帰省セズ

August 19 [Thu], 2010, 21:03
外はとても暑そうだった。
空に浮かぶのはいかにも夏、と言わんばかりのもくもくとした入道雲だ。
窓から入ってくる日差しがいつの間にかあたっていて、移動しようかと汗をかきながら思うのだが、眠気が行動を妨げる。
特別前日夜更かしをしたわけでもなく、昼寝だって2時間近くさっきまでしていたというのに何でまだこんなに眠いのだろう。
しかし眠い頭は正常に働かず、その思考さえも妨げた。
このべとついた体はどうにかしたいな、と思いつつまたまどろんでしまう。
時々日差しの暑さが気になったり、窓からの風でレースのカーテンが揺れる気配を感じたりしたことを考えると、しっかり寝ていたわけではないのだろう。
さらに2時間くらいを寝転んだまま過ごし、日が翳ってきたころにようやく起き上がった。
まだ頭がぼんやりする。
シャワーでも浴びようか、と思いつつテレビのバラエティを眺める。
特別おもしろいわけではなかったが、キリのいいところまでと思うくせにCMでも動き出さない自分の怠けっぷりがどうしようもない。
いい加減動かなければと気合を入れてシャワーを浴びる。
体も頭も大分すっきりして、どこかに飯でも食べに行こうかと考える。
遅い朝ごはんを食べてそのまま寝ていたから、腹はすいている。
何がいいかな、と近所の店を思い浮かべていると携帯がなった。

「あんたお盆も帰ってこないで、何してんの」

寝ていたとは言い難い。
言うと小言が待っている。

「いや、ちょっとぎりぎりまで仕事の予定がわかんなくて、もう帰省ラッシュで予約がとれなかったんだ、ごめん」

いい息子と言えばこんな感じの台詞だろう。
事後承諾なのはまぁ目をつぶってほしいところだ。

「そうなの。お正月は帰っておいでよ、あんたの好きな物作るから」

好きな物、と言われて母親の手料理が脳裏をよぎる。
コロッケ、いなり寿司、からあげ、てんぷら、少し甘めのカレー、絶対別物になっているポトフ(多分あれは創作料理だ)、得意の混ぜご飯、などなど、腹のすいた俺にはよだれの出そうな話だ。
しかし今までも何度かお盆に帰らなかったことはあるが、電話などかかってきていただろうか。
俺が遊び歩いていて気づいていなかっただけかもしれないが。

「あんたでもいないと寂しいからね」

母親の口から俺がいなくて寂しいなどと聞いたことがあっただろうか。
思わず動揺して、なかなか言葉が見つからず、あわあわと他の話をふった。

「姉ちゃんはいるんだろ?」

「今年は仁史さんのお母さんが入院してるから、あっちに行きっぱなしだわ」

そういえば具合が悪いという話は聞いたことがあるような気がする。
そうか、姉ちゃんは嫁に行ったんだもんな、とこんなことで今更納得する。
悪いことをしたな、と思う。

「ん、正月は帰るようにするよ」

そうかい、と言った母親の声が少し明るくなった。
今年の正月に見た父親の小さくなった背中を思い出す。
うるさくて面倒だっただけの父親が、小さな背中で母親とTVでも見ているかと思うといたたまれない。

「父さんにも言っておいて」

「すぐそこにいるけど、かわるかい?」

「いや、いい」

用はないから、と慌てて母親を止める。
そうかい?と言いながら、じゃあまたね、たまには連絡しておいでよと、電話が切れた。
無性にうちの混ぜご飯が食べたくなって、暑い中買い物へ行った。
今年の夏は暑すぎる、この厚さではお盆を過ぎてもしばらくは厚いのではないかと心配になる。
予想外に曖昧な記憶と格闘しながら作ってみたのだが、程遠い出来栄えにがっかりし、正月に帰ろうと改めて心に決める。
正月前には「混ぜご飯」をリクエストするために電話しよう、と思うのだった。

