はじめまして。 2005年の8月に私達の初めての子供が天使となりました。8ヶ月間、ママのお腹にいてくれた双子の男の子と女の子です。そして、一年後に宿ってくれた、新しい命が、2007年2月に無事誕生しました。 彼らへの思いや日々の生活を綴っていきます。

■プロフィール■
■代替テキスト■
■お名前■ちいママ(ちいちいのママ)
■趣味など■ウインドウショッピング、お散歩
■家族構成など■夫とちいママ(私)とちい太とちい子との4人家族
■住まい■Asia
■出身■夫婦とも関西出身。
2006年09月
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慣れないとね。 / 2006年09月18日(月)
同じ住まいに、同じ会社の赤ちゃん連れの家族が引越しをしてくることになりました。
その赤ちゃん、今年の3月生まれらしく、我が子たちと同年です。
私の住まい、日本人は、私のところを含め、3家族のみ。
まして、私は同じ会社ということで、何か行事があれば一緒に行動をすることになるし、来てまもなくは、何もわからないだろうから、例えばお店や、タクシーの乗り方、食料品の買い方やその他、様々な生活に必要なことを教えてあげなければなりません。
何かあったときは、私に連絡がくるでしょう。
本音を言えば、同じ住まいは、避けてほしかった。
私が、死産後にこちらに来られた方には、去年、赤ちゃんを亡くしたことを話していないらしく、どうやら、そのご家族は何もご存知ないようです。
この住まいに決めたのは、先に来てお仕事をされている旦那様で、部屋のつくりが気に入ったらしい。
私の旦那と、仕事上、時々話す人でもあるらしく、きっと、その人は奥さんに伝えたとき、「同じ会社の人が住んでいる。」って、お話をしているはずだよね。
その奥さんの、この住まいに対する安心材料になっているのかも・・。
私は、あの子たちがいた事を知ってほしいと思っているのですが、もし、私が、あの子たちのことを話せば、その新しく来た奥さんは、私に声をかけにくくなるかもしれない・・。
慣れない引越し先で、しかも海外で、不安でしょうに、身近に、ご主人以外に頼る人がいないなんて、とてもつらいだろうとも思う。
でも、もしかして、あの子たちのこと、知ったとしても、あまり気にしない人かも・・。(私にはそれは考えられないのだけれど)
どんな方なのかわからない・・。

今の私は、その奥さんが、暮らしに慣れるまでは、あの子たちのことを黙っていようかと考えています。
しかし・・。
今まで、避けていたあの子たちと同年の赤ちゃん、私は、大丈夫だろうか・・。
その人の家にいって、ベビーベットや色々なものをみて、もし、赤ちゃんにミルクをあげている姿とかをみたら、涙が出てこないだろうか・・。
心の動揺を、その人にわからないように、できるのか・・。
でも・・、実際に赤ちゃんを見たら、可愛いな〜。って、案外、大丈夫かも・・とも。
1ヶ月後には、その奥さんと赤ちゃん、来ちゃうんですよね。
そのことを考えると、とても不安です。

 
Posted at 22:59 / 日常 / この記事のURL
コメント(9)
この数週間 / 2006年09月11日(月)
先週の土曜日、Malaysiaは、独立49周年を迎えました。
金曜日、午前0時になったとたん、海辺のイベント会場から花火が上がりました。
ラジオでは、Happy Birthday Malaysia!!との声、しばらくの間(今も一部そのまま)、街中に旗が翻っていました。

道沿いにも旗


夕暮れの海沿い


建物にも旗が飾られていました。



今週は、こちらの奥様の間でも、あのニュースが持ちきり!!
唯一みれる日本の番組、NHK、朝からずっと流していたんですもの。
こちらの新聞にも載ったし、テレビニュースにも放送されました。
天使ママの私達は複雑な思いで見ていた人が多いと思います。
私も、その中の1人です。
24時間体制で選び抜かれた医師に見守られた中での出産、うちの子もそうだったら、助かっていたのかも・・って思ってしまいました。
オギャーと元気よく泣かれ〜なんて、なんて羨ましいことでしょう。
けれども、あの医師団もご本人も、ものすごい重圧だったのではないか・・とも、考えました。
「無事、お産まれになりました。」とニュースが入ったときは、素直に嬉しかったです。
これからは、逐一、放送されるでしょうね。
私が知らない、男の子のちい太の成長の様子、お子様を通して一年遅れで見ることになりそうです。

