Ziploc ごはん保存容器

August 07 [Tue], 2018, 19:44
今日は涼しくなりましたね。
いろいろとやらなきゃならない手続などがあるが、暑さに耐えられなくて先延ばしになっていたけれど、今がチャンスと思って、久しぶりに昼間に外に出ました。

どうにも思った通りに事が進まない状況が続いて鬱々とした気分でいたので、少しは気が晴れるかな? なんて思っていたけれど、あんまり変わらないなぁ・・・
まぁ、5年前と違って「死んだほうが楽なのかなぁ〜」なんて思わなくなっただけでもマシなのかもね。

ちょっと愚痴ったところで、閑話休題。
最近出会った優れものの話。

新しい炊飯器の保温機能は優れているが、説明書にも「保温は24時間以内」と書かれているように、一人暮らしには向かない機能なのです。
味も落ちるしね。
最近は共稼ぎ家庭も多いから、多めに炊いて冷凍保存をする人が多いんじゃないかな。
ワタシも若い頃から、休みの日に炊いて一食分ずつラップに包んで冷凍保存をしていました。
ラップでもいいんだけれど、ごはん同士がくっつき気味になるんですよねぇ。


先日、ホームセンターでこれを見つけ、早速購入。
Ziploc ごはん保存容器!
これ、凄いです! なんで今までなかったのでしょうか。


ポイントは容器全体の凸凹。
電子レンジで温める時にも上手く蒸気が伝わるのかも。
茶碗に移す時も容器には一粒もごはんが張り付きません。
そしてこの薄い形状のおかげで、「真ん中だけ冷たい」なんてこともない。
美味しく食べるコツとしては、炊きたてをすぐに容器に移すことかな。

普通の茶碗一膳分(180g)が推奨ですが、200gちょいは入ります。
ただ、男にはちょっと少ないんですよね。
Ziplocさんには是非250gくらい入る大盛り用を作って欲しいですね。

デラックス ミサイル行軍

July 31 [Tue], 2018, 19:25
片付けという名の発掘作業で、またまた変わった物を発見。


―デラックス ミサイル行軍―
いわゆる、「軍人将棋」ってやつですな。
って言っても知ってる人いるのかなぁ〜。

いつ買ったのかは覚えてないのだけれど、そんなに昔の事じゃないような…
店で見かけた時に、「懐かしさ」からつい買っちゃったんだよねぇ。
でもこれって3人いないと遊べない。
「軍人将棋たろうぜ!」なんて言ってみたところで、大人が3人も集まるわけがないよね。


てなわけで、全く手付かずのまま眠っていました。
このまま持っていても死ぬまで遊ばないだろうなぁ…きっと。

「軍人将棋」で思い出したんだけど…
子供の頃、幼なじみがこれを買って、「一緒にやろう」って誘ってきたことがあった。
お互いやったことがなかったので説明書を読んでみたら、審判としてもう一人必要なことがわかった。
「じゃぁ誰か誘おうよ」って言ったのだけれど、幼なじみは「俺が審判もやる」って言い出したわけ。
「それはおかしいよ」と言ったところで相手はジャイアンみたいな奴。仕方なく「交代で審判をやろうよ」と提案したが、なぜか帰ってきた答えは「それはズルい」だった。
あとで何されるかわからないから、2回戦ほどやって機嫌をとることに。
そんな方法で勝って喜んでいる彼を見て、なんだか気持ちが悪くなり家に帰ったワタシなのでした。

別の日、「また軍人将棋やろうぜ!」と言ってきた彼。
当然断りましたよ(ってか空気読めよ)。
「いやぁ〜、〇〇ちゃん強くて勝てないからさぁ〜」って言ってね。
なんだ? この「接待」状態。
家では親に気を使い、外では友達に気を使う。
そりゃ、ひとり遊びが好きになるわな。

「接待ゴルフ」の話を聞くと「大変だなぁ〜」って思うけど、まぁ仕事だからってことで気持ちの整理は出来そう。
小学生に「接待」はさすがにきつかったです。

食べてるだけで一日終わる?

