フルーツ天国

2006年07月05日(水) 17時21分

一日の寒暖の差とさんさんと降り注ぐ太陽のおかげで、ウズベキスタンの果物は本当においしい!!

紫色はスモモ、日本のと同じ桃、そして小ぶりのオレンジ色はアプリコット。どれも甘味がギュッと詰まっています。アプリコットは今までそんなにおいしいと思わなかったのですが、今年は特別に美味い。そこらじゅうに生えていて、子供が石を投げて落としてはおやつにしています。バザールでもキロ数十円。

リンゴはいまひとつ、私は日本の「かじると歯茎から血が出るような」固いのが好きです。

スイカやドゥイニャ(ハミウリ)も出回り、食後のデザートとして娘も大のお気に入り。

「日本帰ってまったら、もう食べれーせんで。今のうちにぎょーさん食べたってチョーよ」

外野がとやかく言うことではない、と?

2006年07月05日(水) 16時50分
午前中はUNDP主催の Tax reform in Uzbekistanというプレゼンに出席してました。商工会議所会頭や経済省次官なども出席。ウズベキスタンのような計画経済から市場経済への体制移行国では、少なからずこの税体系をはじめとするLegislative issueが問題となっていて、国際機関や二国間のバイで支援が行われています。日本もJICAが法整備支援の専門家を派遣して協力しています。

プロフに思う

2006年07月03日(月) 12時35分
知り合いのウズベク人の娘さんが嫁がれることになり、そのお祝いのプロフに行ってきました。プロフというのは羊とニンジンの炊き込み御飯で、ウズベク料理の最も代表的なものです。ウズベキスタンでは冠婚葬祭、ハレの日にプロフは不可欠です。

プロフ。上に乗っているのは羊の肉と脂肪。

事件から1年

2006年06月09日(金) 0時39分
先日、タシケントのある催しで当地の若手ビジネスマン30名ほどを対象に、日本との経済関係等についてプレゼンする機会があった。せっかくのいいチャンスなので、将来のウズベキスタンを背負って立つ彼らに質問をしてみた。

私の関心は、1年前にフェルガナ盆地のアンディジャンで発生した、反政府デモを武力で鎮圧し無垢の市民が多数犠牲になったといわれる、いわゆるアンディジャン事件を彼らがどう評価しているかだった。

(個人のブログの内容として不適切である可能性があるため、以下、本文削除しました)

数字は語る

2006年06月08日(木) 23時39分
移行経済諸国の通信簿とも言われる欧州復興開発銀行(EBRD)Transition report update May 2006に中東欧・バルト3国およびCIS(独立国家共同体)各国の外国直接投資(FDI)受け入れ受入額が記載されている。数字はいずれも89年から05年までの一人あたりFDI受入累計額。つまり同期間のFDI受入累計額を期間末時の人口で割った数字である。

民間リスクを負った外国直接投資の流入具合が、その国の投資環境を計る目安になる。

SP 1,898ドル
HA 4,045ドル
OK 5,076ドル
OM 2,434ドル
YO 985ドル
LZ 1,327ドル

9A 2,573ドル
S5 1,747ドル
Z3 639ドル
YU 741ドル
T9 542ドル
ZA 545ドル

ES 5,144ドル
YL 1,882ドル
LY 1,415ドル

UA 103ドル
UR 320ドル
EU 251ドル
ER 306ドル

4J 1,102ドル
EK 408ドル
4L 475ドル

UK 52ドル
UN 1,520ドル
EX 128ドル
EY 82ドル
EZ 350ドル

人口が多い国はどうしても一人あたり受入額は低めに出る(SP、UA、YO、URなど)傾向があるが、CISについて言えば持てる国と持たざる国の差が顕著なことが分かる。すなわち石油資源の有無だ。4JとUNが際立っている。中東欧では(一人あたりではなく)単なる累計値でみるとSP(723億ドル)、OK(518億ドル)、HA(407億ドル)の御三家が圧倒的。西ヨーロッパの自動車や家電などの組立工場が人件費の安い中東欧へ投資した結果だ。

わがウズベキスタンは、実は移行経済諸国のうちで最下位の52ドル(一人あたり)!ビジネス環境の厳しさを如実に物語っている。

B級グルメ(カザフスタン・ベシュパルマク編)

2006年05月22日(月) 18時08分
先週はカザフスタン(UN)のアルマトゥイへ出張。とある経済関係のシンポジウムに参加しました。主催者のカザフスタン経済大学が外国からのお客さんを招いてカザフ料理でもてなしてくれました。そのときのベシュパルマクという代表的なカザフ料理をご紹介します。

