今年最後の正餐

2011年12月31日(土) 21時12分
12月29日(木)


昨年もそうだったがS夫妻との間で、クリスマスの喧騒が済んでから食事をしようと
今年も12月29日のランチに決まっていた。
少しゴージャスな雰囲気が良かろうと
「暖炉の火が赤々燃える」のが心地良いレストラン「代官山のパッション」とした。
フランス・カルカソンヌ出身のオーナーシェフ「ムッシュー・パッション」の
経営で皇太子様や雅子様も御贔屓らしく写真が張り出されている。

先ずお飲み物は「シャンパン」そして久し振りに良く冷えた「シャブリ」
これは皆さんに好評であった。

エスカルゴ

ホタテ

カリフラワーのスープ

これは食べられない テーブルマスコット

メインは鶉


食後のドリンクは何と云う名前なのか?
テキーラの代わりにウオッカを使ったマルガリータの様なものだが何か変
マルガリータはテキーラに限る。






中々ボリュームのあるデザート




暖炉は赤々 肉の塊をチェーンでグルグル回しながら焼いている。
以前注文した経験があるが「技術料」なのか「サーヴィス料」なのか
はたまた「エンターテーメント料」なのか
予想外に高額であったことを鮮明に覚えている。



ムッシュ・パッションと




北海道から殻付き「帆立て貝」が大量に届けられた。
長男はOKだが次男家族はホタテは苦手だと。
勿論Sさん御家族にもお裾分けで貰って頂いた。

今日のランチはビッグだったので夕食はその到来物の帆立。
殻出しはミスターマスダの仕事。包丁をタイミングよく入れぬと殻に指を挟まれてしまう。
そうなると帆立も怒っているらしく当分口を開かない。
お刺身への仕上げはミセスマスダ







朝は目玉焼きに始まりグルメの一日であった。

結婚記念日

2011年12月30日(金) 21時38分
12月17日(火)



今日は何回目かの結婚記念日 偶々友人のSM夫人も喉の手術が全治
御一緒に祝杯をあげランチということとなった。


   

両家とも購読している日経新聞朝刊の連載小説「等伯」 、
物語も佳境に入ってきている。
昨年、春、上野で「国宝・長谷川等伯展」を見学したが
今回はランチの前に出光美術館で「長谷川等伯と狩野派」
を見てみようということとなった。

さてランチのレストランはもう何回か云っているが
代官山の「ポール・ボキュース」がよかろうとなった。
シャンパンをワンフルートずつ呑んだ後は
シャンベルタンの赤  ドう云う訳かSMさんはよくこの赤を注文する。
ナポレオンが愛したワインだからだろうか いつか聞いてみよう。

ミスターマスダも嫌いではない。セパージュはピノ・ノアール 
ブルゴーニューのフルボディ 優雅なスミレの匂いがする気がする 
お値段もリーゾナブル。





食事中は談論風発 リオンのボキューズ本店の話から日本の「社会保障と税の一体改革」まで



お店のサーヴィスで結婚記念日のチョコレートのプレート



デザートはミスターマスダの大好物「クレープ・シュゼット」
家のパーティーではミスターマスダ自らゲストの前でお手並みを御披露したものだ。

このお嬢さんが作ってくれるらしい

テーブルにはフライパンとコンロが出てきた



美味しそうな良い匂いがする。

SMさんはたばこの為にバーへ 
当然のことながら「テキーラの多めな「マルガリータとなった。

このレストランはいつ行ってもディスアポイントさせない。
SM夫人の全快祝いと我々の結婚祝い「大過無く」お開きとなる。
めでたしメデタシ。

全陶展

2011年12月29日(木) 9時08分
11月28日〜12月3日



JR京浜東北線の「館内」駅前の
横浜公園の入り口には大きなロダンの立像が建っている。
その前に立っているのが5階建ての少し古びているが
横浜市民に親しまれている横浜市民ギャラリーである。
絵画芸術展は勿論書道展・写真展陶芸展も開催されている。

