10夏、北イタリアの旅・番外編

August 31 [Tue], 2010, 15:06
イタリア旅行番外編。ヴェネツィアで撮って来た写真から、ちょっと
面白いと思ったものを、いくつかご紹介します。

水上都市ヴェネツィアには、車が1台も走っていません。そこで、
本来なら「車」のはずの特殊車両も、すべて船に取って代わります。

警察官は、「パトカー」ならぬ、「パトボート」に乗っています。



消防車もないので、火事の時は当然、「消防艇」の出動です。



こちらは救急車ならぬ、「救急艇」です。



次は、ちょっと面白かった、ショーウィンドーです。

こちらは、バカンス休暇中のバール。テーブルの上に、リゾート地のビーチを
思わせる砂や貝殻をまいて、商売道具のカップやポットを放り出してあります。
見えにくいですが、札には、「8月24日まで、さようなら〜」と書いてあります。



こちらは、ショーウィンドーの中でお留守番中の猫ちゃん。全く動かないので、
最初はぬいぐるみかと思いました。



次は、魚市場で。見てお分かりの通り、カタツムリです。エスカルゴ、というには
あまりに小さい、赤ちゃん(?)カタツムリ。どう料理して食べるのでしょうか・・・。



次は、「辻地蔵さん」ならぬ、「辻マリア様」です。道の曲がり角や、クランクして
いる所によくあります。ヴェネツィア以外の他のイタリアの町でも、見かけます。
一方、「辻イエス様」というのは、ほとんど見ません。幼子として、マリア様の胸に
抱かれている場合がほとんど。イタリアの庶民にとってマリア様は、イエス様より
もっと親しみを感じる存在のようです。



こちらは、魚市場を見守る「辻マリア様」。



普通の民家の、ちょっとしたスペースに、小さなものが埋め込んである
こともあります。



最後は、ゴンドラ工房です。新しいのを作るのも、古くなったのを修理する
のもやっているようです。工房の建物は、フェルメールの絵にでも出て
来そうな感じ。風情がありますね。



「番外編」はここまで。皆さんも、ヴェネツィアに行かれる機会があったら、
何か面白いものを探してみてはいかがでしょうか。

10夏、北イタリアの旅G

August 29 [Sun], 2010, 22:47


今回も楽しいことがいっぱいあり、良い経験をたくさんしたヴェネツィアを、
いよいよ離れる時が来ました。水上バス『ヴァポレット』の船上から、
リアルト橋や、ゴンドラに別れを告げました。

ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅から再び、列車『フレッチャ・ビアンカ』に
乗って、ミラノ中央駅に到着。

この間は書きませんでしたが、ミラノ中央駅は、外見は昔のままですが、
構内にショッピングモールができたりして、大幅にリニューアルされました。



上の写真右手、エスカレーターのようなものが見えるのは、地下鉄へと
通じる「動く坂道」です。バリアフリーを考えているのだと思われますが、
これまではずっと、タクシー乗り場があったところです。

日本やアジアの諸都市などと比べると、街の変化のスピードがずっと
ゆっくりで、古い町並みが残っているイタリアの都市ですが、それでも、
イタリアなりの変化はあります。特に「経済の首都」とも言えるミラノでは、
その変化のスピードが他のイタリアの都市より、確実に早いと思います。

今回は、その「変化」に戸惑ってしまう事件がひとつありました。

私がミラノに行ったときの「定宿」のようにしていて、今回も初日に泊まった
『ウナホテル・センチュリー』の前の通りにはトラム=路面電車が走って
います。これまでは、ホテルのすぐ前の停留所から、路線番号「1番」の
トラムに乗れば、直接「スカラ座前」、すなわち町の中心部に行くことが
出来ました。

この日は、『ウナホテル・センチュリー』に荷物を置いた後、ミラノを代表
する美術館『ブレラ絵画館』に行く予定にしてありました。それには「1番」の
トラムに乗り、「スカラ座前」で降りるのが、一番便利です。



ところが、停留所に行ってみると、そこを通る路線の中から、「1番」の
路線が消えてしまっていたのです。代わりにやってきた「33番」のトラムの
女性運転手に訊いて見ると、もう「1番」は通る経路が変更されてしまって、
ここは通過しない、とのこと。「スカラ座に行くなら、これに乗って、途中で
乗り換えないといけない」と言います。

そのとき、車内にいた50歳代と思われる一人のご夫人が、「そっちの方へ
行くなら、私も一緒だから、案内してあげましょう」と申し出てくれたのです。
親切なそのご夫人と一緒に、「レプッブリカ」という停留所まで行き、道を
渡って、別の乗り場で待っていると、遠くからやってきたトラムを指差して、
「ほら来た、あれが1番のトラムよ」とご夫人。それに乗り換えて、無事に
「スカラ座前」に到着しました。親切なご夫人に、何度もお礼の言葉を
言いながら、そこで降りて、ご夫人とは別れました。

こうしたトラブルやハプニングが、イタリアには付き物ですが、それでも
何とかなるのは、助けてくれる親切なイタリア人が、必ずと言って良いほど
現れてくれるからです。

それに比べて私たち日本人の場合、他人との間の「垣根」が少し高いと
いうか、なるべく見ず知らずの人間とは関わりたくない、他人のトラブルに、
できれば首を突っ込みたくない、というタイプの人が多いように感じます。

