あひ鴨の味

January 24 [Thu], 2013, 13:53


昨日は、某出版社の方との打ち合わせ&会食で、東日本橋
にある「鳥安」というお店に行ってきました。また、わが友
ファブリツィオと一緒です。

ここのお料理の売り物は「あひ鴨」(あいがもと発音します)
の鳥すき。早く言えば、野生の鴨と「家鴨=あひる」を交配
した鳥のお肉を、鉄板焼きにし、それをおろし醤油でいただく、
というものです。

お店の創業は、明治五年。創業以来、谷崎潤一郎、横光利一、
小津安二郎、五代目尾上菊五郎、六世尾上梅幸、山本夏彦ら
多くの文人や文化人が、贔屓にしてきたお店だそうです。

なぜ鴨ではなく、あい鴨なのかというと、かつて徳川将軍が
鴨狩をした際、おとりとして使っていたあい鴨を、下役人や
足軽らがこっそり食べたところ、冬に渡ってくる野鴨よりも
おいしかった、ということで、敢えてあい鴨を食するように
なったのだとか。

上の写真のように、卓の上に炭火をおこした炉を置いて、上に
鉄なべを乗せ、あい鴨肉や野菜類をジュウジュウ焼くのです。
この炉も、百年近く使っているものなのだとか。

仲居さんが良い具合に焼いてくれたものを、おろし醤油で
食べると、まさに絶品。野鳥の臭みはもちろん皆無で、肉は
もっちりとしていて、脂の部分も、舌の上でとろけます。

本当にシンプルな食べ方だったのですが、多分、今まで食べた
鴨料理の中で、最高の味。

もちろんファブリツィオも「すごくおいしい!」と満足だった
様子。

編集者の方もファブリツィオも日本酒を飲むことになったので、
私も、苦手な日本酒を結構いただいたのですが、これも良い酒
だったからなのか、いつものように悪酔いはしませんでした。

従業員の方の接客も非常に丁寧で、温かみのあるものでした。

さすが、大川端で百年以上も暖簾を守ってきた老舗です。

ただ、さぞかし高かったのだろうな、と想像したのですが、
編集者の方が、お店でお財布を出しているところを見ません
でした。「顔」でのつけ払い、なのでしょうか……。

若いころ、瀬戸内寂聴さんに連れて行っていただいた京都の
お茶屋さんでも、こんな風だったのを思い出しました。

財布を出して、お客の目の前で払って、というのは「野暮」
なのかもしれませんね。

しかも、帰るときに雨がぱらついていたら「濡れてはいけま
せんので、差し上げます」ということで、お店の女将さんが、
ビニール傘を渡してくださって。「おもてなしの心」が徹底
しています。

仕事の方でも、大変にありがたいお話を頂いたので、本当に、
良い一夜になりました。

横浜「鉄道遺産」めぐり

January 20 [Sun], 2013, 18:46
今日は家族三人と、副店長の友達「海ちゃん」で、イベントに
行って来ました。題して『鉄道開通140周年記念シンポジウム
−横浜の鉄道と横浜駅―』というもの。

ご存知の方も多いかと思いますが、日本に初めて鉄道が開通した
のは、新橋―横浜間です。つまり横浜は「鉄道発祥の地」の一つ
ということになります。開業当時の駅舎は、こんなものでした。



シンポジウムでは「横浜駅の歩み」という基調講演があった後、
「横浜の鉄道遺産探検」についてのパネルトークがあり、その後
それぞれ自由に昼食をとってから、旧横浜駅周辺の鉄道遺産を
見て歩く、見学会になりました。