このたびこの横浜市民ギャラリーで開催された陶芸専門の公募展
「全陶展」に運よく入選した。

ギャラリー前の「ロダン 瞑想」

全陶展の会場ビル

会場は一階神奈川県支部展なので規模は少し小さい

出品作品(1)on the beach

出品作品(2)ハンカチーフ


今まで出品していた公募展は総合美術展で絵画から彫刻まで幅広く
今回の様な陶芸だけの公募展である「全陶展」への試みは初めてである。

文化大臣賞・神奈川県知事賞の受賞者はセミプロ

文化大臣賞

神奈川県知事賞






友人たちも見に来てくれたが見学後の食事・散歩が目的である。
彼らの展覧会の感想としては陶芸専門展なので
出品作品のレベルが高いと意外にまともに展覧会を見ているなと感じた。








ミスターマスダの女性親衛隊も見に来た。
こちらの昼食はイタリアン














埼玉からクルーズ旅行友達のM御夫妻も見に来てくれた。



チャイニーズでタイパン気分


会場で気になった「作品群」
良いとこどりで いつか作品にとりこんでみたい。















ゴルフ仲間ヨット仲間陶芸教室の仲間など
多数御来場御高覧頂き大いに励みとなった。
感謝に堪えない。

今年最後のヨットレース

2011年12月28日(水) 22時03分
11月13日(日)




今年最後のヨットレース
気温は結構温かく青空が出ている。
然し肝心の風が全然吹かない。

艇長会議では風によってはコース短縮もありうるとのこと

取り敢えずれーす海面まで9時半までに行かねば





レース海面の根岸沖には風が弱いのでセールではなくエンジンで機走







続々レース艇がスタートラインに集まってくる ランニングスタートだが風が少なく操船に苦労している

風がなく案の定 艇はプカプカ浮いている

いつもなら戦場の様な船上ものんびりしたものだ















風は最後まで吹かなかった

本部艇が微風の為 レースコースの短縮を決定

我がセントメイ号もゴールイン 4位であった

日本海クルーズ・最終回 大宰府 天満宮(23)

2011年12月16日(金) 11時55分
9月24日(土)最終日





9月13日から始まった日本海クルーズ旅行も今日が最終日。

入国手続きの遅れもあり午前中は船内で
最後のお茶を楽しんだりしてのんびり過ごす。

帰りの新幹線は博多発最終の午後7時なので
ゆっくり大宰府 天満宮にお参りしてゆこうと言う事になった。
幸い今日はお祭りで参道と門前町は大勢の人出だ。

人ごみでうろうろしていると声が掛かる。
先ほど船内でお別れを言いあったばかりの船内友達親子がいるではないか。

名物の「梅が枝餅」

「梅が枝餅をどうぞ」声の主は82歳の船内の友達 奇遇である

彼らはこの近くの二日市温泉で一晩骨休めして帰京の予定、親孝行な息子さんである。


太鼓橋を渡って境内へ。





牛の頭を擦ると何か良いことが起こりそう







赤い花なら「曼殊沙華・・・」楚々とした彼岸花である

社務所は入学祈願一辺倒







お祭りで「お神楽」を皆で楽しんでいる 構面白い。






歌碑の前で。

歌碑には、藤原道真の和歌
 東風吹かばにほひおこせよ梅の花
  あるじなきとて春な忘れそ
が刻まれている。

参拝後時間はたっぷりあるので門前町のお店を冷やかしながら大宰府駅向かう。
民芸的な小物を扱っている店が面白い。
然し既に色々買ってしまっているので今日は見るだけ。

西鉄で福岡(天神)地下鉄で博多 最終新幹線で新横浜 旅の終わりである。

[日本海クルーズ旅行記] 長い間 御愛読有り難うございました。

博多の長浜ラーメン(22)

