プリンセス・マイケル・オブ・ケント

October 08 [Wed], 2008, 13:38
さて今日は久々のご紹介シリーズ。
昨日取り上げたマイケル・オブ・ケント公の
奥方のご登場です。


             マイケル・オブ・ケント公御夫妻

誰ですの、その人?と思われる方もいらっしゃるかと
思いますが、マイケル・オブ・ケント公はエリザベス女王の
従弟にあたります。エリザベス女王の父上であり、
イギリス前国王のジョージ5世の弟がマイケル・オブ・ケント公の
父ケント公ジョージと兄弟という間柄。
そのマイケル・オブ・ケント公に嫁がれたのが
、マリー・クリスティーヌ女男爵。
(Baroness Marie Christine Agnes Hedwig Ida
von Reibnitzという”じゅげむ”のような長い長い正式名でした。
以下、夫人でいきます)



ドイツ系のGünther Hubertus von Reibnitz男爵を父に、
オーストリア・ハンガリー系のMaria Anna Carolina
Franziska Walpurga Bernadette Szapáry
von Muraszombath, Széchysziget und
Szapár女伯爵を母に、夫人は1945年1月15日、
カールスバッド(現チェコ共和国の一都市)にお生まれに
なられました。
この母方の家系から、夫人はあのカトリーヌ・メディチや
画家ルーベンスの血を受け継いでいるのだそうです。

ご両親は離婚。離婚後、父親である男爵はナチ党員となり
モザンビークへ移住。夫人は母親とともにオーストラリアの
シドニーに移り住み、カトリック系女子校ローズ・ベイ・コンヴェントにて
お勉強されました。シドニーでは夫人の母親は美容室を経営して
いたとのことですから、家計的にはそんなには豊かでは
なかったのかもしれません。


   左からマイケル・オブ・ケント公、ガブリエラ、フレディー、夫人

実は夫人、マイケル・オブ・ケント公とは二度目の結婚でして、
一度目はイギリスの銀行家トーマス・トロウブリッジ氏と
1971年9月14日に結婚しています。しかし1973年には別居、
1977年に離婚となってしまいました。
1978年5月にその離婚がローマ・カトリック教会で正式に
認められ、驚くことにそれから一ヶ月後にマイケル・オブ・ケント公と
オーストリアのウィーンで結婚されたのでした。(やりますねぇ)
カトリック教徒との結婚した者への王位継承権は認めていないので、
マイケル・オブ・ケント公はこの結婚でイギリスの王位継承権を
破棄されています。ただしふたりの子供であるフレディーと
ガブリエラには継承権が与えられています。


                   一家揃って仮装

結婚以前はインテリア・デコレーターとして、また結婚後は
自分の経験などをもとに王室関係の本を3冊も上梓されています。

”自分にはエジンバラ公以来、誰よりも濃く王家の血が流れている”と
豪語したりと大変気の強い女性のようで、他の王室のメンバーとは
うまくいっていないと噂され、またメディアからは”PRINCESS PUSHY"などと
いうニックネームを頂戴しているほど。

2004年5月には、ニューヨークのレストランで食事していたところ、
近くに座っていた黒人のグループが騒がしいのに腹を立てた夫人が
「植民地に帰ったらどう?」と文句を言ったという話が、
メディアのヘッドラインを飾ったこともあります。

また「私の子供達はイギリス王家の中で最も優秀で、学歴が
高い!」と自慢していたそうです。でもこれは明白なる事実なので
仕方がありません。

まぁ王室や上流階級の女性なんてこのようなものでしょう。
「お主、やるのう」と周りが黙るくらいじゃないと面白くないですよね。
でも、こんな姑のいるところお嫁には絶対いきたくありません、
どんなにフレディーのファンでも。



  • URL:https://yaplog.jp/theworldroyals/archive/206
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管理人
she12ll

エジンバラ公以降ダイアナ妃までは、イギリス王室のメンバーも
王家・貴族というタイトルを持たない一般人と結婚するケースが
多かったので、天狗になっていたのでしょうねぇ。
ダイアナ妃が出てきてギャフン!だったそうです。

口が悪いのも顔に書いてありますが、やっぱり魅力的な
女性ですよね。
うーん、ここまで惚れられてみたいものです。



October 11 [Sat], 2008, 7:21
she12ll
 なんて詳しい記事でしょう!ありがとうございます。
ケント公、王位継承権破棄してまでも結婚したいって、相当惚れ込んで結婚されたのですね。
 奥様は、ハプスブルグ帝国系貴族の血をご両親から引いていらっしゃるし、カトリーヌ・ド・メディシスの血を引いてるってことは、フランスのブルボン王朝以前のフランス王家のヴァロア家の血も入ってるってことで、たかが傍系のフランス・スペインのブルボン王家、島国のイギリス王室なんぞ、なんぼのもんじゃいって感じなわけですね。

 見目麗しい一家ですが見た目はいいけど・・、人間的にはいろいろ議論を呼ぶご一家のようですね。知りませんでした。。

 でも、フレディとかは公にカミングアウトしてないけど、げいコミュニティに所属してることを隠してないですよね。好感もてますし、ケント公めっちゃダンディ!!女性陣は・・、発言に難ありなのすがやっぱり美しい!!

 
October 10 [Fri], 2008, 20:18
管理人
ひよこ 様

フレディーがゲイである場合、ガブリエラ嬢が
婿養子を取るんでしょうかね?
が、それって世間に「あ、やっぱりフレディーは
ゲイだったのね」と発表するようなものですから
どうするんでしょう?とは言え、もうゲイもレズビアンも
これだけおおっぴらになっている昨今、
あまり気にされないのかもしれません・・・

夫人って、男性を虜にする不思議な魅力が
ありそうな感じがいたしませんか?
October 10 [Fri], 2008, 0:38
ひよこ
『ガブリエラ嬢現る』の時に、ばっちり『ケント公ご息女』って書いて下さってましたね…拝見させて頂いてたのに、すみません…フレディー氏のも前に拝見させて頂いてました。夫人はコカインやゲイの件は触れず…ですか?そしてフレディー氏がゲイならばケント公家は…?
October 09 [Thu], 2008, 19:17
ひよこ
早速のケント公ファミリー特集、ありがとうございます!あ〜、なるほど。ガブリエラ嬢の…!そこが全くつながっていなかった私…。お恥ずかしい。ガブリエラ嬢って確か馬術をされてましたよね?お兄さんのフレディー氏の事はあまり知らないので、またフレディー氏のページを拝見させて頂きますね。しかし、離婚して1ヶ月後に再婚はすごい!かなりケント公がぞっこんだったのでしょうか?
October 09 [Thu], 2008, 19:02
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