すでに行った人かもしくは行くつもりのない人に読んでほしい、4年間再刃刀を推してた女のうめき声

January 12 [Sat], 2019, 21:27
要はこれから行くって人には先入観持ってほしくないって意味のタイトルなんですが。



静岡県三島市佐野美術館で開催中の
REBORN 蘇る名刀展に行ってきました。





あけましておめでとうごさいます。いざなみです。
新年一発目から意味わかんねえタイトルの記事ですが、
今回はいつもみたいなレポしないです。体裁を放棄します。
タイトルのとおりうめき声です。
そういうことプライベッターあたりに書いとけよみたいな内容です。
だからそうなんだなって思って読んでください。




先に行った人たちが「エモい」って言ってたから、普段もっと頭よさそうに感想言う人たちが語彙力なくして「エモい」ばっかり言うから、とてもどきどきして行ったんです。
推し(鯰尾藤四郎)が佐野美の神展示で見られるというのもありますし。

みんなが「エモい」って言うの理解しました。
だけど、わたしは「エモい」まで到達することができませんでした。

なんかひたすら「つらい」だったんです。

展示期間中初の土日だからそれなりに混んでおり、
最前列のための列が少し形成されていました。
「とりあえず一周目は最前列で」の方針で並んで、展示室の壁沿いにぐるりと展示品を見ていきます。

最初は大坂夏の陣で焼けた刀たち。
次に明暦の大火で焼けた刀。
日光東照宮の火災。
関東大震災。
秋葉山の山火事……


燃えたそのままに刀の形をした炭のようなものもあれば、研磨や再刃をされて刀の姿を取り戻した刀もあります。
そういうことは、刀剣乱舞から入って4年弱刀を見て回っていたから知ってはいましたし、見たこともありました。

関東大震災のターンでは徳川ミュージアムの刀たちが出てきました。
児手柏、燭台切。



う、と思いはしましたが、見たことのある刀たちだったのでまだ平気でした。




でもね、同じ焼けた刀で、宗近の太刀を見たところでもうだめだった。
キャプションにも三日月宗近への言及があるんですけど、姿は結構三日月とそっくりに見えるんです。
でもそれがまっくろで、ひどく焼けたから歪んでいて、そんな状態でそこにある。
同じ宗近の太刀なのに、こんなに違う。

それを見たときに刀ミュの三日月宗近を思いました。
「形が残っているモノ」である、やたらと背負いすぎる三日月が辛かったけれど
あんな風に研ぎ澄まされた、無駄な肉をすべて落したバレリーナみたいな体躯で千年残り続けている三日月宗近の背負うものと、
こんな風に、焼けて歪んでもなお、宗近の太刀としてあり続けるこの刀が背負うものは
それぞれ真反対の方向を向いていて、それでいて意味は同一なのだと。

この宗近を見ながら、BUMPのangel fallという曲の一フレーズがずっと頭の中で鳴っていました。
「一人減った未来を 一人多かった過去を」
ああこれは、成りえたかもしれない姿なのだと。
これだけ天災の多い国なのだから、こうなるかどうかなんてほんの少しの違いに過ぎないのだと。

なんかもう刀剣男士と実物の刀とがリンクして影響して双方に対して「つらい」って思っちゃうんですよ。




再刃された刀たちは、研磨でもとの姿を取り戻した刀たちは、確かにきれいでした。
きれいだから、それを純粋に鑑賞したり、刀工ごとの比較なんかをすることもできたはずです。
今回の展示はそういうものを見せたいという意図はあったと思います。

でもわたしは、焼けてぐにぐにに歪んでしまった刀たちに全部持ってかれてしまってそれができませんでした。
そっちのパワーが強すぎて。

太刀 備前国銘新田庄住親依造という刀なんて、焼けて歪むどころかねじれるような姿になっていて。

太刀 国吉作は鳴狐と同じ作者の作ですが、現存する太刀は一口のみなのに、これはこんなに焼けてしまって……と思うとわたしの心が鳴狐のお供のキツネになってしまう。

25の刀 無銘貞宗は焼けて黒くなっている上に赤や緑青色の錆が浮いていたり、燭台切みたいにはばきが溶けたのか金色が見えたり、それが油絵具のパレットみたいで、なんかこれもうこういう作品みたいだな、って思ったりとか、いや刀にしてみれば死体なのにそれを綺麗って思われるのってどうなんだろうとか、
……こういう風に刀の方に人格があるみたいに考えてしまうの審神者の悪い癖なんですけど、そんなことを思って真っ黒な刀に対して無意識に発生する「綺麗」という感情をどう扱ったものか戸惑ったりとか。

そう、死体。死体と感じてしまうからよくないんですよね。
でも展示室を歩いて黒い刀たちを見ている間、わたしの感覚は完全にそれでした。



これは悪い意味で言ってるわけじゃないんですけど、今回の展示を見ながら
「なんだか原爆ドームとかひめゆりの塔とかに来たみたいな感じだ……」と思いました。
辛かった。あるべきでない姿に囲まれて、死んでしまった悲惨さに囲まれているようで辛かった。
悪い意味で言ってるわけじゃないんですよ。どんなものであれ、感情を起こさせるというのは簡単にできるものではありませんから。好きの反対は無関心ですから。

こういう感覚知ってるなあ、って思い出してみたら
高校の修学旅行で沖縄に行ったときに見た、平和記念資料館の展示。
薄暗くて広くて静かな展示室に、戦争のころのことを書いた手記がたくさん展示されていました。
いつもつるんでいた女子四人でのグループだったのに、その部屋ではみんなばらばらになって、ぽつんぽつんとライトで照らされている手記をそれぞれが黙ってめくっていて、
ずいぶん時間が経ってからひとりの子が「これ際限なく読んじゃうからもう出よう」と言ってくれてその部屋を出ました。
暗い部屋を出た先に海が広がっていて、晴れやかな景色なのに妙に凪いだ気持ちでそれを見たことを覚えています。
素直にはしゃげなくて、なんとなく寂しくて悲しくて、でもこの海があるから大丈夫だ、みたいな変な感覚。



わたしにとって、今回の展示における「晴れやかな海」は鯰尾藤四郎でした。



「エモい」と言っていた人たちが意図するもののひとつは、焼けてもなおこの世に存在している刀たちの、
焼けても、それでも捨てないで残して伝えた人々がいるという事実、その数百年分の手、手、手のことを指していたのではないかと思います。
それについて、4年間鯰尾藤四郎を好きだったわたしはもうとうに知ってました。

「薙刀直しになまくらなし」と言われます。
わざわざ薙刀から脇差に直された名刀でした。
秀頼が好んで腰に差したと伝わります。
秀頼の時代に二回拵えを新調したという記述が残っています。
愛された刀でした。その愛してくれた主と一緒に焼けました。
これはツイッター情報なので真偽はわからないのですが、
鯰尾は秀頼の自刃に使われ、秀頼の体内に刀が入っていたから、焼けてもまだ再刃できる程度の焼かれ具合で済んだという話を聞いたことがあります。
大坂城で焼けて、焼け跡から発見され、敵方だった徳川の手に渡って、再刃されて、望まれてこの世に残り続けました。



展示室で解説ボランティアの方がほかの来場者さんと話していたのが聞こえてきたのですが
「もし焼けてなかったら吉光なんだから重文とかになってるでしょうね」と。

鯰尾藤四郎は重文指定されていません。
脇差 銘吉光 名物鯰尾藤四郎、それだけです。
でも重文指定されていないからこそ、展示の制限が少なくて、いろんな時にいろんな場所で展示されうるのです。

わたしが刀剣乱舞を始めてから、初めて見に行った刀は鯰尾藤四郎でした。
2015年3月、刀剣乱舞リリースによる反響に応える形で、徳川美術館が急遽展示を決定しました。
わたしはそれを見に行って、初めて見る刀で、見てみたもののいまいちよくわからなくて、
よくわからないことが悔しくて、それから刀をたくさん見るようになりました。
わたしの始まりの刀でした。

そしてたぶん、鯰尾が燃えてなくて、重文指定とかされていて、
そうしたらあの3月に鯰尾は急遽展示なんてされなかったのかもしれません。

……ねえ、今日鯰尾の展示ケースの前でボランティアさんの言葉を聞いて初めてそれに思い至ったのです。
焼けて、それでも望まれてこの世にあり続けた刀が、
焼けたからこそあの日わたしの前に現れて、
あの日わたしはあの刀を見たからこそ、今ここまで続いてきているのだって。




どうして「今」、こういう焼けた刀をテーマにした展示があるか、わかりますか。
焼ければ価値が下がると言われます。これまではこんなテーマの展示、おそらくなかった。
どうして、今、それが実現しているかわかりますか。

わたしたちが、いたからでしょう。
刀に、勝手に物語と人影を投影して、新しい価値を見出す、わたしたちがいたからでしょう。

鯰尾藤四郎が焼けたからこそ、あの日わたしの前に現れて、
あの日わたしは鯰尾藤四郎を見たからこそ、今ここまで続いてきています。
今ここまで続けてきたから、こんな展示があるんだって。
焼けたからこそ、それがひっくり返って、これからの新しい価値観へ繋がっていくのだ、って。




そんなことをねえ、思って今すこし泣いています。
気持ち悪い文章でごめんね。



焼けて真っ黒な刀が死体のようで恐ろしくて、見ていて辛かった。
それがときおり美しく見えることも異常なようで恐ろしく感じた。
でもあれは、コールドスリープみたいにして、未来を待っているのかもしれない。
いつか遠い先で、もっと新しい技術と価値観のある未来で、また昔のような姿に戻れるのかもしれない。
燭台切光忠がたくさんの人たちに「生まれておいで」って手を引かれて、再現作と一緒に水戸で並んだみたいに。

わたしは今日いちばんに強かった感情は「辛い」だったのだけど、
この展示のどこを切り取ってどのように育てていけば「エモい」になるのかはわかっています。
今日のわたしは「辛い」に焼かれてしまって無理でした。
だから三枚買った前売り券、全部使って、心が「エモい」にたどり着けるまで見に行きたいと思います。



花を買って帰りたい気分という日があるのだけど今日はそういう日になりました。




というね、ずいぶんとアクの強い文章を書き散らしてしまいました。
あの、タイトルに、「すでに行った人かもしくは行くつもりのない人に読んでほしい」って書いたじゃないですか、
もしかしたら行くつもりのない人でこれを読んで行きたくなった人いるかもしれないんで(希望的観測)
いちおう関連情報のリンクはいくつかご紹介しておきますね……

▼基本情報。


▼テレビ静岡のニュース映像。所蔵元の方針でメディア露出の規制がかかりがちな鯰尾が映像に映ってるという点で貴重な気がする。


▼攻略サイトでの記事ですが、いろいろコラボ情報がまとまっててわかりやすいです。


▼これはかなり良質の記事。そもそもの焼けた刀の解説や展示の意図についてもあって読み応えあります。


▼周辺のおいしいもの情報。


後は弊ブログでの佐野美術館に行ったときの記事をいくつか……

▼2018年1月21日


▼2018年2月11日


▼これはちょっと古くて初めて行ったとき、2015年11月29日






以上です……
これは一年後に読み返して恥ずかしくなるタイプの記事なんですが
とにかくこれほど感情をゆすぶられた展示というのは初めてだったので書いておきたくて書きました。
もうちょっと頭良さそうなレポは書けたら書きますね。あと二回行くつもりなので……

というわけで、ここまで読んでいただいてありがとうございました。
何かの足しになっていれば幸いです!




ミュージアムショップで蒔絵シールが買えたからコラボ単眼鏡自作した!

猫と左文字に会いに広島いったよ2018

December 03 [Mon], 2018, 18:18
12月だから冬のはずなんだけどなんだか気分的には秋です。
平成最後の秋の暮れ、あるいは冬の初め、いかがお過ごしでしょうか。いざなみです。



広島県福山市のふくやま美術館で2018/12/9まで開催中の、
筑前左文字の名刀展に行ってきました!





このメインビジュアルにも登場しているのですが
義元(宗三)左文字と江雪左文字が展示されてるよ!

ふくやま美術館には以前も江雪の展示に合わせてきたことがあるのですが、
今回は一日のうち午前はふくやま美術館、午後は行ったことのなかった尾道に行く旅としました。
という内容を、だらだらっと書いていきます!



今回は夜から始まる旅。
2018/12/1(土)、21時ごろバスタ新宿発の夜行バスにて福山へ向かいます。



このバスはポイントカードくれて十回乗ったら一回無料になるシステムなので
都合が合えばなるべく使おう……という気にさせられてます(チョロい)。
往復で2万切ります。

12/2(日)、朝6時に福山に到着。
7時になると駅のパン屋さん(リトルマーメイド)が開くのですが、それまでの一時間は寒さに凍えながら時間を殺します。

ところで、福山、ばらが有名なんです。
駅前もばらがたくさんで、今年はやっぱり季節の切り替わりが後ろ倒しなので
12月なのに秋ばらが花盛りでした。



福山駅から20分くらい歩いたところにばら公園というところがありまして、
時間つぶしと寒さ対策の運動とあと写真を撮りたいというのも兼ねて歩いていきました。





まあいうてまだ夜明け前だったので光が足りなくてぜんぜんいいの撮れなかったんですけれど……





寒ーい中でばらと一緒に夜明けを迎えたのでした
ほんとまじ寒かったプー太郎だから日が昇り切ったころにならないと外出しない毎日だし太陽がないとこんなに寒いなんて思ってなかった



7時になったので駅に戻って、美術館の開く9:30ごろまでパン屋さんの隅っこでぬくぬくさせてもらいました。
クイニーアマン好きです。





駅前やふくやま美術館の前になんかオブジェ出てましたね。
町でイルミネーションをやっているみたいでした。


ではでは、左文字展です!

