ピエール・カシラギ モナコ王室

2007年09月24日(月) 8時51分
モナコ王室と言えば、皆さんは何を想像するでしょう??
グレース・ケリー?F1? それとも「もなか」?
駄目なんです、私は子供の頃から、一番最後のを連想して
しまうんです・・・ 色気も品もあったものではありません。

さて、小さな国なのに、ゴシップには事欠かないモナコ王室。
そんなメンバーの中、今はまだひっそり目の、若きプリンスが
いるのをご存知でしょうか?と言っても、本当のところ、
彼はプリンスというタイトルは持っていないのですけれど。


 

彼の名前は、ピエール。本名はピエール・レーニエ・
ステファノ・カシラギ。1987年9月5日モナコで誕生。
母親はモナコ王女カロリーヌ、父親はカロリーヌ王女の
2番目の夫である、イタリア人実業家ステファノ・カシラギです。
ということで、彼はグレース・ケリーの孫にあたるのです。
3歳の時、父親がスピード・ボート事故で亡くなってからは、
フランスで育てられます。

イギリスのウィリアム王子より、ハンサムなのではないか?
と噂される兄のアンドレア、パリの社交界で蝶のように飛び回っている
姉のシャーロットの陰に隠れてしまって、あまり知られていない
存在ではありますが、私は「これは!!」と思うのが、このピエール。
母、兄に次いで、現在モナコ公国王位継承権第三位。



現在は、父親の国・イタリアのミラノにあるボッコーニ大学で、
経済を勉強しているそうです。以上のような経歴が故、フランス語、
イタリア語、英語は流暢にお話になられるとか。羨ましい限り。



そうして最近では、やはりモナコ王室の血を引いているらしく、
ゴシップ欄を賑わせるようにもなってきました。
今のところ本命のガール・フレンドは誰なのでしょう?

















ラニア王妃、ヨルダン王室

2007年09月19日(水) 4時58分
ヨルダン王室?と、お思いの方も多いはず。
アラブの一国、ヨルダンにも王様がいらっしゃるのです。
有名なのは、先代のフセイン国王でしょうか?


                            
そのフセイン国王のご長男、アブドゥラ2世国王に嫁いだのが、
クウェート出身のパレスチナ人、ラニア王妃なのです。

ラニア王妃は、1970年8月31日に、ラニア・アルヤシンとして
誕生しました。クウェートで教育を受け、エジプトのカイロにある
アメリカン大学でビジネスを専攻します。1991年に卒業すると、
湾岸戦争のため、家族は隣国であるヨルダンに移住します。
そこでラニアはシティ・バンク、アップル・コンピュータなどで
働くようになりました。

1993年1月に、とあるディナー・パーティーで、アブドゥラ王子に出遭い、
なんと2ヵ月後には婚約を発表、6月に挙式という、
半年間であっぱれなほど転身を遂げるという、まさにシンデレラ・
ストーリーが繰り広げられたのです。



1999年には、フセイン国王の逝去に伴い、アブドゥラ王子が
国王に就くとともに、ラニアも王妃としての地位に就きました。

二人の間には、フセイン王子、イマン王女、サルマ王女、
ハシェム王子が生まれ、家族団欒の写真は、
よくメディアでもお目にかけます。



結婚後、ラニア王妃は、その類稀なる美貌は勿論のこと、
洗練されたファッション・センス(グッチがお好きとのこと)、
またその慈善活動への並々ならぬ熱心さで、世界中の
注目を集めています。


  左より 女優ジェーン・シーモア,ラニア王妃, ニュース・キャスターのバーバラ・ウォルターズ
 

かく言う私も、最初王妃の写真を見たときには、「綺麗な女優さんねぇ」と
思ったほど。それ以来、写真を目にする度に、同性ながらその美しさに
見惚れて、ため息をついていたのですが、その写真の横の記事は、
必ずと言っていいほど、慈善活動に参加している王妃について
書いているのです。王妃のおかげで、世界が抱くアラブ女性の
イメージというのも変化しているような気がします。