2011年12月14日(水) 20時53分
9月23日(金)夕方





大分県-日田・小鹿田の窯場の見学は大変満足すべきものであった。
以前訪ねた時から比べミスターマスダの小鹿田焼きに対する知識も技術も
上がっているので大変勉強になった気がする。
帰りは「湯布院の森号」で博多へ。
乗車すると客室の入り口の暖簾をくぐって客室に入るのには少しびっくり。





「湯布院の森号」用の特別仕様のディーゼル列車なので
車内の内装など興味しんしん。
運転台の上部が展望台のようになっている。








夕食は簡単に「長浜ラーメン」の屋台街へ。
一応博多の名所となっているのでミセスマスダの趣味ではなさそうだが御案内。
レモンサワーをぐっと飲んでから串焼き手羽など焼物 
最後に注文したラーメンは「とんこつ」だった。
勤め人時代に連れてこられてから15年ぶりにでもなろうか。












博多埠頭に帰ってきた。
長かった一日も終わりに近付いている。
この「レジェンド・オブ・ザ・シー号」とのお付き合いも
今晩一晩 最後の夜である。




日本海クルーズ・小鹿田(21)

2011年12月13日(火) 23時15分
9月23日(金)




我々のクルーザー「レジェンド・オブ・ザ・シー」は早朝博多港に入港したが
今晩もこの船に宿泊できるのでカメラと身の回り品だけ携帯し気楽に入国下船手続き後
JR博多駅に直行 JRの特急「湯布院号」で1時間20分
湯布院の少し手前の昔の天領JR「日田駅」に午後2時ごろ到着。





今日は一日かけて小鹿田焼の極意をじっくり見学させて頂く積りだ。
目指す窯場「小鹿田」はタクシーで25分 

10年ぐらい前に訪れた時と変わり道は整備されている。
特別の日を除き定期バスは朝夕数便あるだけでまだまだ秘境。

懐かしい景色・古い造り酒屋はそのまま
通りすぎてゆく。

この窯の技術の源流は勿論韓国




小鹿田の佇まいは昔と少しも変わっていない。
長閑に「唐臼」を打つ音が聞える。



水は冷たそうで綺麗



唐臼の仕事はのんびりと気の遠くなる様な仕事だ






山が深く水流が安定しているので唐臼が今でも使われている。
一子相伝の焼き物の里 10軒ぐらいの作業場が川沿いに建っている
家内工業だが当主はロクロ中心の作品つくり 
女の人達が「土つくりから釉薬の施薬」までする
大変な重労働である。



土作り 粘土を何度も水で晒し精製する

小さな窯で粘土の水分をとばす



作品は素焼きはせず徹底的に天日で乾燥させて本焼きをする。
庭先は板に載せた作品で一杯である。
3000個ほど乾きあがると施釉して登り窯に詰め込み
1250度ぐらいの高温で焼く。

ロクロは当主と後継ぎの長男の仕事 長子相伝だそうだ









奥さんが釉薬を施釉しているがこれは女子の仕事

当主が窯に入れる前の作品の最終検査





幸い本日は2基の窯に火が入っている。
一基の窯は村の共同窯で何軒かの窯元が火入れを共同でしている。
もう一基は個人窯で若い夫婦が二人で仲良く声を掛け合って
揃って窯に薪を投げ込んでいる。
心なしか村中活気が溢れている様に感じられる。








ご夫婦で窯に薪を投げ込んでいる 東京の人で遊びに来てお嫁さんになったそうだ


















作品はもう既に家に沢山あるので今回は「お買い上げ」無し。
今後の制作活動の参考になるかもと写真を写させていただいた。
「芸術は模倣である」。















窯場に若い人が増え少し活気が溢れている様に感じられた。
帰りは「湯布院の森号」で博多へ。

日本海クルーズ・帰国(20)

