ツォツィ

October 25 [Thu], 2007, 22:20
「ツォツィ」 2007年 南ア/英

★★★★☆

やはり映画は、何の予備知識もなく観るのが私にはいい。
この映画は、劇場で予告が何度も流され・・・・観なくても内容が大体わかってし
まい感動が半減した気がします。

尤も劇場では1週間上映で、ぎっくり腰の私は観に行けなかった。
でも案外早いDVD化に感謝。

それでも、アフリカの何処なのか知らずに観たので、貧富の差が激しく裕福で
英語を話す人らが多い事などから南アフリカ共和国が舞台だなとはわかったけど。

同じアフリカでもルワンダやウガンダより、ずっと都会なのも頷ける。

主人公のツォツィ(チュウェンヤガエー)は、仲間と街で金を持った男を物色。
冒頭のサイコロ遊びで足し算もわからない程の無学な少年達だ。

小さな頃から荒んだ生活を強いられてきた、スラム街の不良少年達は、電車の中
で男から金を奪うだけでなく、鋭利なナイフで心臓を一突き。

初めてこの「仕事」を組んだ“先生”という愛称の青年は、たまり場で吐き「殺す
なんて!!心が痛まないのか?お前らに“品位”はあるのか?」とツォツィを侮辱
しツォツィはその男をボコボコにする。

寡黙な不良少年。
無学な男に多いように、言葉で表現するよりも感情を体で体現するしか能がない。
罵倒しあうのも醜いけど、何でも暴力で解決するのは良くない。
頭に来たら蹴る、殴る、刺す、撃つ。

日本にも昔から、根っからの不良は沢山いるが、大抵は群れをなそうとする。
そして、早くに幸せな家族を築こうとして結婚し、子供が生まれると徐々に更生し
ていく。
子供の頃、親の愛情に飢えて育った人間の何がわかるのか?と問われたら言葉もない。
私の家は貧乏だったけど親の愛に満ち溢れていたから・・・・。

それだけに親が年老いていく様を見るにつけ辛い思いは、幸せな思いの分だけ背負う
事になるのだが・・・。

ツォツィのように、ドラム官で雨風を凌ぎ、泥棒で食い繋いだ少年期を思うと、胸が
痛む。


先日、TVで野生の猫の特集をしていたのを、チラリと観たが飼い猫でも元が野生だ
と、家の外では外敵を食い殺す。

私の膝の上の猫達は、蜘蛛にも怯える可愛い奴らだ。
ネズミ(家にネズミはいないけど)なんて、間違っても獲れない。
追いかける事はあっても、爪や歯で傷つける事はないだろうなぁ。
これが「育ち」の違いなんだ。仕方がない、と言ってしまえば簡単だが政府はもっと
孤児に施す事をしなければ、次々と次の「ツォツィ」が生まれる。

ツォツィは、金持ちの家から車を奪って逃走しようとするが、止めようとした女を撃ち
走っている最中、後ろのシートに赤ん坊が乗っている事に気づく。
スラム街に建てたボロ屋の自分の家に、赤ん坊を匿い赤子を抱いた女性ミリアム(ベー
)宅に侵入、銃で脅し「乳を飲ませてやってくれ」と言う。

女性が赤ん坊に乳をあげている最中、ふと彼は自分の母親を最後に目にした日の事を
思い出していた。母は優しく「おいで、デビッド。こっちへ」
母は南アフリカが病む1つの重大要素、エイズに侵されていた。
それでも幼いツォツィは自分を慈愛の目で慈しむ母の手に触れようとするのだが、暴力
的な父に「触るな!感染するぞ」と禁じられその場を後にする。

遠い日を思い出したツォツィの頬に涙が伝うシーン。
あの時の母の愛を思い出し、また飼っている犬の背骨を折る程、キレていた父もまた
愛する者の死を彼なりに戸惑い、息子に感染させたくない思いだったと私は思うのだが
(表現が下手なだけで・・・犬は可哀想だったけど)
その後、ドラム官に逃げた少年を探そうともしなかったのか(父親も感染していたのか
も?)その辺は描かれていない。

ツォツィも、母に愛されていた記憶があるのだ。
このような記憶がない者は、もっとグレている筈。例えば、仲間の1人ブッチャー(
ーベ
)。彼は殺しを楽しんでいる。かなり荒んだ幼年期を過ごしたに違いない。

生きるためには「心を痛める」なんて感情は邪魔だったからか?彼らの幼少期には誰も
手を差し伸べてくれなかったのだ。殺して何が悪い?金持から何かを奪ってどこが悪い?

