた。

「今後、社会は大きな変革を迎え、想定外のこともたくさん起こるでしょう。そうした時に自分で課題を見極め、多くの人と協力して乗り越える力を育てたい。実はその方法論は、既に二松學舍創立の発想に含まれているのです」二松學舍が教育の柱に掲げるが「自問自答力」の育成だ。

「問題に受け身で答えるのではなく、問題の本質はどこか、自分の関心対象は何か考える。こうした姿勢が古来、科学や哲学、芸術を発展させてきました。ただ、自問自答力は自分だけでは獲得できません。様々な人に話を聞き、整理する中から発想や感性が培われ、自問自答へと発展するのです。また、違う意見の人も尊重し、調整していける能力も重要です」



その素地をつくるのが、重視しているグループ学習だ。意見を述べ合い、聞き合う機会をたっぷりとる。「問題の解き方を教え合う時間の中で、ある生徒の説明の仕方に教員が“なるほど”と舌を巻いたという報告も受けています」。

校外授業や部活動、日常生活でもその姿勢は重視されている。同席した学年主任の坂詰弘徳先生の言葉も、効果の一端を感じさせる。「自己表現したい、という生徒たちのバイタリティーを感じます。意見がぶつかるときも、より良い関係を築く機会ととらえています」



独自の伝統と校風も強みに
礼節や言葉を重視する独自の伝統も強みだという。「例えば職員室に入室する際、『◯年◯組の◯◯です。◯◯先生に用事で来ました』ときちんと言う。先生は、たとえ用件が分かっていても『何ですか』と問いかけ、生徒は用件を明確に伝える。この基本が、文化背景が異なる人との意思疎通に大切になります」

自ら考え、行動する習慣への工夫も多様だ。授業や委員会等の連絡はすべて職員室近くのホワイトボードに掲示し、担任が教室で伝えたり、校内放送で呼び出したりすることはしない。チャイムを鳴らさないことも、生徒が自ら時間を把握する助けになるという。



「英語力が高いのがグローバルではありません。様々な現場で、文化の異なる人々にも『この人がいて助かった』と思われるのがグローバル人材。まさに二松學舍の建学の精神『己を修め人を修め一世に有用なる人物を養成する』に通じる人物像です」

今後、海外語学研修や英検上位受験はもちろん、中国語、韓国語講座の開設、外国の教科書を教材とした理・社の授業など、多彩な構想で展開する二松學舍柏のグローバルコース。伝統と革新のグローバルが次世代をどう担うか、注目していきたい。



二松學舍大学沼南学舎

千葉県柏市大井2590
東葛観光歴史辞典に文が残っているので電化する。柏から国道十六号号線を千葉方向にトンネルを抜け、最初の信号を左折して印旛方面に進む。二松学舎大学の看板を左折してしばらく行くと、緑の林に囲まれた静かな沼南学舎(沼南キャンパス)が見えてくる。正門前の駐車場には白色の大型スクールバスが多数並び、校舎の高台から後方に手賀沼が見える。

二松学舎大学の本校は、東京都千代田区三番町にあり、千代田学舎(千代田キャンパス)と呼んでいる。校地は1189坪で校地拡張に迫られて、千葉県東葛飾郡沼南町大井に農地、山林17361坪を買収、同時に大学創立80周年記念事業として、昭和43年(1968)11月に沼南学舎を建てた。当時の世相は43年度から大学紛争が始まり、45年1月の東大安田講堂占拠を頂点として全国に大学騒動が巻き起こった。



二松学舎大学の創立は明治の初期、世はあげて西欧文化の攝収の風潮に走り、日本固有の文化が失われることを憂慮する三島中洲が明治10年(1877)10月10日、東京府麹町の私邸内に、漢学塾・二松学舎を開設したことに始まる。

三島中洲が陽明学に則って、漢学の教授をする漢学塾からは、明治の時代に思想、政治、文化など様々な分野に数多い逸材を出した。その中には思想家の中江兆民、総理大臣になった犬養毅、柔道の嘉納治五郎、「坊ちゃん」で知られる夏目漱石(塩原金太郎)、女性解放運動家の平塚雷鳥ら日本の歴史を作り上げた人々がいる。