展示は三章立てになっていて、
一章は左文字の師匠や師匠の師匠など、前時代の人たちの作品
二章は左文字の作品
三章は左文字の弟子など後時代の人たちの作品

…となっています。
二章で左文字の作品がたっぷりたくさん見られるので、「左文字の作風ってこういう感じか!」というのをつかみやすいですし、
左文字の作風という軸を鑑賞者の中に作ったうえで、前時代、後時代を比較できるので
すごく上手な展示だなあと思いました!

展示品数も多すぎて見るの疲れちゃう、ってほど多くはないし、
でも充実感のある量と質だったので、その辺もすごくちょうどいい展示だなあと感じました。好き。

では、気になったもの箇条書きレポです!

3 短刀 銘 国吉

国吉は良西の子で実阿の父と伝わり、「国吉法師西蓮」の太刀銘があることから
西蓮は国吉の法名であったとわかる、とのキャプションが出ていました。

実阿の子が左文字の一番最初、大左と区別されて表記されたりする人物です。
左、って銘を切る人は大左以降しばらく続くのですが、刀剣乱舞実装の左文字はみな大左の作ということになっています。
まあこの記事では大左のことを左文字、って呼ぶことにしますね。

この短刀はがっしりした太さの短刀で、白っぽい肌でした。
白っぽくて、大福みたいだなあっていう印象を抱きかけたのですけど、
刃文がすっきりとした細直刃で、そのぽやんとした印象が抜けてっちゃいましたね。
涼やかな感じがしました。
正面より、ケースの角から見るとすごくきれいに刃文が見えます。よい。



4 短刀 銘 西蓮

西蓮と国吉は同一人物らしいので、同じ人の作品のはずなんですが
全然作風が違うんですよね!

地鉄はぐにゃぐにゃした板目流れでとても肌立って見えています。
刃文はのたれで、図録で確認するとそこまで大きく波立っているというほどでもないのですけど、
なんだかやけに刃が高く焼かれている印象で残っています。
こののたれ調の刃文や鋭く尖った帽子の様子なんかは左文字の作風の源流を思わせる、とありました。

「なんだか苦しいな」という印象の刀でした。
肌が立っているのや刃文がどわどわしているので圧迫感があってそう思ったのかな。



7 刀 無銘 西蓮

わたし西蓮ばっかりメモ取ってるな?
これは大すりあげのがっしりとした姿の刀で、なにがやばいかって刃文がやばいんですよ。
細直刃の中にいろいろ入ってて見ながら「ひゅーう!」ってなっちゃう。





金筋か砂流しなのかどっちつかずですがこれはどちらかというと砂流しが多いかな…
図録見たら湯走りやうちのけもあるって書いてあったけどそこまでは見つけられなかったです。

すぐ近くに西蓮の太刀もあるのですが、そっちはこの7番と全然違ってめちゃくちゃおとなしいんですよね。
違いを見比べるのが面白い西蓮(国吉)氏でした。



ここから二章の展示!
左文字は現存作のほとんどが短刀なのですが、短刀ずらっと並んでおりました。
ここはあんまりメモ取ることに執着せずに、無心で見てみることにしたのでメモあまりありません。
でもそんな中で「これいい!」って思った二振りが両方ともブレストシーブ所蔵のだったので
さすがやで……と思いました。

13番の短刀 銘左(号 弾正左文字)と16番の重文短刀 銘左/筑州住 です。



ブレストシーブは薬品系の企業ですがそこが運営しているのが日本刀剣博物技術研究財団です。
財団さんで小夜左文字が所蔵されていて、今回小夜も展示してくれたら左文字三振り並んだんですけどね…
小夜めちゃめちゃ愛されてるからそんなほいほい出しちゃくれないだろうな…
わたし小夜はまだ見れていないのでチャンスを正座して待ってます…

はい、話を戻しますけど、これいい!って思った二振りはなんかぱっと見た時の色が違ってました。
色が深い。月の明るい夜の空のような感じ。
天球の丸さと深さを感じる、明るい黒という感じ。
これはほかの左文字にも共通する肌の印象ではあるのですが、この二振りには特に感じました。

今回これだけたくさんの左文字短刀を見比べて、
正宗の弟子とされる、というのわかるな〜と思いました。





刀と言えば村正か正宗か虎徹か……みたいな人も多いでしょう、
それくらいのネームバリューのある正宗ですがあまり自分の中でぴんとくるやつなくって、
やっとわかった気がする!ってなったのはこの夏でした。

刃文の表情が豊かで、それと肌の様子とを混じらせて炎とか水とか煙とか、
そういう自然物をほうふつとさせるような全体像にする…
のが正宗の面白さかなあ、と今のわたしは思うのですが、
この正宗の特徴のうちの刃文の特徴が左文字と共通するなあって思ったのです。

左文字は正宗十哲(正宗の弟子で高名な者たち)に入れられることもあるのですが、
九州の刀工で距離もありますし、実際に指導を受けたかどうかは微妙で、
でも正宗の刀を見てそれに影響を受けたのではないか?みたいな見方をされたりします。
ある時までは左文字の父たちのような九州の田舎鍛冶っぽい作風だったのが
ある時点てあか抜けた相州っぽさを取り入れた作風に変わるのです。

金筋や砂流し、全然時代が違うのにすだれ刃に見えるぞ!?ってくらいの表情豊かな刃文があって、
でも肌はきれいに詰んでいるのですよね。
あとは姿がしゅっとしているのが多いとか、帽子が尖ったものが多いとか……
こういうのが左文字の特徴なんだな!っていうのが自分の中でつかめたのでとっても良かったです!


48 刀絵図(埋忠寿斎本)

「あれっ刀絵図出てるの?じゃあ鯰……ああやっぱいますよね〜〜〜〜〜」
というコントみたいなことを脳内でやってた刀絵図。
鯰尾、骨喰、宗三が描かれています。

京のかたな展で展示されていたのは光徳刀絵図毛利本で、1594年に作られたもの。
(キャプションの解釈を間違えていなければ)この毛利本の刀絵図を埋忠寿斎が1615年に書き写したものが、今回展示されている刀絵図となります。

1615年は大阪夏の陣があった年です。
わたしの推しは鯰尾なので鯰尾の話をしますけど、元になった毛利本は焼ける前に書かれたもので、
でも写したのは1615年。
それも年号のほうは元和元年となっています。
元和は家康が後水尾天皇の即位と戦乱(大阪夏の陣)などの災異のために改元した年号です(ウィキペディア見ました)。

もとになった本は夏の陣の前のものなんですけど、書き写してるのは夏の陣の後なんですよね。
つら。
なまずお、と書かれているところの横に小さく「ヤ」と書かれています。
これは焼け身になった刀に書き添えてあるものです。
つら。

骨喰や宗三が焼けるのは江戸時代の明暦の大火ですので、まだ正真正銘焼けてない頃ですね。
明日は我が身だと知らないで……

ちなみになんですが、骨喰の横のところに「骨喰の拵えの金具を寿斎が作りました」みたいなことが書き添えてあるはずです。
崩し字なので完全には読めませんでしたが、おそらくここに書かれているはず。
この刀絵図を作った金工家の寿斎さんは骨喰の拵えの金具を作っていますし、
鯰尾の合口拵えを二回寿斎さんが作っています。

参照:



埋忠だから埋忠妙寿の系列の人なんだろうなたぶん……


で、ここに描かれている焼ける前の宗三左文字と実物を何往復もしたよ!



義元左文字

京博でしっかり見たあとなので軽めの鑑賞ではあるのですが、
まず思ったのが「だいぶ燃える前と違うな!?」ってこと。
刃文のアウトラインは燃える前のものを再現していると思うのだけど、
たぶんもっと飛び焼きとか炎っぽい帽子とか、刃文のオプション的なもの多かったんじゃないだろうか…
それから肌も、ほかの左文字と比べてみるとちょっと雰囲気が違うなあというのがわかりました。
なんだか大トロっぽい。


隣同士で展示されていました。


江雪左文字

江雪さんは初めて見たときの感動がすごかったんですよね……



去年もふくやまで見たので今回が一年ぶり四回目になるのか。
ちゃんと進歩しているのか不安はあるのですが、今回まず思ったのが「あっかるーい!」でした。明るいファナリス(わかる人だけわかって)。
肌が見えない。いえ、見えているはずなんだけど粗がないので印象に残らない。美人の顔は忘れやすいって言うでしょ。そういうことです。

刃文は短刀ほど金筋などが多くはないんだけど、それでも食い違い刃が伸びたみたいなやつがつつましく入っている。
ざっくりと見るときれいなのたれのように見えるんだけど、
じっくりと見ると法則性のない風景の様子が楽しめます。

そしてやっぱり思うけれど、とっても明るい。
高校生のときスキー合宿があって、きれいに晴れた日の朝にリフトに乗ってゲレンデの上まで行って、
そのときリフトから見下ろした景色を思い出したりします。
夜のうちに雪が降っていたので、新しい雪に動物の足跡しかまだついていなくて、
空は真っ青で雪はまっしろで寒くてきんとするけどとっても明るい朝だった。
まあ名前の影響で雪を連想しがちってのはあるんですけどね。



残ってたわガラケーの写真………
雪の降らない町で育ったから雪珍しくて仕方なかったね………



ここから三章!
左文字の弟子とか子とかの筋の作品が並びます。
中世末期ごろになると左文字一門はその特色を失って衰退し、姿を消します。


33 短刀 銘筑州住左(行弘)

ぱっと見て「あっ左だ〜!」と思った一振り。
おとなしめののたれで、それは左文字とはちょっと違うのだけど、刃中の金筋や砂流しが多いのはすごく左文字っぽさを感じました。

……と思ったら、キャプションに「一門中で最も左文字に近しいと推され技量が高く、左文字さながらの出来」とあって「よっしゃビンゴ〜!」と思いました。やったね。
また、逆に今左文字の作とされているものの中には行弘のものも混じっているのかも?みたいなことも書かれていました。

行弘は左文字の直の弟子で、左文字の子と伝わる安吉の作も何振りか展示されていたのですが、
安吉も悪かないけど左っぽさは帽子の様子くらいだけかなあ?と思ったりしました。
ぎざぎざちりちりした小乱れで、ものによっては星空の中の閃光みたいにぱっと光ります。
日置安吉はいいなあと思いました。







前トーハクで見た星空みたいなの安吉だったよなあ……と思ってたんですが
今写真あさって見たら今回展示されてる一柳安吉でしたね。
名物になってる安吉はいいなあと思うものでした。星を感じる。
白っぽいのもわりとあって、黒っぽいやつが好きだなと思いました。



42 刀 金象嵌銘 吉貞本阿(花押)

一文字っぽい。



45 短刀 銘 国弘作

貞宗っぽい(梵字のせい)。



47 短刀 銘 貞国/筑州住

「えっこれよくない!?!?いいよね!?!???!!!」ってなった。
キャプション読んだら出来がいいよねって書いてあって安心した。
応安頃の刀工で、現存作が少なく、これが代表作ともいえるものだそう。

青くて黒くて深くて光っていて、刃文のふちが、夜の雲の端が月の光で光っているような感じでした。
金筋も見えたと思う。
ここまで書いて思ったんですが、左文字系列でいいなあって思うもの、だいたい夜の空を連想しますね。
短刀が多いですし、きっと自分のものになったら手の中に夜空があるみたいですてきなんだろうな。




という感じで左文字展離脱!
じっくり見て2時間半くらいでした。これくらいなら体力持つからちょうどいいなあ。

ふくやまでの左文字展は12/9で終わってしまいますが、
来年1/12〜2/11の期間で東京の刀剣博物館に巡回してくるようです。



刀剣博物館、いまやってる展示は刀剣限定で撮影可になってたけど、ほかの企画展でも撮影可なのかな?
撮影できたらちょっと張り切って行っちゃうぞーという気分です。
佐野美術館の展示と被ってるので、宗三左文字は出ないと思われますが……



とってもいい展示でしたので、東京でも都合の合う方はぜひ見に行ってみてくださいね!
という感じで、美術館前の公園でパンを食べてから、次は尾道です!





だいたいこれくらいで行ける。
駅の周りに金券ショップの自販機があって、近距離きっぷもちょっと安く買えます。

今回は尾道ですが、以前は同じように午前ふくやま美術館、午後は鞆の浦に行ったりしました。



割といろんなところに足を伸ばせるな?という印象。
さて、尾道の観光情報事前にさらっと調べはしたのですが
特別に行きたいスポットがあるわけでもないし、行き当たりばったりでお散歩する感じの半日でした。

とりあえず海がいいなーと思って駅から出て海沿いを歩いていきます。





人いっぱいいるなあと思ったけどみんなポケモントレーナーだった。





いつも「ジオラマ」というモードで撮りがちなのですが、ここは「ライトトーン」のモードで撮りたくなる雰囲気でした。
鞆の浦もそうでしたね。



海沿いの道が途切れたので途中から商店街を歩きます。





アーケードの商店街って育った町にはなかったので、物珍しく見ちゃう。
歩くのが楽しい。



窓かわいい。

とりあえず向こうに見えてる三重の塔のところに行ってみるか―と行き当たりばったりに歩きます。



尾道初猫。



わたし的にはこういう風景好きなんですけど、それを他人と共有できる気がしないので一人で歩くのがいいなあと思うなどします。





西国寺。なにがどうってほどでもないんだけどおだやかさがすごかった。





と思ってたんですがもう少し上った本殿のところまでいくといい紅葉があってとってもマーベラスでした。







ブレた写真しかなかったので載せませんが、十月さくらも咲いていました。
すごく華やかだったなあ。

塔まで行こうとしたのですが、



しかたないので



世界をつかむぜよ尾道編だけしておきました。



船出のような門。

西国寺を出てぐねぐね細い道を歩きます。
目指すは千光寺。



ひるあんどん。





こういう「だから?」みたいなものを撮りがちなので一人旅なんですよね……









かわいい。





千光寺には展望台があって、ロープウェイもあるんですが、行きは歩きでいくことにします。
日が暮れ始めるころに写真を撮りたくて。



なんの寮だったんだろうね。



かわいい。



かわい……



まってかっこいい!!なんていけめんなの!!!!