まずは、開業当時「横浜駅」があった場所へ。最初の「横浜駅」は、
今のJR「桜木町駅」の付近にありました。

こちらが「鉄道発祥の地」の記念碑。
碑の左側に立って、息子が見入っているのは、当時の運賃表です。



最初の運賃は「上等」が一円五十銭、「中等」が一円、「下等」が
五十銭。「下等」って、なんだか身もふたもない呼び方ですが…。

桜木町の、市営地下鉄の入口近くには、当時駅長室があった場所の
記念板がありました。



それから、昔の「汽車道」の脇を延々と歩いて行くと、汽車道の
高架下を、市電が通っていたアンダーパスの遺構が見られました。
こちらが昔の様子。



そしてこれが、立体交差のトンネルの端の遺構です。



横浜駅はこれまでに、二回位置が変更されています。今、平沼橋が
ある場所の近くに「二代目横浜駅」がありました。赤レンガ造りの
壮麗な建築でした。



でも、この案内板に書いてあるように、大正四年の竣工からわずか
八年後に、関東大震災が起きました。赤レンガの躯体自体は地震に
耐えたのですが、同時に起きた火災で内部がすべて焼失し、結局
取り壊されることになってしまいます。そのため「幻の横浜駅」
などとも呼ばれたりしているようです。

現在は、基礎に近い部分が発掘されて、だれでも見られるように
なっています。それがこちら。



この遺構を見学してから、現在の「三代目横浜駅」に向かって
歩き、途中、旧東京横浜電鉄(東急東横線)が通っていた高架を
見学。昭和3年完成の、初期の鉄筋コンクリートの構造物です。



これで見学会は終わり。「港横浜」から「首都東京」までの交通を
支えた、日本最初の鉄道の遺産。なかなか面白かったです。

横浜の歴史遺産を見る見学会、また機会があったらぜひ参加したい
と思います。

大雪の「開店記念日」

January 14 [Mon], 2013, 13:51


朝のうちの雨が、昼前から雪に変わり、今年横浜での初雪に。
そして、みるみるうちに大雪になり、現在14時近い時間ですが、
既に7〜8センチぐらい積もっています。まだまだ積もりそう。

今日は、息子と日吉の両親の家に行く予定だったのですが、
この雪で中止。

今日出勤している副店長も、もう切り上げて、帰ることになった
そうです。

子供の頃は、雪が降ると嬉しかったのですが、今は交通機関の
ことを考えたり、後のことを考えたりして、むしろ憂鬱。

積もるのも、もうこのぐらいで勘弁してほしいです。

ところで今日は、この『バール・みずさわ』の「開店」記念日。
7周年記念の日になります。私にしては、飽きることなく、よく
続けてきたと思います。

その間に、幼児だった息子はすっかり大きくなりました。
小学五年生ですが、身長は既に「日吉のおばあちゃん」を追い越し、
副店長に追いつくまであと数センチというところ。年内にも母親を
追い越してしまいそうな勢いです。

その間に、書いた記事は、これでちょうど400件目。時々更新の
このブログですが、まさに、「塵も積もれば山となる」という
ところです。

その間、「ご来店」いただいたお客様のPVは、累計53,600余りに
なりました。お客様の数自体も、全体として、増加傾向にあります。
ありがとうございます。

今後も、マイペースで更新して行きます。皆様の、変わらぬ
ご愛顧をお願い申し上げます。

あの建物が奇跡の(?)復活

January 08 [Tue], 2013, 20:06
横浜の市営地下鉄「日本大通り」近くに、横浜の歴史的建造物である、
「旧露亜銀行横浜支店」という建物があります。
というより、私たちの世代では「旧警友病院別館」と言った方が通りが
良いでしょう。建物の外観は、こちら。

http://www.kindaikenchiku.com/yokohama/yokohama_roa_bank.htm

B.M.ウォードという英国の建築家の設計で、大正10年ごろに建てられた
この建築は、関東大震災に耐えて生き残りました。その後「露亜銀行」の
移転とともに、ドイツ領事館、次いで横浜入管の建物として使われ、
最後は「警友病院別館」となり、それも1996年に閉鎖されてから、実に
16年以上もの長きにわたって、放置されていました。

一応、県の所有になったと聞いていましたが、その後手入れもされず、
雨ざらしになっていた「旧警友病院別館」。年々その姿は荒れ果てて、
いずれ、取り壊されるのだろうなと、私たち横浜の近代建築好きも、
なかば諦めていました。

それがいつの間にか「復活」していたようです。それも、意外なことに
結婚式場としての復活です。

名称は『横浜山下町 音の教会 − la banque du LoA』というそうです。
こちらが、そのサイト。

http://www.loa-co.jp/

個人的にはウエディングのためだけのスペースを「教会」と呼ぶことに、
常々疑問を感じているのですが……。

でも、ほとんど諦めかけていたあの建物が、修復されて無事生き残った
ということに対しては、素直に喜んでいます。良かった良かった!