              今年ユニセフの仕事でモロッコを訪問
 
知的で、たおやかな美しさを持つラニア王妃、今、一番有名な
アラブ女性でしょうね。


















ケイト・ミドルトンの背中

2007年09月16日(日) 4時15分
先々週の週末に、泊まりがけででしょうか、お出掛けするケイト・ミドルトン嬢の セクシーなドレスの後ろ姿です。ウィリアム王子のところに行くのでしょうか? もしかして、このキャリー・バッグ、バック・パック・タイプじゃないかしら? 彼女については、また改めてご紹介しましょう。

プリンセス・マデレーン、スウェーデン王室

2007年09月13日(木) 11時19分
ヨーロッパ王室のプリンセスで、誰が綺麗か?って言ったら、やっぱりスウェーデン王室のマデレーン王女でしょう。女優にしても、全くおかしくないほどの美貌。



マデレーン王女は、本名をマデレーン・テレーズ・アメリー・ジョゼフィーヌとして、 1982年6月10日に、スウェーデンのストックホルムで、国王カール16世とシルビア女王の3番目、次女として誕生しました。彼女の上には、次期スウェーデン国王のビクトリア皇太女、兄のカール・フィリップがいます。
1980年の法改正で、女性が国王の座につくことが可能になったスウェーデンでは、マデレーン王女は、現在、王位継承権3位の座にあります。またイギリス王室とも親戚関係にあるため、イギリスの王位継承権にも名前が載っています。



2001年に高校を卒業した後、英語習得のためロンドンに留学しますが、
パパラッチ攻撃に嫌気が指し、途中で留学を切り上げてしまいます。
(恐るべしイギリスのパパラッチ!)

2003年になって、ストックホルム大学に入学し、美術史を専攻します。3学期に渡り60単位取得した後、2004年からは民族学を勉強しはじめました。2006年から半年間、ニュー・ヨークのユニセフのチャイルド・プロテクティブ・サービスでインターンを経験し、現在はまたストックホルム大学に戻り、修士号に挑んでいるとのこと。

 


スウェーデン語は勿論のこと、英語、そして母親であるシルヴィア王妃がドイツ人のためドイツ語にも堪能です。

ボーイ・フレンドとは、今後どうなっていくのか気になります。

プリンセス・メアリー、デンマーク王室

2007年09月11日(火) 5時37分
さて今日、ここで御紹介するのは、デンマーク王室の        
メアリー皇太子妃です。昨今では、その凛とした佇まいで
私の一番のお気に入りのプリンセスかもしれません。



メアリー皇太子妃こと、メアリー・エリザベス・ドナルドソン
(Mary Elizabeth Donaldson)嬢は、1972年2月5日、
オーストラリアはタスマニア州ホバートにて,四人姉弟(姉二人、
兄一人、オーストラリア在住)の末っ子として生を受けました。
両親の数学者の父ジョンと母ヘンリエッタは、共にスコットランド人で、
1963年8月31日にエディンバラにて結婚、同年11月にオーストラリア
に移住し、その後オーストリア国籍を取得しています。
母ヘンリエッタは、1997年11月20日に亡くなられ、その後2001年に
父ジョンはイギリス人のスーザン・エリザベス・ホーウッドと再婚し、
現在は、メアリー皇太子妃の住むデンンマークの大学で教鞭を取っています。

幼少の頃のメアリーは、父の仕事の関係で滞在していた
アメリカのテキサス州で、小学校に入学します。
その後、ホバートに戻り、タスマニア大学では
「商業及び法律」(Commerce and Law)を専攻し、
1994年に卒業しています。
大学卒業後、オーストラリア本土メルボルンに移り、
世界的な広告エージェンシーDDBニーダムに勤務しながら、
大学院で勉強し、修士号取得後は、同社でアカウント・エグゼクティブの
ポジションまで辿りつきました。その後、シドニーに移リ住み、そこで
運命の出会いが起こるのです。