愛しい人

December 22 [Mon], 2008, 23:23
とてもドキドキするのだと、彼は言った。
思わず笑ってしまった、だってちっとも変わっていない。
昔から、それが口癖のようだった。
女の子と接することに慣れていないから、ドキドキするのだと最初に聞いた。
そのあとも何度かドキドキすると言っていたから、大学生にもなって初々しいなといつも笑ってしまっていた。
変わってなくて、嬉しい。
相変わらず浮いた噂はないの?と聞いてみた。
最初に「浮いた噂」と表現したのは彼だった。
それ以来、私の中では恋愛ごとを浮いた噂というのが一時期マイブームだった。
ないよ、とあっさり言うのも彼らしい。
もうあまりにそのままで、なつかしすぎて、笑い転げるように涙が出るほど笑ってしまった。
そう、私は彼と過ごすこういう時間が楽しくて大好きだったなぁ。
多分、彼は私を女の子として意識してくれていたのだと思う。
だから、テンションがあがる彼につられるように、私もテンションが上がって楽しく過ごせた。
時々、彼のドキドキがわかってしまうこともあった。
それは私の胸までくすぐられるようで、じんわりあたたかくて、ちょっぴりほろ苦く。
まるで私まで淡い恋心を抱いていたような気さえしていた。
でも、ただ笑い合える日々が楽しくて、そこを変える気にはなれなくて。
付き合いたいとか、そんなことは考えたことがなかったな。
そういう対象として考えたことがなかった気がする。
ただ、ただ、楽しかった。
ずっと続けばいいと思うほど。
そんなことをこっそり思い出して、やっと笑いがおさまってきたところで、彼と視線がぶつかった。
彼が、にっこりととても幸せそうに笑った。
そう、いつも幸せそうな人だった。

「もうずっと長い間、君のことが、すごくすごく好きだよ」

幸せそうな顔のまま、そんなことを言うから。
笑い終わって引っ込んだはずの涙が、ぽろりとこぼれて落ちた

愚痴

December 10 [Wed], 2008, 21:16
「最近、私に愚痴を言う人が多いんです」
ほぅ、と先生は相槌をうち、続きを促した。
愚痴というか、いらっときたときに誰かに話したいだけなのだろう。
そういうときに、多分私は都合がいいのだ。
席がちょっと奥まっているから、それを人に吹聴したりしないから。
ただ、それだけなのだと思う。
「私はその人の話を聞きます。たとえばそれが、Aさんに対する怒りだったとします。Aはいい加減だ、仕事でいつも問題を起こす、失敗ばかりだというような、そのとばっちりを自分が受けるんだと」
「ええ、よくある話ですね」
まったくもってその通りなのだ。
愚痴なんてものは誰でも言う。
「はい、そうしてAさんもその人に対しての愚痴を言うわけです。あいつは口やかましくて、そのくせ大事な確認を怠るのだと」
「それも、ありそうな話ですね」
そう、私もそう思う。
「でも、先生。その二人は一緒にいるととても仲の良い二人に見えます。それが私にはわからないのです」
なるほど、と先生は背もたれにもたれた。
あごに手をあて、考えるように上を見た。
「そうだね、それは君にとってちょっと面倒でしんどいね。でも、人との付き合いというのはそんなものだよ。誰かを嫌いでも、表面に出していたら、いがみ合ってばかりになってしまう」
それもわかる。
では、なぜ。
「……私にも言わなければいいっ」
唇をかみしめて、私はそう言った。
気持ちはよくわかります、と先生は言った。
「では、あなたはその話をされるたびにちょっと嫌な顔をしてごらんなさい。そうすれば、いつの間にか回数は減るでしょう」
「嫌な顔、ですか……」
そうですよ、と先生はにっこりした。
「あなたにはしんどいかもしれませんが、これであなたが明日にっこり笑ってそのお二方とお話なさったら、私もあなたと同じような立場になりますね」
あ、と私は声を上げた。
「目に見えるものだけが、すべてじゃないんですよ」
だから、お頑張りなさい、と先生は私の頭をなでてたちあがった。
はい、と思わず返事をしてしまった。