今、我が家は(特に私)、日本食ブーム。
こちらに来て、はや1年3ヶ月、そろそろ、日本が恋しいのかも・・。
日本はもうすぐ秋。 食べ物がおいしくなる季節ですよね。
去年の今頃は日本にいました。
退院後、12月始めまで、そちらに帰っていたのですが、その時は、何を食べてもおいしく感じることが出来なかったのです。
食べ物がおいしく感じられることも幸せ。ってこと、あらためて実感です。

この間、Singaporeへ行って、日本食をたっぷり買って帰りました。
日本の巨峰、日本のみかん、日本のアスパラガス、日本の・・・。
この「日本の」が、もう強烈な売り言葉になるんですよね。
やっぱり味が違う!!
季節があるということが、味に深みをつけるのかしら?
しかし、魚をうまく焼くことができません。日本のシステムキッチンに付いている魚焼きグリルがないので、こちらでは、オーブンで焼いたり、フライパンでこげ目をつけてから、水を入れて蓋をして蒸すとか色々工夫をしているのですが、それがけっこう難しい。
先日、貴重な、さんま、オーブンで焼きすぎてしまい、ぐすん・・。カスカスになってしまった。もったいないので食べました。

そして、無印のお店も発見!!して、うわーい!
海老せんべい、昨日、旦那と取り合いながら食べました。
黒豆茶もおいしかった。



しかし、日本食は高いので、我が家の食費、今とってもかかっています。
旦那さま、ごめんね、宜しく。

 
Posted at 06:57 / 日常 / この記事のURL
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1歳の日、無事、過ごすことが出来ました。 / 2006年09月11日(月)
一年が、過ぎました。
ずっと、ずっと、この日が来るのが怖くてたまりませんでした。
月命日ごとに、より思い出して泣いていた最初の頃。
意識をして、その日は、あまり考えずに過ごすようになり、そうすることが出来ましたが、命日というのは・・って。
あの亡くなったと告げられた瞬間、お腹が痛くなったとき、手術までに待っていたあの時間、あの子たちがお空に旅立ったあの日、その一年後の同じ日にち、時間が来るのが怖くてたまらなかったのです。
でも、過ぎてしまえば、随分と穏やかになった自分がいることに気づきました。

命日である朝、目覚めたとき、”ちいちゃん、二人とも天使になっちゃったんだね・・。”と思って悲しかったけれど、その日はお誕生日としてお祝いをするので、朝から、買い物へ行ったり、子供が喜びそうなご馳走を作る準備に忙しく、気は紛れました。
注文をしていたケーキがとってもおいしくて、ホールケーキを買ったのに、二人で、当日、翌日と全て食べてしまいました。
あの子たちも、気に入ったのかな?私達を通して食べていたのかも。
旦那が、ちいちゃんの名前を入れて、”ハッピーバースデー、ちいちゃん〜”の歌を歌ってくれました。
あなたたちの代わりに、パパがちい太、ママがちい子のろうそくを吹き消したんだよ。
プレゼントは、お洋服のつもりが、その売り場に行くと泣けてきて選ぶことが出来なくて、カードのみになりました。
パパ、ママからのあの子たちへの想いを書きました。
「赤ちゃんを見ると、おまえたちのことを想うよ。生きていたらどんなだろうって・・。」って書いてある旦那の文を読んで泣けました。
お空に行った日は、ラン園に行きました。
一年前に、このお空に旅立ったんだ・・って、旦那と二人、しばらくお空を見ていました。
おみやげは、ランの花束。
それが、今、ちいちゃんコーナーに飾ってあります。
ランはこちらの気候に合うようで、今も咲いているんですよ。


マンゴーケーキにしました。(南国ならではでしょ。)
名前と、1歳の文字、あの子たちにピッタリのキキ☆ララの絵を入れていただきました。


 
Posted at 06:43 / ちいちいのこと / この記事のURL
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