創立期の二松学舎入学者名簿の明治14年の部に塩原金太郎(夏目漱石)の名前があり、漱石は一年ばかり二松学舎に通った。夏目家に残された卒業免状によると、14年7月に「三級第一課」で唐詩選、皇朝史略、複文など、同11月には「二組第三課」で孟子、史記、論語、三体詩などを学んで卒業したことになる。漱石の残した漢詩の世界は、このあたりで学んだものが根底にあると言われている。

戦後24年(1949)、二松学舎専門学校から二松学舎大学に移行し、文学部に国文学科、中国文化課が開設され、書道、中国語の分野を開いた。38年4月吉田茂元内閣総理大臣が二松学舎大学の舎長に推薦され、同年大学創立85周年記念式典席上で「幼少の頃、藤沢の奥の進学塾に通い、また岳父の故牧野伸顕伯が本校顧問だったご縁」を話している。42年亡くなるまで舎長をした。



43年新設した沼南学舎には平成3年、国際政治経済学部が新設され、東洋文化、日本文化関係科目を必修科目としているあたり、三島中洲の建塾の精神を受け継いでいると言える。

校名「二松学舎」の由来は、三島中洲の生家にあった二本の老松を思い、故郷をしのぶよすがとして、二本の松を東京の邸内(現在の千代田学舎校地)に植えたのにちなんで命名されたものである。

昭和24年、大学に移行するにあたって、校名を東京文化大学と改称したが、三島中洲をしのんで昭和28年再び校名を元の二松学舎に復元した。二松学舎大学は平成9年創立120周年を迎えた。(※この東葛観光歴史辞典は平成9年の出版物、ということは今現在は創立140周年を経過しているわけか)



文を追加しておく
学校法人二松学舎の広報誌 『學』 (まなび)で山田方谷特集が組まれました。「山田方谷マニアックス」は写真を提供させていただいたので広報誌 『學』 を手に入れることができました。

さて気になる内容は、特集1「山田方谷ってどんな人?」というタイトル通り方谷先生の藩政改革などの紹介、そして第2部では方谷先生の現存で同大学の理事長でもある山田安之氏と全日空の社長大橋洋治氏の対談となっています。また特集末尾には昨年NHKで放送された「山田方谷特集」のプロディーサーで、現NHK青少年子供番組デレクターの上米良光一郎氏のインタビューも掲載されています。

【二松学舎大学とは】
二松学舎大学は山田方谷の一番弟子である三島中洲が東京で設立した学校で、その後渋沢栄一らも運営に関わった。国文学や漢学を中心に据える伝統ある学校で「日本人としてのアイデンティティを養うため」の教育に注力している。



二松学舎大学附属柏中学校」平成23年4月開校
夏目漱石も学んだ二松學舎134年目の春。二松學舎大初の附属中として中高一貫教育校「二松學舎大学附属柏中学校」が2011年4月、開校する。芝浦工大柏中高校から同中学校開設時の準備グループリーダーであった長谷川成樹前副校長を開設室長に迎え、着々と教育態勢を整えている。

また、芝浦工大柏と中学校相互交流協定を結び、教育研究や生徒指導、社会貢献など教育活動全般について連携していくという。同中開校は柏市において、1999年芝浦工大柏、02年の麗澤に続いて3校目の私立中学校の誕生となる。 なお、高校も来春「附属柏高等学校」に改称の予定。

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ
にほんブログ村 
にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 流山情報へ
にほんブログ村

平成26年10月4日〜11月24日まで

November 12 [Mon], 2018, 0:00

袖ケ浦駅102年の歴史、展示で回顧

内房“最古”の駅舎に別れ、市郷土博物館
現存するJR内房線の駅舎の中で最も古い袖ケ浦駅(袖ケ浦市奈良輪)が新駅舎に生まれ変わるのに合わせ、同市郷土博物館で、企画展「袖ケ浦と鉄道袖ケ浦駅・長浦駅」が開かれている。市内の鉄道や駅の歴史を古写真や模型を使って解説している。



同館によると、袖ケ浦駅(旧・楢葉駅)は、大正元(1912)年に開業。駅舎は、線路の複線化工事でも改築されず、建築当初の姿をほぼとどめていた。市内にある長浦駅が今年2月に改修されたのに続き、袖ケ浦駅も10月12日から新駅舎の利用が始まり、現駅舎は102年の歴史に幕を閉じる。

企画展では、新たに確認された大正2年の楢葉駅の写真を紹介するほか、現在では見ることがなくなった切符はさみなどを展示。木更津市の愛好会に依頼して用意した開業当時に近い時期の列車模型も見ることができる。入館無料、月曜休館。今月11日午前11時〜午後3時半には、館内で列車模型走行会を開催、18日午後1時半からは講演会「房総の鉄道」を予定している。