愛しい人

October 20 [Mon], 2008, 20:40
とてもドキドキするのだと言うと、君は顔を崩して笑った。
僕は昔から、その笑顔が好きだった。
かわらないな、とほっとする。
一番変わっていてほしくないものだった。
君はくすくすと笑って問う。
相変わらず浮いた噂はないのかと。
残念ながらないよと言うと、君はやっぱりと笑った。
やっぱりと言われても君なら腹も立たない。
どうしてだろう。
ただ君の笑顔が胸をあたたかくして、そうして僕をあせらせる。
もう何年も君に片思いをしているんだよ。
だから、そんな噂などあるはずもないんだ。
ひそかに期待していた、会わない間に実はこの思いが薄れているんじゃないかと。
思い出すことは少なくなっていたし、連絡すらほぼないような状態で。
きっと君の顔を見ても、たいした感慨もないのじゃないかと。
期待していた。
君に会い、昔のように僕の横で笑う君の顔が、声が、大きな高波のように僕を連れ去る。
すごい勢いで沖に体が連れて行かれる。
抵抗なんてする暇もない。
とてもドキドキするんだ、多分君の想像している10倍くらい。
君はひとつずっと長い勘違いをしている。
僕がいつもドキドキするといっていたのは、女の人に緊張するからじゃないんだ。
君といるときだけだ、そんなのは。
避けられるんじゃないかと思って、側にいることもできなくなるんじゃないかと思って、ずっと言えなかった言葉がある。
ろくに会うこともなくなった今でも、何でこんなに言葉にするのが怖いのだろう。
だけど、今僕はとても幸せな気持ちでもある。
ドキドキして、怖くて逃げ出したいけど、やっと君に伝えられるのだと胸にあたたかい気持ちが広がっている。
笑い終わった君の視線、つかまえた。
昔から、君は笑った後人と目を合わせて一瞬止まる。
僕はその瞬間がとても好きだ。
君は、こんなにも僕に幸せをくれていた。

「もうずっと長い間、君のことが、すごくすごく好きだよ」

多分、僕はとても満ち足りた笑顔で言うことができたんじゃないかと思う。

寡黙な永江君の傘の向こう 20

March 01 [Sat], 2008, 20:59
朝から、雨が降っていた。
傘をさすかささないかの微妙なラインだった登校時間、私は傘をさして歩いていた。
今日、帰りも雨が降っていて永江君がいたら、一緒に帰ろうって言ってみよう。
授業中も、ずっとしとしと音がしていた。
窓の向こうが薄暗くて、なんだか心地が良かった。
元々、雨は嫌いじゃないから。

図書室に来た永江君は、少しだけ神経質な顔で本を読んでいた。
前みたいに、雨だけでダメだって感じはしない。

「雨だね」

「・・・そうだな」

早めに帰るかな、と独り言のように永江君は言った。
今日は図書当番じゃないから、ついていける。
また拒絶されるかもしれないけど、このままよりもいいかもしれない。
前進しているんだかしていないんだかわからないような日々で。
山田に心配されたりなんかして。
私はそんなに気の長いほうでも、ないんだから。
好きな気持ちは変えられなくっても、どういうつもりでいなきゃいけないのか、考えたくて。
それもいいよね。
冷たくなった雨の中で、そんなことを考えるのも。
一番いいのは、一緒に帰れることだけれど。
そもそも方向違うし、ね。

「ねぇ、一緒に帰らない?」

本から顔をあげて、ふっと顔を緩めた。
永江君が、すごく無防備な顔をした。
あ、うれしい。

「だから、校門でたら真逆だろ」

「別にあっちからでも帰れるもん、遠回りだけど景色綺麗だし」

ばか、と言いたげに本に視線が戻る。

「ダメ。こんな雨の日に」

ばっさり切り捨てられてしまった。
アイタ、軟化したのは表情だけですか。

席を立って、図書の受付に行く永江君を見て、私はあわてて帰り支度をした。
廊下に先に出た永江君を追って、バタバタと。
靴を勢い良く玄関に落として、靴がパンと大きな音をたてた。
傘たてに、私の傘・・・・・・見当たらない。