近いうち、一度、見に行ってみようかと思っています。

「小クリスマス」の日

January 06 [Sun], 2013, 15:49


今日はカトリック教会の、今年の暦での「主の公現」の日でした。

「主の公現」とは、福音書の中に出てくる、東方からやってきた
三人の博士が、幼子イエスに会って、黄金、乳香、没薬(もつやく)
という、三つの贈り物をした日です。イエス・キリストが外国人の
前に初めて姿を見せた日、ということをお祝いするのです。

カトリックでは、この日をもって、降誕祭=クリスマスの期間が
終わる、ということになります。それで、カトリックの国では、
プレゼーピオやクリスマスツリーは、年を越して「主の公現」の
日まで出しておくのが普通です。

日本のカトリック教会でもそうですし、我が家もそうしています。

今日のミサでの、ケルソ神父さんのお話によると、フランスなど
では、クリスマスではなく「主の公現」の日に、クリスマスの
プレゼントを交換し合う人が多いそうです。三博士の「贈り物」に
倣って、ということなのでしょう。

イタリアでは「主の公現」の日を「エピファニア」(epifania)と
呼ぶのですが、この日の夜中に「ベファーナ」というおばあさんが
家にやって来て、良い子には素敵なプレゼントを、悪い子には炭を
くれると言われています。

一方、ドイツでは、クリスマスイブの夜になると、サンタクロースと
一緒に「黒いサンタクロース」というのがやってきて、やはり悪い子
には炭をくれる、ということになっているようです。

「ベファーナ」は、サンタとブラック・サンタの役割を一人で兼ねて、
イブではなく「エピファニア」の夜にやってくる、というわけです。
いずれにしてもイタリアでは、「ベファーナ」はサンタクロースよりも
古い歴史を持っている、伝統的なものです。ですから、イタリアの
子供たちにとって「エピファニア」=「主の公現」の日は、ある意味、
クリスマス以上に胸がドキドキする、大事な日だったりするのです。

そんなこともあって、この日のことを「小クリスマス」と呼ぶ国も
結構あるようです。

特にギリシャ正教やロシア正教などの「東方教会」では、クリスマスと
同じくらい重要な日とされているそうです。クリスマスの「最後の締め」
といったところでしょうか。

余談ですが、クリスマスを「Xマス」と表記する場合がありますね。
これは、ギリシャ語でキリストを指す「クリストス」(フリストス、
ハリストスとも)という単語の頭文字が、「X」であるところから
きています。由来を知らずに、日本でも結構広く使われていますが。

ともあれ、クリスマスのお祝いも、これで「正式におしまい」という
ことなりました。私も副店長も、もう「仕事始め」は済んでいますが、
明日からは改めて、通常営業で、がんばりたいと思います。
我が家も、皆さんのお宅でも、この次もまた、良いクリスマスを迎える
ことができますようにと祈りつつ……。