私が昔、フィレンツェに留学していた頃、目の前で、スクーターに乗った
アフリカ系の青年が転倒したことがありました。私は一瞬、体が固まって
しまったのですが、あっという間に周りに救助の人垣ができていて、事故
が起きてから5秒以内には、携帯電話を取り出して、救急車を呼んでいる
おじさんがいました。脳震盪を起こしたらしいアフリカ系青年に対して、
「安全な場所に運んでやれ」とか、「だめだ、頭を動かすな!」とか大騒ぎ
しながら、アフリカ系青年を介抱している、イタリアおじさんたち。
何かトラブルに見舞われたり、困っている他人に助けの手を差し伸べる
時の、フットワークの良さ、行動力は、イタリア人の一番良いところかも
しれないな、と思います。私たち日本人も、見習いたいです。

さて、親切なご夫人に助けられ、無事『ブレラ絵画館』に着きました。



なかなかに充実したコレクションを誇る『ブレラ』ですが、その中でも、
特に強いインパクトがあるのは、マンテーニャの『死せるキリスト』
ではないかと思います。



横たわるキリストを足のほうから見た、非常に独創的な構図も印象的
ですが、磔刑に処せられた、その手や足の傷、蒼ざめた死体の、色と
質感など、どれもがあまりにリアルで、ショッキングな絵です。
ただ、副店長は、こうした絵があまり好みではないらしく、また息子も、
良い絵だと思うよりは、気味が悪いという印象の方が強かったような
顔をしていました。

こちらは、ラファエロの『聖母の結婚』です。



これも有名な絵。私は、ラファエロの作品としては、そんなに好きな方
ではないのですが、息子は、「これが一番良かった」と後で言って
いました。

そしてこれが、カラヴァッジョの『エマオの晩餐』です。



イエスの二人の弟子が、イエスの処刑と、その後に起きた諸々の事を
話し合いながら、故郷に帰る道を歩いていると、復活したキリストが、
いつの間にか同道して歩き始めます。しかし、なぜか二人の弟子は、
この「道連れ」を、復活した師イエスだと気付きません。
そして夜になり、一緒に泊まったエマオという村の宿屋での、夕食の時。
イエスがパンをさく姿を目にした時、突然二人の弟子は、その人が
師イエスだと気付いたのです。その瞬間、キリストの姿は、そこから
消えてしまいました。

カラヴァッジョの『エマオの晩餐』は、この、聖書に出てくる不思議な
話を題材にして、弟子たちが、まさに復活のキリストに気付く、その
瞬間を絵にしたものです。

私と副店長は、この日見た中では、この絵が一番良かったと思いました。
カラヴァッジョは、人間的には粗暴で問題の多い人物でしたが、絵描き
としての「画力」には、やはりずば抜けて凄いものがあるね、と副店長と
話し合いながら、『ブレラ』を出てきました。

そして、ガレリア内のリストランテ『イル・サロット・ディ・ミラノ』で夕食を
とり、さてホテルに帰ろうと「1番」のトラムに乗ると、何とそこに、来る時に
助けてくれた、あの、親切なご夫人が乗っているではありませんか!
しかも、車内にはそのご夫人が一人だけ。「何て偶然なんでしょう!」と
言って、ご夫人も驚いていました。やはり、ご縁があったんですね。
ホテルの前で「33番」のトラムを降りる時、改めてよくお礼を言いました。

さて一夜明けて、いよいよ帰国の日です。「もうちょっとここにいたいね」
と語りあいながら、ホテルでの最後の朝食をとりました。

シャトルバスに乗って着いた、ミラノ・マルペンサ空港で私たちを待って
いたのは、行きに乗ったのと同じ『サンドロ・ボッティチェッリ』号でした。



帰りの便も定時に出発し、定刻よりやや早く、成田空港に到着しました。
こうして、機中1泊を含めれば、7泊8日のイタリア旅行は、終わりました。

そんなに長い旅だったとは信じられないぐらい、あっという間の時間
でした。そう遠くない将来、またぜひイタリア家族旅行に行きたいです。
今度は、聖フランチェスコの町・アッシジにも立ち寄る旅がいいかな、
などと思ったり。そのためには、一生懸命働いて、お金をためないと
いけないですね。がんばります。

10夏、北イタリアの旅F

August 28 [Sat], 2010, 13:03


ヴェネツィア観光も三日目、いよいよ最終日です。
私には、前回話題にしたトルチェッロ島の『聖母子』のほかに
もうひとつ、家族にぜひ見せたい絵がありました。

一方息子にも、ぜひとも実現したい、やり残したことがひとつ
ありました。それは、サン・マルコ広場の鳩に餌をやって、自分の
腕や肩に乗っけることです。そんなこと、と思われるかも知れませんが、
「聖霊」の象徴だから、と言って鳩を特別に愛し、特に「イタリアの鳩は
やっぱり違う」と主張する彼にとっては、大事なことなのです。

で、朝から早速、サン・マルコ広場(写真上)に出動。
ちなみに、今日もサン・マルコ聖堂は長蛇の列です。

鳩の餌やりに備えて、夕食を食べたトラットリアからパンをいくつか紙に
包んで持って帰ってきていた息子。準備も万端です。
まずは自分の周囲にえさを撒いて鳩をたくさん呼んでおいて、それから
手にパンくずを持って、「餌付け」に挑戦。結果は、この通り。



見事成功です。さらに餌やりを続けると、腕に、頭にと、鳩が何羽も
乗っかって来て・・・



息子は大喜び。ビッグスマイルを浮かべながら、存分に鳩たちと
戯れて、大満足の様子でした。

息子が十分堪能したので、次は街の中をぶらぶら迷い歩きつつ、
「ぜひ見せたい絵」のある教会へと、なんとなく(?)向かうことに
しました。時間がもったいない、と思う方もいるかと想像します。
でも、「迷宮都市」ヴェネツィアでは、この「道に迷う」こと自体が、
ひとつの楽しみでもあるのです。

