ハイビスカス &16日講&壮年会&若坊守講

July 20 [Fri], 2018, 0:22




毎日暑いですね〜!
境内のハイビスカスも毎日沢山咲き始めました。
殺人的暑さとは、この事ですね。日中少し歩いただけで、太陽に焼かれた気分でした。
夏は、人間も夜行性にならなければならない気がしました。無理して、外出されたりしないで下さいね。お仕事や、どうしても出なくてはならない方は万全の体制を取られて、体調に気をつけられて下さいね。
夕方の水遣り仕事が増えました。今週前半は、行事が重なり忙しかったのですが、振り返ってみましょう。


17日は16日講と夜は、壮年会だったのですが、16日講は、参加者最低記録を更新してしまいました。暑くて皆さん、来れなかったですね〜。無理をしない事が、今の時期は大切です。お暑い中、来て下さって頂きありがとうございました。


翌18日は若坊守講で、宗念寺様へ伺いました。ご住職様から、お盆についてのお話を聞かせて頂きました。お寺にお参りされる方と、お話する機会も多いので、浄土真宗の立場と、民間的なお盆の事は、しっかり理解しておきたいですね。ありがとうございました。
夜は、宝蓮寺様のヨガに参加させて頂き、疲れを取らせて頂きました。

17日の壮年会ては、正信偈を勉強させて頂いたのですが、

一切善悪凡夫人(いっさいぜんまくぼんぶにん)
聞信如来弘誓願(もんしんにょらいぐぜいがん)
仏言広大勝解者(ぶつごんこうだいしょうげしゃ)
是人名分陀利華(ぜにんみょうふんたりけ)


弥陀仏本願念仏(みだぶつほんがんねんぶつ)
邪見驕慢悪衆生(じゃけんきょうまんなくしゅじょう)
信楽受持甚以難(しんぎょうじゅじじになん)
難中之難無過斯(なんちゅうしなんむかし)

最初の四行は、どんな人でも、阿弥陀如来の誓願を聞いて信じる人は、仏様は、この人を素晴らし方で、白い蓮の華の様だと言われた。と、まあ、ここまでは、お念仏を喜ぶ人には、聞いていて嬉しいお話です。

後半の、しかしながら、阿弥陀さまの本願である、お念仏を信じ喜ぶ事は、邪見(自分本意の見方)と、驕慢(驕り高ぶる)の心を持つ人には、信じてその心を保つ事は、大変に難しく、難しい中でももっとも難しい事である、という大経に書かれてある事が、書かれているのですが、阿弥陀様は、全ての命を救うと言っておられるのに、何故この文章がここに、必要なのかと、問題になったのです。


なるほど、色々な意見があって面白いですね。

正信偈が、そもそも何の為に、親鸞聖人様が、命をかけて誰の為に、書いたものかと、いうことが問題になりました。親鸞聖人の書かれた顕浄土真実教行信証の中に正信偈は書かれているのですが、親鸞聖人様の生きられた時代の、念仏に対する弾圧、そして、中々、比叡山や、その時代の僧侶に理解されなかった、お念仏の教えを、様々なお経から、文言を抜き出し、論じて解釈していく事で、お念仏の教えを信じている人々に、より深く理解して貰う事も勿論ですが、お念仏を批判弾圧する人々にも、説得力ねある内容が、必要であり、仏説無量寿経に、お念仏を信じる事は難しいと書かれている事が正信偈に
信楽受持甚以難難中之難無過斯
という部分の、邪見、驕慢の人々にとって、信じ受け取る事が、難しいという事が、書かれている事は、なんと説得力のある内容だった事でしょうか。

勿論、現代でも、お浄土は、信じられない人は沢山いるし、厳しい修行もせずに、仏になれる事を、いくらお経に書かれていると伝えても素直に信じる事が出来ない方は沢山いらっしゃいます。


と、いう話になると、実は私も全部は信じれていないと、正直にお話して下さる方が沢山いらっしゃいました。お寺に生まれ育っていても、中々素直に聞けなかった私もいます。


ああ、お経に書かれている、
信楽受持甚以難
難中之難無過斯
は、まさにその通りだなあと、感動致します。


人間の頭で計り知る事のできない程の、お慈悲なのです。自分の頭で理解出来ない事は、信じられないのが、人間ですが、それも全てお見通しなのが、阿弥陀様なのですね。


信じる事の難しいお念仏を素直に聞いて、白蓮華と、仏様に褒め讃えて頂ける念仏者になりたいものです。








南無阿弥陀仏


ふんだりけ御釈迦様より褒められる
念仏の道難しい道


赤々とハイビスカスが咲き誇る
日差しの痛い夏を彩る





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