バブル期のモーターショーは夢がいっぱいだった(頭悪いけど) 最終回

July 20 [Fri], 2018, 23:26

1990年に発売されたユーノス・コスモ。
ロータリーのマツダがバブル期に叶えたひとつの夢だったのでしょう。
せっかく作った高出力エンジンも「自主規制」で280馬力に落とされた上、燃費の悪さばかりが伝えられ、あまり売れませんでした。
本来ならばこの手のクルマを買う客層が、燃費のことなど気にはしないとは思うのですが…
まぁ、それが所詮バブルってやつなのかな。
もう、ロータリーエンジンは復活出来ないんですかねぇ〜。
一度は運転してみたかったです。


最後に紹介するのはスバル。
バブル期の馬鹿エピソードの中でもトップクラスです。
ワコール、童夢、そしてスバルが手を組んで発売される予定だったジオット・キャスピタ。
市販されていたら、日本で生まれた貴重なスーパーカーとなっていたでしょう。
水平対向エンジンが売りのスバルですから仕方ないのかもしれませんが、当時でも「なぜいまさら水平対向12気筒?」と素人のワタシでも思いました。


発売前にレースのイメージを付けたかったのですかねぇ。
翌年の’90年、スバルはこのエンジンをF1デビューさせました。
「なぜF1に?」完全に頭がおかしいとしか思えません。
開発を依頼したのはカルロ・キティ率いるモトーリ・モデルニ。
確かにフェラーリの12気筒などを開発した実績はありますよ。
でもブラバム・アルファロメオでは散々な結果でしたよねぇ。
もう10年前には水平対向12気筒エンジンがF1で通用しないって事は、レース好きなら子供でも知っていた事ですからね。
結果?
それは酷いものでした。参戦した6戦すべて予備予選落ち。
スバルはF1からシーズン途中で撤退するとともにジオット・キャスピタからも手を引いたのでした。

'91年のル・マン24時間レースでマツダが優勝を飾りました。
唯一のロータリーエンジン、日本国内でもほとんど注目されない中で長い時間をかけ地道に開発を続けた結果、ようやく掴んだ勝利でした。

それに比べてスバルのF1参戦のお粗末さったら…
共同開発と言いながらエンジンはモトーリ・モデルニに作らせ、ミナルディーにエンジン搭載を断られたらコローニを買収して走らせる。
「金があるから買っちゃえばいいや!」的な感じ?
レースに対する「愛」を全く感じません。

第28回東京モーターショーのパンフレットの話はこれでおしまい。
「バブルの功罪」みたいなものが、当時のクルマからも見えてくるものですね。
  • URL:https://yaplog.jp/wazamitsu/archive/838
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>copersucarf5aくん

ロスマンズカラーのマシンが公道を走っている写真は雑誌で見ました。
てか、試乗したの?
うらやましいっす。

バブルとはいえ、スバルはエンジンを自社開発するほどの予算はなかったのですかねぇ。
開発の若者を集めて「お前らやってみろ!」って方が、今後の会社のためになったのではないでしょうか。
そういうのは「株主」が許さないんだろうなぁ…
July 24 [Tue], 2018, 17:24
copersucarf5a
もいっこ、あのスバルはみにくかった、キテイを辱しめたね、カズくんがいってた通りブラバムアルファ時代に地に落ちてたじゃも知れないけど、、、
July 24 [Tue], 2018, 1:13
copersucarf5a
アタマ悪いよね〜、けどクルマ好きにはホントに良い時代だった、シュパン(バーンシュパン)がポルシェ956ベースの公道用のクルマ作ったの覚えてて試乗したよ、六本木で(笑)今じゃ考えられないよね!けど、無駄じゃなかった気がする、別に恩恵はなかったけどね
July 24 [Tue], 2018, 0:59
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