July 25 [Wed], 2018, 20:57
人間生きてりゃどんなに辛かろうが悲しかろうが腹が減る。

相変わらす部屋の片付けが終わらない状況だけれど、その一因が「自炊」だ。
なるべく食費を抑えたいし、毎日買い物に行くのも疲れるので始めたのはいいけれど・・・
作って食べて食器を洗う、それだけでヘトヘトになってしまう。
そして、しばらく休んで片付けを再開する頃にはまた腹が減る。
なんだ?このスパイラル。

最近「時短料理」なんて言葉があるようだが、そんなことは20代の頃からやってるよ。
問題は時間じゃなくて、体力。
65歳を過ぎていてこんな状態だったら介護保険でヘルパーさんも頼めるそうだが、ワタシの年ではまだ受けられないそうだ。

まぁ愚痴を言ったところで腹は満たされない。
作りますとも、作ればいいんでしょ。


やっぱり手軽なのは炒め物だよね。
焼肉のたれを使えばグラム100円以下のブタコマでも美味しい焼肉定食の完成。


肉がない時は残り野菜とタマゴでチャーハン。
最初にご飯とタマゴを混ぜておけば、簡単にパラパラに出来ますよ。
包丁を使うのも面倒な時はトーストかな。

とにかく病気になってから腹が減って仕方ない。
腹が減ると動けなくなるし、沢山食べてもドンドン痩せてくる。
排ガス規制直後のアメ車みたいなワタシなのです。

バブル期のモーターショーは夢がいっぱいだった(頭悪いけど) 最終回

July 20 [Fri], 2018, 23:26

1990年に発売されたユーノス・コスモ。
ロータリーのマツダがバブル期に叶えたひとつの夢だったのでしょう。
せっかく作った高出力エンジンも「自主規制」で280馬力に落とされた上、燃費の悪さばかりが伝えられ、あまり売れませんでした。
本来ならばこの手のクルマを買う客層が、燃費のことなど気にはしないとは思うのですが…
まぁ、それが所詮バブルってやつなのかな。
もう、ロータリーエンジンは復活出来ないんですかねぇ〜。
一度は運転してみたかったです。


最後に紹介するのはスバル。
バブル期の馬鹿エピソードの中でもトップクラスです。
ワコール、童夢、そしてスバルが手を組んで発売される予定だったジオット・キャスピタ。
市販されていたら、日本で生まれた貴重なスーパーカーとなっていたでしょう。
水平対向エンジンが売りのスバルですから仕方ないのかもしれませんが、当時でも「なぜいまさら水平対向12気筒?」と素人のワタシでも思いました。


発売前にレースのイメージを付けたかったのですかねぇ。
翌年の’90年、スバルはこのエンジンをF1デビューさせました。
「なぜF1に?」完全に頭がおかしいとしか思えません。
開発を依頼したのはカルロ・キティ率いるモトーリ・モデルニ。
確かにフェラーリの12気筒などを開発した実績はありますよ。
でもブラバム・アルファロメオでは散々な結果でしたよねぇ。
もう10年前には水平対向12気筒エンジンがF1で通用しないって事は、レース好きなら子供でも知っていた事ですからね。
結果?
それは酷いものでした。参戦した6戦すべて予備予選落ち。
スバルはF1からシーズン途中で撤退するとともにジオット・キャスピタからも手を引いたのでした。

'91年のル・マン24時間レースでマツダが優勝を飾りました。
唯一のロータリーエンジン、日本国内でもほとんど注目されない中で長い時間をかけ地道に開発を続けた結果、ようやく掴んだ勝利でした。

それに比べてスバルのF1参戦のお粗末さったら…
共同開発と言いながらエンジンはモトーリ・モデルニに作らせ、ミナルディーにエンジン搭載を断られたらコローニを買収して走らせる。
「金があるから買っちゃえばいいや!」的な感じ?
レースに対する「愛」を全く感じません。

第28回東京モーターショーのパンフレットの話はこれでおしまい。
「バブルの功罪」みたいなものが、当時のクルマからも見えてくるものですね。

バブル期のモーターショーは夢がいっぱいだった(頭悪いけど) その3

July 18 [Wed], 2018, 23:07
各社コンセプトカーの展示はモーターショーの花形ですね。
実際に市販されることは少なく、市販されたとしてもほとんど原型を留めていませんけど…
しかし、この頃はショーで見たクルマがほとんどそのまま発売されるという夢のような事が起こっていたのです。