ずいぶん高いところまできた。



尾道市立美術館に来ました。
千光寺のエリアにあります。こんな高いところまで美術品はこぶの大変だな……





尾道市立美術館は猫と警備員さんの攻防で一部の層に有名な美術館ですね。
この間英語圏の人がこの美術館についてツイートしたやつが回ってきて、とうとう外の人に見つかってしまったか……と思ったりしました。

わたしが行ったときは猫いなかったです。
猫で有名だし日曜だしそれなりに人いるかな?と思ったけどほぼわたしの貸し切り状態でしたね……
これを思うと刀の展示ってだいぶ人呼べてるんだなあ……

刀見る前は美術館なんて半年に一回行けばいいほう、それも興味のある企画展、って感じだったんですが
こんな風に頻繁に行くようになって、自分の全然知らない人の描いた知らない作品でも
なんとなくそれに歩調を合わせて見ることができるようになったなあと思います。
わかんないならわかんないでいいし、わかんないなかでちょっとでも好きなところを見つけたらそれでいいよね、みたいな。



尾道市立美術館のあとは、そのお隣にあるレストランで梅ジュースを飲みました。



4時ちょっと前という中途半端な時間だったのもあり、お客さんわたしひとりでした。



こーんな景色を独り占めしてしまっていた。

松任谷由実の「海を見ていた午後」という曲に
「山手のドルフィンは静かなレストラン 坂を上って今日もひとり来てしまった」という歌詞があって
このドルフィンというレストランは横浜に実際にあるらしくて、いつか行きたいと思っていけていないのですよね。
ここは横浜じゃないけど、ドルフィンってこんなお店なんじゃないかなとか思ったりしました。雰囲気だけ。

逢魔が時にさしかかり、町に明かりが灯り始めるころにお店を出ました。
少し上ったところにある、展望台へ向かいます。











「海をみていた午後」でした。



帰りはロープウェイで下って、商店街に入って夕ご飯をどこで食べるか物色。



猫好きだよね。





かわいい。



この店名はずるい。好きになっちゃうでしょ。

結局商店街の出口に近いラーメン屋で尾道ラーメンにしました。



同じタイミングで居合わせたお兄さんがガンガン替え玉頼んでいてひゅーう……と思った。

まだ帰りまで時間が余るので、そのラーメン屋のはす向かいくらいにある喫茶店へ。







これは好き………





酒があまり飲めないくせにたまに飲んでみたくなるやつなので、喫茶店で飲めるお酒入りのメニューがとても好きです。
すきだ……この店のくらがりにずっといたい……気配消してソファに沈み込んでラムチャイをすすっていたい……

帰りは福山発の夜行バスなのですが、福山駅でお土産を買いたかったので、お店が閉まる20時に余裕がある時間に戻りの電車に乗りました。
載せたところで参考になるかわからないですが歩いた道はだいたいこんな感じでした。



▼ここでダウンロードできる地図に書き込みました


カフェとかお寺とかロケ地とかいろいろありますので、行きたい場所がはっきり決まってる人はもっと張りのある観光ができたかと思うのですが、
特に目的なくなんとなく歩きたいなって人でも結構楽しく過ごすことができました。
雨の日はお寺巡りはきついだろうな…傘さして急こう配の坂しんどい
商店街はアーケードなので、お店巡り中心だったら雨でもそこまで苦じゃないと思いますけれど。


福山駅のルピシアでお土産買いました。



広島限定のお茶。
広島限定のお茶あと二種類あったのですが、レモンのやつと迷った。
冬だしこっちかな〜と思ってこっちにしました。また茶葉が増える……



そして閉店間際のearthで滞在時間5分でコートを買いました。
昼はよかったんだけどやっぱ日がなくなると寒いね。

そのあと駅のトイレで身づくろいを済ませて、
帰りのバスは21:25でまだ1時間半くらい時間があったのですが、
バスターミナルの待合室で時間をつぶしてバスに乗って今朝帰ってきました。





そんなこんなの、左文字展のついでに尾道に行く旅終了でございます。
ちょっと雨ぱらついたけどだいたいは晴れてたし、おだやかでやわらかないい一日でした。

左文字展、ふくやまでは12/9までですが巡回もありますしぜひ見てね!
ついでに宗三を静岡で見てね!

鯰尾出るからね!!!(推しを積極的にPRするスタイル)

燭台切光忠と不動行光と骨喰藤四郎も出ます、
佐野美術館は静岡県三島市です。よろしくな。(静岡出身者の顔)



記事の趣旨が迷子になってきたところでおしまいとさせていただきます。
だらだらぐだぐだでしたが、ここまで読んでくださってありがとうございました!
なにかの足しになっていたら幸いです!

京のかたな展番外編 かたな展以外の京都のいろいろ

November 11 [Sun], 2018, 13:55


二週間京都に滞在するという刀バカンスをしたいざなみです。
二週間の間に京都国立博物館で見たものについてはこれまでの記事をごらんください!








この記事では、二週間の間で観光にいった場所とか食べたおやつとかを紹介します。
行きたくて行ったところとかたまたま行ったところとかいろいろですがなにかの足しになればと言う感じ!

というかぶっちゃければただの日記です。
そして長いです(二週間分あるもん)。

まあ読みたければ読んでください。まあなんとかなりますって…。



一日目:10月22日(月)
全日は滋賀に住んでる妹のところに泊まり、京都入り。
月曜は休館日なのですが、よみうりカルチャーの200人限定の講演会&鑑賞会で初かたな展入りしました。



この日はまだアイスコーヒーの気候でしたね。
レジがすごい古くて興味津々で見ちゃったお店でした。



午後は嵐山に移動し大覚寺へ。



大覚寺に入る少し前のところにあるのですよね。



今大覚寺では戊戌開封法会が行われています。2018年10月1日から11月30日まで。
これは60年に一度行われ、前回までは皇室の方しか見られなかったもので、
今回が初めて一般にも公開されているというプレシャス特別な法会です。







なんというか、ありがたすぎてというか、すばらしすぎてというか、
どう表現すれば一番正しいのかまだよくわからないのですが、とにかくしんしんと心に降り積もるようなものでした。
(好きすぎて後日もう一回参拝している)



あと膝丸の所蔵元ですのでね、このへんもね、手厚いです。



かわいがられてる感。



台風で襖が壊れたと聞いていたのですが、見たところどこがそうだったのかわからなくて、
帰りに靴はくところでお聞きしたら「壁真っ白にしてるとこがそうなんですよ〜あれくらいで済んでよかったです」とおっしゃっていました。
「気にして来てくださったの?ありがとう〜」とも。
そして「紅葉のライトアップ綺麗だからまた来てね!」とも。笑
やさしいは強い!笑




その後はもう17時ギリギリだったので有料エリアまではいかなかったのですが、同じ嵐山エリアの清凉寺へ。
こちらには豊臣秀頼の首塚があるのです。
まあやっぱり近くまで来たら行くだけは行ってしまう。





大覚寺から近いし清凉寺もよろしくね。



二日目:10月23日(火)
この日の目的地は健勲神社
藤安将平刀匠が復元した薬研藤四郎が公開されている期間だったのでした。







参道に一部立ち入り禁止になっている場所がありましたが、あれも台風の被害なんでしょうね。



訓練されたオタクが使いこなす文明の利器【最後尾札】。







半分屋外になっているようなところで公開されていたため、
光や列の関係で博物館で見るように肌や刃文をじっくり見るのは難しかったのですが、
ふんわりとして無垢で、生まれたてのいい子だなって感想でした。








また、すぐ近くの今宮神社にも行ってきました!






「姫ナマズ」のお守りがあってなぜナマズ…!?とは思ってたんですが、
今サイトを見てみたら鯰の彫り物があったのか〜!
見ておけばよかったな〜〜〜!!!



こちらには主にあぶり餅お目当てで行ってきました。





みんなおいしいって言うんだもん〜〜〜!!!
参道にお店が二軒あり、どちらもあぶり餅のお店です。
なるほどね、おいしかった。
次来たときはもう一軒のほうのお店で食べてみたいな。


あと今宮神社に向かう道の脇がこんな感じなんですが、



活撃のさ、この第一弾PVで兼さんが立ってるところ。



これ大徳寺なんじゃない?って見解がメジャーだったんですよね。



で、ここ、大徳寺の一角なんですよね。
(今宮神社と大徳寺と建勲さんすごい近いんだね今回初めてわかったよ)

で、大徳寺の中にいろいろ〇〇院って区分けされていて、
その一つに高桐院ってのがありまして、それは細川家のお墓があるところなんです。
具体的に言うと細川忠興とガラシャのお墓があるんだよね。





兼さん兄貴分のゆかりのとこに居るんね。

………というのもあって是非行きたいと思っていたのですが、
現在は工事中で中には入れないのでした。



だから入れるところまではいって引き返したんですけど、



瓦が九曜なのを確認して満足した歌仙が初期刀の審神者だったのでした。


13時ごろに四条河原町のあたりに戻ってきて、ソワレで淑女するつもりだったのにラーメンにつられてラーメン決めて、



ソワレのすぐお隣のラーメン屋でした。

ラーメン終わったら改めてすまし顔でソワレに入ったのでした。



ゼリーポンチが有名なみんな大好きフォトジェニックソワレ!
ゼリーポンチ用のゼリー売り切れてなかったのでゼリーポンチでもよかったんですけど、
なんかひねくれてゼリーミルクを頼みました。



この後は京博入りしてました。







三日目:10月24日(水)
ここまでに2日京博に入ってたのですが、「一度ぶつ切りにせずじっくりたっぷり一通り一気に見といたほうがいろいろ散逸しなくなるからどっぷり居座る日作ろう」と思って一日どっぷり京博に居座ることにしました。
ということでまずは腹ごしらえです。





京博から歩けるくらいの距離にある梅香堂。
開店から間もない時間にいったのですが、外国人さんとか「ここのを食べるために来ました」的な若い一人旅っぽい人たちとかがすでにおられました。
いろいろとメニューがあって迷ったのですが、





腹が減っては戦はできぬ……!
ということで全部乗せホットケーキいただきました。

完食できたしおいしかった!けど!
「次は一枚でバターだけで十分かな……」みたいな甘さとボリュームではありました。
お店のおばちゃんなにをしても「ありがとう〜」って言うおばちゃんで外国人さんともオール日本語でそれでもコミュニケーション取ってたしすてきだったな。



そこから一日京博にいたので昼は抜いて夜にまた宿の近くのラーメン屋で大盛り食べました。
今年の抱負は「大盛りやめる」でした。過去なんて振り返ってやりませんよ。


四日目:10月25日(木)
毎月25日、北野天満宮では天神市と呼ばれている骨董市が開催されます。
古着の着物でいいのあったらいいな〜でも荷物持ち帰るの大変だしな〜みたいなどっちつかずな気持ちで北野天満宮の賑わいを楽しんでおりました。





このくらいの価格のものそこらじゅうにあるんだもんそりゃ楽しいよ。










冷かすだけでも十分楽しいのですけれど、まさかの。



なんとなく見ていた骨董屋さんで見つけました。
べっこうでできていて、べっこうの上に漆を何重にも塗ってそれを彫って模様を入れているものなんですって。
百年以上前、という点でもすごくどきどきしちゃうし、シンプルにこのモノそのものの魅力もすごくあったし。
買っちゃったわね…新たな扉開いちゃったわね…という気持ち。





というツイートを昼頃になって休憩しに入ったカフェOliveでやっていたのですが、
そこでもまた面白いことおこりましてね。



すごい、モノが縁を運んだ感。

そんなことがあったので着物テンションがばーっと上がってしまい、
一度宿に戻って持ってきていた着物に着替えてから京博に出かけました。
面白い一日でした。

あと京博隣接の前田珈琲に初めて入りました。



結局ここでお食事したのこの日だけで、かたな展のパフェ食べられなかったな。



どきどきの止まらない日々。



五日目:10月26日(金)
この日は仁和寺に行きました!





仁和寺と言えば仁和寺にある法師…というイメージくらいしかなかったのですが
特別拝観の時期でもあり、その特別拝観のところでお坊さんが学芸員さんみたいにこれがなにで…って説明してくださってて、とっても面白かった!





一番メインのお堂を仁和寺では金堂と呼んでいるそうなのですが、
その屋根にどちらさまかわからない人がいたので御朱印のところにおられたお坊さんにお訊ねしたのです。



あとでサイトのほう見てみたら載っていたのですが、黄安という仙人さんだそうで、
仁和寺は応仁の乱で焼けた経験もあり、長く平穏にありつづけたいというおまじないみたいな意味でくっついてるとのことでした。
この亀の話を聞いて「盲亀の浮木の亀?」と思ったのですが、
改めて後で調べたら盲亀の浮木の亀は百年に一度息継ぎをしに出てくる亀とのことで、まあ似たようなものだけど別物なのかな。



ここでは小夜左文字のこと思い出したでしょ、
特別公開されてる五大明王の不動明王が波切不動だったんで骨喰藤四郎のこと思い出すでしょ、
不動明王の持つ剣の説明の時には剣の彫り物のある刀のこと思い出すでしょ…
仏教の知識って刀剣にリンクすることすごく多いや!ってすっごくわくわくした!

