あの名物列車が・・・

July 27 [Tue], 2010, 23:58

(写真/creative commons)

世界的に有名なスイスの観光列車、『氷河急行』(氷河特急とも)が
23日に脱線転覆、日本人の女性が一人亡くなり、他にも、日本人を
中心に多くの観光客の方が重傷を負ったニュースは、既にご存知の
方が多いかと思います。

同じスイスの『ベルニナ急行』や、ノルウェーの『フロム鉄道』などと
ともに、私も一生に一度は乗ってみたいと思う鉄道のひとつだった
だけに、ショックを受けました。

それに加えて驚いたことは、事故の原因がまだ不明であるにも
関わらず、昨日、26日から運行が再開されたことです。

現場の状況が良くわからないのですが、事故地点で原因調査を
やりながら、そこに列車を通しているのでしょうか。

事故原因が不明だということは、運行の安全が保証されていない、と
いうことだと思うのですが・・・。

運行会社のマッターホルン・ゴッタルド鉄道は、いったいどういう判断で、
運転再開を決断したのかわかりませんが、私には無謀なことに思われ
ます。少なくとも、現時点では、自分なら乗りたくないなと・・・。
もし、安全よりも利益を優先させたのだとしたら、とんでもないことです。

それでも、ツアーに申し込んでいたお客さんには、乗っている人も多い
ようです。皆さんは、どう思われますか?

10夏、みちのくへ

July 20 [Tue], 2010, 16:27


この3連休は、私たち家族3人と「綱島のばあば」で、東北へ旅行に
行きました。一昨年亡くなった「綱島のじいじ」の実家へのあいさつと、
その近くにある、日本三景のひとつ、松島を見るのが目的です。

車で行ったのですが、行きは、高速道路で事故渋滞に巻き込まれ、
その日は宿に着くのがやっと。野蒜海岸にある、「かんぽの宿松島」
というところに泊まりました。

夕食のとき、「じいじ」の生まれた大郷町で作られている、地ビール
「松島ビール」を飲みました。すっきりしていて美味しいです。



翌日は、大郷町の「じいじ」の生まれた家へ。途中の景色は、延々と
「ひとめぼれ」の田んぼが続く、のどかな田園風景。稲田というのは、
秋の収穫の時期もきれいですが、夏の緑鮮やかな青田も、美しい
ものです。



実家には、「じいじ」のお兄さんがまだご健在でいます。田舎の方は、
お客さんが来ると一生懸命もてなしてくださるので、出していただいた
お昼ごはんを、ついつい食べ過ぎてしまいました。

それから、その日の宿へ。松島の有名な老舗旅館「ホテル大観荘」に
泊まりました。



この宿は高台にあって、松島の眺望が素晴らしいのですが、時間が
あったので、山の下に下りて、「雄島」という島に渡り、松島の風景を
じっくり楽しみました。



夕方から、ホテルの館内で「夜店」のイベントがあり、息子は射的で
手品の道具をゲットしていました。



夕食も豪華。メインは「かに鍋」です。でも量がすごく多くて、食べ切れ
ませんでした。



翌朝のブッフェスタイルの朝食も、品数が多くて美味しかったです。



宿を出て、松島観光の名所の一つ、「五大堂」を見に出かけました。
途中、こんな看板を発見。「うちみ」があるなら、「ねんざ」もある・・?



「五大堂」は、807年、初代征夷大将軍・坂上田村麻呂がこの場所に
毘沙門道を建てたことに起源を持つと言われているそうです。
今の建物は1604年、伊達政宗が建立したもので、国の重要文化財に
指定されています。



本当は、瑞巌寺に行ったり、遊覧船に乗ったりもしたかったのですが、
帰りの道路の渋滞を考えて、早めに松島を後にしました。

二泊三日、楽しい旅行になりました。副店長にとっては、良い親孝行に
なったと思います。「またみんなで旅行したいね」と、話しながら帰って
来ました。

無敵艦隊の逆襲

July 12 [Mon], 2010, 14:00


昨夜から早朝にかけては、参院選の開票や、FIFAワールドカップの決勝戦
などがありました。眠気と戦いながら、あるいは早起きして、TVの前に
釘付けになった方もいたことと思います。

今日の当店では、あえて選挙の話題はしません。別に、サッカーの方が選挙
より大事だ、などというわけではないですよ。
店長も、副店長も、ちゃんと投票に行きましたし。

というわけで、W杯決勝のスペイン-オランダ戦。
0-0のまま延長に突入し、延長後半11分、スペインのイニエスタのシュートが
オランダゴールに突き刺さり、決勝点となって、スペインが初優勝しました。
スコアは1-0でしたが、120分間、お互い持ち味を生かして相手ゴールを攻め
続け、何度も決定的な場面があったゲームは、まさに手に汗握る内容でした。

スペイン代表といえば、「無敵艦隊」と称され、何度も優勝候補の一角に挙げ
られながら、もろくも敗れ続けてきた歴史がありますが、ようやく本物の「無敵」
ぶりを見せてくれました。

ところで、スペイン代表が「無敵艦隊」と呼ばれてきたのは、16世紀の大航海
時代に、「日の沈むことがない国」と呼ばれ、世界の海を支配した、イスパニア
(スペイン)の艦隊が、「無敵艦隊」と呼ばれたことからきています。

しかし「無敵艦隊」は1588年7月、「アマルダの海戦」でイギリス海軍に大敗し、
それをきっかけとして、世界の海の支配権は、イスパニアからイギリスへと移る
ことになりました。

「アマルダの海戦」で勝敗を左右したのは、イギリス側の戦術がうまく当たった
のもありますが、そもそも「無敵艦隊」の陣容が、イタリアのジェノヴァ共和国
海軍や、同じくイタリアの、パルマ公・ファルネーゼ家の艦隊など、「海の傭兵
部隊」の力に多くを頼っていて、両軍の間には、基本的な戦意や、部隊としての
結束力といった面で差があった、ということも大きかったようです。

また「無敵」と称されながら、この陣容で実際に大規模な海戦を行うのは、実は
「アマルダの海戦」が初めてで、その実力は全くの未知数。それどころか、ある
意味「張子の虎」同然だったとも言えるでしょう。

そんな事情を考えてみると、「無敵艦隊」の勝利は、スペインにとって400年来
の汚名を返上した、歴史的な勝利だった、という事になるかもしれませんね。

それから印象的だったのは、決勝ゴールを決めたイニエスタが、スタンドの方へ
駆け出しながら、ユニホームを脱ぎ、アンダーシャツを見せてアピールしていた
シーンでした。そこには、「ダニ・ハルケ、ぼくたちはいつも一緒だ」と書いてあり
ました。ダニ・ハルケというのは、去年、代表チームの一員としてフィレンツェに
遠征中、突然の心臓発作で亡くなった、ダニエル・ハルケ選手のことです。

イニエスタも、それをやればイエローカードの警告を受けることはわかっていた
はず。それでも彼は示したかったのでしょう。このゴールが「亡き友」に捧げる
ゴールだ、ということを。
天国のハルケ選手にも、きっとその思いは届いただろうと思います。

ともあれ、FIFAワールドカップ2010は、これで終わりました。
店長にとっては、日本代表の大健闘が、世界の注目を集めた大会、そして、
イタリア代表が、あまりにもふがいない結果に終わった大会として記憶される
ことになるでしょう。

日本には、決勝トーナメントを勝ち抜く、さらなるレベルアップを期待し、イタリア
には、4年後に向けて、「イタリアのサッカー」を一から見直し、再建することを
期待したいと思います。
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