正月飾り作り

袖ケ浦市文化財で昔通りの新年
袖ケ浦市郷土博物館にある市指定文化財「旧進藤家住宅」(同市下新田)で平成26年12月12日、新年を迎えるための正月飾りを市民学芸員らが作った。同住宅は江戸時代の弘化4(1847)年に同市蔵波に建築された農家で、1991年に現在の場所に移築された。



4年ほど前から、市民学芸員らが正月飾りを作っている。その年に刈られたわらを使い、「家が代々栄え、家系が続くように」との意味があるダイダイやユズリハを飾り付ける。今年は、松島広春さん(72)と西飯靖さん(79)らが、神棚に付けるしめ縄や火事よけにかまどの上に飾る「荒神様」などを作った。

真新しい飾りに一同は「これで来年は良い年になる」と満足げ。市販の飾りを使う家も多いが、西飯さんは「昔の家だから昔通り手作りじゃないと。これをやらないと年を越せない」と話していた。




千葉県内3博物館の妖怪展が大人気

怖くて魅力的な伝承紹介
県立中央博物館(千葉市中央区青葉町)など県内の3博物館で妖怪や物のけの企画展が開かれており、各地域の伝承に根ざした怖くて魅力あふれる存在が紹介されている。ゲーム、アニメなどを通じて広がった「妖怪ブーム」の後押しもあり、大勢の人が“凉を求めて”来館している。夏休み最後の思い出作りや自由研究にもお勧めだ。



カッパに手紙出す
県立中央博物館では「妖怪と出会う夏 in Chiba 2015」が開かれている。熊本の寺から借りた「河童の手」や、怪異についての資料、妖怪画など約250点を展示している。「妖怪顕(あらわ)る!」「現代も親しまれる妖怪たち」などテーマ別の4部構成。妖怪の名前や特徴を書き込める「妖怪ノート」を配ったり、県民が寄せた妖怪・都市伝説の噂をまとめたパネルを暗闇に展示して懐中電灯で読むようにしたりするなど、子供たちの興味を引く工夫をしている。



カッパに手紙を出すことができる「河童ポスト」も設置。カッパからの返事は7日以内に同館に掲示される。今月24日までに累計約2200通が届き、多い日には100通を数えるという。船橋市の小学4年、関ケ原まどかさん(9)は「カッパさんに『どこに行けば会えますか』と手紙を書きました」と返事を楽しみにしている様子だった。

25日までの来館者は約2万8千人。妖怪と関係ない企画展を開いた昨年の同時期に比べ約1・5倍の人出という。担当者で歴史学の研究をしている同館の内田龍哉主席研究員は「今回の企画が、郷土や先祖のことを考えるきっかけになればうれしい」と話した。9月23日までの午前9時〜午後4時半。会期中無休。一般500円、中学生以下無料など。



5メートル怪獣の古文書
八千代市立郷土博物館(八千代市村上)の「もののけ in 八千代」では天保年間に印旛沼に現れ、姿を見た人々が即死したという伝説のある体長約5メートルの「印旛沼出現怪獣」について書かれた古文書や、この怪獣の5分の1サイズのレプリカ、河川を荒らすカッパをお坊さんが捕まえ書かせたとのいわれがある「河童の詫び証文」の複製品などを展示している。9月6日まで。午前9時〜午後4時半。月曜休館。無料。



天狗の爪と宝銭
袖ケ浦市郷土博物館(袖ケ浦市下新田)では「山の怪−海の怪 ふしぎものがたりともののけのせかい」を開催。地元に伝承が残る天狗(てんぐ)や鵺(ぬえ)についての展示が充実。同市の古刹・延命寺に伝わる、天狗が悪行を反省して寺に残したという「天狗の爪と宝銭」や、天狗が使用していたとされる食器など約80点を展示している。

3館と国立歴史民俗博物館(佐倉市)の妖怪の常設展と合わせ、4会場でのスタンプラリー企画もある。先着順で、3会場を回れば特製マグネットを、4会場を制覇すると「スペシャルプレゼント」がもらえる。9月23日まで。午前9時〜午後5時。月曜休館。無料。