この後一度京都駅へ戻り、ラーメン食べてから京博入りしました。
毎日麺食べてる。





六日目:10月27日(土)
この日は京博で土曜講座(講演会)があったので午前から京博に並んでました。



とらりんパイセンのファンサが厚いので待ち時間もそこまで苦しくない。
無事入って講演聞いて終わったら15時。
食事してなかったので清水のあたりまで歩いて観光客がわいわいしているエリアでおうどん食べました。



れんこんがおいしかった。

あとこれ後期のまとめに入れておこうと思って忘れてたんだけど郷ね!
一階に展示されてる桑名江の帽子を見てくれ!
上が桑名江、下が篭手切江です!
そういえば篭手切を見たときも帽子どうなってんだ?って思った覚えがあったなってことを思い出した!





七日目:10月28日(日)
前期ラストの日。
この日は8のつく日なので清水さんにお茶を飲みに行きました。

これはもう2年前なのか……


この記事の時にも散々書いたのですが、某新選組小説で沖田総司の惚れた女が「八のつく日は清水で汲んだ水で茶をたてる」ことを習慣にしており、
それにあやかるような気持ちで、今回ちょうど8のつく日にかかっていたので行ってきたのでした。



今回のお宿は六条と五条の間らへんで烏丸通から少し入ったあたり、というところでしたので、清水さんにも歩いていけました。





清水の舞台はいまこんな感じ。





あっなんかフォトジェニックっぽいかんじで撮れた〜〜〜


そして音羽の滝のすぐ横のお茶屋でお抹茶とおはぎ。





相変わらず清水さんは人が多いけれど、この観光地っぽさを体感するのが楽しいっていうときもある。



買い食いしたり〜



世界を掴むぜよ!したり〜


そして前から建物自体は知ってたのですが入ったことのなかった夢二カフェに入りました







なんか見た目が高級老舗ホテル的雰囲気だからお食事高いのかな…と思って今まで入れなかったのだけど
まあ安いとは言えないけど観光地だしこんなもんかなくらいの値段で案外いけた…
そして建物がかわいくて素敵な割にさほど混んでいなくてゆったりできる…





タルトと飲み物のセットを頼みました。

一休みした後は、お土産物やさんを覗きつつ、歩いていけるし!と霊山護国神社へ。







ここも台風の被害あったんですね。






この日が前期ラストで吉行も展示がラストだったので、こころもち入念に見てきたのでした。


八日目:10月29日(月)
この日は一日中前期まとめの記事書いてた。



6時間くらい居座らせてくれてありがとうのきもちしかない。



九日目:10月30日(火)
後期一日目!!



午前中をたくさん歩いた割に無益に過ごしてしまいましたが「そろそろ野菜摂取しなきゃ…」と思っていたし「後期初日だからやっぱ時間多めに取っとくか…」という考えも遂行できたのでよいのです。



この日の自分のツイートを振り返ったら鯰尾と骨喰のことばっかり言ってる。馬鹿なんだと思う。



十日目:10月31日(水)
この日の午前は南禅寺に行きました。



ブルーボトルコーヒー、東京にも店舗ありますけど行ったことなくて、今回初めて飲んだんですけど、
渡すときに「冷めると甘みが増しますので、温度変化もお楽しみください」って渡してもらって、
ほんとにその通りだったのが面白くて印象的でした。



南禅寺はこれが有名ですね。刑事ドラマでよく来るとこ。来た事なかったんです。





有料エリアがいくつかあって、わたしは南禅院だけ入りました。
水が暗くてよかったです。









その後は市街地に移動して本能寺へ!

2018/9/29〜12/23まで、本能寺刀剣展の第二弾が開催中です。





見どころは太刀 伯耆国安綱 但大磨上無銘ですかね。
織田信長が尾張の研ぎ師、竹屋惣左ェ門にこれを洋式の剣に作り替えるよう命じるのですが、
竹屋惣左ェ門としては「えっだって安綱やで…!?まじで銘切り落としてすりあげちゃうの…!??!」ってところ。
でも信長怖いし逆らえない。
そこで切羽に「この銘のなくなった宝剣は元来安綱作であり、竹屋が切り詰めました」というメッセージを残しておいたのです、というドラマチックな太刀。
その切羽も別の展示ケースに展示されてるのでじっくり見てみてください。

わたしはノッブこわっ………!って気持ちばかりが沸き起こりました。

あと展示室内で流されている現代刀工さんたちのビデオもできれば全編見たかったね…
あれ多分べらぼうに長いやつだった。終わりが見えなかったので途中で切り上げた。でも内容は気になる…

そしてその上の階では撮影可能な刀剣のあれこれがわかる展示がされているんですが、
おもしろかったよ!





刀の説明書きが展示されていて、それの各用語の解説とか。








このへんはわたしもぼんやりとしかわかっていなかったところだったのでありがたかった。









きっといろいろ発見があるよ〜!是非!


その後は本能寺近くのなんかお洒落なカフェで少し腹を膨らませて、





観光詰め込むぞDAYだったのでバスで二条城へ。



行ったことなかったんですもん!







撮影は外でしかできなくて、こういうけばけばしい豪華絢爛なものしか写真には残せないのですが、
建物内は絢爛でありながら品格を感じさせるというか、とにかくいろんなものが素晴らしかった。

そして二条城ですからね、やっぱり秀頼と家康の二条城会見はこの大広間だったのかな…
とか考えつつ見て楽しんだりしていました。



案外葵紋を使ってないのね……と思いながら屋根を見てたのですが要所は葵紋でしたね。


京博に入る前に、実は四度目の正直でやっと入れた市川屋珈琲へ。



ゲストハウスに宿泊してて、共有スペースに京都のカフェ特集の雑誌が何冊かあったんですけど、
見事にその全てに掲載されてるんですよ。まあそりゃそうよねの人気店。混んでる。
でも店内の客数を制限しているようで、座ってしまえば窮屈ではありませんでした。



季節のフルーツサンド〜〜〜〜〜今は柿になっているらしい。
ぶどう!ぶどう!と思わせといてこっそりリンゴが潜んでました。





空いているタイミングで来ることができたらもっといいんだけどな〜〜〜まあ難しいよね。おいしくてかわいいもん!
と、腹ごしらえしてから京博に入ったのですが。




二週間も通ってりゃあこういうこともある。
お腹いたくてでもすごく空いててめっちゃいい状況なのに帰るのもったいなくて、
三階の隅のベンチでしばらくじっと息を潜めていたのですが
そのうち収まってなんとな〜く石切丸のほうを見て「病気治癒だ〜〜〜ありがと!」って気持ちになったりしました。



十一日目:11月1日(木)
この日はバスでのんびり一時間掛けて大覚寺へ再度訪れました。
バスでのんびりなのはお腹いたいのがまだあってのんびり緩く動きたい日だったためです。



大覚寺、菊の景趣実装されてました。





大覚寺では毎年この時期菊を飾ってくださるんですが、嵯峨菊という古い品種なのです。
わーっと花が集まるような品種ではないので写真に撮った時の見栄えはさほど良くならないのですが、
でも実際に見てみると素朴なのに華やかに感じるので素敵だなあと思います。
(カメラの腕が足りないのを被写体のせいにするわるい例)



前回来た時におっしゃっていた、襖が壊れたのってたぶんここですね。



大覚寺はほんとたくさんの襖絵があって、そちらを目的に来てもだいぶ楽しめる場所だろうなあと思います。
わたしこのうさぎさんのやつが一番好きです。御朱印帳のデザインにもなってる。





あとやっぱりご開封はすばらしかった。







いつもは、この五色の布だけが向こうの建物に繋がっているんですよ。
いつもの姿を知っているからこそのこの六十年に一度がすごいことだなと思う……

そしてまたのんびりバスで市街地へ戻り、今日はだめだなあんまり元気でないな〜お土産物買う日にするか〜ということにして、



とりあえず元気を出すためにラーメン食べればいいやとなる馬鹿。



そして食べ終わったけど食べたことに疲れてまた休憩をする馬鹿。
場所が場所です。蛸薬師通のところの星野珈琲。



龍馬さんの死んだ場所、近江屋は現在はかっぱ寿司の前に碑が立っているのですが、
本来の敷地はこの星野珈琲のほうだそうです。
わたしもつい最近知ったのですが、二階には龍馬さんを意識したなんやかんやがあるらしいですね。
チャンスがあれば二階上がりたいな〜〜

ちなみに龍馬さんの命日(誕生日でもある)は11月15日で、今京都では命日が近いとのことで龍馬さん系イベントがちょいちょいあるみたいですね。

ここから歩いて行ける距離に、TLで流れてきて気になっていたお店があったので行ってみました。



お味噌の専門店。
母へのお土産用に「体によさそうなやつって言うとどれですか!?」って聞いて出してもらったやつを買いました。
いろいろ選べるし試食もできるしお値段もお手頃だし、お料理する人へのお土産にいいんじゃないかな〜!

この日はこんな感じで、早めに休むことにして京博せずにお宿戻って宝石の国見てました。



十二日目:11月2日(金)
わくわく兄者ランドに行きました。



二度目の北野天満宮です。
京のかたな展は後期展示に入り、髭切の展示は終わったのですが、終わったと思ったら北野さんに帰ってきてまた展示されています。
ちなみに北野天満宮の宝物館では撮影は可能なのですが、スマホ・ケータイのみ可で、
安さ優先の画質粗悪なスマホを買ったわたしはなにも撮れる気がしなくて雑にしか撮っていません。
それでもわかってほしい、わかるだろ、髭切のギュルンのバナナカーブ。

あとはそうね、秀頼さまの話をしたいってのと



直胤のはばきに穴の開いてるやつが最高にかわいいから見てってのと



拵えがすごくかわいい小烏丸造りのやつも見てって感じです。



お昼は市街地に戻ってきておやつを食べて済ませました。







一度来てみたかったんだ〜〜薄暗いカウンター席でぼおっとできる感じのお店です。

この六曜社が三条通りだったのでそのまま歩いて三条大橋のスタバへ。



クリスマスのフラペチーノが飲みたかったはずだったんだけどいざお店に入ったら別のやつ買っちゃったね。
と、おやつで腹を膨らませる悪い大人をしつつ、このあとは京博に入ったのでした。



京博が七条、宿が六条のほうだったので、特に駅側に行く用事がなければ豊国さんの前を通って宿に戻る道のりで、
もうまっくらになった豊国さんにさくっとお参りしてから帰路につく、というのが多かったです。
境内はもう暗くなって、本殿のところの戸がもう閉められていても、賽銭箱の前に立つと明かりがつくからちょっと楽しいよ。



十三日目:11月3日(土)
わくわく破邪顕正ランドに行きました。





毎年11月3日文化の日に、尼崎の本興寺では虫干会という法会で数珠丸が公開されます。
年に一度だけなんですよね!
おととしはまだ日が浅くて初動が間に合わなかったし、去年は友達の結婚式と被ってたし、念願の虫干会だったのでした。





あまり早すぎてもご迷惑かな…と9時過ぎごろに到着し、10時からの整理券をいただきました。
整理券通りに並んで一回見て、でも見たりないのでもう一回整理券もらって13時からの回で二回目を見ました。

青江派だから、澄み肌が見られるような、深い深い肌の色を想定していたのですよね。
深い色の水が静かにたまっている池のようなものを。
でもそういう感じが見受けられなくて、ただ映りがほわほわとあることはよくわかりました。
それから、刃文も直刃調だったと思うのですが、刃文のふちがそこまできりっとしていない感じで、
なんだか全体的にうるうるとした印象でした。



境内の隅にあった鬼子母神さん、御手水がきれいだったな。

まだまだつかみ切れていないなという気しかしません。
また来てもっと掴みたい。
この日は遠出したので疲れて戻ったら寝ちゃいました。体力。



十四日目:11月4日(日)
長いようで短かった京都滞在もこれで最終日。
最後の日は大好きな喫茶店で甘い朝ごはんにしました。








フランソア大好きなんですけどみんなソワレばっかり行きますよね。まあインスタ映えがすごいのはソワレのほうだよねってのは同意しますけどフランソアのケーキまじなにを食べても外れがない超優秀なんだからな。
四条の高瀬川沿いで、ソワレもすぐそばです。徒歩1分。
わたしの中で高瀬川沿いってなんかお洒落ってイメージがついているのはこのあたりのラインナップのせいです。


で、フランソアはお食事系はあまりないのですけれど、
フランソアを出たところで「やっぱ気になるなあ………」と思って食事しに入ったのがこのお店。





フランソアの二軒隣くらいだよ。



たまごのミートスパ食べました。



食事もあるし酒もつまみも作るよ〜コーヒーも飲めるよ〜!みたいなお店。
ワインセラーにめっちゃたまご入ってるんですよ。すごー!って言ったらこれ今日は少ないほう、って言ってました。
お店のおねえさん、さすが酒場を切り盛りするタイプだわ、って感じの気さくな感じの人で
日曜の昼過ぎにもかかわらず店内わたし一人だったんですが、
食事もよかったし息詰まる感じなかったし、また来たいなあと思いました。

「うちもソワレみたいなの作ろっかな〜」
「こういうかんじで?」
「そうそう!笑」

ってやりとりをしたソーダ。ポテンシャルはある。






この日はラスト日だったので、京都駅内でちょっとお土産を買いました。





実家にこの二つ買って帰ったのですが、両方ともすごく評判よかったです。


そしてラストの日ですので、ゆっくりじっくり刀を見て、閉館ギリギリの空いた時間まで楽しみました。





ええい長っ!!長いな!!!
さくっとショップリスト+αくらいにするつもりだったのに全然そんなことなかったじゃん!読んだ?!読んだの!?酔狂だね!!!