「・・・・・・あれ?」

永江君が外に出てしまった。
あ、帰っちゃうやって思ったら外に出てしまった。

「傘は」

永江君が、雨の中傘をさして聞く。

「ないみたい」

「とられたのか、あんたの傘かわいかったのにな」

頼むから戻ってきてよ、かわいい傘。
永江君がそんな風に言ってくれたのに。
そんな風に褒めてくれることめったにないのに。
あ、ダメだ。
泣きそうだ。

「入るか?」

傘を少し持ち上げて、永江君がこちらを見てた。

「・・・方向違うよ?」

「・・・・・・そのへんのコンビにまで」

要するに傘を買えるとこまでってことで。
でも、でも。
傘の下で君が笑うから。

「じゃあ、家まで送って!」

「ヤダ」

私はその傘に走って入った。

寡黙な永江君の傘の向こう 19

December 25 [Tue], 2007, 20:05
いい天気だな、と空を見上げて思った。
少し日差しが強いくらいだ。
雨の日のアンニュイな永江君より、少しきつくてもいつも通りの永江君がいい。
今日も図書室に来てくれるかな。
いつも通り愛想のない顔で来るかな。
そんなことが少し楽しみ。
永江君がいない時、一緒にいる時、とても不安になるときもある。
こんなこと続けてて何になるんだろうって。
でも、それを考え出したらきりがないんだ。
誰のことも好きになれない。
だから不安はよそにやって、好きでいる。
どんな恋でも片思いのうちは一緒。
誰かに不毛だと言われても、変わってるとか後で泣くとか言われても、変えられない気持ちはどうしようもない。

遠くに歩いている人が、永江君に見える。
が、私はこの永江君の見間違いをよくする。
永江君だ、とちょっと遠目にドキドキすることがある。
その人が段々近づいてくるのを期待して歩いて行って、全然似てない人でがっかりすることもしばしば。
でも、たまに合っている時はドキドキの程度が違う。
どこかに確信があるのか、心臓がはねるようにドクンとするんだ。
なんて漫画みたいなと思うけど、本当にそうで。
そういうときほど、その人の顔を見ていられない。
変なの。
永江君は、きっとそんなこと知らないね。
ただ、バカな女の子が自分を好きなんだくらいにしか思っていないね。
それでいいんだよ。
こんな乙女チックなバカな部分知らなくっていいの。
だって、君はそんな子を好きじゃないから。
歩いている人が、近くなる。
この小さなときめきはきっと。

ほら、髪型が似ただけの違う人。
この人、前にも間違えたことあるな、と思ったら笑えた。
何だよ、って顔された。
ごめんね、あなたは何も悪くないんだけど。
なんだか笑いが止まらないんだよ。
名前も知らないのに、永江君に似てる人で間違えちゃってる。
永江君、怒るかな。
彼の顔は、永江君よりずっとかっこよくないと、私は思うから。
それとも、惚れた欲目ってやつでしょうか?

寡黙な永江君の傘の向こう 18

November 19 [Mon], 2007, 20:52
あの子に会いに行こうと思った。
連絡先が変わっていなければ、メールは届くはずだ。

『久しぶり。
 元気にしているかい。
 もし良ければ、会って話せないかな』

数えるほどしか送らなかったメールを、自分から送ってみた。
彼女からは、前に時々メールが来ていたけれど、アレ以来初めてのメール。
自分のワガママでまた振り回すのかと、ひどく迷った。
迷った末のメールだった。
何を書こうか、告白とかじゃないから安心していいと書こうかとか、色々考えた。
だが、自分の口で告げなければと思ったからやめた。
3時間後に、返事が来た。

『元気だよ。
 会うのは構わないけど、いつぐらい?』

『来週末は大丈夫?』

『大丈夫だと思う。
 都合悪くなったら連絡するよ』

『了解。じゃあ土曜10時に、とり公園で』

すんなり、会えることになってしまった。
いいのだろうか。
だけど、やっと区切りをつけるチャンスをもてる。
約束の前日、メールが来た。

『明日大丈夫だよ、10時にとり公園でね』

『了解。今更だけど呼び出してごめん』

そして、当日俺は早めに家を出た。
着いたのは9時20分。
休みの日の朝だからか、犬の散歩に人が来ていた。
「早く来すぎたか・・・」
ベンチに腰を下ろすと、空を仰いだ。
青い空に、白い雲が浮かんでいた。
写真のような青空だった。