しょせんは小さな島の中。大体こっち、という方角を目指して歩き、
何かランドマークにぶつかったら、地図を出して現在地を確かめたり
していれば、自然とたどり着けるものです。

その間、人ひとりがやっと通れるようなカッレ(小路)を抜けたり・・・



大運河で、トラゲットに揺られたり・・・



民家を貫通する公道「ソットポルテゴ」をくぐったり・・・



巨大な迷路の中を探検している気分で、ちょっとわくわくします。

そうこうするうち、ヴェネツィアを舞台にした、キャサリン・ヘプバーン
主演の映画、『旅情』のロケが行われた、サン・バルナバ広場に
出てきました。正面、緑のひさしがある小さな店は、映画の中で
主人公が恋に落ちる、イタリア男性が経営する骨董店として、作中に
何度も出てきます。今はおもちゃ屋さんみたいな店になっています。



そしてついに目的地、『サンタ・マリア・デイ・フラーリ教会』に着きました。
この教会の中には、第一級の芸術作品がいくつもあります。

ジョヴァンニ・ベッリーニの『聖母子と諸聖人』や



ドナテッロの彫刻『洗礼者ヨハネ』



その他にも、まだまだあります。

でも、私が家族にもぜひ見せたい、と思ったのは、主祭壇の奥にある
ティツィアーノの最高傑作、『聖母被昇天』でした。

私が初めてその絵を見たのは、夕暮れ時でした。堂内もほの暗くなって
きた頃、左側翼廊にある入り口から中に入り、聖堂中央部に進んで、
正面を見たとき、そこに一枚の絵が、まさに空中に浮かんで見えました。

その瞬間、全身に電気が走ったような感覚を覚えました。その絵は既に、
「美術品」の範疇を超えているようにさえ、その時の私には思えました。
人間の精神が、至高の高みにまで達したときにのみ生み出される、
それは奇跡の技のようでした。
今まで私が経験した中で、最高の「絵画との出会い」だったと思います。

写真では全くその素晴らしさはお伝えできませんが、これがその絵です。



絵の好きな息子がこれを見たら、どんな反応を見せるか、楽しみでもあり
ちょっと心配でもありました。でも、「あれがパパの好きな絵でね・・・」とか、
余計な口は挟まないようにしていました。

私と同じように、聖堂中央から左を見て、『聖母被昇天』の絵を見つけた息子。
一瞬、立ち止まった後、つかつかと主祭壇の方へと歩いて行きます。
どうするのかとついて行くと、主祭壇に登る間際のところまで来て、彼は
いきなり階段にひざまずくと、手を合わせて祈りを捧げ始めたのです。
思わず私も、隣にひざまずいて、礼拝しました。
周りからすると、ちょっと、風変わりな親子に見えたかもしれません。

それがティツィアーノの『聖母被昇天』を見た、息子なりの、素直な感情の
あらわし方だったのでしょう。彼もきっと、この絵と良い出会いをしてくれた
のだな、と思い、なんとなく私も幸せな気分になりました。

これをヴェネツィアの旅の締めくくりとして、その晩はまた、お気に入りの
『トラットリア・アイ・クニャイ』に行って、おいしいものを食べました。
人がちょっと多すぎましたが、充実した3日間のヴェネツィア滞在でした。

次回は、ミラノへ戻ってからのことをアップする予定です。

10夏、北イタリアの旅E

August 27 [Fri], 2010, 15:20


ヴェネツィアの島巡りの旅、まず目指したのは、トルチェッロ島という
島です。本島の、フォンダメンタ・ヌォーヴェという船着場から水上
バスに乗り、40分あまりで、ブラーノ島に到着。そこから船を乗り
換えて、5分ほどで到着します(上)。

トルチェッロ島は、紀元5世紀に、東方から進入してきた民族に
追われた人々が、敵から逃れるようにして、初めて移り住んできた
島だと言われています。つまりここが、ヴェネツィアの歴史の出発点
となった場所なのです。かつては2万人もの人が住んでいたといい
ますが、マラリアの流行などもあり、いつしか見捨てられた島と
なって、現在の人口は100人にも達しません。

船着場の正面には、こんな、ラグーナに浮かぶ干潟が見えます(下)。
トルチェッロ島も、いやヴェネツィア本島も、人が移り住んでくる前は
こういう風景だったのだろうな、と想像します。



この島に副店長と息子を連れてきたのは、ここにヴェネツィア最古の
教会、『サンタ・マリア・アッスンタ聖堂』があり、その内陣のアプスに
描かれたモザイク画、『聖母子』をぜひ見てもらいたかったからです。
一人で初めてここを訪れたのが、どんな季節だったか、正確に覚えて
いないのですが、他には人のいない堂内で、凛とした空気を放つこの
聖母の姿を仰ぎ見たときの感動は、忘れられません。

その素晴らしさを表現するには、矢島翠さんの『ヴェネツィア暮らし』
という著書から言葉を借りるのが、一番ふさわしいかと思います。

「・・・それはヴェネツィアの数ある美しきもののなかで、私にとって、
もっとも忘れられないもののひとつである。島の簡素な大聖堂
−<被昇天のサンタ・マリア>−の後陣の壁に、幼子イエズス抱いて
すっくと立つモザイクの聖母像の、威厳と、孤独と、決意の姿である」