大して華々しい旅行でもないのですが、身の丈サイズでちょいちょいいろんなところに観光できたので
まあ観光の足しになればうれしいですくらいの気持ちです。

最後に、二週間滞在したお宿の紹介。



京都駅にも京博にもそれぞれ徒歩15分くらいで行ける場所でしたので立地的には大勝利でした。
全体的に新しくて設備が綺麗だったよ。五条通まで出ればスーパーあるし。
10月から加算されるようになった宿泊税込みでも一泊当たり3300円でした。よろしい。



というわけで、長い長い旅の終わりでした。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
なにかの足しになっていれば幸いです!


京のかたな後期まとめ

November 11 [Sun], 2018, 10:48
うえ〜〜い後期展示楽しんでる〜〜〜???!?!?
京都から戻りました。現在無職です。いざなみです。

京のかたな展、後期展示に入って2週間が経とうとしています!
展示自体は2018/11/25までやっておりますので、まだ行けてないって人もまだ間に合う!


後期展示の最初の1週間、京都ステイしてほぼ毎日通いました。

▼前期のレポについてはこちらから


ということで、後期で見た刀のわたしの超超個人的な感想を書くつもりなのですが、
もしかしたらそれがこれから見る人にとってなにかヒントとかとっかかりになるといいな〜
という気持ちでおります。



刀剣乱舞実装刀剣を見るのは課題曲を練習することみたいなものだと思っているのです。
どの曲もそれぞれの良さがあるけど、まあまず課題曲をよく聴き込んで練習することで他の曲へのとっかかりを見つけるよね、って思うのです。(中学時代合唱部でした)

じゃあ課題曲でもなんでもない曲を聞いてみるときに、これはこういう背景で作曲された曲なんだよ、とか、
〇〇先輩が好きな曲だよとか、去年のコンクールで優勝した学校が自由曲で選んだ曲だよ、とか、
そういうなにかしらのとっかかりがあると、なにもなしでいきなり聞くよりずっと「入る」んですよね。
そういうものになれたらいいな!のきもち!
だから軽い気持ちでお読みください!(つまり正確性について保証はしかねる!)

はいはいそういう感じでまた頭のほうから紹介するよ〜〜〜


◆第一章 京のかたなの誕生(平安時代後期)

きたね!
●重美 太刀 銘有成(号石切丸)
刀剣乱舞のゲーム内では「大太刀」としてキャラクター化されていますが、実際の石切丸は大太刀サイズではありません。
(全長:99.8cm、刃長:76.0cm)
大太刀はだいたい三尺以上ですので…
これは奈良にだいぶ近い大阪にある、石切劔箭神社に奉納されているご神刀として「現存している石切丸」ですが、源氏の長男、悪源太と呼ばれたド強い男が振り回してたドでかい刀の名前も「石切丸」と伝わっていて、おそらくその両方の要素をミックスしたのが刀剣乱舞の石切丸なのだろうなと推測されます。

▼以前に石切さんに見に行った時の記事


銘は有成。
この人物については「河内国の住人」であることしか記述が残っていないのですが、作風から京の刀鍛冶と関連があると考えられ、三条宗近が昔名乗ってた名前とか、親類縁者とかそういう説もあります。
個人的には昔名乗ってた名前説がなんかロマンがあって好き。

で、石切丸、肌めっちゃいいんですよ。
前見たときは「霜降り肉………」って思ったんですけど、まあそれでなんとなくわかってほしい。
でも今回、なんか「霜降り肉とは違うな?」って別の表現見つけようとよっぽどうんうん唸っていたのですが、
なかなかピタリとくる言葉は見つけられませんでした。
銀の砂子とか、テグスでないと通らない小さいビーズがざらっと入った瓶に手をつっこんだときの感覚とか、あとトリンドル玲奈とかを連想しました。

わかる人だけわかってくれ。すべてフィーリングだ。
(なんでトリンドル玲奈かって?なんかこう…白くて…くせがないけど個性があるというか…そういう…あと美人)

それから、なかごもじっくり見ると楽しかったな!
目釘穴が金で埋めてあるのですね。とっても大事にされてたんだね。

あとやっぱり課題曲同士なので三日月宗近と見比べてしまうのですが、三日月のほうがすごく長い時を経た、少しくたびれたような雰囲気を感じますね。肌がちがうね。
作られた時代的には同じようなものだと思われるのですが(このジャンルで百年は誤差の範囲だよ)、昔から高名でたくさんの人の手に渡った三日月は、やっぱりその分軽い修繕をする必要も多かったのかなと思います。

そう、三日月宗近ですが!
今回360度ぐるりと見れる独立展示ケースとなっておりますが、ついこの前から表裏ひっくり返して展示されているんですってね!!!!

▼これを読めばなぜこんなにビックリマークをつけるのかわかる


わたしが京都離れてから展示変更されたので、これどうしよっかな〜〜〜また行くかな〜〜〜〜〜金がな〜〜〜〜〜〜!!!ってなっているところです。

あと、360度だからこそだったんですが、ものうちのあたりの棟にうっすら誉れ傷があるというのを、今回初めて自分で確認することができました。

誉れ傷とは、戦いでついたと考えられる傷で、そのうちでも棟側についているものを指すことが多いです。
眼力のある方は「この誉れ傷のあたりから曲がってしまったのを修正したような軽微な歪みがある」というのまで見て取れているみたいなのですが、わたしはそこまではよくわからなかったな……
「さすがにこれを戦いで使う人おらんやろ……」って思っちゃう三日月宗近ですが、
使った人、おったんですかねえ……



◆第三章 粟田口派と吉光(鎌倉時代前期―中期)

跳んで第三章。二章については前期の時とほぼ感想変わらなかったのでそっち見てくださいな。
まあわかるでしょ第三章。吉光なんで。好きなゾーンなんで。

吉光の前に!
●短刀 銘油小路忠家造/延文三年仲春
展示場所的には吉光の前なんですけど時代は南北朝時代なのでもっと下った時代になります。
粟田口の末裔と伝わる刀工なんだそうで。

これは前期から展示されていたもので、前期からなんとなくの違和感みたいなものをずっと持っていた刀なんです。
キャプションには「品よくまとまっている」とあったんですが、わたしは全然そう感じられなくて、
老人の顔した赤んぼうみたいな、そういうものを連想しちゃいました。
ベンジャミンバトンみたいな。
肌がすごく立っていて、それがなんだかしわくちゃの顔みたいで、それなのに小さい刀だから?
でもそういう短刀なんてほかにいくらでもあるのにこんな風に思ったことないもんなあ…

…っていう、ちょっとネガティブにとられかねない感想だったんで前期のとき書こうか迷って書かなかったんですが、
なんかぞわっとするというか、「えっ?」みたいになるのだとしても、
そういう感情に作用するようなインパクトを与えるってそれだけで十分すごいからすごいんだよな、ってことで書きました。

なんでだろうな、なんでこういう感想になるんだろうな…ちょっと自己分析したい。


●重文 短刀 銘吉光(名物信濃藤四郎)
やっほー久しぶり信濃!

▼じっくりメモを取った以前の鑑賞


信濃は後期の展示です。
致道博物館では毎回混みすぎない展示室でじっくりしっかり見れているので、そこから感想はさほど変わらなかったかな。
肌はルースパウダーはたいたみたいな赤ちゃん肌って感じ、
刃文はすうっと力まずに抜けている感じで、引目鉤鼻顔の平安絵巻の、眉墨のすっとぬける感じを連想します。

吉光の短刀はものうちのあたりで刃が細まっているものが多いのですが、
図録では「手癖かのように言われるが、要は一番よく使われる個所が一番研ぎ減っているからではないか」ということに言及されています。
その点この信濃はものうちのあたりも刃がふくよかなんですが、ここはつまり「ふくら」の部分なんですよね。
鯰尾藤四郎が「鯰尾」という名物名を与えられた理由はその形状を指して「ふくらがふっくらしていて鯰の尾に似ているから」と言われるんですが、まあ信濃もふくらふっくささんなんですよね。

まあそういう姿の違いを見てみても面白いんじゃないかな〜〜!!
(個人的には刀剣乱舞実装の吉光でのふくらふっくらさんたちなんとなく性格似てるからふくらふっくら組のあざとさやばいなって思うし吉光もともと研ぎ減ってなければみんなこうなんだとしたらうわ〜〜こりゃ大変だわ〜〜みたいなこと考えたりするよ!!)

ふくらふっくらの話からのこの流れですよ

●重文 薙刀直シ刀 無銘(名物骨喰藤四郎)
●脇差 銘吉光(名物鯰尾藤四郎)

吉光部屋のトリがこの二振りでした。並んで展示されてました。うれしいな……





2016年の夏ぶりの、並んでの展示です。
その時も見に行ったけれど、まあ人が多くて存在確認程度にしか見れなかったんですよね。
今回は平日の閉館間際のめちゃめちゃ空いてる時間とかにたっぷりじっくりしつこく見ることができました。うれしい。


愛よ。

見てみて自分でまずびっくりしたんですが、
骨喰のイメージがだいぶ越前康継の骨喰に喰われちゃってる。
越前康継の骨喰写しは一階で展示中ですので是非ご覧ください。
あれは明暦の大火で燃える前の姿を元にして写したとされており、光徳刀絵図毛利本に残されている燃える前の骨喰とも似ているなって思います。
越前康継の骨喰はトーハク所蔵で、見る機会も写真を撮る機会もありましたので、そっちをだいぶしっかり自分の中に「骨喰」として刻んでしまっていたんですね。
本歌の骨喰を見るのはおそらく2016年の夏ぶりでしたので、それも多分にある。

▼トーハクで撮影した越前康継の骨喰








▼裏には波切不動が彫られています



こちらはだいぶ乱れの入った刃文なのですよね。本歌はもう少し直刃調で、でも明治古都館で展示中の2018年の骨喰写しよりは刃の幅が広かったように思います。

▼明治古都館に展示中の骨喰


いやほんと、今骨喰すごい手厚いですよ。
本歌が2階で展示され、燃える前に写されたものが1階で展示され、「吉光の作風を忠実に出したらこうではないか?」という最新の写しが明治古都館(刀剣乱舞コラボ展示をしている建物)で展示されています。
めちゃめちゃ手厚いからほんとめっちゃ見比べてそして心に傷を負ってほしい。

で、2年ぶりに見た本歌骨喰ですが、越前康継の写しに比べるとあきらかに直刃が強いのですが、きりっと一筋の線が伸びるのではなく、中腹で少しほどけたり、下のほうで煙になってしまったりします。
屈伸して角度を変えるごとにさらにほどけていく様子が見れます。万華鏡みたいで面白い。

それとやっぱ、どうしてもキャラと重ねてしまうところがあるので、
そのほわほわと心もとない煙のような様子に、あの彼のおぼつかない感じを連想してしまったりね。してしまうね。オタクだからね。

ということを考えながらこじらせたオタクは後列でしつこく骨喰の肌や刃文を見ており、必然的にかなり長時間あの辺にいたんですけど、
あの吉光部屋で男性人気圧倒的ナンバーワンは骨喰だったと思います。
まず名前かっこいいもんね!名前の由来になっている「振った真似をするだけで骨まで切れる様子」というのもなかなか「男の子ってこういうの好きなんでしょ?」をくすぐるところだよね!
そして形状が、ここまで続いてくる短刀とは明らかに違っていてわかりやすいし、彫りも明確な個性付けとなっていますものね!

わたしが骨喰を初めて見たのは2015年3月31日に行った大関ヶ原展での展示だったのですが(なんで日付まで覚えてるかっていうと学生ラストの日に学生料金を使って見たから)、
そのとき刀そんなにわからないであろうミセスがすごく入念に骨喰を見て
「これはすごい刀だわあ…」と言っていたのをよく覚えています。



さてさて、そのお隣で吉光部屋のトリを飾っているのが鯰尾藤四郎
なにせキャラクターとしての推しはこやつですので所蔵元の徳川美術館には展示される度にほぼ毎回行っているんですが、
刃文の見やすさは今回の展示すごいいい!

徳川美術館は江戸時代、刀が現役だった時代の様子を極力残すために研ぎに出していない(化粧研ぎをしていない)そうで、
だから初心者は徳美の刀の刃文を見るのちょっと大変だったりするのですが、
はっきりぱっきりきりっとした刃文が!とてもくっきり見えていて!
初見で「えっもしかして化粧した(研いだ)…?」とか思った。


ですがねー!わたし鯰尾の超ウリはあの肌のきれいさだと思うんですが、
今回肌のきれいさを堪能できる角度が結局見つけられないで終わってしまって、
みんな徳美行こうね!!!という結論となりました。





一番最近に徳美に行ったのはこの夏だったんですけど、この時ほんと肌のきれいさにびっくりしたんですよ。
やっぱりキャラクターとしての推しなのでひいき目があるというか、期待過剰にしてがっかりしちゃうのが嫌で毎回「いや言うてあれ一度燃えてるからな???刀として一度死んでるんだからな???期待しすぎんなよ」って自己暗示してから行くんですけど(こじらせてる)
そういうの跳ね飛ばす勢いで嘘みたいな美しさがあってほんと、これが、
これが鯰尾藤四郎なんです………
という感動を味わったのですよね。(こじらせてる)

その、感動がね、味わえる角度を見つけられずじまいだったので、そこは今回はわたしには無理だったのでしょう。
あとそれ以外でとっても好きなのは、刃の中央部分のあたりで入る金筋なんですけど、
これは「あるとわかって見る」と見つけられたので、ぜひ「あるらしいから探そう!」ってつもりで見ていただけたらうれしいなって思います!



