父T

December 05 [Tue], 2006, 20:19
大学時代に書き留めたもの。
父親の威厳が大きかった頃の事を想像してみました。
暗い話です。
   『父』

                  *

 昨日、私の母が死んだらしい。いきなりの訃報に驚きもしたけれど、私は何となく納得もしていた。まだ母は六十歳そこそこだったけれど、父が早くに死んでからは何かと苦労していたようだった。
 家族と私はほぼ絶縁状態だったけれど、兄が連絡をよこしたことで私は母の死を知った。兄には、母の葬儀には出来れば出席してほしいと頼まれたけれど、正直なところ私は迷った。二度と顔を見たくないと思って出た家の人間と顔を合わせることにためらいがあったからだ。ただ、葬儀に出ようが出まいが私にとってある意味でとても重要な出来事であることに変わりはなかった。
 兄は電話を切る直前に私に渡したいものがあるといった。私は郵送してくれればいいといったのだけれど、兄は出来れば手渡しをしたいと言い、私は仕方なく葬儀の日程と場所をメモして電話を切った。一体母は何を思いながら死んだのだろうかと私は想像した。
 私は若くして死んだ父の死に際を知っている。私だけが真実を知っているのだ。だからこそ、父を敬愛した母の真実にも興味があった。

                  *

 私の父は四十歳で死んだ。それは私が十歳の時だった。先日、私は父が死んだ歳になったばかりだった。私のこの歳で母が死んだことには運命か何か、良く分からない力が働いているのではないかと感じずにはいられない。
 私は四十歳の誕生日が近づくにつれて、死んだ父を思い出すようになっていた。しかし、三十年もたった今では、私が思い出す父の姿の多くはすでに実際の父の姿とは違ってしまっているのかもしれない。

                  *

 小学生だった私にとって父は鬼以外の何者でもなかったように思う。顔は既にはっきりとは思い出せないのだけれど、目の前に立つ父はあたかも巨木のようであり、威厳を撒き散らしていた。
 父は私以外の家族の誰からも尊敬され、また近所の多くの人からも信頼を得ていた、まさに頼れる人だった。そんな父はより大きな尊敬と多くの信頼を得ようと努力し、体を張って生きていた。
 いつから父に対して恐怖を感じていたかは覚えていない。父はそんな私の恐怖を見透かしているかのようだった。父が私に向ける目にはお前はなぜ私を尊敬しないという怒りが含まれていたような気がする。父は誰からも尊敬されたがっていた。そうして物心がついたときには何かにつけて父は私に当たるようになっていた。私よりも学校の成績が悪く運動も出来なかった兄にではなく、いつも悪戯ばかりして家族に迷惑をかけていた妹にでもなく、兄弟で一番おとなしく従順だった私に対してだった。
 食事を抜かれたり物置に閉じ込められたりしたことはしばしばの事だった。視父母にとっては自慢の長男であり、母にとっては誇らしい夫であり、兄と妹にとっては格好のいい父だったから、私にそのような仕打ちをするのは当然のしつけだと家族の誰もが思っていたに違いない。祖父母や母が、父に私が食事を抜かれたときに私に何かを食べさせてくれるようなことは一度としてなかった。兄と妹は幼心に私のことを落ちこぼれだと思っていたのではないだろうか。
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