旧進藤家住宅

袖ケ浦市郷土博物館
旧進藤家住宅は、代々農業を営む進藤家が江戸時代の末期に知行主の御地方役(代官)をつとめたころの旧家です。住宅の正面18.5m、側面9.5mという大きさも当時の進藤家の社会的地位が反映されているものと理解できます。進藤家には、この家が建築された弘化4年(1847年)の普請帖が残されていたので建築計画や資材調達の経緯を知ることができました。

建築後140余年間進藤家により維持・管理されてきましたが、この貴重な文化財を後世に伝えるとともに多くの人に利用されるようにと平成2年(1990年)に市に寄贈されました。昭和57年(1982)創立。地域の歴史・民俗資料を収集・保存し展示する。万葉植物園、上総掘り体験足場、旧進藤家住宅などの野外展示施設がある。袖ケ浦公園内にある。



現代から過去へと袖ケ浦の歴史をさかのぼっていく歴史展示をはじめ、民俗展示、産業展示などで袖ケ浦を紹介。情報提供室では、ビデオやパソコンでさらに詳しく袖ケ浦について知ることができます。また、別館としてアクアラインなるほど館を併設しています。屋外には、旧近藤家住宅をはじめ、万葉植物園、古代住居、石造物群、上総彫りの足場などがあり、豊かな自然の中で、袖ケ浦歴史散歩が楽しめます。

映像展示「袖ケ浦シアター」、検地関係資料、葛田家文書(横田郷里見氏支配関係資料)、復元された望陀布(古代望陀郡の特産布)、文脇遺跡出土の小銅鐸、大竹二又堀遺跡出土の重圏文鏡、山野貝塚出土遺物。開館時間、AM9:00〜PM5:00(入館はPM4:30まで)休館日、月曜日(祝日は翌日も)・祝日 年末年始(12月26日〜1月4日)
入館料、常設展は無料。特別展は有料。なるほど館、屋外展示はすべて無料。



袖ケ浦の地名は、東京湾に広く伝わる日本武尊伝説に由来する。日本武尊が東征の折り、相模から上総に渡る際、東京湾が大荒れた。妃の弟橘媛(おとたちばなひめ)は、海神の怒りを鎮めるため自ら荒海に身を投じて夫の渡海を助けた。媛の袖が流れ着いた地を「袖ケ浦」と呼ぶようになったという。博物館では、袖ケ浦の歴史を現代から昔に遡る「倒叙(とうじょ)法」の方式で紹介している。

近世奈良輪宿の賑わい、古東海道往還など、時代の一コマをジオラマで再現している。特に面白いのが民俗展示で、地域に伝わる祭事と食膳をサンプルで再現している。 郷土料理の再現展示は、他で見かけない手法なので、とても興味深かった。屋外展示では、上総堀りの井戸、竪穴式住居(復元)、万葉植物園がある。周辺の袖ケ浦公園は、紫陽花や花菖蒲など、花の名所として知られている。



袖ケ浦市郷土博物館企画展

袖ケ浦と鉄道、駅は未来につながる夢への出発点
袖ケ浦市郷土博物館では、「袖ケ浦と鉄道」と題した企画展が開催中だ。大正時代から市民に親しまれてきた地元袖ケ浦駅と長浦駅の駅舎改築に伴い、袖ケ浦の鉄道の歴史を公開している。袖ケ浦で生まれ育った山田館長は「自分の父も祖父も使ってきたなじみの駅がなくなってしまうのは、少々寂しい気もしますが、今回の展示を見ながら、『懐かしい』と思う方々は多いと思います。

また、子どもたちにとっては、この新しい駅舎が彼らの夢の出発点であり、ほっとする故郷の駅になることでしょう」と話す。また、袖ケ浦に走るもう一つの鉄道として、京葉臨海鉄道も紹介。工業地帯ならではの貨物列車は、袖ケ浦の鉄道シーンに欠かせないものだ。



鉄道ファンのみならず楽しめる内容に
展示では、パネルや実物を通して鉄道の歴史を紹介。袖ケ浦駅(当時は楢葉駅)が開業したのは大正元年。その後、戦後すぐに進駐軍の援助によって長浦駅が開業した。展示では、当時の写真をはじめ、実際駅舎にあった看板や駅員の制服も。また貴重な鉄道模型も壮観で、全国から問い合わせがあるとのこと。

資料の多くは、地元の人々から寄せられたもの。同館を訪れたこの日も、利用者からの資料提供があったとのことで、地元の期待の高さがうかがえる。鉄道ファンはもちろん、子どもから大人まで楽しめる展示内容に来場者が後を絶たない。