「久しぶり」

気づけば10分前だった。
彼女が目の前にいた。

「ああ。久しぶり。
 来てくれてありがとう、少し話がしたくて」

小さく頷いて、彼女は隣に座った。
少し距離を置いて。
あの頃もそうだったな、と思い出し妙に納得した。
これは気持ちの距離だったんだ、な。

「ひと言、謝りたかったんだ。
 傷つけてごめんって、ずっと。
 俺はあのときの俺なりに好きだったし大事に思ってたんだ。
 上手く、言えなかったけど」

「うん。でも、ダメだったね」

「そうだな」

「私もゴメン、最後にあんな言い方して、傷つけて。
 ずっと謝りたかったのは、私の方だよ」

ほっと肩の力が抜けた。

「そっか」

「会えてよかった」

彼女が立った。
俺も立った。

「ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」

背を向けて反対に歩き出した。
お互いに。

寡黙な永江君の傘の向こう 17

August 23 [Thu], 2007, 21:47
好きな相手が自分を好きじゃなかったら傷つくよな、と問われた。
それは私に聞くことだろうか、と永江君の横顔を眺めた。
いつもは視線をそらすようにしている雨の降る窓の向こうをみている。
状況にもよるんじゃないかな、と冷静な声で返した自分を褒めてもいいかな。
いいよね。

「たとえば」

どうしてこの男はこんなに言葉が足りないのだ。
だから友達が少ないんだ、という独白は胸に秘めておく。

「恋人がいるって知ってて玉砕覚悟とか」

「付き合ってる相手だったら」

そのひそやかな声で、みつけた、と思った。
これがこの人の抱えているものか。
随分とかわいらしいことだったんだな、この人にしては。

「そりゃ、傷つくんじゃない」

そう、と小さな声が答えた。
雨がしとしとと音をたてて、静けさを際立たせる。
こんな時間を共有できる私は、幸せだ。
たとえ、話題が彼の恋であっても。
今、ここでこうして静かな音を共に聞き、心を通わせる会話ができて。
今だけは、彼の横顔を独占できて。
このひどく幸せな気持ちを、彼にもあげたいと思うと、優しい気持ちがあふれた。

「でもさ、付き合っている相手の気持ちを気づかずに過ごしている方だって、
 なんだかひどいような気がする」

沈黙が否定していた。
でも、だって。
私は気づく自信があるよ。
好きな人が自分を好きかどうかなんて、ずっと気にしていることだから。

「永江君が私を少しだけ、好きになってくれたの知ってるよ」

全身全霊、今私に向けられる君を探っているから。
気持ちの変化はわかるよ。
そういうのは、好いてくれるとわかっている相手には無防備にさらしてしまうものだから。
さらせなかったのなら、きっと彼女にも何かが足りなかったのだろう。
知っていたかな、私に少しずつ無防備になっていること。

「そう」

それは、肯定ではなくただのあいづち。
わかっているのに、どうして。
どうして泣けてくるのかな。

「また嫌われたら、絶対気がついて号泣するよ」

ふっと、息が抜けるような笑い声。

「そうか」

だから、だから、だから、だから、だから、だから。
思わず口から出そうになるけれど。
まだ怖くて言えない。
だけれど、心の中で語りかけた。


だから、安心して好きになっていいよ。


寡黙な永江君の傘の向こう16

August 11 [Sat], 2007, 20:49
好きだなんてどうしてあんなに簡単に言えたんだろう。
永江君の中ではとても大きな意味を持つ言葉だというのに。
誰の中でもそうなんだけど、永江君は人一倍好きという言葉に敏感な気がする。
それは友達の意味の好きでも、そうなんだろうと思う。
きっと寂しげに笑ってありがとうを言うような気がする。
まるで好きだと言われることを怖がっているみたい。

「永江君は、人に好かれたらどんな気持ちになる?」

「うれしいよ、ありがとう」

見事なまでの棒読みで言われてしまった。

「違うよ、私云々じゃなくって。恋愛じゃなくてもいいの。
 友達に好かれたときの気持ちでも構わないから」

しかめ面をした。
考え込んでいるのだろう。

「好かれた理由を探す、な。
 思い当たらなければ、何かの流れで聞くかもしれないけど」

人に好かれたとき、理由が気になるのは確かだ。
気が合うとか、共通のコアな話題があるとかわかりやすい理由でもあれば別だけど。

「理由を聞いてどう思うの」

「納得したりしなかったり。
 納得できないときはあんま近づかないかもな」

「そうなんだ」

どうして、と聞きたくなる。
そこまでは答えてくれない気がする。
でも答えは何だかわかる気がした。

「自分の望まない自分を好かれるのは、苦しい」

無言で永江君は私を見た。
そうかもな、とだけ答えた。

「もっと苦しいのはさ、自分で認められない部分の自分を好かれたときだよね。
 そんなんじゃないって言いたくなる」

かもな、とまた声だけが返って来た。
互いのエゴが人間関係。
私は永江君に好いて欲しいし、永江君は友達がいいんだと言う。
もしくは永江君は、いなくてもいいのだろう。
私など。
少なからず、他人においての自分は相手の幻想で出来ている。
それを受け入れられない永江君は、我が強いのかプライドが高いのか。
もしかしたらすごくナイーブな人なのかもしれない。