2011年12月10日(土) 23時04分
9月23日(金)早朝



朝6時ごろ博多港に接岸、ミセスは日の出撮影方々接岸の様子を見物に行っている。









玄界灘の夜明けである



博多に近づいてきた 島々が見える















博多の街が近づいてきた









愈々接岸



埠頭の白い待合室 屋根に赤いペンキで力士と芸者さんが描かれている



長かった旅路も終わりである マリンタワーをバックに名残りを惜しむミスターマスダ

船が一日早く博多に着いたので今夜もこの船をホテルかわりにして良いこととなった。
明日は大分県の天領日田の小鹿田の窯元を訪ねる予定。

日本海クルーズ・釜山(19)

2011年12月05日(月) 22時03分
9月22日(木)夕方


往復250キロのドライブで釜山の町に帰ってきた。
親切な運転手が朝鮮戦争の国連墓地
連れて行ってくれた。
朝鮮半島で共産軍に釜山あたりまで追い詰められた時
マックアーサーがインチョン(仁川)上陸を敢行し戦局が
いっぺんに変わった話など戦後史を思い出す時間であった。





米国人の埋葬者が少ないのは遺体を本国に運んだため







各墓碑には兵士の名前・国籍・年齢が彫られている
皆20歳そこそこなのが涙をそそる

朝鮮半島のカーキ色の部分まで国連軍は共産軍に追い詰められた ここからマックアーサーの反攻が始まる

韓国の人 すべての意見ではないと思うが
運転手さんは韓国が今日有るのは国連軍・アメリカ軍のおかげであると
大いに感謝していた。





運転手さんは超近代的なビルディング群やハーバーブリッジを見せてくれたが
エネルギッシュなゴミゴミしたマーケットにも案内してくれ釜山の理解が深まった。
しかし釜山の最大の自慢は港湾設備であろう。
神戸の震災後釜山が最大と言う時代があった。
今は上海だが釜山も3番である。









我々の船は今夜6時博多にむけ出港。
出港セレモニーは韓国式だ。








食堂のウエイター達がフェアウエルの挨拶をしてくれる。






夕食仲間との夕食も今夜が最後。お互いに記念写真を撮りあう。



明日の朝は博多。
旅もそろそろ終わりに近づいている。
ショウを観たあとベッドに付く。
船は揺れている。
名にしおう玄界灘だ。


日本海クルーズ・陶芸の里・慶州(18)

2011年12月03日(土) 21時32分
9月22日(木)午後



ユネスコ世界遺産「仏国寺」の見学に続き
本日のハイライト陶芸の里の見学である。
慶州の陶芸の技術は豊臣秀吉の時代に九州に伝わり
唐津焼きなどに開花したと聞いている。

今回のクルーズ出港前に一日唐津に遊んだこともあり
今日の午後の「陶芸の里」見学は力が入る。

仏国寺から車で30分さっそく陶芸村に案内してもらった。
見学した窯元の名前は「新羅窯」。

石段を上がって行くと新羅窯の入り口の門

綺麗な花が咲いている

工房の正面で満足げなミスターマスダ

瓦を積んだ土塀

窯主の柳さんのお住まい



庭に置かれている壺



工房では窯主の柳さんが蹴ろくろで大壷を引いていた。
手際の良さには圧倒されてしまった。

窯主の柳さん





段々粘土が引き上げられてきた



大壺の形が出来てきた

うん 良く出来ている。仕事が恐ろしく早い




登り窯は2基あったがチャンバーに別れておらず煙突のようになっている。
温度のコントロールが複雑でそれだけ面白さがあるそうだ。















新羅窯のショールームで柳さんの得意は焼き閉め 
三島手の焼き閉めの抹茶茶碗を記念に求めた。







三島手・搔き落としの抹茶茶碗


隣の窯では赤い辰砂の抹茶茶碗をゲット 

見込みは赤い辰砂 外側は青磁の抹茶茶碗


 
今回は韓国訪問を諦めていたが台風15号のお陰で図らずも釜山に寄港でき
窯場を見学できた事 望外の喜びであった。

慶州でのすべての行程を終え釜山へ向かう。


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