もにょもにょ〜と、真ん中のあたりで揺らぐんですよね。
これがいい個性だなって思ってるんですけど、光徳刀絵図毛利本(一階で展示中です。まきかえあり。前期の最期の一週間はちょうど鯰尾らへんが展示されていました)を見る限りこれは燃える前にはなかったみたい。
というか光徳刀絵図毛利本での鯰尾の描かれ方、切れかけの極太マッキーでびーーっと引いたような線で刃文が表現されてて、
見るたびに「手抜きじゃね?」って思うんですけど、同じところに記載されてる一期一振や骨喰藤四郎はすごく丁寧に刃文描きこまれているんですよね。
だから当時の鯰尾の刃文は、今みたいなはっきりぱっきりきりっとした刃文ではなくて、もっと匂出来というか、うるみのあるふんわりした刃文だったのかなあ?とか思います。手抜きじゃなければ。


そして後期になってこの二振りにも音声ガイド追加してくれていたのですが、
共に薙刀直しであること、そして時期は違えど両方とも焼けて、それでもなお再刃されていることに言及されており、
つまりはそこまでして「無くしたくない」と思わせる名刀だったのだな、ということが読み取れてわたしはとってもうれしかったです。



これはリアル鯰の尾の写真。びちびち。


あと今回の展示で、はじめて「鯰尾と骨喰って似てる」って思ったなあ。
きっさきのあたりだけ切り取って見てみると、菖蒲造りで刃文もその辺は割と似てて、ニコイチ感を感じました。
もっと手元のほうになるにつれそれぞれの造りの違いとか彫りとか刃文とかで個性分かれてくるんですけどね。


あとこの話も聞いてくれよジョニーって感じ。


豊臣秀頼が好んで指したと記録の残っている鯰尾ですが、同時期に同じ家にいておそらく同じ人におべべこしらえてもらってる鯰尾と骨喰ほんとこれ、どうしてくれんのよって感じです。(こじらせてる)

それからちよさん(@TukaTiyo_0897)に教えていただいたのですが、
金具=ハバキと解釈することもあるらしくて。
もしかしたら「骨喰の拵の金具」がはばきだとして、
もしかしたら今現在刀と一緒に展示されているはばきがそれなのかも……?という夢も広がってくるところです。
(一度焼けてますし、外用の拵えのはばきとお休み用の白鞘のはばきとは違ったりしますし、その可能性がどれだけあるのか?っていうとあんまり高くはないかもなんですが、夢見るのは自由です!)





◆第四章 京のかたなの隆盛(鎌倉時代中期―後期)
謙信景光がもうないよ〜〜〜!!って寂しかった。

●国宝 小太刀 銘来国俊
寸法が短いだけでなく、全体が太刀の姿のままで小さく作られている、と音声ガイドで言及がありました。
小太刀ってポジションなんやねん…というのがいまいちよくわからないのですが、
確かに吉光の小太刀と比べると姿おもいっきり違いますね!っていうのとってもよくわかる。
これは神仏への奉納か、高貴な子どものお祝いのために作られたのではとのことでした。

よく徳美に行くので、春のお雛様の展示もここんとこは毎年見ているんですけど、
お雛様の服って、全部人形用に織られているんですよね。
人間の服のための布をそのまま使ったりすると、例えば花柄とかだったらもう人形には大きすぎて小花柄が大輪のお花になっちゃいますから。
そういう、たかが人形のためだけに織られる布、というところに何とも言えないいとおしさを感じたりするのですが
この小太刀にも同じような感覚を覚えました。
だから子どものお祝いのための刀だったらわたしはちょっとうれしいな。


来のお部屋、前期の国宝揃いっぷりがすごすぎて後期はすこし落ち着いたような印象なのですが、
それでもぐるぐるとみていると「これ国宝?なるほどわかる…」みたいに思うこと多くて、
なんというか、国宝に選ばれやすい刀はこういうやつ、みたいなのがよくわかる部屋の気がします。
どの刀もそれぞれの美点があるのですけどね。
コンクールで賞取りやすい曲ってあるでしょ。毎年この曲歌うクラスが優勝するんだよねーみたいな。
そういうの見えてきます、まだなんとなくなんですが。



◆第五章 京のかたなの苦難(南北朝時代―室町時代中期)
長谷部部屋ですね。ジュークボックス部屋。(前期の記事を見てくれ)
今はへし切長谷部も表裏ひっくり返されて展示されているはずです。

●重文 短刀 無銘



不思議な彫りのある短刀。
信国のものだとされていますが、彫りが貞宗のものと似ており、この二人の刀工の関係が見える作品と言う点でピックアップされていました。
不思議だなあと思ったのは、彫りがはばき、柄の部分まで繋がっていることなんですよね。
すり上げてるのならこういうこともままあるのですけど(小龍景光なんかそうですね)、短刀ですし、すりあげるってことあるのかなあ?
でもいま図録見てみると刃の焼きがけっこう下のほうから入ってるので、やっぱりすりあげてるのか…?

うん、すりあげてるのかどうかよくわかんないんですけど、
もしすりあげとかしてないで元からこの尺だとして、
はばきの下に隠れた彫りって、なんだかひっそりと隠された願いとか、祈りみたいで、
そうだとしたらどういう思いが託されてたんだろうな、とか考えてました。



◆第六章 京のかたなの復興(室町時代後期―桃山時代)
ここでは前述した骨喰写しがあるのでチェックしてくださいね!

●重文 光徳刀絵図(毛利本・文禄三年)
鯰尾骨喰のあたりでも言及した光徳刀絵図ですが、巻替えありで通期展示されています。
わたしがいた期間で言いますと、前期のラスト一週間は鯰尾、骨喰、一期一振のあたりが、
後期の最初一週間では日向正宗が見れる部分が展示されていました。
休館日の月曜に巻替えをしているみたいなので、行く方はその時々で見えるものをよおく見てみてくださいね!
たぶんそれなりに審神者を意識した部分を展示してくださってるのではないかと思う。


●秀次公縁起絵巻
真田丸見てた人たちは秀次事件のことビビットに反芻できるんじゃないかなと思うんですが…
秀次事件のいちばんえぐい場面がちょうど展示されているのでぜひじっくり見てください。
これはキャプションも充実してるし色も鮮明で見やすいし、絵巻物見慣れない人も理解しておもしろく見れるものだと思う。

とてもえぐい場面。


●重文 刀 銘本作長義天正十八年庚寅五月三日ニ九州日向住国広銘打/天正十四年七月廿一日小田原参府之時従屋形様被下置也長尾新五郎平朝臣顕長所持

前期の記事で言及したものには基本的に今回の記事では触れないのですが………
まあ触れますよね時事ネタですからね

この刀に関しては、所蔵元の徳川美術館で見るよりも刃文すごく見やすいと思います。
個人的には一つ前の刀のあたりから、斜めに見るとすごくきれいに刃文に光が乗ると思ってます。(スペック身長158cm)


この本作長義と山姥切国広、姿はほんとほとんど一緒なんですよ。
●国広
長さ:70.60cm
反り:2.82cm
元幅:3.33cm
先幅:2.97cm
●長義
長さ:71.3cm
反り:2.4cm
元幅:3.41cm
先幅:2.99cm

(データはこちらと図録参照です)


ミリ単位の誤差。

刀の反りって、刃文を作るための土置きがあり、土置きをした状態でそれを冷却水で急速に冷やし、その際に刃文が作られるのと同時に鉄に炭素が混入することで膨張し、それによって反りができる…ということらしいのですが(理解違いしてたらごめんね)、
反りをさ、叩いて曲げるとかならまあやり直しきくし「これでいいかな〜ん〜もうちょっとか〜」みたいな調整できるだろうなって思うんですけど、
冷やすことで膨張してそれによって曲がるって、それ調整するとかそういうのゼロじゃないですか
それでこの一致具合国広の腕やばくない????ってところですよ。


国広:天正十八年庚寅弐月
長義:天正十八年庚寅五月三日

と銘があり、これはあくまで銘を入れた日なのですりあげをされたのはいつなのかはわからないのですが、
国広が本作長義に銘を入れたのと同時にすりあげをしたとしたら山姥切国広のほうが先に作られて、それに合わせて本作長義のほうをすり上げたって流れになるんですよね。
個人的には「そういうことする……?」思うし先にすりあげはしてたんじゃない?そのほうが自然じゃない?とか思うんですが、
まあわたしこの辺の細かい研究資料とか読んでないんでね。
まあこれからこの辺盛り上がると思うんでそのうち誰かがまとめてくれたやつがTLに流れてくるんじゃないかな!
お前らのそういう国会図書館に行くタイプのオタクっぷり大好きだよ!

という、旬の話題に一応言及しましたというやつでした。
銘読むの結構難しかったけどじっくり見れるタイミングで見れそうな人は解読してみるのも楽しいと思う!


●重文 刀 銘山城邦西陣住人埋忠明寿(花押)/慶長三年八月日他江不可渡之
これは今回の展示の広告にも結構登場してる刀ですね〜〜
彫りが不動明王と梵字、それから倶利伽羅龍と、ぱっと見骨喰かな??って思っちゃう刀でもあります。

今回長く京都にいたので、それなりに観光もしたんですけど、
いま仁和寺で五大明王の絵が特別公開されていて、それを拝観したときにいろいろお話聞かせてくれて、それで知ったことが今回ここにリンクしてとっても面白かったんです。



これ、仁和寺でいただいたパンフレットに載っていた軍荼利明王という明王さまなんですが、
後ろの炎、少し鳥みたいに見える部分があるのわかりますか?

迦楼羅焔(かるらえん)と言うんですって。



上のwikiページにも書かれてるんですが、火の鳥として不動明王の背後に描かれることがあるのだと仁和寺でお話聞かせてもらいました。
普通は不動明王の後ろの炎で描かれることが多いみたいなんですが、仁和寺では軍荼利明王に描かれてるみたいです。

で、それを踏まえてこの埋忠明寿の刀を見ると、火の鳥っぽく炎が彫られてるの見てわかったんですよー!
こういう、知識と知識がつながる瞬間まじ脳みそからよだれ出るわ最高だよね………

それから、ちょっと不動明王について知識が増えたところで、
そういえば我々が見知ってる倶利伽羅龍って剣に巻き付く龍で、剣は不動明王が持ってる三鈷柄剣だけど、龍ってどっから来たの?
って疑問が起こって軽くググってみたんですが、
不動明王は右手で剣を持って、左手で縄のようなものを持ってるんですが、
この縄のほうを龍として表現してる、というのを見つけて「なるほどー!」ってなりました。
(旅行中に確かにそういうサイトを見つけたんですが今探しても見つけられない…微妙な解釈だったらごめんね)

梵字も調べるとそれぞれの意味や願いがありますし、
仏教的な知識が増えると刀を見るのもまた楽しくなるのかなあって思います。
現代日本で宗教は忌避されがちだけど、でも文化の土台になっているということは本当に確かなのだものね。



●短刀 銘伊賀守金道
このくらいの時代になると、戦が遠ざかり、美術刀剣のブームが起きます。
美術寄りの刀剣で代表的な技巧はいくつかあって、わたしは助広が作ったとうらん刃がとっても大好きなのですが、
そのとうらん刃とよく並べられる美術寄りの刃文の技巧が「すだれ刃」




この金道は、そのすだれ刃を完成させた吉道の兄で、すだれ刃の萌芽が見られる作を残しています。
というのが見られるのがこの短刀。
わたしは、満月だけど雲が出てる夜に、月を遮るように雲がかかる、そういう空の様子を思い出しました。
光を当ててスライドさせるのがとても楽しい刀だった。



こんなかんじ。



◆第七章 京のかたなの展開(桃山時代―江戸時代前期)

とうらん刃の話題出したところからの助広です。
●刀 銘津田越前守助廣 延宝三年二月日/井上真改 延宝三年二月日
助広がすきー!!って話は今までもいろんな場面でしてるんですが、
これ銘がめちゃめちゃかわいいので見てください。
これは合作の刀で、助広ソロの刀も隣にあるんですが、銘のかわいさはこっちが勝つ。
延宝の「延」の字がほひゃ〜〜〜って勢いでかわいい。かわいい。



◆第八章 京のかたなと人びと(江戸時代中期―現代)

●重文 太刀 銘□忠(名物膝丸・薄緑)
となりに兄者はもういないけど同じ北野さんの刀がいてくれてるほにゃ忠(膝丸)。
髭切膝丸同時展示のときは本当にすごく混んでてなかなかじっくり見られなかったのですが、
今回割と落ち着いてきていたのでじっくり見れました。



それでやっとじっくり見たところでびっくりしたんですけど、きっさきの刃がすっごく少ないのですね!
最初からこうではなく研ぎ減りだろうとは思うんですけど、けっこうギリギリでちょっと息止めちゃうような様子してました。

あとあるとき隣で見てた外人さんたちが英語キャプションを見て「ニーカッターwww」とウケてたのがこっちもつられてにやにやしちゃった。
英語キャプション、全部についてるわけじゃないんですがあるやつは独特の表現してたりして面白いのでぜひ気にしてみてくださいね。


●重文 太刀 銘北野天神豊臣秀頼公御造営之時/干時慶長十二丁未十一月日信濃守国広造
銘がなげ〜〜〜〜〜国広これだから〜〜〜〜〜〜
北野天満宮の国広です。11/11までの展示。
これは秀頼さまが奉納したもので、秀頼さまがだいたい13歳ごろの年のようです。
また、同じ年の11月に神社全体に寄進をしているという内容の木札?が北野天満宮に残されています。



北野天満宮も宝物展示してますのでね。髭切展示されてますので。





わかっていらっしゃるって感じ。
こちらで上にあげた木札的なやつも見られますので、ご興味があればどうぞというところなんですが、
さてこの秀頼奉納の国広、す〜〜〜〜ごくキレイ系なんです。
国広ってドーン!ガーン!みたいなところ結構あるんですが(肌的にも刃文的にも)
これはほんと綺麗なジャイアンみたいな勢いで綺麗。
博物館内に国広は何振りもありますので、これはほかと違うな〜〜〜って感じながら見るのもいいかもです。