スズキからは軽自動車規格のスポーツカー「カプチーノ」のコンセプトカーが出品。
'91年に発売されました。


マツダからは同じく軽自動車のスポーツカー「AZ-1」のコンセプトカー。
3種類ありますが、ガルウイングドアのモデルが’92年に発売されました。

’91年にはホンダ ビートも発売され、軽自動車スポーツカーはひとつのジャンルとなりますが、次期モデルは作られずひっそりと消滅しました。


1989年と言えば、あのユーノス ロードスターが発売された年です。
このクルマは景気の良し悪しを乗り越えて、今でも進化を続けていますね。
てか、マツダでシトロエンが売ってたんだね。


’87年モーターショーでコンセプトモデル「AXV-II」の市販モデルが発表されました。
ガルウイングドアを持つ「セラ」です。
「なんでこんな開き方するの?」って言うのは野暮。
だってこのクルマ、このドアありきで開発されたのですから。

どのメーカーブースに行っても欲しいクルマでいっぱいだったモーターショーも、いつの間にか家電見本市みたいになっちゃいましたね。

もう一回続きます。

バブル期のモーターショーは夢がいっぱいだった(頭悪いけど) その2

July 14 [Sat], 2018, 18:18
1989年、バブル絶頂期のモーターショーで発表されたクルマ達を見て行きましょう。
まずはホンダ。


遂にNSXの登場です。
これが初の日本製市販スーパーカーになるんじゃないのかなぁ。
今までも童夢 零や日産MID4などの市販計画にワクワクしたものですが、なかなか実現はしませんでした。
翌年、800万円で発売されましたが、バブル絶頂期だったので大人気となり、プレミア価格で取引されていましたね。

ただNSXには残念ポイントがありました。
ゴルフバッグが積めるようにトランクを大型化したため、リアのオーバーハングが異様に長いんです。
バブルとはいえ、ほとんどがニワカ金持ちですからねぇ。
走りを楽しむための車と、ゴルフに行く時の車を分けるってところまでは行かなかったようです。
まぁ、職業的にバブルとは無縁だったワタシには遠いお話でしたが・・・


こちらはバイク、NRですね。
楕円ピストンエンジンを積んだスーパースポーツです。
4ストロークエンジンにこだわるホンダがWGPに持ち込んだテクノロジー。
残念ながらレースでは成功しませんでしたが、その後市販に向けて開発が続けられました。
1992年に発売されましたが、すでにバブルは崩壊していて500万円超のバイクはNSXのような人気は得られませんでした。
今乗ったらかなりカッコいいんじゃないかな。


当時のホンダと言えばやっぱりF1ですかねぇ。
この年、ターボが禁止されNA3500ccエンジンへと変更されました。
マクラーレンでのプロスト、セナコンビ最後の年でもあります。
この頃の日本でのF1人気は凄かったですねぇ。
1994年にアイルトン・セナが事故死してしまうと、その人気も急落。
1987年にフジテレビで放送が始まった以降のファンにとって、死亡事故はかなりショックだったのかもしれません。

長くなりましたので、続きはまた。

人知の及ばざるもの

July 13 [Fri], 2018, 19:09
洪水が起こっていたのは知ってはいたけれど、最近テレビを見ていなかったので、あれほど酷い事になっていたなんて今朝知りました。
被害にあわれた方々に早く通常の生活が戻るように、そして亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

自然の恩恵を受けて我々は生きているわけですが、その力はとても制御出来るモノでありません。
それでも、それに抗いながら住むことの出来る場所を増やしていきました。
しかし、相手は「自然」、人知の及ばざるところですから、完全に防ぐことは不可能かと・・・
治水工事は国に任せるとして、個人的に出来ることは逃げる方法を考えておくことくらいなのかもしれませんね。

ワタシはどうしてるかって?
生きて行くことで精一杯で、考える余裕が全くありません・・・

バブル期のモーターショーは夢がいっぱいだった(頭悪いけど)

July 10 [Tue], 2018, 22:41
気が付いたら、まるまる一週間もブログの更新してなかったのね。
もう一か月以上部屋にこもって片付けしてたせいなのか、時間の感覚がおかしくなって来ているみたい。
体調も日に日に悪くなっているようで、気晴らしに出かける気分にもならなくなってきた。
世の中と繋がるための数少ない手段のひとつがこのブログだからね。
ちゃんと更新しなくっちゃ!

