アドヴェント2011

November 28 [Mon], 2011, 11:35


昨日、カトリック菊名教会の祭壇脇に、「クリスマス・リース」が
置かれ、四本立っているろうそくの、最初の一本に火がともされ
ました。今年も「待降節=アドヴェント」がやってきた印です。

これから日曜日ごとに、一本ずつリースのろうそくに火が
ともり、それとともに、クリスマス=降誕祭が近づいて来ます。

アドヴェントは、クリスチャンにとっては、クリスマスに向けて
「心の準備」をするときでもあります。

それは、イエス様の降誕を「待つ」季節です。喜びとともにその
日を待つのと共に、一年間の生活を、振り返る機会でもあります。

2011年は、東日本大震災と、福島第一原発の事故があった年。
日本人にとっては、とてもつらい年でした。あれから、私も生活の
すべてが、どこか深いところで一変してしまった気がします。

個人的にも、精魂込めて一生懸命やった仕事が無駄になったり
して、とても悔しい思いをした年でした。

でも、アドヴェントの期間を通じて、イエス様の誕生という嬉しい
記念の日を待つのと一緒に、私としては、今年のわるかったことを
洗い流して行きたい、と思っています。今年は今年、来年は来年。
気持ちを切り替えて、心を新たにする準備です。

そして、我が家でも例年通り、「プレゼーピオ」を出しました。



クリスマスリースは、うちでは毎年、玄関ドアに掲げます。



ツリーは・・・実は、今年も出遅れました。

あまりに古びてしまったので、今年こそ取り替えようと思って、
実は昨日、買っては来たのですが、飾り付けをするところまで
行けませんでした。

今度の週末あたり、みんなで楽しみながら飾ろうと思います。

家族みんなで、健康で楽しく、クリスマスを迎えたいです。

皆さんにも、良いクリスマスが来ますように。

噺家ひとすじ六十年

November 27 [Sun], 2011, 14:53


昨日は、我が地元横浜が生んだ落語の名人、桂歌丸さんの噺を聞きに、
家族三人で東府中まで行って来ました。

題して『噺家ひとすじ六十年 桂歌丸 特選落語会』。歌丸さんのほかに
三遊亭好楽さん、三遊亭小遊三さん、六代目三遊亭円楽さんが脇を
固めた会でした。

四人での座談会の後、好楽さんが『医者あれこれ』、六代目円楽さんが
『代書屋』、小遊三さんが『金明竹』という演目をやりました。

ゲストの三人は、全員が、おなじみの『笑点』メンバーということで、
話の中に、お互いがいつものネタでお互いをいじりあう、という所が
たくさん出てきました。

お客さんも『笑点』をいつも見ている人がほとんどなので、そういった
「いじりネタ」が滑ることはもちろんなく、大笑いの連続でした。

中休みが入って、いよいよ歌丸さんの出番です。

話は、歌丸さんの古典の十八番のひとつ、『井戸の茶椀』でした。

正直者の屑屋、清兵衛さんが、浪人で貧乏暮らしをしているが、
実直なお侍の千代田卜斎という人から二十文で買った仏像を、
これも一本気な若侍、高木佐久左衛門に三十文で売ります。
ところが、佐久左衛門が仏像を磨いたところ、その仏像の中から
五十両もの小判が出てきて、「このお金は受け取れないから返す」
「いやこちらも一度売ったものを、受け取るわけにいかぬ」、という
騒動に巻き込まれて、苦労するというお話。

どたばたしたお笑いが随所にあちりばめられていますが、その本質は、
「金銭より物事の筋を通す」ということを優先する、まっすぐな人たちの
人間模様を描いた、人情話の一種です。

ヘッジファンドや投機家たちが、ギリシャやイタリアをはじめとする
欧州の財政状況の悪い国を食い物にして、大儲けをし、あげく一国
ばかりでなく、世界の経済を危機に陥れつつある、昨今の情勢。