しかし、船でトルチェッロ島に降り立った時から、私の中に悪い予感が
わいていました。そこには私の記憶の中にある、どこか荒涼とした島の
印象と、全くかけ離れたものしかなかったからです。聖堂に向かって
まっすぐ伸びる、整備された舗道、談笑しながらそこを歩く観光客の
一群、舗道沿いに何軒もあるしゃれたカフェ・・・どれもが、私の知って
いるトルチェッロ島とはちがった雰囲気をかもし出すものでした。

そして、島の見所が集中している広場に到着しました。広場の入り口に
みやげ物を売る屋台が出ていて、嫌な予感はさらにふくらみます。

それでも、気を取り直し、家族を連れて広場に足を踏み入れます。
これが11世紀創建の、『サンタ・フォスカ教会』(下)。八角形の柱廊が
周囲をめぐり、内部は十字型の平面図に基づいて造られています。



そしてこちらが、モザイク画のある『サンタ・マリア・アッスンタ聖堂』です。
9世紀と11世紀に増改築されていますが、元は紀元7世紀の創建になる、
ヴェネツィアで最古の歴史を持つ建築物です(下)。



まず戸惑ったのは、入堂するのに、5ユーロのお金を払わなければいけ
なかったことです。私の記憶違いかも知れませんが、以前は今のような
「切符売り場」などなくて、自由に中に入ってモザイク画などを観賞できた
ような気がするのです。

中に入ると、さらに、決定的にがっかりさせられることが待っていました。
照明があまりに明るすぎるため、モザイク画がぎらぎらと輝いて見えて、
本来の神秘的な雰囲気が台無しになっているのです。

聖堂が造られた当時、中を照らす灯りは、ろうそくやランプしかなく、この
モザイク画も、そうした照明環境を想定して作られているはずです。
それをこんなに強くライトアップしてしまっては、作者の意図が、見る者に
伝わらないと思います。

特に、ここのモザイクの『聖母子像』は、美術館のような場所ではなく、
本来の、薄暗く、古色蒼然とした聖堂内の雰囲気の中で見てこそ、その
真価がわかる作品。それなのに・・・。

家族は、「立派なモザイク画だな」とは思っている様子でしたが、それほどの
感動は受けていない様子。まあ、この状態では当然です。

十二使徒の像を下に従えた、孤高の聖母の姿は、こちら。もちろん写真
などでは、その良さは、全く伝わらないのですが・・・。



残念ですが、これが現実。副店長と息子と一緒に、あの感動を分かち合う
という願いはかないませんでした。仕方なく来た道を辿って、船着場へと
向かいます。

ところが、息子、船着場へ続く舗道沿いにある運河の中に、カニがいる
のを見つけて、熱心に観察しています。魚の群れも、見つけたようです。
「ここが気に入ったから、もうちょっといたい」とも言っています。

動物を見つけたというのもあるでしょうが、あの喧騒の本島からこちらへ
やってきて、比較すれば、さすがにのんびりとしたこの雰囲気に、もう少し
浸っていたかったのかもしれません。

彼の意見を入れて、少しゆっくりしてから、船着場へ戻りました。

次の目的地は、カラフルな色彩の家と、レース編みで知られるブラーノ島。
来るときに、船を乗り換えたところです。

ブラーノ島の町に足を踏み入れると、こんな景色が目に飛び込んできます。



まるで、クレヨンか絵の具の箱みたいな、色とりどりの、かわいい家々。
特に、女性客には人気のある風景のようです。住民の方も、自分たちの
家の、一軒一軒が「観光資源」であることをわかっていて、家の前を美しく
飾っています。



カラフルな色彩の溢れる街の景観とともに、この島のもうひとつの名物が、
『メルレット』と呼ばれる、手編みのレースです。
島の主な通りには、レース屋さんが軒を連ねています。



ただ、こうした店に並んでいるレースの製品の全部が、ブラーノ島で手作り
された『メルレット』ではありません。観光土産として売られている商品の
ほとんどは、機械編みのもの。



もちろん、「本物」も売られてはいますが、値段を聞いたら、思わず引いて
しまうような高級品のみ、だとのこと。お土産として気軽に買えるような値段
のものは、ほぼ全部が機械編みで、特にお手ごろに思えるような商品は、
ご多分にもれず(?)中国製のようです。

ただ、小さな飾り物の中には、普通に買える値段の『メルレット』もあるという
話です。でも、「見る目」に自信のない私などは、うかつに手を出せません。
これはどうなのかなあ、と思いながら、店先でちょっと眺めるだけ。



レース編みの工程も見学できるという『メルレット博物館』にも行ってみましたが、
バカンスシーズンのためか、閉まっていました。
結局、島の裏手までぶらぶら歩いて、きれいな家々を眺めて、島を後に
しました。

島巡りの旅には、口吹きガラスの名品として、世界に名をとどろかせている
『ヴェネツィア・グラス』を作っている、ムラーノ島が欠かせないのでしょうが、
ここには副店長も行ったことがある上、時間もなかったので、そのまま本島に
帰ってきました。

息子としては、本島とは大分違った他の島の雰囲気も、船旅も面白かった
ようですが、あの『聖母子』の本当の良さをみんなに見せてあげられなかった
ので、私としては、やっぱり物足りない「島巡り」だった気がします。

世界中どこへ行っても、「観光化」の波は、避けがたく押し寄せています。
ヴェネツィアも同じこと。仕方がないことなのでしょうね。

今回はここまで。次は、ヴェネツィア滞在の、最終日の様子をアップします。

10夏、北イタリアの旅D

August 26 [Thu], 2010, 9:48


北イタリアの家族三人旅も、今日で4日目。昨日、あまりに混んでいて
入れなかったサン・マルコ聖堂に今日こそは入堂しようと、朝食を済ませて
すぐに出かけたのですが、驚いたことに、またまた長蛇の列。
どうやら入る人の荷物検査をあまりに入念に行っているため、このような
混雑になっている様子。

