2006年も半分が過ぎ

2006年06月30日(金) 23時24分
ついこの前新調したと思った手帳が、もう折り返し地点。そしてこれから加速度的に時間が経つのが早くなることが目に見えている。

にもかかわらず、相変わらず机の上は散らかり放題だし、やらなきゃいけないと分かっていることも、なかなか手がつかない。夏休みの宿題は8月25日を過ぎてから取り掛かる悪癖が残っているせいでしょう。

引越し、引継ぎ、新しい仕事。。。面倒くさいことは置いておいて、想いを巡らせるのは新居となるであろう、築30年以上の狭い公団アパートの寮に、いかにシャックとアンテナを設けるかばかり。

そうそう、入院中のK2との対面や、国内某所への家族旅行もワクワク、楽しみ。今回はCWのできる相棒も忘れずに。大学時代と就職後の東京勤務時代には、アクティビティゼロだった自分を本当に不思議に思う今日この頃。

Hard Days Night

2006年05月15日(月) 8時32分
この週末は土日とも会社で徹夜。月曜からUN出張で、そのプレゼン準備と東京の締め切りものを抱えていた。そんな間隙を縫って昨晩JO3HPM/Naoさんと17mで交信できたのは一服の清涼剤。

某ローカル局が756PROを引き取りたいというのだが、実は受信系のチップ部品が一部いつの間にか焼け焦げていた(↓左中段)。いつ頃からか、どうも他局のキークリックが耳につくなあと思っていたが、これが原因だろうか?送信系には異常なし。こんな機械だから、いくら安くてもお金を出して買う代物じゃないよと口すっぱく言っているが、欲しいの一点張りなので、だったら一度自分のシャックで聞いてご覧ということで出張期間中、貸し出した。

ちなみにアンテナ端子1(↑右下)のM型コネクタ芯線と基板をつなぐ抵抗が断線した。修理してみたがうまくいかない。5年間酷使したからね、お疲れさん。

明日は静養

2006年01月09日(月) 22時46分
常夏の国から戻ると、暖冬とは言え、タシケントが寒くて仕方ありません。丁度我々が留守にしている間に急に寒くなり、一時はマイナス10度以下にもなっていたそうです。避寒のタイミングとしてはバッチリだったことになります。

街中のガス供給圧も下がっているようで、我が家の暖房も弱い。エアコンを暖房モードにしていますが、それでも寒い。天井が高く、窓も大きいので暖まらないのです。ウズベクの家づくりは冬をむねとすべし。。

明日10日は当地ではクルバン・ハイート(犠牲祭)でお休みです。少し風邪を引いたようなので、おとなしく静養します(といって、本当は無線ばっかりやってたりして)。

冬来たりたば。。

2005年12月02日(金) 14時57分
昨晩の気温はマイナス2度まで下がりました。この冬一番の冷え込みです。先週日曜日から急に寒くなってきました。

一般家庭の暖房は各家庭に設置されたボイラー(天然ガス)で、アパートなどは市内数箇所にある熱供給所(重油や天然ガス)から供給されるセントラルヒーティングによって賄われています。天然ガスが豊富なはずのウズベキスタンですが、冬になると需要が高まり、ガス圧が一気に下がります。時にはコンロでお湯を沸かすのも大変になるくらい。

最近はオイルヒーターを購入する人も多く、勢い、停電が多くなります。私のオンエア中に急に信号が途絶えたら停電だと思っていただいて間違いないです。

ガソリン価格が再び引き上げられるという噂があり、市内のスタンドでは行列ができています。ロシアへの天然ガス輸出を国内供給よりも優先させるという噂もあります。秋が暖かかっただけに冬の寒さが厳しくなるとも言われており、当局による暖房対策がおろそかになることによって、市民の潜在的な政府に対する不満が爆発し、5月のアンディジャンで発生したような事件につながらないことを祈っています。

天高く。。

2005年11月08日(火) 17時35分
例年、今の時期、即ち10月下旬から11月にかけては、しとしと雨が多いのですが、今年の秋は見事にピーカンの日が続いています。先週末は20度以上まで気温が上がりました。

これは全世界的にそうなのでしょうか?週末に交信した欧州の局も、異口同音に「今年は温かい」と打ってきました。6日(日)17mで出会ったLA5AD/Finnは「今日は雨だが気温は11度。crazyだ!」と。

「こちらも暖かい日が続いているが、秋が暖かいと冬はとても寒くなると地元の人は言ってるよ」と打つと、「こちらもそうだ」ということでした。



写真はタシケントのテレビ塔。高さは330メートル(だったかな?)375メートルで、KLのツインタワーができるまではユーラシア諸国の中で最高だったそうです。公園のリフトから撮影したので左側にワイヤーが写ってしまいました。頂上から160mのデルタループでも張ったら、QRPでもJAまで届きそうだと思いながら、いつも眺めています。

Dig My Grave

2005年10月04日(火) 22時48分
以前、モスクワの地下鉄の話を書きましたが、ホームのアナウンスの前に必ず「(上から)ソ、ミ、ド」のインターバルシグナルが入ります。これが、私の聞き間違いでなければベードゥア、変ロ長調の和音なのですが、これは黒人霊歌(ニグロスピリチュアル)のDig My Graveのキーとなる音階と同じなのです。

学生時代、何の縁があってか、グリークラブなるものに所属し、何がうれしいか、野郎ばかりで集まって歌をうたっていました。うちのクラブは歴史のある男声合唱団だったようで、創設以来の数十年間、毎年の定期演奏会では必ずニグロをレパートリーとして演奏していました。

私が二回生のときのニグロのステージの最終曲がDig My Graveで、アカペラですので演奏前にピアノで音取りをしますが、それがモスクワ地下鉄のISと同じなわけです。

長いエスカレータからホームに至る間、そんなわけでいつも口ずさんでいるのが、ロシアとは縁遠い、米国南部の黒人奴隷が神への祈りとともに歌ったニグロだったりします。

スローテンポの美しい曲で、4パートの和音を確かめながら頭の中で鳴らしていると、ぐっとこみ上げてくるものがあり、涙腺のゆるめな私は、つい鼻をかんだりもします。