そういう時代に聞くとこの話は、一服の清涼剤になるとともに「人間に
とって一番大事なのは、お金じゃない」ということを、しみじみ思い出
させてくれます。

歌丸さんが、そうした世界の情勢を考えて、意図してこの演目を
話したのかどうかはわかりませんが・・・。

いずれにしても、歌丸さんの、「軽味」と「重厚さ」を兼ね備えた、
見事な語り口にほれぼれとさせられた時間でした。



落語は二回目の息子も「みんなすごく上手だった。さすがだね」と
言って満足そうでした。

お元気そうに見えても、歌丸さん、もう七十五歳になられるのだとか。
今のうちに歌丸さんの話芸を、まだまだたくさん聞かせてもらいたい
と思います。

世界で一番美しい街

November 24 [Thu], 2011, 9:38


昨日、久しぶりに家族三人で、展覧会に行ってきました。
両国の江戸東京博物館でやっている『ヴェネツィア展』です。

当然ながら世界遺産にも登録されているヴェネツィア、
その別称を、イタリア語で「セレニッシマ」と言います。
「この上なく澄みきった」または「この上なく晴れ渡った」街、
という意味です。

その言葉は、晴れた日に、街の中心サン・マルコ小広場を、
対岸の「サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会」の鐘楼から
眺めたときに、一番良く実感できると思います。



私は、個人的にヴェネツィアを、「世界で一番美しい街」だと
思っています。副店長も、同感だと言います。
うちの息子も、「今まで行った場所の中ではヴェネツィアが
いちばん好き」と言っています。

よく「ナポリを見てから死ね」と言いますが、私に言わせれば
「一生に一度でもいいから、ヴェネツィアを見るべき」という
ことになります。

さて、ヴェネツィア展です。
これは、ヴィットーレ・カルパッチョの「サン・マルコのライオン」
という絵です。普段は「ドゥカーレ宮殿(総督宮殿)」にあります。



翼を持ったライオンは、ヴェネツィアの守護聖人「聖マルコ」の
象徴としてしばしば使われます。「マルコによる福音書」の執筆者、
聖マルコ。かつてヴェネツィア共和国の領土だった、パドヴァや
ヴェローナなどの町に行っても、このシンボルをよく見かけます。
ミラノ近郊の町、ベルガモの市門にまでこのシンボルが掲げられて
いて、全盛期のヴェネツィア共和国の版図が広大だったことが
わかります。

ちなみにライオンは「力」「知恵」「高貴」「我が子の保護」といった
ものを象徴する図像でもあるそうです。

獅子が持っている本には、ラテン語で「我が福音書記者マルコに
平安あれ」と書かれているそうです。前足が陸地に置かれ、後足が
水に浸かっているのは、ヴェネツィア共和国が、海と陸の両方に
向かって栄えて行くことの象徴です。

次はこの展覧会の目玉でもある、これもカルパッチョの作品
「二人の貴婦人」です。



木の板に描かれたこの絵には、昔から「客を待つ高級娼婦の絵だ」
「いや夫を待つ貴族の夫人を描いたものだ」という論争がありました。

いずれにしても、その美しさとともに、謎の多い絵とされてきた作品。
明らかに構図が偏っていて、婦人たちの視線の先に、何があるのか
多くの人が想像をふくらませてきました。画面左上の花瓶に挿してある
花も、肝心の花の部分が切れてしまっていて、不自然です。

しかし、1963年になって、米国の、ある若い建築家が持っていた
「ラグーナ(ヴェネツィアの潟)での狩猟」という板絵の左下から
不自然に突き出している百合の花と、この絵の花瓶の茎とが
ぴったり一致することがわかりました。
その後、絵の具や下地になっている木材などの科学的調査を経て、
「ラグーナでの狩猟」は、「二人の貴婦人」の絵の上側部分だったのが
何者かの手によって、切断されてしまったものだと証明されたのです。