●重文 剣 銘尚宗
前期ではクリスが展示されていたケースに展示されています。
豊臣秀頼の幼くして死んだ兄のためにつくられた剣です。
心にダイレクトアタックされるタイプのひとはされちゃうやつです。
ていうか後期になって急に豊臣まわりの情報がぶあーーっと増えたような感覚あるわ……


●橋弁慶山牛若丸人形
これ、わたしが見つけられてないだけだったらごめんなさいって話なんですけど、
これどこで固定してるの……?
一本足で立ってる大きな牛若丸の人形なんですけど、こういうの普通テグスとかで固定してること多いと思うんですけど、
そう思ってぐるぐる360度回りながら目を凝らしてもテグスにしても他のなんらかにしても固定するものを見つけられなくて
「えっこれ作品そのもののバランス感覚だけで立ってるの?」
ってうそお〜〜…って気持ちになってたんですけど単に見つけられてないだけかもしれない。
いえ、最近作られた作品ならすげ〜〜テクノロジ〜〜って思って納得するんですけど、
作られたの室町時代って書いてあるし。一本足で重心どこなの!?みたいなお人形だし。
すごっ…すごない?いえこれで実はしっかり固定してますよだったら着席するだけなんですけど……


●直刀 銘傘笠正峯作之/戊辰年八月日(七星剣写し)
前期は大包平写しのあったところがこれになっていました。京のかたな展全体の大トリ。
音声ガイドのストーリー的にラストが平成の大包平ってすごすぎる…と思っていたのですが
後期からは大包平からさらに時代を遡った七星剣で
刀の祖の祖にたどり着いて終わる、というストーリーに変わっていて美しかったです。
刀身に金象嵌でほどこされた絵が見ていて飽きないものでした。





さてさて、昨日の夜から書き始めて深夜に一度フリーズして「おわった〜〜〜〜!!!もうだめだ!!!」となっていたのですがテキストで保存していた分だけがどうにか生きてて翌日遅く起きて最後まで書き上げた今回の記事いかがだったでしょうか(長い)!!!
全面的に個人の主観ですし、フィーリング多くてわかんねえよ!って部分も多々あると思うのですが
知らない曲をいきなり聞くよりも「〇〇さんが話してたやつ」程度にとっかかりがあるほうがちょっと気を付けて聞けるものなので
そういうとっかかりになれてたらいいなあくらいの気持ちです。

長々と書きました!京博おかわりしにいきたいけど無職なんですよね!お金ね!たくわえがね!
福山もどうにか行きたいし行きたいけど生き抜けるのかってところ!
(無職なんですよ、なんか仕事あったら紹介してくださいね、なにか書く仕事ができたらいいなって思ってるんですけど経験ないしなかなかね)

というわけでなにかの足しになっていたら幸いです!
ここまで読んでくださってありがとうございました!

京のかたな前期まとめ(その2)

October 29 [Mon], 2018, 13:08
京のかたな展前期まとめのその2だよ。



▼その1の記事はこちら



粟田口の部屋を抜けて、次は来派の部屋!

◆第四章 京のかたなの隆盛(鎌倉時代中期ー後期)
ここでは主に来派の刀が紹介されています。
来は粟田口派から遅れること50年くらいの時期に出てきた派。
これまでは大陸から渡ってきた人たちが祖の一派だと考えられていたのですが
このころの朝鮮半島に「来」という苗字はなく、
また日本と同様、または近しい鍛刀技術は発見できていないそうです。
なので彼らは「俺ら外国から来たやで」「舶来品やで」というブランディングをすることで
すでに皇室御用達の一流ブランドとなっている粟田口派の台頭する京の刀産業の中に食い込んでいこうとした、渡来人じゃなくて日本の人ではないか、と考えられています。

来派の部屋、二部屋用意されているのですが、
一部屋目やたらきれいなの揃ってるな〜と思ったら展示されてる16振中9振が国宝でしたね。
やべえな。

そんななかでも我々に親しい国宝の眼鏡さん。

●国宝 太刀 銘国行(号明石国行)



これは移転前の刀剣博物館で撮った写真。
まあきれいやね。
きれいなんですよね。うっふっふ、って笑えてきちゃうくらいきれい。
刃文はフリルのようなかんじですが、くらげのひだみたいだなあと思ったらそれがしっくりきました。



あれですね〜肌の深い感じが海っぽさを感じるかもしれない。だからくらげのほうがしっくりくるかもしれない。
前期展示ですけどね。

●国宝 太刀 銘来国俊
これね〜〜〜!めちゃめちゃ良かったんですよ!でも前期展示!
キャプションでも「いい意味で来の評価を変えなくてはいけない作例」「地鉄は粟田口よりも繊細で古様な優しさは三条や五条派と通ずる」「ほかの作では材料や工程の面でいささか妥協をしているのではないかと思われる」ってべらぼうに褒められてるんですよ。

肌がほんとほわほわ霞が下りているみたいで、霧雨の中を歩いてるみたいな、柔らかな冷たさがあって、
刃文もぱたぱたと乱れながら引かれているのですが、「伸びている」と言うより「引いている」という感じ。
なんかもうなんも考えらんないみたいな綺麗さがあるんですよね。良かった。前期でもう終わったけど。

●重文 短刀 銘光包(名物乱光包)
光包は来派の人だけど長船長光の弟子になった…だったかな?メモが曖昧です
これは片落ち互の目の作例として展示されていて、そこからつながるのが謙信景光。

●国宝 短刀 銘備州長船住景光/元亨三年三月日(号謙信景光)
これは佐野美での展示が最高だったんですよねー!!!
あれを超える展示はきっとないだろうと思ってほんと惚れこむように見ていたのですが
今回もよいライティングでしっかりきれいなとこ見えました。

刃文は片落ち互の目。
景光が完成されたといわれる刃文で、おしりがカクンと垂直に落ちるスタイルの互の目です。



その刃文のふちはガラスに光が差し込むみたいに透明に光っていて、光のフリルみたい。
その上にかかるように一本線の光も見えるんですよね。あれはなんていうのかよくわからないんですけど。

とにかく謙信景光はクリスタルなんです!
クリアな輝きなんです!
カードキャプターさくらクリアカード編なんです!
(???)
これって〜これって〜なんていう気持ちなの〜
熱くて痛くてくすぐったくてなみだがでそう〜♪

見てほしいな〜〜とっても大好きです。実物刀剣としての最推しかもしれない(コロコロ変わるけど)。

まあ前期展示なんですけどね!!

この片落ち互の目、というポイントにつなげるようにストーリー繋げてるのうまいな〜と思いました。
同じ景光でも刀剣乱舞実装刀剣で、小龍景光はなんで出さないんだろう?って思ってたんですよね。
あっちのほうが同じ国立博物館所蔵なので借りるハードルも低いんじゃないかなとか思うし。
でも違うんですね、片落ち互の目というところにつなげるのなら謙信景光につなげるのが適切です。
小龍は互の目がもつれるようになる部分があって完全な片落ち互の目とは言えませんから。



小龍景光はこんなかんじ。龍の彫りもあいまって雲のような刃文に感じられます。


来派の部屋、作品それぞれの深みを感じるのもとても心地よいんですけど、
キャプションがめちゃめちゃ勉強になります。
系譜がすごい広がっているしあっちこっちに広がっていく来派の様子がわかる。




今回出てた中では国行・国俊の刀はどれも綺麗でとてもよかったな。
なんかもう国宝が多いからというのもあって納得なんですが、息をすると肺が綺麗になりそうな雰囲気の部屋でしたね。
水底から水面を見上げているような感じだった。


●刀 銘吸収肥後同田貫正国
部屋を移って同田貫。
国行の弟子の国村が肥後国菊池に移住して延寿派の祖となるのですが、
室町末期から同じく肥後国菊池で刀を作った同田貫派はその延寿派の流れを汲んでいるとされます。
刀剣乱舞実装刀剣をうまいことストーリーの中に組み込むなあ、と思いました。

これは王貞治監督寄贈の正国で九州国立博物館所蔵のもの。
よく言えば野趣がある、悪く言えば田舎臭い。
と言われるものの、なんかこの刀は独特の光があったように思います。
他は深い青とか白とかが多いんだけど、これは明るい水色の印象でした。
浅瀬の水の色。
確かに肌がさがさだし姿も優美とは言えないしまあ実戦刀なんでしょうねって思うんですけど
なんかよくわからないクリアさがあったように思います。


●太刀 朱銘千代鶴国安 木屋□研之(号次郎太刀)
あんま刀わからないで見に来てるんだろうな〜〜って人も嬉々として見ていた次郎太刀。
これも来派のうちで越前に行った人たちの流れの一振りなのです。
今回の展示では刀が重すぎて思うように立てかけられないため、刃文を見るのが物理的に難しい状況です。
でもなんか角度によっては若干見えた気がしないでもない…けどちらっと見えてまたわからなくなってしまったのでどの角度で見ればいいのかみたいなことをお伝え出来ないです。



本来だったらこんな風に刃文が見えます。これは今年の正月に熱田神宮で撮った写真。
ぶわっと牡丹みたいにお花が開くんですよね。素敵です。



◆第五章 京のかたなの苦難(南北朝時代ー室町時代中期)
これは主に長谷部部屋。福岡の冬の男が京都に出張しにきているお部屋です。360度へし切長谷部。

●国宝 刀 金象嵌銘長谷部国重本阿(花押)/黒田筑前守(名物圧切長谷部)

こちらは福岡で撮った長谷部です。





まあみんな大好き長谷部なのでみんないっぱい褒めてると思うのですが
皆焼(ひたつら)の刃文って、なんだか派手で豪壮なものになりがちなんですけど、
長谷部はあまり悪目立ちしないというか、派手は派手なんだけど笑えちゃうような派手ではないんですよね。
長谷部を見たとき、ぱっとこの曲が頭の中で流れ出したんです。



なんかこう、わかります?
激しい起伏の多い曲なんですけど、ピアノだけで構成されているんでどこまで行ってもうるさくはならない。
水が飛び跳ねるようでもあれば嵐の海のようでもあり。
これはゲームサイズなので気になった人は音源買ってフルバージョン聞いてくださいね。Miliはいいぞ。

肌もつややかパール肌で、きらきらだけどマジョマジョとかアナスイとかではなくてオーブクチュール。

あと今回あらためて気づいてびっくりしたのですが、なかごまでとっても仕事が丁寧なんですね!
金象嵌ってなんだかやらしい気がしてあまりいいと思ったことなかったのですが
きれいに均されたなかごに金文字がきらりと光るし、
目釘穴が3つ埋められているのですが、赤銅で埋めてるのかな?
その埋められた目釘穴すらもきらりと光って、まるで宝石が埋め込んであるみたいに見えました。
めちゃめちゃ仕事が丁寧。なかごが宝石の国。

めちゃめちゃ愛されてんじゃん長谷部。

もう刀ステの長政さまとへしきりのおん刀の様子がめっちゃ頭の中によみがえりました。
超愛されてる。超家宝。さすへし。


●重文 刀 無銘伝長谷部
黒川古文化研究所所蔵の長谷部。なかごに金泥で「国重」と書かれているのですがこれは前の所有者さんが勝手につけちゃったやつだそう。
これ見た瞬間にこの曲が頭の中で流れました。



イケイケ


●重美 太刀 銘長谷部国信(号からかしわ)
こちらもみんな大好きからかしわ。
これは重低音強めのパリピ曲って感じでしたね。
ということで選曲はlamb.になりました。MMDでよく使われてるやつ。


●重文 短刀 銘長谷部国信 藤原友吉
合作の作品です。熱田神宮所蔵。
これは波の音でした。



なんかこんな感じで長谷部あたりはジュークボックス化してておもしろかったです。
長谷部あたりが終わると、戦地となってしまった京でそれでも刀を作っていた小規模経営の刀工集団についての展示が続きます。
その流れで村正も展示されます。うまくつなげた。


◆第六章 京のかたなの復興(室町時代後期ー桃山時代)
ここではすりあげ文化や堀川派、三品派、埋忠などの話。

●重文 光徳刀絵図(毛利本・文禄三年) 本阿弥光徳筆
押形の書物ですね。
こちらの展示は巻替えがあるので休館日ごとに展示内容がかわるみたいなのですが、

わたしが京都に滞在した一週間、ちょうど一期一振、鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎、包丁藤四郎等が描かれている箇所が展示されていました。
これね、大阪夏の陣以前に作られたものなので、燃える前の姿なのですよね…!
そしてこの包丁藤四郎、二階で展示されている現存する徳川美術館の包丁藤四郎ではなくて、
焼失しているほうの包丁藤四郎なんですよね…!刀剣乱舞の包丁くんここにいたよ!