この現象は、去年行ったローマのサン・ピエトロ大聖堂でも、フィレンツェの
ドゥオーモでも同じことでした。国際的にテロへの警戒感が強まっている
昨今、仕方ないのかもしれませんが、嫌な世の中になったものです。

仕方なく、聖堂の向かいに屹立している、高さ約97mのカンパニーレ(鐘楼)
に登ってみることにしました(写真上)。
カンパニーレの上からサン・マルコ広場を見下ろすと、美しい広場が、まるで
ミニチュアのように見えます。



大運河の方を望むと、ドルソドゥーロ地区の先端にある、三角形の『旧税関』や
『サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会』が、美しく見渡せます(下)。



ところでこのカンパニーレ、16世紀のはじめに完成し、長い間灯台の役割も
果たしていたヴェネツィアのランドマークだったのですが、実は1902年7月4日
未明に、一度崩壊してしまいました。驚くのは、これだけの大建築が一気に崩れ
落ちたにも関わらず、けが人も死者も、一人も出なかったということです。
ほとんど奇跡ですね。ヴェネツィア市民はすぐに再建に取り掛かり、10年後の
1912年に、すっかり元のままに建てなおされたとのこと。

景色を堪能して、カンパニーレから降りてきても、サン・マルコ聖堂の前の列は
ますます長くなっているばかり。無理に入るより時間を有効に使おうと、今回は
入堂は断念して、歩いてリアルト橋に向かいました。
リアルト橋は、ヴェネツィアがまだ共和国だった時代、大運河にかかる唯一の
橋でした。最初は木製の橋だったそうですが、16世紀に、現在の立派な石橋に
架け替えられました。



こちらがリアルト橋から眺めた、朝の大運河の光景。素晴らしいです。



リアルト橋を渡ると、まもなく右手に、メルカート=市場が見えてきます。
こちらは、野菜や果物を扱う一角。朝一番に、島に運び込まれた新鮮な
野菜や果物が、色鮮やかに並んでいます。



青物市場の中を少し進むと、左手に肉を売る一角が見えてきます。でも、
海上都市ヴェネツィアで、やっぱり一番興味があるのは、魚市場ですね。
魚市場は、メルカートの一番奥にあります。魚市場だけは、こんな特別な
建物がしつらえてあって、やはり特別扱いです。



魚市場には、クロダイ、ヒラメ、マグロ、カジキ、イワシ、イカ、タコ、カニなど
豊富な海の幸が所狭しと並べられ、威勢の良い売り声が響きます。



それぞれ、1キロ当たりの値段の他に、たとえば「大西洋北東部」などと、
その魚が捕れた場所も記されています。
どれも美味しそうですが、やはり一番魅力的なのは、目の前のラグーナで
捕れた「近海物」ですよね。近海物全部がそうというわけではないのですが、
魚に付いた札に「Nostrano=ノストラーノ」という表示があれば、確実に、
地場産の近海物だという保証になります。たとえば、こちら。



「S.Pietro nostrano=サン・ピエトロ・ノストラーノ」という札が付いています。
これは、正真正銘、近海で取れた魚です。
「サン・ピエトロ」というのは、マトウダイのこと。姿は不恰好ですが、とても
美味しい魚です。なぜ「サン・ピエトロ=聖ペトロ」という名前が付いているの
かというと、魚の横腹についた黒い斑が、聖ペトロがつかんだ、指の跡だと
いう伝説があるからです。ちなみに聖ペトロは、イエスに招かれて「使徒」に
なる前は、漁師さんでした。

こうして魚市場を見て歩けば、今日はどんな新鮮な魚が市場にあがって
いるかわかるので、昼食や夕食の時の、メニュー選びの参考になります。

さて、魚市場の見学を終えたら、渡し舟『トラゲット』に乗って、大運河を
対岸に渡ります。トラゲットの形は、ゴンドラのへさきに付いた鉄の飾りと、
座席を取り去ったようなものです。



あとは、漕ぎ手が一人でなく、二人いることが、ゴンドラとの違いです。
たぶん、古くなったゴンドラを使っているのではないかと想像します。
船賃は、一人50セント。いずれにしても、ヴェネツィアに来ても、料金が
高くてゴンドラに乗れない我が家のような旅行者にとっては、お手軽に
ゴンドラに乗った気分が味わえる乗り物です。

大運河をトラゲットで渡ったら、次はヴェネツィア本島の北側にある、
フォンダメンタ・ヌォーヴェという船着場を目指して歩きます。
ここからは、ヴェネツィア本島以外の、周辺の島々へ向う水上バスが
出ています。目指すのは、ヴェネツィアに何度か来ている副店長も
まだ行ったことがない、トルチェッロ島と、ブラーノ島です。

島巡りの旅は、また次回にアップすることにします。

10夏、北イタリアの旅C

August 25 [Wed], 2010, 9:51


さてイタリアの旅3日目。ヴェネツィアの街に出て驚いたのが、上の写真の
ゴンドラの大渋滞です。乗り場の運河に、ゴンドラがぎっしりひしめいていて、
ほとんど身動きができないような状態。
普段は「ゴンドラ?ゴンドラ?」と客引きをしているゴンドラ乗りたちも、むしろ
乗船待ちをする客を、もてあまし気味の様子でした。
イタリアのバカンスシーズンの中心である「フェラゴスト」翌日ともなると、
こんな風なんですね。前日のパドヴァの街の「がらーん」とはえらい違い。
やっぱりヴェネツィアは、外国人観光客だけでなく、イタリア人にとっても
「観光地」なんだと実感しました。

