祈り T

May 02 [Wed], 2012, 13:55
「あなたはどこからいらしたの?」

その人はそう訊ねた。
どう答えたものか、私は遠くから来た。
長い間旅をしすぎて、私は自分がどこから来たのか、
自分が誰なのか忘れかけていた。

「失礼かもしれないけれど、あなた私の旦那さんに似ているわ」

と目を細めてその人は言った。
そう?と曖昧に笑うことしか出来ない。
否定するのは可哀想。
けれど、自分が何かも忘れかけた私には誰に似ていてもどうでもいいことかもしれなかった。
その人の旦那さんの顔も知らないので、否定する根拠も持たない。
そもそも私はどんな顔をしていただろうか。
先ほどのどこから来たかの問いは、もう終わったようでほっとする。
自分のことを聞かれると、何を話して良いのかわからない。

「旦那さんは一緒じゃないのですか」

そう聞くと、その人は寂しげに微笑んで「私の旦那さんは先にいってしまったのよ」と言った。
そう、とうつむいた。

「早くお迎えに来てくれたらいいのにねぇ」

そんなことをいう。
毎日がつまらないからそんなことを言うのかしら。
どうしてそんなことを言うのだろう。

「一緒に過ごす人はいないの?お子さんとかお友達とか」

お友達の多くは、お子さんと同居のために地方へ行ってしまった、という。
どうにも子どもと一緒に暮らすことが、私には楽しそうに思えなくて、と。

「旦那さんともっと一緒に暮らしたかった?」

「何気ない毎日が1番幸せなものです」

旦那さんはガンという病気になり、手術したものの再発して、亡くなってしまったという。
丈夫な人だったそうで、まだ体がビクビクと痙攣している最中に医師は死亡を確認したという。
心臓はもう止まっています、と。
痙攣がなかなか治まらない身体を見ながら、祈る思いで手を握り続けた、とその人は言った。
その手が徐々に体温を失い、見かねた看護士や子どもたちに引き剥がされるように離れたそうだ。

「本当に、心臓は止まっていたのねぇ。
 少しずつ動かなくなっていった。
 私の隣にいつもいてくれた人が、箱に入れられて焼かれてしまった。
 どこか近くにあの人はいるんだろうと思っても、どうしても姿がないのが悲しくて……」

泣かないで、と言うのは酷だと思った。

「あなたがあの人に似ているから、こんな話をしてしまったのね」

そう微笑む。
私はその微笑に応えて、小さく微笑んだ。

「あら、笑い方なんて本当にそっくり」

私が似ているのがいいことなのかどうか。
余計辛い思いをさせるだけではないのか。
考えても、私は答えを出すことは出来ない。
ただ、胸が切なくなるだけ。

「向こうで旦那さんと会えることを、願っています」

私はそう伝えて、歩き出す。

「ありがとう」

後ろから満足そうな声が聞こえた。
頼むから、私にそんなものを背負わせないでと言いたくなる気持ちを抑える。
どうぞ、あの人がこれから先の人生に楽しみを見出せますよう。
いつか旦那さんと再会できますよう、祈る。

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