わたしが来る前の週は薬研のところが展示されていたみたいですね。
ということで(?)建勲神社でお披露目された薬研藤四郎再現作です。







展示状況や列の状況もあり、肌や刃文など細かいところは見れなかったのですが
なんだかふわふわやわらかい、生まれたての無垢ないい子って様子の刀でした。
いろんな吉光短刀の要素を混ぜて再現したんですって。

光徳刀絵図の話に戻りますけど、
これを作るよう依頼した毛利家、そんなに刀に興味がなかったんだそうです。
でも就職先の社長(秀吉)は超刀好き。
社長の話に付き合えないといろいろ困るし、カンペ作成を本阿弥光徳に依頼します。
といういきさつで作成されたのがこちらの刀絵図だそう。(ニコ生より)

来週はどの刀が出てくるのかな…楽しみにしていてくださいね…

●重文 刀 銘本作長義天正十発年庚寅五月三日ニ九州日向住国広銘打/天正十四年七月廿一日小田原参府之時従屋形様被下置也長尾新五郎平朝臣顕長所持

………長い!!
いつもせいぜい「本作長義(以下略)」くらいでしか書かないし今回初めてフルで書きましたよ。
本作長義です。
山姥切国広の本歌です。
国広はこういう古刀の写しをしたり銘打ちの仕事をしたりすることで美的感覚を磨いたんだね、って話でした。
こういうふうにド長い銘打つのも、後世の研究者からしたらめちゃめちゃ研究の材料として有能だから超ありがたいって感じみたいです。

徳川美術館でも何度か見ているのですが、今回刃文とっても見やすいです!
ひとつ前の刀の前で斜めから見るとすごい刃文くっきり見えました。
ガンッガンッと大きいブロック状の刃取りのなかに、細かく毛細血管みたいに足が入っています。

山姥切国広を見た記憶がもうずいぶん遠のいているのですが、やっぱり記憶の中にある山姥切国広とはずいぶん印象が違うなあ。
いつかこの二振りが並んで展示されて反復横跳びして比較できるような日が来たらとっても嬉しいんだけど…難しいかな……


●脇差 銘以南蛮鉄於武州江戸越前康継/骨喰吉光模
これは骨喰藤四郎の写し。
光徳刀絵図毛利本に描かれている骨喰と比較しても、似ているなあと思います。
これは明暦の大火前に作成されたもので、燃える前の姿をよく写しているものだとされています。





こちらはトーハクで撮影したものです。
これとぜひ見比べてほしいなと思うのが、明治古都館にて展示中の平成の骨喰写し。





明治古都館で刀剣乱舞のパネル展示やグッズ販売が行われています。
この骨喰写しも撮影可で展示されているのでぜひチェックしてねってところなんですが。

両方、骨喰藤四郎の写しなのにずいぶん雰囲気が違います。
越前康継のは乱れ混じりの刃文、宮入氏のは細直刃のもの。

骨喰って、本当に吉光の作品であるってはっきり言うことはできないんですよね。
それは他の吉光だってそうではあるのですが。



この講演のときに言及がありましたが、秀吉のころにたくさん偽の吉光が作成されているのではないか、
(澤口氏の見解では半分くらいはそうなんじゃないか、とのこと)
でももし偽物だったとしても、その時点から現代まではもうたくさんの時が流れていて、もうそこに歴史や価値が詰まれているので、偽物だとしても無価値なものということはけしてない、という話でした。
その中でも特に骨喰はすりあげで銘がなくなっていますしね。
(刀剣乱舞の骨喰が鯰尾のことかたくなに「兄弟」って呼ぶのいじらしいと思いません?)

で、そんな中で、もし忠実に吉光の作風のままで作られたとしたらこうだろう、というコンセプトで制作されたのが宮入氏の骨喰写し。
こっちの2018年の骨喰、みんな「へ〜〜」くらいの気持ちで見て写真撮ったらすぐ切り上げてしまっているように見えたのですが
このへんに思いを馳せてちょっと心に傷を負って帰ってほしいな!
そして後期からは本歌の骨喰も展示されるから三振りを見比べてみてほしいな!


●刀 銘日州古屋住国広山伏時作(以下切)
刀剣乱舞の山伏国広とは違うのですが、「山伏時作」と銘が切られている一振り。
これは刀そのものはまだそんなにしっかりつかめていないのですが、
10/27(土)に参加した末兼先生の土曜講座で国広についての話がありました。

国広って、そもそも何者かよくわかりません。
どこぞの家臣だったとか、戦で武功を立てたとか、山伏してたとか、いろいろ話はあるんですが、出典の正しさについて精査がされているとは言えないし、おもしろすぎて嘘っぽいとこも多々あり。
(まじ面白いんだよな国広の生涯。大河ドラマ化してほしい刀工No.1)

「山伏之時作之」という銘がありますが、これもそのまま受け取ってしまっていいものなのか疑問があります。
まず、なぜ過去形なのか?
「山伏」というのは、本当に現代とらえられている山伏と同じ意味の言葉なのか?
そもそもなぜ「山伏之時」と刻む必要がある?
などなど。不思議がいっぱいデンジャラスって感じみたいです。

少しさかのぼって昭和のころ、なぜ「山伏」の銘がそのままストンと受け入れられてしまったかというと
昭和の民俗学で「山の民=サンカ=鍛冶技術者」というのが流行していたため、という土台があるようです。
もののけ姫でも人間界からあぶれてしまった人々が山で暮らし鉄を作っていますが
あれは昭和の民俗学がめちゃめちゃ反映されちゃってる作例のひとつだそう。
そもそもこれは柳田邦男が言い出したのですが、途中で「だめだまとまんねえや!」となって投げだした説
だから認識のベースにしてしまうにはあんまりよくない内容らしいんですが、
とにかく流行ってしまっていたせいで、「山伏国広」という「山の民の刀鍛冶」がなんの検証もなく受け入れられてしまった、と言う話。

だからこそ、今度からはそういう先入観なしで、新しく研究していく必要があるよね、という話でした。

そこから国広の宗教観とはなんだったのか?みたいな話に行き、この刀身彫刻の組み合わせはこの宗派を導き出すことができる、梵字もきちんと研究材料としていくべき、当時の刀身彫刻などは発注者の注文ではなく刀工が自分の宗教観に基づいて打っていたもの、とかそんな話がありました。

刀鍛冶って、教養レベルは高かったはずなんだそうです。
金工は最先端の技術。それをなにも理解できない馬鹿はやっていけないし、
宗教観も宗教に関する知識もきちんとあって、だからこそこうやって作品にそれが反映される。

……本当はもっと細かい仏教系の話まで解説があったんですが、メモが間に合わなくて不完全なのと、わたし自身がさほど仏教知識がなくて絶対理解が追い付いてないので書かないでおきます!




●刀 銘濃州関住兼定作(号歌仙兼定)
国広部屋にいると思っていなかったよね。
今回の展示では、「元祖片手打ち」のサンプル品として展示されていました。
堀川派で片手打ちリスペクトをした人が現れたためです。

前に永青文庫で展示されていた時、江戸時代の細川家の刀剣類の帳面みたいなのも展示されていたのですが、
そこでは脇差の列に歌仙兼定が入っていました。
それくらい、片手で振れる、小回りが利く使い勝手のいいサイズということです。



この前熊本で撮った写真です。



ノサダは銘がうふふってなるんだ。



腰刃(根元のほうで高く焼かれる刃文)が入って、上のほうはゆるいのたれって感じです。
ここの刃文が朝焼けの山の稜線みたいで大好き。

最前列で見てびっくりしたんですけど、
今回の展示の歌仙めっちゃ刃文きれいに見えるぞ…!

「えっなに?アイライン変えた?すごいくっきりはっきりしてる…」とか思ったね。
いままでの刃文がペンシルタイプのアイライナー(ブラウンとか)を少しぼかしてなじませてるみたいな感じだとして
今回はジェルライナーでばっちりライン引かれてる感じです。
でもけばくないよ〜!超かわいい〜〜!!って謎の女子の会話を脳内でした。

あと音声ガイドでの紹介が「方手打ちの元祖」「もともと雑兵が持つもの」「小回りが利く」等雅から遠い感じのことしか言われてなくて面白かった。


●刀 銘吉行
残念ながら前期のみの展示の陸奥守吉行。
少しかがんで見たら過去最大級に拳形丁子が見えました!

この吉行もなんの脈絡もなく展示されているものではなく、
堀川派と三品派の交流とそれによる拳形丁子という特徴の継承、というストーリーに乗って登場しています。
ほんと今回、うまくつなげるなあ…!と随所で感心しっぱなしです。



◆第七章 京のかたなの展開(桃山時代ー江戸時代前期)

●刀 津田越前守助廣/延宝七年二月日
二代目助広です。津田越前守助広です。
助広出るんだ〜〜〜!!と楽しみにしていたんですが、わたしの好きな丸津田の助広でした。やったー!
好きです。とうらん刃。
丸津田というのは銘がまるまるとしたかわいい字体で書かれているためそう呼ばれます。
銘がほんとかわいいんだ。見て。



これはトーハクで撮ったやつなんですけどね〜かわいかろう〜

助広は堀川派の流れなんですよね。それでここに配置されています。


◆第八章 京のかたなと人びと(江戸時代中期ー現代)
ここでは京都の寺社仏閣に奉納されている刀や、近現代の山城鍛冶について紹介されています。

●重文 黒漆剣
平安時代、9世紀の刀。
直刀で、ずいぶん腐食でぼろぼろになっています。
これは鞍馬寺に奉納されていたもの。
なかごに目釘穴がないんですよね。どうやって拵えにセットしていたんだろう。抜けそう。
これこそがソハヤノツルキの本歌なのではないか…という説もあるにはあるみたいですが可能性は薄いです。



このとき播州清水寺に騒速大刀を見に行ったのですが、まあなんとなく切刃造りのやつと感じは似てますよね。



これは前期展示のみですが、今回の展示のうちでいちばん古い刀はこれでしたねたぶん。


●重文 太刀 銘□忠(名物膝丸・薄緑)
●重文 太刀 銘国綱(名物髭切・鬼切)

みんな大好き源氏兄弟。
両方とも13世紀ごろ作成されたものだと考えられています。

13世紀は頼朝も義経も死んでるよ!
それでもこの二振りが源氏の重宝としての伝説を背負っているのは、ひとは物語を語り伝えるためには、なにかモノに託さなければそれができないから。
過去に何振りも、薄緑だった刀が、吠丸だった刀が、鬼切だった刀、友切だった刀が、あったのかもしれない。
それらの物語を伝えたかった。
だけどなにも寄る辺のないままで物語は生き残ることができない。
だから託されたのがこの二振りで、この二振りだったのは両者とも十分な名刀であったから。

というのが音声ガイドでは語られるのですが、刀剣乱舞における髭切膝丸の解釈としてひとつのアンサーだなと思います。

さて、刀本体の話ですが、わたしは髭切のほうが好みです。
乱れ映りの肌に乱れの入った刃文、金筋も入っていて、姿はぎゅるんとバナナカーブ。
前に見たときは「ほわほわしてつかみどころがない感じが面白くて好き」と思ったのですが、
そのときよりはもうちょっと見えるようになったのかな?
それでもいろんな要素が「ほわほわ」なのが楽しくて好きです。

膝丸は通期展示、髭切は前期の後半のみの展示ですが、後期の期間からは北野天満宮で展示されますのでまたそちらも見に行こうかなあと思います。


●重美 太刀 銘幡枝八幡宮藤原国広造/慶長四年八月彼岸
三年越しの邂逅だったんだ。



↑この記事を書いたの、2015年の8月です。
このとき、神社の縁起に書かれていた刀、それがこの刀でした。

「あ、えっ、あなたなの……?」となりました。続けててよかった。


●刀 金象嵌銘永禄三年五月十九日吉本討捕刻彼所持刀/織田尾張守信長(名物義元左文字)
みんな大好き傾国です。
周りで見てた人たちが「意外にがっしりしてるね…!?」って言ってて「わかる〜そうおもうよね〜〜」って思った。

今回「うお〜〜ほんとだ〜〜!!」って思ったのは樋の様子なんです。



水木刀工のツイートで知ったんですが、義元左文字の樋の中はずいぶん肌がガサガサして見えます。
これは心鉄まで到達してしまっているから、それが露出してそう見えるのでは?という内容。
今までも「樋の中はがさがさして見える」と感じた刀はあったのですが、光の加減でそう見えるのかな?と思っていたのですよね。
今回こういうパターンがあり得るということを知って、ひとつ世界が広がった気分です!
まあ前期のみの展示だ!!


●太刀 銘備前国包平作/傘笠正峯作之 平成八年十二月(大包平写)
これが今回の展示を締めくくるラストの刀。
平成生まれの大包平写しです。前期のみの展示。



ちなみにこちらはトーハクの本歌の大包平ですね。雰囲気を感じてください。でかい。

今回の展示のストーリーは三日月宗近から始まり、ラストがこの平成の大包平でした。
そしてこれのキャプションには「最後の山城鍛冶の死により、京のかたなは幕を閉じた」
と完全に終末宣言をしてしまっているのです。

これ、かなり攻めた内容だなって。

終わっちゃったんだ、知らないうちにひとつの伝統が、千年の歴史が終わってたんだ、っていう、
なんかすごい喪失感みたいなものがドーンとくるんですよね。
ですが音声ガイドではほんのちょっとだけ、救済を与えてくれます。
このとき心底「音声ガイド借りてよかったな」って思いました。

後期はこの大包平写しは展示されないわけだけど、どういうふうにまとめるのかな。
それもまた楽しみです。



というわけで、京のかたな展前期のまとめは以上です!
電源の使える京都の喫茶店に入ってたぶん6時間くらい経っています!!
居座らせてくれてありがとうシアトルズベストコーヒー アパヴィラホテル京都駅前店!!!
(居座っちゃってすみません混んだら出ますんで、と言ったら今の時期は多分大丈夫ですよ〜って言ってくれたやさしいありがとう)

毎日閉館時間ごろの夕焼けの残った藍色の空の京都タワーを見て、夜の豊国さんにお参りしてから帰る日々、とっても充実しています。
明日からの後期も楽しみだなー!

だいたい主観によるレポでしたが、後期来る方や振り返りたい方、
何年か後にこの時の様子を知りたいと思って調べた誰かの役に立ったりしたらうれしいです。

何かの足しになっていれば幸いです!
ここまで読んでいただいてありがとうございました!
P R
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