平成30年10月29日月曜日の修法記

November 01 [Thu], 2018, 13:16


 本日の修練では、全体で「小手抜」「片手寄抜」の復習を行った後、有段者と級拳士にわかれて修練を行いました。有段者は「開身突」「燕返」「千鳥返」を行いました。


「小手抜」
攻者の腕十字固を仕掛けに行く意識が浅いため、守者も漠然とした対応になる。相手にむやみに足を踏み込んで近づいていたり、攻撃されない前提で動いている。掴まれた手を抜くだけなら容易で、それを繰り返しても意味がない。丹田を落として相手の頭を引っ掛けてくるように実質的な影響を与えることが目的なので、それを意識した上で、抜き手の反対側の半身が開かないように注意する。単に身体を捻って抜いていた場合はこれが難しい。肩甲骨を広げるイメージで背中を使って抜かなければならない。

「片手寄抜」
小手抜同様、むやみに相手に近く足さばきが見受けられる。「引っ張られて近づく」では相手に中心を奪われているので、常に間合いは意識するように。鈎手守法の鈎足をもっと意識する。

「開身突」
まず攻者は突ききった状態から守者を押し崩せないか確認してみてほしい。多くの場合、この時点で攻者の方が安定しており守者が崩れている。崩れないためには、身体を横に捌きすぎないことと、相手の力を吸収すること。中には攻撃に対して早く真っ直ぐに突けている人もいるが、それだけでは顕在意識の衝突で優位に立ったに過ぎず、攻者は一瞬驚くが崩れてはいない。相手の力を吸収しなければならない。

「燕返・千鳥返」
開身突同様、攻撃の吸収が肝要で、それは弾くでも押さえるでもない。攻者が突ききってから肘関節を緩めて拳を戻す動作など、相手が中心に戻ろうとする復位力さえももらって使うことができる。人は立っているだけで重力に逆らっているわけだから、相手の状態に関係なく力の吸収というのはできる。千鳥返など、特に相手の頭が落ちてきて裏手打が出るなど理があるわけで、その理に適った技を行うように。


 剛法格技のポイントとして「相手の力を吸収する」というキーワードが挙げられています。
この際、攻撃そのものを見るのではなく、攻撃しようというその瞬間の「心」あるいは「意識」に触れると習っていますので、それを再現しようとするのですが、速さでだけ動いていることが多いようです。おそらくその攻撃しようという心を見ているようで、それより遅れたものを見ているのだと思います。「あっ」とか「きた」と思う瞬間はあるのですが、実際はそこで察知しているより以前の意識があるのだと思います。それがわかっていないので、居着きなのかなと思います。
 また相手の力を吸収するためには、意識を「感じる」だけではなく、その先には、確かにあった意識の矛先を全て飲み込んで「無に返す」という術があり、そこで丹田が必要なのですができていないので、未だ物理次元の衝撃をいなすようなやりとりになりがちです。四段の試験も控えていますが、技の形を超えて質の変容に至るというのは難しいなと改めて感じています。

(梅田 海来 記)
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