梅咲けば(十六) 風間→千鶴

October 04 [Thu], 2012, 21:45
風間現代転生話。
ノーマルED前提。



《設定》
風間 男女共学高校三年生。生徒会長。
千鶴 他校の女子高一年生。
天霧 風間の家の部下。
不知火 風間と同校の三年生。




−−−梅咲けば(十六)


図書館に向かう薫とは、住宅街の中程で別れた。
千鶴はひとり、大きめの風呂敷包みを抱えてせっせと駅とは反対方向に歩んでいく。

しばらく行くと、閑静な住宅街の中に緑に彩られた門構えが見えてきて、千鶴の足はゆっくりと止まった。


『近藤剣術道場』、と墨跡ゆたかに書かれた看板に、門脇の木陰が模様を落としていた。


風呂敷包みを胸に寄せ、千鶴は目を閉じてひとつ深呼吸をする。
目を開いて木陰を作る木を見上げると、散り忘れた桜が緑の中に揺れていた。


ここには桜の名残がある。



特に声をかけることもなく門をくぐれば、飛び石の向こうから覇気のある掛け声が飛んでくる。
聴き慣れたそれに唇をほころばせて、千鶴はほどよく植わった庭木の間を行く。

純粋な日本庭園だ。
広々と左右に伸びた緑に、陽光がまぶしく落ちている。
右に行けば道場主の居室、左に行けば座敷、真中は道場だ。

今は青々と枝を伸ばす椛種のくっきりとした影を踏み、迷うことなく真中の小道を進んでいると、声がかかった。

「やあ、雪村君じゃないか」

足を止めてそちらを見れば、袴姿の道場主が笑っている。

「近藤さん、こんにちは」

お邪魔しています、と千鶴が頭を下げると、近藤は快活な笑顔で頷いて応えた。

「また差し入れにきてくれたのかい?」

「はい、そんな大したものじゃないので、申し訳ないですけど」

「そんなことはないよ。君の料理は美味いからなぁ」

歩み寄り、笑いかけてくれる人の声に、もうひとつの声が重なって聞こえた。


――雪村君の飯は美味いからなぁ、皆喜んでいるよ。


「……ありがとうございます、うれしいです」

嘘偽りなく、その労いがうれしくて、千鶴も笑顔を返した。
前の世から変わらない、優しくて大きな人に。


「ここまで重かったろう。包みは俺が持とう」

「いえ、大丈夫ですよ」

軽い押し問答の末、風呂敷包みを奪われて、千鶴は近藤と連れ立って道場まで歩いた。
他愛もない世間話をしながら歩いていくと、「千鶴!」と元気な声で呼ばれた。

見れば、道場の入り口から見知った笑顔が覗いている。

「平助君」

「遅かったじゃねーか! 俺腹減っちまったよ」

「何が遅かった、だよ。お前が勝手に千鶴ちゃん当てにして朝飯少なく食ってきたんだろうが」

「いいんです、原田さん。ごめんね、たくさん作ってきたからたくさん食べて、平助君」

「おっ、千鶴ちゃん、今日は何持ってきてくれたんだ?」

「永倉さんの好きな筑前煮、入ってますよ。あと、きんぴらごぼうと、煮魚と、」

「毎回思うんだけど、女子高生の作るお弁当とは思えないラインナップだよね」

「嫌なら食うな、総司」

「それとこれとは話が別だよ、一君」

そう返す沖田の後ろで、近藤が他の門下生たちに昼の休憩の声をかけている。


「早く上がれよ、千鶴」

一緒に食うんだろ、と誘う平助の笑顔に、千鶴はうんと頷いた。




千鶴が道場から辞したのは、夕方と呼ぶのにはまだ早い時分だった。
帰りはたいてい平助と一緒だが、用があるという平助を置いて今日は一人だ。

空になった弁当箱は軽く、千鶴が歩くたび、中で仕切りがかたかたと鳴っている。

にぎやかな食事は、今の生活には縁がない。
父は不在が多いし、薫も千鶴も物静かな性質だ。
喧嘩腰のおかずの取り合いも、それを諌める怒鳴り声も、何かしらの雑談で生まれる笑い声も、千鶴にとってはすべてが懐かしく心惹かれるものだった。

知らずに笑んでいた千鶴は、しかしそっと唇を噛んだ。


「今」の皆ももちろん好きだ。
気がよくて、おおらかで、優しくて、あたたかくて。
「昔」を知らなくたってきっと仲良くなれただろう。

自分が過去さえ知らなければ。


知らないふりなんてできない。
千鶴にとって、過去は無視するには大きすぎた。

言いたいことがたくさんあった。
お礼だって言いたかった。
会えてよかった、再会だって喜びたかった。


きっとこのままではいけないのだろう。

自分ひとりが、過去にしがみついているのだから。
誰ひとりとして憶えてはいない過去に。

「あの頃」は楽しかったね、そばにいさせてくれてありがとうなんて、誰にも言えない親愛だけが胸につかえて。
誰にもどこにも向けられなくて、動けない。

この世に生まれて、またみんなと出会って、仲良くなって、ただそれだけならよかったのに。
こうしてみんなのところに差し入れを持っていくことすら、未練がましい自己満足のように思えて苦しい。


「きっと、このままじゃ駄目なんだよね」

呟いて、千鶴はきりっと痛んだ胸を抑えた。

純粋に、「今」の皆といられないのなら、自分はもうあそこにいてはいけないのかもしれない。
けれど皆の呼び声が、あたたかな空気が優しくて懐かしくて、愚かな自分はふらふらとおびき寄せられてしまうのだ。

苦しいのがわかっていても、憶えているから近づいてしまう。
憶えているから苦しいのに。


「本当に、馬鹿」


瞼のふちが、じんわりと熱くなった。


「憶えてなんて、いなければ――」


千鶴がきつく握った拳で強く目を抑えたとき。
感情を斬るように、ポケットで携帯電話が震えた。

はっと我に返って、ポケットを探る。
メールだったらしく着信はすぐに止んだが、千鶴は包みを胸に寄せ、片手で画面を開いた。

薫だろうか、平助だろうか、それとも。

表示された文字が、千鶴の目を吸い寄せる。


「風間さん――」


【終】
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柚子
すみません。
すっごく先が読みたいです!
こんなコメントをするのは初めてなのですが......なんか素敵です。
「梅咲けば」の続きよみたいです!


January 21 [Mon], 2013, 22:29
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