「永江君、私のこと好き?」

何を言い出すんだ、という風にため息をついて無言で背を向けられる。
ここで嫌いだといわないのがこの人の優しさだ。
だけれど、これがこの人の残酷さだ。

「友達としてでも今は良いから、好きでいて欲しいっていうのはワガママかな」

そうかもな、と声がした。
それきり、会話がなくなった。
しばらくして出て行くときに、ひと言だけ言って去った。

「みんな、ワガママだろ」

そうかもね、と閉まる戸の音を聞きながら小さく笑った。

寡黙な永江君の傘の向こう 15

July 22 [Sun], 2007, 13:53
永江君は、最近やけに穏やかな顔をしている気がする。
私はあれ以来、前のようにガンガンは行けなくて、会話がまた少し減ってしまった。
無視はされてないだけいいのかな、とも思う。
正直永江君の私に対する気持ちはわからない。
一貫性はないように思うし、それは彼のせいなのか私の態度がかわっているのかも判然としない。
私と永江君の関係性を一番よく知る山田に、聞いてみた。

「永江君は私のことどう思ってると思う?」

「知らん」

にべもない答えが返ってきた。
それがわかってたら、行けとかやめとけとか言うわ、とも。
なるほど、それがこいつが横で見てる割に口を出さない理由か。

「なんかイマイチつかめないよな、永江は」

「そうなんだよね」

時々あまりのつかめなさに、私も永江君のどこが好きなのか考えてしまう。
結局納得するような結論は出たことがない。
近くにいたわけでもなくて、何となく雰囲気が好みだっただけで。
永江君が私を拒否する明確な理由がわからないから、意地になっているだけかもしれない。
それって、どうなのよ。
でも、こうなってはひっこみがつかないのも事実で。
それとはまったく別の感情レベルで、やっぱり恋しいのも本当で。
永江君と会わない時間は、不安で仕方がない。
会えばやっぱり、好きだと思ってしまう。
自覚してしまう。
この思いから、どうやって自分を引き剥がせばいいんだろう。
永江君はきっと、私を傍に置かないだけで私自身を否定はしないだろう。
それってとても残酷だ。
お前のこういうところが嫌いだ、だから付き合えないって言われたほうがよっぽどスッキリする。
嫌いなわけじゃないのがわかる態度で、付き合えないとだけ言われるとやはり理由を知りたいのが人情。
理由を教えてくれないとなると納得いくまで攻めたいのが恋する人間の性ってもんでしょう。
多分永江君は、私を縛らんとしていることが私を縛り付けていると気がつきさえしないだろう。
いいよ、どうか気がつかないでいて。
きっと気がつくとまた本格的に逃げられる。
私が勝手に捕まっているの。
自分を縛り付けているの。
だから、私の痛みや傷など関知しないと宣言したとおり、気づかないでいて。

「だけど、難儀なヤツを好きになったもんだよな」

「・・・・・・ふっ、ほんと」

私は山田の言葉に思わず笑ってしまった。
この、知っていて黙って見ててくれる存在に、どれだけ救われているかわからない。

「・・・・・・ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

「なに?」

「アイツがなびいたら、付き合いたいと思ってるわけ?」

それも最近考えていたことのひとつだ。
永江君が私をもし好きになってくれたら、私は付き合っていけるのだろうか、と。
多分劇的に態度が変わるとは思えない。
寂しい思いをするだろう。
きっと時々くれる優しさを大事に喜んで、毎日を過ごしていくんだろう。
それでいいのか、と自分に問いたくなる。
これもまた、はっきりとした答えを私はまだ持っていない。

「・・・・・・思っているけど、うまく行くとはあんま思えないんだよね・・・・・・」

「そう、だな」

山田のひそめられた眉と、正直な感想に笑ってしまった。
でも、やっぱり好きなんだよ。
口にはしなかったけど、それが今私の持てるすべての答えだった。



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