ノリ、干拓、工業化…

産業の変遷振り返る、袖ケ浦郷土博で企画展
袖ケ浦の産業の移り変わりを海との関係で振り返る企画展「袖ケ浦の工業」が、同市下新田の市郷土博物館で開かれている。太古から現代に至るまで、海と人々との関わりの歴史を、考古資料や現在の製造品で紹介している。



昭和40年代の埋め立てにより、臨海部に工業地帯を有するようになった袖ケ浦市。展示では、世界各地から石油などを積んだタンカーが入港したり、全国で使われる石膏ボードの約50パーセントが袖ヶ浦で製造されたりしている現状を紹介。

工業地帯になる以前は戦後の食糧増産を目的に海を干拓したが、塩害のため干拓地の二割ほどしか耕作されなかったことや、同市奈良輪で選抜されたノリの一種「ナラワスサビノリ」が全国のノリ養殖に普及したことなどを振り返っている。



国重文や宮内庁所蔵品公開

古墳時代の銅鏡一堂に、袖ケ浦市郷土博物館
袖ケ浦市郷土博物館(同市下新田)で、古墳時代の代表的遺物である銅鏡が一堂に会する企画展「上総の古鏡カガミが語る古墳時代の心と形」が開かれている。国指定重要文化財(重文)や特別公開の貴重な銅鏡をはじめ、上総地域を中心とした出土資料約90点を展示している。



同館によると、古墳時代の上総地域は、東京湾の海路を通じて畿内のヤマト王権とつながりが強く、有力豪族の古墳が数多く存在。銅鏡は、支配者の地位を誇るための道具ともされ、県内で110点以上確認されているが、このうち75点が上総地域に集中するという。

企画展では、金鈴塚古墳(木更津市)出土の重文「変形神獣鏡」のほか、劣化が激しく所蔵元の宮内庁から特別に貸し出された祇園大塚山古墳(同市)の「四仏四獣鏡」、上総地域で唯一の出土例という手古塚古墳(同市)の三角縁神獣鏡などがそろう。銅鏡の多くは古墳への副葬品だが、住居跡から見つかり、祭祀(さいし)に使われたとみられる小型の鏡もあり、展示からは当時の政治動向や精神世界の一端を垣間見ることができる。



袖ケ浦市郷土博物館

懐かしい田舎の暮らしに出会う
房総の博物館・美術館に文が残っているので電化する。袖ヶ浦市の名称は古来東京湾沿岸北東部一体を呼んだらしいが、今は木更津隣接の当地の市名となった。袖ヶ浦公園内の台地に建つ博物館は郷土色豊かな内容である。

入口壁画の鳥瞰図は木更津街道の宿場奈良輪の風景を十返舎一九が書き残したもので面白い。歴史展示室には古代東海道往還として栄えた時代の租税状況図や古墳時代の出土品等、地元ならではの展示品も数多く陳列されている。

古東京湾時代(約二万年前)からの地形変化、縄文時代の貝塚出土品からは古代の海の恵みの生活状況がうかがえる。続く民俗展示室には、農漁村の年間行事の食習慣が色鮮やかな細工の料理見本で見事に再現されている。



節句、七五三、婚礼、葬送、井戸祓い、サナブリ(田植えの終わり)と、各々の行事に合わせた品々が美しく盛り付けられて並ぶ。現代の食生活から忘れかけていたものを蘇らせてくれる目にも心にも安らぎのひととき、眺めていると集落の賑わいが伝わって来るような気がする。

産業展示室では農業の近代化、工業地帯の進出などパネルで展示、かつては農村と半農半漁の地帯であった生活状況を、農具漁具等の展示説明で紹介している。映像展示室では、10分のビデオで大正初期鉄道開通時まで遡る変遷を見せてくれる。帰路には公園内の万葉植物園を訪れるのも良い。(※千葉県袖ケ浦市下新田1133)

(※袖ヶ浦公園の広大な敷地内に古代住居や「アクアラインなるほど館」など袖ヶ浦市の生活や歴史、文化に関する展示施設が整備されています。公園自体がかなり広いので、全部の施設を周るつもりならばかなり歩くと思います。気候の良い日の週末は、地元の家族連れなどで公園はかなり賑わっていますが、郷土博物館は閑散としています。)