てなわけで、今日も部屋から発掘された物を紹介します。


1989年に開催された第28回東京モーターショーでの各社パンフレット。
実はこの年だけではなく、自分が行ったモーターショーのパンフレットはほとんど保存してありましたが、今回は仕方なく処分することにしました。

1989年と言えばバブル絶頂期。
パンフレットの内容も今の若者には理解できない程のバカっぽさがいっぱい。
気になる部分の写真を数枚撮っておきましたので、気が向いたらそれらも紹介しましょう。

2年後の第29回のパンフレットもありましたが、1991年はバブルが終焉をむかえた年。
いきなり「地球のため」とか「環境」などの言葉が急に出てきて、今見ると笑っちゃいます。

まぁ、こういう物まで取って置くから、いつまでたっても片付けが終わらないんだよねぇ。
でも 「何でこんなの取って置くの?」 なんて人を小馬鹿にしていた奴に限って、数十年たった後に見せると夢中になって食入るように見たりするんだよねぇ〜。ちょっとムッとする。
取って置くのもタダじゃないんだけど・・・

リカちゃんがママになりました! こんにちはあかちゃん

July 02 [Mon], 2018, 17:55
「子供にとっては宝の山だね」 と、遊びに来た友人に言われた我が家。
そんな宝の山から発掘された一品を紹介します。


2001年、タカラから発売された 「リカちゃんがママになりました! こんにちはあかちゃん」
あのリカちゃんが妊婦さんという、なんともアバンギャルドな設定!


そして、ここが今までなかった斬新なところ。
商品に入っているハガキを送ると、生まれたての赤ちゃんが送られてきます。
つまり生まれてくるまでの 『時間』 を楽しむ設定なのです。


数日待って送られてくるのは、こんなにかわいい赤ちゃん。
そして母子手帳と謎の鍵。
写ってはいませんが、パンツが一枚入っています。


遊び方の説明書。
謎の鍵はお腹のパーツを取り外す物でした。
寝ている間にこっそり外し、次の朝、起きた子供に 「赤ちゃんが生まれたよ」 って言った時の顔を想像してみてください。
こんなに幸せな気持ちになれるおもちゃが今まであったでしょうか。
これを企画した人って凄い! 愛を感じます。

しかしこのおもちゃ、親にはかなりのリテラシーが要求されますね。
ただ買って与えるだけでは、ここに込められた意図が子供にはまったく伝わりません。

これは当時3歳だった娘のために買いました。
じゃあ、なんでうちにあるのかと言えば…

「具合が悪い」 と言って、妻が実家に帰ってから2年が経った頃でした。
彼女には 「人が楽しんでいるのを見て、自分も楽しくなる」 という気持ちが欠如していました。
相手が我が子であっても。
そんな親を持った子供にこれを渡しても、ただの「お腹が外れるお人形」 になってしまいます。
おもちゃは 「モノ」 にすぎませんが、そこに込められた想いを裏切ることはワタシには出来ません。
そして、ひっそりとダンボール箱の中に封印されたのでした。

娘も、もうすぐ20歳。
彼女もそのうち結婚し、母になる日が来ることでしょう。
その時に子供と楽しさを共有してくれることを願って、これは娘に送ることにしましょうかね。

想いは彷徨い続けるのか

June 30 [Sat], 2018, 20:04

片付けという名の発掘作業は続いています。
今回発掘されたものは、小学3年生の時の連絡帳。


明日の授業や、学校からの連絡事項を毎日書くようです。
5月13日(1971年)の「うれしかったこと こまったこと」の欄が目に留まりました。


ワタシ「ははの日にかったカーネーションがかれてしまった」
先生「カーネーションはかれても、お母さんを大切にする気もちはいつまでもなくさないようにね」

自分の子供が先生とこんなやりとりをしてるなんて知ったら、ワタシなら思わず抱きしめてしまううんじゃないかなぁ〜。ってか泣いてしまうかも。

ではそんな純粋なショタKazくんに、母親はどう接してくれたのでしょうか。

実はこの半年後に、母親は子供を捨てて彼氏のもとへと向かったのでした。
この頃両親は別居中。
そして母はワタシを預けるための施設まで探していたのですが、父がその話を聞いて親戚中が大騒ぎとなり、結局父が子供と暮らすことを選びました。

そりゃ彼氏のことで頭がいっぱいですから、連絡帳のやりとりなんか目に入らなかったことでしょうねぇ(笑)

ワタシがカーネーションに込めた母への想い、それに答えてくれた先生の言葉。
受取る者のいないそれらの想いや言葉はどこに行ってしまうんだろう…
P R
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