今年もよろしくお願いします

January 01 [Tue], 2013, 15:43


新年あけましておめでとうございます。

本年も、バール・みずさわを、よろしくお願いいたします。

2013年がやってきました。今年が我が家にとっても、
またこちらに「ご来店」いただくみなさんにとっても、
良い年になりますように。

上の写真は、今年のおせち。お正月の食卓は、こんな感じです。



毎年我が家の「おとそ」は、イタリアワインです。今年は、
こんなものを飲みました。



ワインの名前は「ボナルダ・デッロルトレポー・パヴェーゼ」
(Bonarda dell'Oltre Po Pavese)です。

微発泡性の赤ワインで、北イタリア・ロンバルディア州の南部、
パヴィアという町の南方一帯で生産されているものです。

「オルトレポー・パヴェーゼ」(Oltre Po Pavese)というのは、
昔からミラノに大量に供給されてきた、普段飲みの、テーブル
ワインの名前です。そして、これと同じ地域で作られるワインの
うちで、主役となるクロアティーナ種のほかに、「ボナルダ」
というこの地域独特のぶどうを混ぜて作られるものを、他と区別
して「ボナルダ・デッロルトレポー・パヴェーゼ」と呼ぶのです。

安価なワインですが、イタリアワインを結構知っている人でも
ほとんどの人がおそらく飲んだことのない、一種の「レアもの」
だと思います。

すごくおいしいかどうかは置いておいて、そんなマニアックな
イタリアワインを、敢えて今年「おとそ」に選んだのには、理由が
あります。でも、今はまだ内緒です。ごめんなさい。今年、この
ブログを時々、そして継続してご覧いただいた「お客様」だけに、
いずれ、その理由がわかるでしょう。

とりあえず「ボナルダ」と、「オルトレポー・パヴェーゼ」という
名前だけ、おぼえておいてください。あとはお楽しみに。

これが今年の、当店の「キャンペーン企画」ということで。

おとそ(息子はシャンメリー)とお雑煮、お汁粉、おせちを頂いて
その後は例年通り、「初詣」代わりに、カトリック菊名教会の
元日ミサに、家族三人で行って来ました。



元日は、カトリック教会の暦では、聖母マリア様の祭日であり、
同時に「世界平和の日」でもあります。

世界平和の日、ということで、典礼の中の「共同祈願」という箇所
では、こんな祈りが捧げられました。

《この世界からあらゆる憎しみや争いの火種を取り除いてください。
ひとりひとりが、主の平和の道具となることができますように》

去年の暮れに誕生した安倍自民党政権は、平和憲法を棄てること、
そして自衛隊を「国防軍」に変えることを「公約」にしています。
日本を「戦争をしない国」から「戦争をする国」に変えよう、と
いうことです。そうした政権のもとで迎えることになった新年
だからこそ、この祈りが、切実なものに思えます。

また、共同祈願の、次の祈りは、こういうものでした。

《子供たちの健やかな成長を支えてください。あなたのいのちの
息吹に養われ、新しい未来を切り開いていくことができますように》

子供たちの無事な成長のためには、平和が絶対に必要です。そして
未来の平和な世界を作ってゆくのも、子供たちです。彼らの前途を、
神様が守ってくださることを、切に願いたいと思います。

ところで、うちの息子は、今日、ミサの「侍者」を務める当番に
なっていました。侍者というのは、祭壇に上がって、ミサ典礼を
行う神父さんのお手伝いをする、大事な役目です。うちの息子、
実は去年の元旦も、侍者の当番でした。偶然ですが。

大勢の会衆の視線にさらされながら、ミサをスムーズに運べるか
どうか、侍者の技量が問われます。うちの息子、侍者を務めるのが
好きで、慣れてもいるのですが、普通、四人ぐらいはいる侍者が、
今日に限って二人しかいませんでした。それで少し緊張していた
様子が、こちら側の席に座っていてもわかりました。

それでも、何とか無事に役目をこなした息子、例によって涼しい
顔をして「次はクリスマスイブで、ミサの侍者がやりたい」と
さらに高いハードルのものを希望していました。でも、内心は
やはり、ほっとしていたと思います。

そして、司祭のケルソ神父さん(アメリカ人)は、今年の正月も、
例年通り、羽織袴の和装でミサを司式されました。足元も白足袋に
草履でした。最初は少し驚いたその姿も、何年も続けて見慣れると、
とてもお似合いに見えるようになりました。

ミサ後には、そのケルソ神父さんと一緒に、家族で記念写真。



今年も、どうか良い年になりますように。
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