県指定有形文化財(考古資料)

文脇遺跡14号土壙出土一括遺物
文脇遺跡は、袖ケ浦市野里の台地上に位置する旧石器時代から中世にわたる遺跡である。14号土壙は、台地の縁辺部から発見された古墳時代初頭(約1、800年前)の埋葬施設で、主軸長2.3m、幅1m、深さ0.4mの長方形の穴に木棺が埋置されていたとみられる。

木棺の痕跡内からは、小銅鐸1点、水晶製棗玉(なつめだま)1点、琥珀製玉片1点、ガラス製小玉17点、鉄製品3点、土製品1点、布残欠1点が出土しており、副葬品として棺に入れられていたものと考えられる。



小銅鐸は全国的にも千葉県での出土例が最も多く、千葉県を代表する遺物の一つとなっているが、鰭(ひれ=体部の側面に付く板状の部分)をもち、大型の銅鐸を忠実に模した形状のものと、鈕(ちゅう=上の環状の部分)の断面が丸く鰭が省略された形状のものがある。

前者は弥生時代後期の遺構から、後者は古墳時代初頭の遺構から出土することが多い。文脇遺跡の小銅鐸は、高さ10.8p、最大幅5.8p、重量124gあり、鰭をもたないタイプとしては比較的大きい。文脇遺跡14号土壙は、小銅鐸が装身具を伴って埋葬施設から出土した好例であり、古墳時代初頭の小銅鐸を研究する上で大変貴重な資料である。



県指定有形文化財(絵画)

絹本著色両界曼荼羅図
両界曼荼羅は、金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅の総称で、密教寺院には不可欠の法具である。図像は大きく真言宗系と天台宗系の2種に区分されるが、この曼荼羅は現図曼荼羅とよばれる真言宗系の曼荼羅である。2幅とも延命寺に伝世したもので、文亀元年(1501)に真里谷城主源信興が寄進したものと伝えられている。

両曼荼羅とも縦に9枚の絹布をつないだもので、目が細かく比較的良質の絹を使用している。画面の寸法はたいへん大きく、胎蔵界曼荼羅が縦328.1p、横310.6p、金剛界曼荼羅が330.0p、横303.0pである。胎蔵界曼荼羅に描かれた諸尊は、面長で額が広い顔をしており、鼻筋を2本線で表す点や、着衣に装飾された文様が細密であることなど、中国の宋、元時代の仏画に見られる特徴を備えている。



表具に相当する部分までも描いている描表装といわれる作品で、文様に切金があまり用いられず、金泥描きであることなどを考え合わせると、南北朝時代に制作された作品と推測される。空海によって中国からもたらされた曼荼羅の様式を伝える中世の巨大な両界曼荼羅図として大変貴重なものである。


にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 流山情報へ
にほんブログ村
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:きーらくだま
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 誕生日:1981年10月18日
  • アイコン画像 現住所:千葉県
  • アイコン画像 趣味:
    ・神輿-田舎町にはこれが一番
読者になる
開発に取り残された街、なんて言いますけどね、コミュニティの強さ、田舎町の安心感、歴史財産まで、今の時代に一周遅れでトップになった感じです
TX沿線の新市街地に住む方たちも歴史情緒ある流山本町、今では一割もいないだろうと思われる流山先住民、昔からの生活をする住民として発信出来たらいいな、と思っています。
なお、神輿会に入りたい人については上に紹介はしますが審議にかけられます、個人として権力ないもので
2018年11月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
最新コメント
アイコン画像★T軍曹★
» 昭和57年10月31日、館山城開館 (2018年10月31日)
アイコン画像坂牧
» ダンススクール (2018年09月23日)
アイコン画像無有
» アメノウズメノミコト (2018年09月17日)
アイコン画像kusakabe-dc
» 基本は第4土・日曜に開催、南越谷阿波踊り (2018年08月25日)
アイコン画像日本画家・絵本画家 後藤 仁
» 昭和5年1月21日、後藤純男生誕 (2018年04月26日)
アイコン画像でれすけ
» 平成29年、宿赤城神社祭礼、神輿渡御その2 (2018年03月10日)
アイコン画像四木 徹
» 平成29年、宿赤城神社祭礼、神輿渡御その2 (2018年03月09日)
アイコン画像ぽんぽん
» 平成29年、宿赤城神社祭礼、神輿渡御その2 (2017年10月18日)
ヤプミー!一覧
読者になる