常識からは逸脱しているが、そ〜いう思いでいる事には理解が及ぶ。
殺るか殺られるか。人の命の重さを知らないので、仕方ないとしか言えない。

ところで、乳飲み子を抱えたミリアムも旦那が、工場からの帰宅途中背中を刺されて即
死した未亡人だった。
地道に縫物などで生計をたてている彼女はツォツィのような、「築く努力もしないで奪
うだけの粗暴な人間」を憎悪している。

それでも無垢な赤ん坊に彼なりの愛情を注いでいるツォツィに、何かしらの感情が芽生
えている。最初は、どこぞの赤子か謎だが、赤ん坊だけ救いたかった彼女も、ツォツィ
の紳士的な態度に、彼の更生をも望むようになっていく。

そして、ツォツィがブッチャーや幼馴染のアープ(ンコースィ)を従えて、“仕事”に
行くが、そこは誘拐した赤ん坊の家だった。
セキュリティ万全のゲートを潜り込んでの仕事だ。こんな家、うちの田舎にはないよ〜。
東京にいた頃だって、中々観た事ないなぁ。リモコンで車庫が開くぐらいで・・・・。

スラム街もない代わりに特別な豪邸もない。
うちの田舎は都会より貧富の差が少ない。(それでも殺人事件はここ数年に何件か起き
たが・・幼児虐待事件もあったし)

この「格差」が問題なのだ。
ブッチャーは屋敷内の金や金品を奪おうと躍起になるがツォツィは、子供部屋が目的
だったようだ。
ここで暮らせば、あの赤ん坊の未来は明るい。赤ん坊の親が買い漁ったもので部屋は溢
れていた。

一方、人質にとった赤ん坊の父親は、隙を見て車のセキュリティボタンを押す。
ブッチャーは、父親を迷わず撃とうとするが、そのブッチャーをツォツィが撃ち殺す。
何故、仲間を??と疑問だが、それまでの自分を殺したのだ。(殺されたブッチャーは
可哀想だが)
ここで命を助けられた父親とツォツィの間に妙な「信頼関係」が生まれる。
黒人同士だからこそ、でもあるだろう。
白人だったら、例えその場を救われてもツォツィに同情的な感情は持たなかった筈だ。

警察に追われるツォツィだったが、赤ん坊を自分ではどうする事もできないと知り家に
返そうとする。

奪った車で得た金を、障害者のホームレスやミリアム、アープに渡し、“先生”には謝
罪し(おそらく人生の中で初めて謝ったのだろうな)自分は単身、その豪邸へ向う。

警察が張っている豪邸へ。
自分の手で謝り、返そうとするのだった。
少年は泣き崩れ、赤ん坊を半分は返したくない、しかし返すべき所がある。赤ん坊の実
親のいる裕福な家庭だ。無邪気に泣くツォツィこそが「赤ん坊」のようだ。
彼の涙が目に焼き付いて離れない。
彼に芽生えた「命を愛する心」贖罪の念。父親は警察に「彼を撃つな!」と言う。
裕福な家庭を築いた男の良心。泣けました。





製作年度 2005年
上映時間 95分
監督 ギャヴィン・フッド
製作総指揮 ロビー・リトル
出演  プレスリー・チュエニヤハエ 、テリー・フェト 、ケネス・ンコースィ
    モツスィ・マッハーノ 、ゼンゾ・ンゴーベ 、ZOLA 、ジェリー・モフケン

[DVD鑑賞]
  • URL:https://yaplog.jp/tonton119/archive/394
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