百合の花は、西洋絵画では「純潔」をあらわす寓意です。これで、絵の
主人公たちが、娼婦ではなく、貴婦人であるとはっきりわかりました。

他にもこの絵には、様々なものが描き込まれています。上の婦人の
右ひじの横にあるオレンジは、夫婦愛の象徴だとのこと。その隣の鳩は
平和の象徴、右上端の鉢に植わっているのはギンバイカという植物で、
「婚姻関係」の象徴、犬は夫婦の忠節の象徴、メスの孔雀は「多産」を
表し、オウムは「遠くにいる人を呼び求める」ということの寓意なんだ
そうです。

こうして、画面に描きこまれているいろいろな寓意をつなぎ合わせて
みると、この絵は、遠くに狩猟に出ている夫を待つ女たちの姿だと
断定できるわけです。

それでも、構図上の左右のバランスの悪さは、依然として残ります。
現在では「二人の貴婦人」と「ラグーナでの狩猟」は、もともと家具の
右側の扉に描かれていたもので、左側半分は切り離され、どこかへ
行ってしまった、と考えている研究者がほとんどのようです。

では、扉の左側、婦人たちの視線の先に描かれていたはずの、
おそらく「とても重要なもの」は何だったのか。また、バルコニーの
欄干から姿を現している少年は誰か、二人の夫人のどこかメラン
コリックな表情はいったいなぜなのか・・・。謎はまだ残ります。

ルネサンス期の西洋絵画には、こうした隠された寓意や暗喩が、
絵の中にたくさんちりばめられています。それを見つけ、解釈する
一種の「謎解き」は、ルネサンス期前後のヨーロッパの絵画を
鑑賞するときの、楽しみのひとつです。

特に、「二人の貴婦人」の場合は、絵の一部が歴史の闇に消えて
しまったことによって、解明されない謎が、人々の想像力と知的な
冒険心をかきたて、この絵に、「美」とともに、「永遠の神秘性」を
与えているのです。

他に、この展覧会には、ピエトロ・ロンギの風俗画も展示されて
いました。こちらは、「貴族の家族」の群像を描いたもの。



この絵が描かれたのは、1797年の、ヴェネツィア共和国の終焉
まで、あと数十年という時代です。

もとは、地中海の覇権を握った勇敢な船乗りであり、また有能で
抜け目ない商人でもあったヴェネツィア貴族ですが、この時代に
なると、外見は優美に着飾っていますが、その姿にはどこか、
一種のもろさや、はかなさが漂っているような気がします。
このかわいい子供たちの将来は、どんなものになったのでしょう。

そして、息子が選んでポストカードを買ったのは、この絵です。



往年のリアルト橋の情景。ヴェネツィアの街が「世界一好き」な
彼は、中でも運河と橋のある情景に引かれていて、特にこの
リアルト橋は、お気に入りの場所の一つらしいです。

他に工芸品もたくさん展示されていましたが、やはり圧巻だった
のは、「カ・レッツォーニコ」様式の、ヴェネツィアン・グラスの
巨大なシャンデリアです。極めて精巧に作られた、華麗な色彩の
花々。それがまるで、「光の滝」となって天井から流れ落ちている
かのようなその姿は、500以上ものガラスの細片でできています。
世界に冠たるヴェネツィアン・グラスの中の、名品の一つでしょう。

個人的には、展示品の中にカナレットの風景画がもう少したくさん
あれば、華やかなりしころのヴェネツィアの雰囲気に浸れて、
もっと楽しめたかなと思います。あと、私の「四大好きな画家」の
ひとり、ティツィアーノの作品が何かあったなら、とも思いました。
でも、それは贅沢というものでしょうね。

帰りには、ヴェネツィアン・グラスで出来たペンダントとピアスを、
今日の観覧の記念として、副店長のために買いました。

いずれにしても、またヴェネツィアを訪れたい、という気持ちが
強くなった一日でした。
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