ベシュとは数字の5、パルマクは指という意味だそうで、5本の指で食べる料理となります。ウズベキスタンのプロフ(今後ご紹介予定)もそうですが、本来はフォークやスプーンではなく、手づかみで食べるものだそうです(できたては相当熱いだろう)。

羊と前回紹介した馬肉の腸詰(カズィ)、そして羊の内臓を塩茹でしたものが、餃子の皮の大きいようなものの上に出てきます。味付けはあっさり塩味系。肉のうまみが出ていて大変おいしいです。遊牧民族らしい、野趣あふれる料理です。

シンポジウムの参加者と関係者で記念撮影。

イチゴ、苺、いちご

2006年05月11日(木) 20時45分
バザールではイチゴがピークを過ぎ値崩れ状態。これでキロ400スム(約40円)。3キロで1,000スム(約100円)也。安い!しかも美味い!甘酸っぱくて濃密な味がします。ジャムにしてヨーグルトと食べると最高!

B級グルメ(ナリン編)

2006年05月10日(水) 22時25分
博物館へ行った後、チャイハナでお昼にしました。チャイハナの「チャイ」はお茶、「ハナ」とはウズベク語で「場所」を表す言葉、日本風には「喫茶店」となりそうですが、食事をする場所と考えて結構です。

私はナリンにしました。ナリンとは小麦粉を練ったものを細くスライスし、カズィという馬肉ソーセージ(腸詰)を刻んでまぶしたものです。ここのナリンはちょっと豪華版で、上にたまねぎの千切りが添えられていました。麺とも違う食感が面白い、ウズベク料理のひとつです。


カズィはちょっと塩辛いのですが、カロリーが非常に高く、ウズベク人は「ウズベクのバイアグラさ!」とニヤリとします。挙式後の新郎にはこのカズィを食べさせるそうです。確かに精力がつきそうな味です。右下の肉片のように写っているのがスライスしたカズィです。

ナリンはこのままでもよいのですが、ブイヨンスープを一緒に頼んで、この中に入れて食べる人もいます。ブイヨンは冷めてしまうとダメで、アツアツのスープにナリンを放り込んで食べるのがうまいとされています。

古きよき時代

2006年02月15日(水) 13時20分
タシケントはソ連時代はモスクワ、レニングラード、キエフに次ぐ第4の都市でした。現在、人口は200数十万、日本の名古屋並でしょうか。広い道路、街路樹、高い建物、そして地下鉄など、周辺の中央アジアの都市に比べインフラは充実しています。もっとも当時のスタンダードであり、今日見劣りするのは否めませんが。タシケントという街は社会主義がいかに成功したかを、インドやパキスタンなどの南西諸国に対してアピールするためのモデル都市的性格を負っていたと言われています。



66年に直下型の大地震に見舞われ、その後ソ連各地や旧東欧諸国から多くの技術者が入植しました。ソ連時代には今のような国境もありませんでしたから、プチョーフカとよばれる格安の旅行パスで多くの旧東側旅行者が訪れたようです。このあたりは古きよき社会主義時代の伝統であります。今では飛行機代だけでも数百ドルしますから、昔ほど手軽に旅行するわけには行きません。

YO2BP/Zoliもおそらくそんなプチョーフカで旅行した一人なんでしょう。昨晩、40mで再会した際、「15年前にタシケントとサマルカンドを10日間ほど旅行したよ」と教えてくれました。Uゾーンや中東欧のハムと交信すると、ときどきそんなやり取りをします。狭いアエロフロートの座席に押し込められ、イカルス(ハンガリー製大型バス)に揺られ、お湯の出ないインツーリストホテルに泊まりこそすれ、地元の料理に舌鼓を打ちながらウオトカで杯を重ね、次の街を目指す、そんな典型的な当時の旅行スタイルを思い浮かべながら、彼のCWに耳を傾けました。

タシケント鉄道博物館

2006年02月13日(月) 23時32分
先週末は雲ひとつないぽかぽか陽気となり、娘を連れて鉄道博物館へ行ってきました。


ソ連時代に製造・使用された蒸気機関車を中心に、既に現役をリタイヤした機関車や客車、特殊車両などが約30台ほど屋外展示されています。

蒸気機関車の製造年代は40〜50年あたり。とにかく大きく、そしてゴツイ。石炭抱えて自走するだけでも、ものすごい馬力が必要そう。機関車に関わらず、デザインや使い勝手は二の次的な重厚さは、ミリタリーの無線機にも共通したソ連製品の特徴でしょうか?

「ブルートレイン」がブームだったころ小中学生だったので、こういう場所は楽しいです。早朝、カメラ持参で親父に頼んで寝台特急の写真を撮りに行ったことを思い出しました。共産圏テッチャンは泣いて喜ぶかも?