Vincent van Gogh

2005年10月12日(水) 5時24分
パリの夜は更けて。。。ゴッホの絵画のような写真が撮れたのでUPします。

私の好きな画家の一人ですが、今一度復習の意味も込めて調べてみました。
皆さんも復習がてらご一読くださいね。


1853年3月30日 - 1890年7月29日はオランダに生まれ、フランスで活動した画家。様式的には印象派に負うところが多いが、表現主義・象徴主義的側面も多分にあり、いずれにも範疇化されることがある。現在でこそ極めて高い評価を得ているが、不遇の生涯を送っており、生前に売れた絵は1枚だけであった。それでも生活していけたのは弟テオドールの援助があったためである。また、彼を理解・支持していた画家にロートレックがいる。


オランダ語の g は、日本語では表記不可能な発音であるが、「ホッホ」がより近い。英語や仏語では「ヴァン・ゴー」と発音する。


1853年3月30日に南オランダのフロート・ズンデルトに生まれる。祖父、父ともに牧師だった。性格は激しく、家族を含め、他人との交流に難を抱えていた。
1869年から美術商として成功していた伯父のつてでグーピル商会に勤め、熱心に働く。


牧師を目指し貧しい人々のために、自らも貧民のような身なりで献身的に活動を行うものの、あまりにみすぼらしい有様が牧師らしくないとされ、1879年に伝道師の仮免許を剥奪される。しばらく炭坑にとどまり伝動の補助を行う。
1880年に画家となることを決心し、ブリュッセルでデッサンの勉強を始める。1881年に実家に戻り、両親と暮らし始める。自宅にアトリエを作り、27歳で画家となる。義理のいとこにあたる画家アントン・モーヴにも指導を受ける。


ポール・ゴーギャンと南フランスで共同生活をする(他に十数人の画家の仲間達を招待していたが、来たのはゴーギャンだけだった)が不和となり、ゴーギャンに自画像の「耳の形がおかしい」と言われると、自らの左の耳たぶを切り、女友達にプレゼントするなど奇行が目立ち、自らサン=レミ=ド=プロヴァンスの精神病院に入院する。
1890年7月27日にパリ郊外のオーヴェル・シュル・オワーズで猟銃で自殺をはかり(銃身の長い猟銃で自殺をはかったことや、腹部に銃創があることから、不審者を恐れた住人に撃たれたと考える研究家もいる)、2日後に死亡した。死ぬ前日には弟に自らの芸術論などをとうとうと話していたという。





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