そうか

November 12 [Mon], 2007, 3:43
誰かを求めたわけではなかった。
ただ、友達と呼べる人間に憧れていたのだろう。

性質は理解した。
いろんな友達候補と呼べる人間と関わった。
中でもゲームで世話になった人への恩は今でも忘れていない。

だが、人間はそこまで単純に『友達』という言葉を納得できない。

友人、友達、親友。
全ての文字に友がある。
根源はどれだ。
そして、君達はこの言葉達をいかな思いを乗せて使用しているのだ?

私は、この言葉達の行方がわからない。
そんな軽い意思で使えるものではないからだ。

自分が『友人』と思っていても、相手が『それ以下』と思っていたらどうなる。
可能性は零ではない。
勘違い、すれ違い。大いに在り得る。

其の中でも自分と会話を続けてくれて、
しかも個人的な話に付き合ってくれた人もいる。

私は、それが自分の中の『友達』として認識している。
軽々しく使えないのを考慮して、『友達』と呼べる。

カチャニラ、ミシェさん、勇気、かずさん。
少なくとも、この人たちとの関係を私は大事にしたい。
今までいくつも切り刻み、捨ててきた。

私の一方的な勘違いもあれば、
遠まわしな精神攻撃のときもあった。
私は、人間を恐れた。


例えば。
その時、何らかの形で『逃げ道』というものが存在しなければ。
何かを抱き、何かに縋る支えがなかったのなら。
今の私は存在しない。

その、支え。
私は『孤独』を受け入れた。

人間は、その場その場の状態で縋るものや依存対象を探す。
そうしなければ、生きていけないのだ。

しかし、人間を依存対象にした場合、相手側と自分側のリスクは計り知れない。
鬱病患者を治療している精神病棟の先生を想像して欲しい。
誰かに縋るということは、誰かを踏みにじり超えて治るということだ。

踏み台にすることで、自分を伸し上げる。
そして、生きる目的を見つける。
それが出来なければ、踏み続ける。

ひどい世界だ。



私は、誰に依存することではなく、不確かなものに依存した。
それは間違いだったのかもしれない。

もしかしたら、周りに助けてくれる人がいたかもしれない。
手を差し伸べてくれる人間がいたのかもしれない。
それに気づかなかっただけかもしれない。
頼ってよかったのかもしれない。
ほんの善意で力を貸してくれようとしたのかもしれない。

可能性はあった。
ただ、それを信じる力など、私には無かった。


誰が信じれる。
裏切りを積み重ねられ、
捻りきられたこの頭の中。

今日は優しくされた。
明日には全てから疎外され、攻撃された。
人は、こうにも短時間に人間を破壊できる。


そう、今も人を信じることが容易ではない。
たくさん自分のことを話して、たくさん相手のことを理解して、
たくさん感情を貰い、たくさん会話しあう。

私は、全てにおいてスロースターターだ。
この前提をクリアしないことには、相手を信用できない。
それも、例え信用した相手だとしてもだ。
私はその相手の攻撃に耐えられるかも怪しい。



経緯はここまでにしておこう。
もう名前も忘れた、私と会話してくれた人間達。
感謝している。

今、憎しみに近い感情を抱いているのも、
それは教えてくれた人間達のお陰だ。

親から貰った感情や、教えは極端に少ない。
だから、人から知る必要があった。
それが今の私にとって、最高に前向きな考え方だ。

元気ですか、お変わりありませんか。
相変わらず奇麗ごとがお上手ですね。
信じるって何ですか、それは苦しいものですか。


もう連絡手段も少なくなり、線は極端に細い。
断絶したものも多々見受けられる。
でも、それでいい。
誰かの記憶に私がいるかもしれない。
いないかもしれない。

相手から貰った感情は、私の中で生きているし、
私が与えた不可思議で異質で禍々しいものも、相手のどこかで根付いている。
それが憎悪であっても、苛立ちであっても。

私は『ざまあみろ。それが私の生きた証だ。』
笑い飛ばして生きています。


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