それからヴェネツィアの町の中心であり、象徴でもある『サン・マルコ広場』へ。



ヴェネツィア共和国に終焉をもたらしたナポレオンなど、数多くの人々が、
「世界で一番美しい広場」と絶賛してきた場所です。
三方を囲む建物に付けられた列柱が織り成すリズミカルな光景は、さながら
目で楽しむ「凍れる音楽」のよう。
冬の寒い日の朝など、広場に静寂が訪れるとき、ここに立って味わう感動は、
言葉に出来ないほどのものです。

ただ、この広場で問題なのが、観光シーズンの人の多さとともに、あまりに
多すぎる、鳩の数です。餌をやろうものなら、どっと押し寄せてくる鳩の大群に
恐れをなして、小さい子は泣き出してしまうくらい。

それでも、鳩を、キリスト教の「三位一体の神」の一つの位階である「聖霊」の
象徴だとして、特別に愛するわが息子は、たくさんの鳩を見て大喜び。
「やっぱりイタリアの鳩は違う」などとわけのわからない(?)ことを言いながら
周りの観光客にパンくずやお米を分けてもらって、鳩に食べさせていました。



それでも餌が足りず、まだ満足できなかった様子の息子。「明日、餌を持って
また来る」と宣言していました。

サン・マルコ広場の一角にある『天文時計』は、500年以上前に作られたもの。



長い間修復中でしたが、ようやく修理が終わり、かけられていた覆いが取り
外されました。修理を手がけていたのは、ジュエリーブランドとしても名高い
ピアジェです。500年の時を経ても、修理すれば正確に動く機械式時計。
凄いことだと思います。

ところで、サン・マルコ広場と言えば、正面にそびえる『サン・マルコ聖堂』を
抜きにしては考えられません。



イタリア風というよりは、圧倒的に「東方」のビザンチン様式を踏襲して造られた
異国情緒たっぷりの聖堂。どうかすると、イスラムのモスクをさえ連想させる
雰囲気を持っています。
豪華に、というより過剰に豪奢に装飾された堂内を見学しようと行ってみると、
なんと見学者の行列が、少なくとも100メートル以上続いている状態。



しかも、列はほとんど動いていない様子。これでは、いつになったら入れるか
わかりません。入堂はあきらめて、隣にある『ドゥカーレ宮殿』に行きました。



昔、貴族の中から選挙で選ばれた、ヴェネツィア共和国の総督(ドージェ)の
住まいであり、行政庁舎であり、議会の議事堂であった建物。その優雅で
繊細な外観は、宝石箱にも、美しい洋菓子にもたとえられてきました。

しかしその一方で、この宮殿の裏手にある小運河を渡るとそこには、牢獄が
あります。宮殿と牢獄とを結ぶ石の通路は『ため息の橋』と名づけられて
います。ここを通る囚人が、わずかに開いた窓から外を眺めて、もう二度と
この光景は見られないかもしれないと、ため息をもらした、ということから
付けられた名前。それでも、あの有名なカサノヴァは、この牢獄から脱出
して、オーストリアなどで逃亡生活を送ったことで知られています。

さて、ドゥカーレ宮殿の見学を終えると、岸辺を東の方向に少し歩いて、
サン・ザッカーリアの船着場からヴァポレットに乗って、対岸に見える
サン・ジョルジョ島にわたります。
ここにあるサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の鐘楼の上にある展望台は、
私がヴェネツィアで最高のパノラマスポットだと思っている場所です。
そこから、サン・マルコ広場方面を眺めた景色が、こちら。



ドゥカーレ宮殿と、向いのマルチァーナ図書館にはさまれた、サン・マルコ
小広場は、海に向かって開かれた、ヴェネツィア共和国の「正面玄関」です。
それにしても、ここから見ても、なんという凄い人の数でしょう・・・。

この鐘楼の上からは、ヴェネツィア本島と、それを取りまくラグーナ、そこに
点々と浮かぶ島々の風景が、文字通り360度、一望できます。
この絶景のわりに、訪れる日本人観光客がまだ意外に少ないのが不思議。
みんな、サン・マルコの鐘楼に登って、満足してしまうからでしょうか。
でも、「ヴェネツィアの正面玄関」を一番良い角度で眺められるこの場所は
店長絶対のおすすめ。今度行かれる方は、ぜひ行ってみてください。

今日の観光を一通り終えて、夕食は、私と副店長おすすめの、『トラットリア・
アイ・クニャイ』で食べます。サン・マルコ地区から大運河を渡り、アカデミア
美術館の前の小路を、左に入った、比較的目立たないところにあります。
かつては、「地元の人のお気に入りの食堂」という感じだった店内は、改装
されて、店の雰囲気はがらりと変わりました。
それでも、ここの「ボンゴレのスパゲッティ」は、本当に絶品。



「ゴルゴンゾーラ・ドルチェ」のチーズも、ワインにぴったりで、忘れられない
味です。



日本で食べるゴルゴンゾーラチーズは、熟成が進んでしまっていて、
舌に乗せた時の刺激が強いのですが、こちらで食べる「ドルチェ」なゴルゴン
ゾーラは、ずっとまろやかなお味です。