2000年のシドニー・オリンピックを訪れていた、デンマーク皇太子フレドリックは、
とあるホテルのパブで、メアリーに出会います。挨拶代わりに握手をした時、
フレドリックは、「フレッド」とだけ名乗ったそうです。ふたりの会話は弾み、
楽しいひと時を過ごしていました。一時間も経った頃でしょうか、ある人が
メアリーにフレドリック一行を指して、「あの人達が、どういう人か知ってる?」
と、メアリーに「フレッド」が単なる「フレッド」ではなく、デンマーク皇太子
フレドリックであることを告げたのです。

ふたりの交際は順調に進み、フレッドがお忍びで何度も
オーストラリアを訪問したりして、超長距離恋愛を育んで
いったのでした。2001年12月に、メアリーはパリに移り、
ビジネス英語の先生として働き始めます。
2002年8月には、フレッドのいるコペンハーゲンに移り、
ナヴィジョン・マイクロソフトに勤務しはじめます。
こうして2003年10月8日に、晴れて二人は婚約を発表するに
至ったのです。
婚約から半年後、2004年5月14日に、
ふたりはコペンハーゲン大聖堂にて挙式します。
なんとも清楚で、気高い花嫁姿でした。



2005年10月15日に、ふたりの間にカワイらしい男の子が誕生しました。


将来のデンマーク国王です。慣習にのっとって、クリスチャンと名付け
られました。デンマークでは、将来の国王になる男子は、フレドリックか
クリスチャンのどちらかが名付けられることになっているのです。
そして今年2007年4月21日、今度は女の子が誕生しました。
皇女の双方のお婆様の名前をとって、イザべラ・ヘンリエッタ・
イングリッド・マルグレーテと名付けられました。



こんな風にゴミ出しをしてしまう、メアリー皇太子妃、 
日本の皇室では考えられません。
こんな気さくも受けてか、デンマークでの評判も上々の
ようですし、目が離せません。








































はじめまして

2007年09月10日(月) 5時08分
はじめまして!
王室好きが高じて、とうとう王室ブログを
作ってしまいました。

昔、母と一緒に「皇室アルバム」を観ていた時から、
皇室・王室に興味があったようです。

ヨーロッパの王室との出会いは、なんと言っても
ダイアナ・スペンサー嬢の登場でした。
彼女がチャールズ皇太子から贈られたという、
大きな大きなサファイアの指輪と同じくらいの蒼さを
持った大きな瞳で、下から覗き込むように人を見上げる
しぐさが、何とも新鮮で可憐に、我々の眼に飛び込んできました。
それ以来、私はイギリス王室から目が離せくなってしまったのです。


婚約当時のダイアナ妃

先日、ダイアナ妃の追悼式が行われていましたね。
早いもので、十年が経っていたとは驚きです。
あの日のことは、今でもはっきり覚えています。
電話で友人と話しをしていたら、突然、
「あ、そういえばダイアナさん、亡くなったんだよね?」と
言うではありませんか!
あんなに若い女性が亡くなるなんて、到底信じられません。
「何言っているのよ!」と言いながら、テレビをつけると、
どこのテレビ局も、事故現場であるパリのトンネルを
映していました。
そうして下には、「ダイアナ妃、亡くなる」という文字が・・・
もうそれからは、会話もそぞろになり、早々に電話を切り上げ、
その日は深夜までテレビを食い入るように見ていました。
彼女の結婚式の時と同じように・・・・

しかしこの十年の間に、王室に様々な変化が訪れました。
イギリス王室は勿論のこと、近隣のヨーロッパ王国でも、
どんどん皇太子が結婚し、新しいプリンセス、それも魅力的な
女性ばかり、が誕生しています。
この素敵な王室の素敵なプリンセス達を中心に、今後、
王室の情報を更新していきます!


























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