バクーのハム(その2)

2006年01月29日(日) 19時49分
トビリシのあと、先にメールしてアポを申し込んでおいた4J9RI/Rashadともアイボールしました。

Rashadは外資系エンジニアリング会社に務めていて英語が堪能な若者でした。彼の、おそらくは仕事上の知人でもあるN1QZY/Timも合流しました。



↑写真は左がRashad、右がTim

Timにバクーで何をしているのか?と尋ねてみると、映画のシナリオを書いている由。中央アジアで生まれた赤ん坊がバクーの空港に取り残され、この赤ん坊が曰くつきの生まれであり誰も相手にしようとしない、そのうち事態は深刻なものへ急展開していく。。前回の滞在時にあらかたのストーリーを完成させ知り合いの映画会社に持ち込んだが、面白そうなのでもっとディテールを詰めろ、と言われ、バクーを再訪したと言ってました。

不思議なアメリカ人もいるものだ、と関心していましたが、タシケントに戻ってqrz.comで見ると、やはりオイル関係のエンジニアみたいですね。米で最も古いクラブ局のひとつ、ハーバードのW1AFの代表もしていると言ってました。ユニークなアメリカ人でした。

トビリシでBCL

2006年01月29日(日) 19時37分
バクー、トビリシ出張の続きです。

トビリシでは今回はハムとは連絡を取らずおとなしくしてました。ソニーの携帯ラジオをつけてみると、短波帯では近隣諸国の放送がよく聞こえました。中国語の放送がほとんど聞こえないのがタシケントとの違いのような気がします。



FMではおそらく何かの宗教的メッセージが込められたクラシック局もありました。グルジアは東方教会の流れを汲むグルジア正教で、人々の信仰も大変熱心です。

また、ワインの産地としても知られています。ソ連時代はソ連でワインと言えばグルジアのものが一番ポピュラーでした。特にキンズマラウリという銘柄はスターリンが愛したワインとしても有名です。

たまにはホテルの部屋で静かに異国のローカル放送を聴くのもいいですね。

バクーのハム

2006年01月27日(金) 23時39分
4J(アゼルバイジャン)と4L(グルジア)へ出張してきました。今回はアゼルバイジャンの首都バクーで現地のハムと会うことができました。


サマルカンド・ブルー

2006年01月21日(土) 2時30分
日本からのお客さんのアテンドでシルダリヤ州、ジザク州を訪れ、帰りにサマルカンドへ立ち寄りました。14世紀、世界最大のチムール帝国の首都として栄えた町です。世界史で習った方も多いでしょう。

タシケントからの距離は約300キロ。途中、現在カザフスタン領となっている地域を通過しますが、最近の両国関係を反映し、一般車両は簡単には通行できず、大きく迂回するため4時間ほどかかります。カザフスタン領を突っ切っていけば1時間ほどセーブできます。

サマルカンドは今でこそウズベキスタン国内に存在しますが、もとはタジク人の町。住民はウズベク語のほか、タジク語、そしてロシア語のトリリンガルが珍しくありません。日本語教育も盛んで、そういう学生は英語もやりますから5ヶ国語を操ることになります。

ちなみに、ウズベク語はトルコ語の仲間ですが、タジク語はペルシャ語系です。以前、会社のテヘラン事務所の出張者がローカルスタッフを連れて来たとき、通訳なしでサマルカンドを自由に歩けたそうです。



チムールのお墓があるグリ・エミール廟のタイル模様です。ちょっと見難いですが、上半分のブルーのタイルに比べ、下半分の色がくすんでいるのが分かるでしょうか?

実は下半分は最近修復されたもの(ソ連時代に多くの遺跡が破壊された)ですが、最近の染料はどうしても数年でくすんでしまうそうです。他方、15世紀に作られた当時の青は色が褪せず、鮮やかな色彩を現在にいたるまで保っています。そして当時の染料のレシピは既に失われており、これが再現不可能なんだそうです。

サマルカンドは以前「マロカンド」と呼ばれ、その意味は「青の町」だそうです。

RA3CQ

2006年01月16日(月) 13時41分
Igor(イーゴリ)とはSSBで数回QSOしているが、彼の英語は非常にうまい(少なくとも私にはそう聞こえる)。最初に声をかけたとき、「失礼だが、どちらか英国か米国で教育を受けられたのか?」と聞いてみた。

曰く、そんなことはないが、常に「うまく話せるように」意識している、という。

ここがポイントだと思う。

気の利いた表現や語彙があったら、すかさずゲット!メモしておく。自分の話す外国語の発音が、どうすれば本物らしく聞こえるようになるか、常に意識する。問題意識があれば、ふとした瞬間にその回答に巡り合えた時、頭の中でシナプスがピッ!とつながるように問題が解決し、定着するのではないか。

たどたどしい英語で苦労している他のロシアの局を尻目に、イーゴリがWとバリバリにQSOを続けられるのは、KWと60m高のバーチカルという設備の威力もさることながら、やはり相手に「おっ、こいつとQSOしてみたいな!」と思わせる何かがあるからだろう。



そんなイーゴリ選手、先日17mSSBで新年のご挨拶を交わしてから、「実は30mのウズベキスタンがないのでQSYして欲しいのだが、キーがないので。。」といって、なんと先方はホイッスルを持ち出してきました。何とか交信成立、結構お茶目ね。

冬来たりたば。。

2006年01月11日(水) 22時45分
10日はイスラム犠牲祭の祝日でした。一応、三日間くらい続くようですが、祝日扱いは10日だけです。

朝晩の気温がマイナス5度くらいになり、雪も降りました。



シャックの中も暖まらず、756PROのメインダイヤルのグリスが硬化して「重い」!ようやく冬到来といったタシケントです。当たり前と言えば当たり前ですが、車のボンネットで目玉焼きが焼けるくらいの、夏の45度を越える暑さが信じられないほどです。まあ季節感があるのはいいですね。

K2のキャリアポイント調整を再度行って、ようやく納得がいくようになりました。今まで200Hz帯域にすると信号のピークとサイドトーンの周波数が20Hzほどずれていたのですが、ほぼ違和感なくなるところまで追い込めたようです。

明日は静養

2006年01月09日(月) 22時46分
常夏の国から戻ると、暖冬とは言え、タシケントが寒くて仕方ありません。丁度我々が留守にしている間に急に寒くなり、一時はマイナス10度以下にもなっていたそうです。避寒のタイミングとしてはバッチリだったことになります。

街中のガス供給圧も下がっているようで、我が家の暖房も弱い。エアコンを暖房モードにしていますが、それでも寒い。天井が高く、窓も大きいので暖まらないのです。ウズベクの家づくりは冬をむねとすべし。。

明日10日は当地ではクルバン・ハイート(犠牲祭)でお休みです。少し風邪を引いたようなので、おとなしく静養します(といって、本当は無線ばっかりやってたりして)。

謹賀新年

2006年01月06日(金) 12時21分


三が日もとっくに過ぎてしまいましたが、みなさま、2006年もよろしくお願いいたします。

年末から避寒と買出しを兼ねて、HS(タイ)へ来ています。タシケントでは決して口にすることのできないような日本食、タイ飯、特にシーフードを満喫しています。