お腹もいっぱいになり、家族三人でホテルに帰る道すがら、アカデミア橋の
上で、ヨーロッパの古楽器「リュート」を弾く人に出会いました。



いにしえのヴェネツィアの情景が眼前によみがえるような、ロマンティックな
音色に、しばし聞きほれていました。

次回は、ヴェネツィア滞在二日目の様子をアップします。

10夏、北イタリアの旅B

August 24 [Tue], 2010, 13:15


北イタリアの旅も三日目。
パドヴァで泊まったホテル『グランド・イタリア』の朝食室(上)は、
朝の光が部屋いっぱいにあふれる、気持ちの良い空間。
ブリオッシュが焼きたてのあつあつで、特に美味しかったです。

ところで、去年イタリアになかったもので、今年来てみたら、大増殖
していたものが、ひとつ。
少し大きな町の駅では必ず見かける、飲み物と軽食の自販機です。



もともと、イタリアには自動販売機があまりなく、タバコの自販機と、
一部の都市の地下鉄駅に、コーラの自販機があるくらいでした。
それも壊れているものが多く、使い物にならないことがしばしば。

それが、今回はどこへ行っても、上の自販機が目に付きました。
冷たい飲み物が各種揃っているのはもちろん、サンドイッチみたいな
「生もの」の食品まで置いてあります。ちゃんと動いて、その上、値段も
わりと手ごろ。自販機に慣れた日本人には、とても便利です。



商品が外から見えるタイプの自販機なので、無理やり壊されて、中の
ものが盗まれないかとちょっと心配ですが、壊れたものは、見た限り
ではどこにもなかったです。
観光客を意識したものでもあるのでしょうが、何でも対面販売を志向
していたイタリア人の感覚が、大分変わってきたのかもしれません。

さて今日の移動は、ヴェネツィアまで。普通列車に30分ほど乗ると、
ヴェネツィアの海(ラグーナ)が見えてきて、橋を渡れば、ヴェネツィア・
サンタ・ルチア駅に到着です。

そこからは水上バス『ヴァポレット』に乗り、大運河=カナル・グランデを
今日宿泊するホテルに近い、サン・マルコ広場に向かって進みます。
このヴァポレットの船上から見る大運河沿いの光景は、それ自体が、
ひとつのスペクタクルです。



大運河を進めば、かつて強大な海運国家だった、ヴェネツィア共和国の
栄華の残照を、今も目の当たりにすることができます。
大運河沿いには、貿易商人でもあった、ヴェネツィア貴族の大邸宅、兼
商館がぎっしり並びます。下は、その代表的なものの一つ、『カ・ドーロ』
という建物。ヴェネツィア・ゴシック様式のアーチと列柱が、美しいです。
今は美術館として使われています。



下は、現在ヴェネツィア大学の校舎となっている、『カ・フォスカリ』。
こんな豪華な大学だったら、毎日通うのが楽しみになって、勉強も
進みそうな気がします。



大運河沿いは、とにかくどこを撮っても、絵になる光景です。



さて、ヴァポレットを「サン・マルコ」の船着場で降りて、広場と反対の
方向に少し歩くと、今日から三連泊する『ホテル・ケッテ』に着きます。
ここは、副店長と一緒に、初めてイタリアに来た時も泊まったホテル。
部屋は、こんなクラシックな内装になっていて、なかなか良い雰囲気。



天上から下がった、ヴェネツィア・グラスのシャンデリアも素敵です。



窓の下は小運河。ゴンドラ観光のコースになっていて、ゴンドラの上で
歌う歌手の見事な美声や、アコーディオンの音などが聞こえてきて、
ヴェネツィアらしい風情があります。



ホテルで少し休んだら、観光に出発です。その様子は、また次回に。

10夏、北イタリアの旅A

August 23 [Mon], 2010, 2:01


イタリア旅行2日目の朝、エウロスター・シティー『フレッチャ・ビアンカ』という
列車(上)に乗り込んで、まずはヴェネツィアに近い、パドヴァまで移動します。
このミラノ−ヴェネツィア間は、高速列車用新線が開通していない区間なので、
『フレッチャ・ビアンカ(白い矢)』は在来線を走り、最高速度は、200km/hです。

パドヴァに到着し、駅に着いたら、街には人通りも車も少なく、がらーんとして
いました。



本来はこんなに活気のない町ではないのですが、この日は8月15日。イタリア
では「フェラゴスト」−聖母被昇天の祭日というのにあたり、地元住民はみな、
バカンスに出かけてしまっていたのです。日本の「お盆休み」と同じですね。

まずは、イタリアでも有名なカトリックの聖地の一つ、聖アントニオ聖堂を
目指します。非常に立派な大聖堂です。



ここには「パドヴァの聖アントニオ」という、カトリック教会でも人気の
ある聖人のお墓があり、外国からも巡礼者がたくさん訪れる場所です。
ちなみに私たちが所属するカトリック菊名教会は、聖アントニオに捧げられた
教会で、守護聖人も聖アントニオなので、深いご縁があるのです。

息子とろうそくを買ってお供えし、聖アントニオの石のひつぎの前で、お祈り。
これでとりあえず、パドヴァを訪れた主な目的の「一つめ」は果たしました。

それから、歩いてパドヴァの中心街へと向かいました。

こちらは、『ラジォーネ宮』と呼ばれる、パドヴァの象徴のような建物。



13世紀に、パドヴァの行政府の、裁判所として建てられました。
建物の1階には、50以上もの商店が入っていて、ヨーロッパでは最古の
「ショッピングモール」になっています。でも、フェラゴストのため全部休み。

ラジォーネ宮の前にある『エルベ広場』も、普段は野菜・果物などをはじめと
する、様々な露天が並ぶ市場になります。前回、一人で来たときはとても
活気があって楽しいところだったのですが、今回はやっぱり、がらーん。

建物の中の見学もお休みだったので、仕方なく外観だけ見て移動。

こちらは、パドヴァ大学の建物です。



1222年に創立されたもので、ボローニャ大学に続いて、世界で2番目に古い
「大学=ユニバーシティ」です。16世紀には、かのガリレオ・ガリレイもここで
教鞭をとりました。

さて、さらに北に向かい、鉄道駅の方へと歩きます。こんな良い感じの小路を
眺めながら・・・



旧市街のはずれまで来ると、緑豊かな公園に着きます。

この中に、パドヴァに来た主な目当ての「二つ目」、
『スクロヴェーニ礼拝堂』があります。

この礼拝堂の中は、ルネサンス絵画の先駆者ともいわれる巨匠、ジォットの
フレスコ画で埋め尽くされています。
前回来たときは修復中で、中が見られなかったので、とても楽しみにして
いました。
見学はあらかじめ予約しておく必要があり、インターネットで申し込みました。

予約の時間が来ると、まずは小さなガラス張りの部屋に通されて、そこで
ジォットの壁画の説明の映像を15分間、見せられます。
その間に、外部の空気が中の温度・湿度に影響を与え、絵を傷めてしまわ
ないように、調整するのだそうです。

それから、中に入ります。



壁画は、アッシジの聖フランチェスコ聖堂にある『聖フランチェスコの生涯』と
並ぶ、ジォットの代表作です。1300年代のはじめに描かれたとは思えない、
リアルで動きのある作品は、さすが「ルネサンス芸術の始祖」の筆です。

こちらが壁画の一部、「ユダの接吻」の場面。



キリストがこの世で過ごした最後の晩、祭司長たちの送った兵士に捕縛
されるとき、イスカリオテのユダがイエスに接吻することで、兵士たちに
「この人がイエスだ」といういサインを送ったところを描いています。
ここにある壁画のうち、美術書などに一番良く引用されている場面です。

フェラゴストで、見られない場所も多かったですが、「主な目的二つ」は
果たして、十分満足した、パドヴァ滞在でした。
レストランもあまり開いていなかったので、夕食は駅近くの中華料理屋で
済ませました。味は、日本の中華の方が上。その代わり安いですけど。

次回は、ヴェネツィア滞在の様子をアップする予定です。

10夏、北イタリアの旅@

August 21 [Sat], 2010, 23:10


14日から、息子を連れての2度目のイタリア旅行に行き、今日帰国しました。

今回はヴェネツィアを中心として、ミラノ、パドヴァと、北イタリアだけの旅。

アリタリア787便、エアバスA330型機、愛称『サンドロ・ボッティチェッリ』号で
成田を出発。
アリタリア航空は、昔から飛行機にそれぞれ、『カプリ』とか、『ポルトフィーノ』
とか名前を付けています。私の知る限りでは、他の航空会社でそういうことを
しているところはないようです。
機体一つ一つに、愛着を持っているしるしのような気がして、なんとなく好感を
持っています。

ボッティチェッリ号は、ほぼ定刻に成田を出発し、やはりほぼ定刻に、ミラノ・
マルペンサ空港に到着しました。

そこまでは良かったのですが、着いたらミラノは、どしゃ降りの雨。
今回もホテルは、ミラノ中央駅に近い、『ウナホテル・センチュリー』です。
シャトルバスでミラノ中央駅まで行って、そこからホテルまで、傘を差して10分
足らずを歩く間に、スーツケースの中まで水が染みとおるほど、ずぶぬれに
なってしまいました。

こんなことなら鉄道でカドルナ駅まで行って、タクシーでホテルに向かえば
良かったと、後悔しました。

機内でさんざん飲み食いして、食欲もなかったので、その日はホテルの
部屋で濡れたものを乾かしながら、そのまま寝てしまいました。

いきなりお天気の先制パンチをくらって、少しへこみましたが、悪天候はこの
日だけ。翌日からは、晴れ男の息子のおかげか、傘のお世話になる事は
ありませんでした。

続きは、また明日以降に・・・。とりあえず、時差ぼけを早くなおしたいです。

がんばれ金沢動物園

August 09 [Mon], 2010, 21:39


昨日、副店長は、幕張であったミュージックフェス「サマソニ」に一人で参戦。
息子と私は、横浜市金沢区にある、金沢動物園に行ってきました。

結構広い園内には、希少動物も含めたくさんの動物がいて、見ごたえは
あると思います。
それに、ゾウにえさをやるなど、動物と直接触れ合えるイベント(上)も
いろいろ企画して、職員さんも、がんばっていると思います。値段だって、
大人500円と安い。
それなのに・・・・。

とにかく、人が少ない。
息子がぽつりと、「なんとなく、貸し切り感があるよね」ともらしていたほどです。
最寄り駅の、京浜急行・金沢文庫駅からはバスでアクセスするのですが、
動物園への最寄りの停留所で降りたのも、私たち親子一組だけでした。
夏休み中の日曜日なのに・・・。
公立の動物園とはいえ、これで、大丈夫なんでしょうか。
心配になってしまいます。

横浜の動物好きの子供は、みんな「ズーラシア」か、「八景島シーパラダイス」に
行ってしまうのでしょうか。

でも、あの入園料で、あれだけ楽しめるのはお得だと思います。
横浜近隣の皆さん、金沢動物園、楽しいですよ。職員さんも、質問すると、
とても熱心に説明してくれたりして、がんばってます。
今度のお休みにでも、ぜひ行ってあげてください!
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