慰めに満ちたる主(Uコリント1の1〜4) 

2007年11月11日(日) 19時43分
人生には苦しみや悲しみがあふれています。試練の中で苦しむ時、私達はどうしてこんな目にあうのかと自問自答します。
しかし、試練には教育的な要素が含まれている場合があります。
「今はわからないが、あとでわかるようになる」
と主は言われました。
パウロは、苦しみに会うことによって、父なる神が慰めに満ちた御方でああることを教えられました。
彼の周りには、信仰を共にする人々が何人もいました。それらの人々が、その時、その時、パウロを助け、勇気づけてくれたこともあったでしょう。
人の助けを受けることも、神の慰めであることを教えられました。
神様は苦しみの中にいる私たちに必要なものが何であるかを教えてくださいます。
「苦しみにあったことは、わたしには良いです」
と言えるほど、神の豊かな慰めによって慰められることができますように。
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奏楽しました。賛美歌521、23、332、新生の歌45、賛美歌541。今日は割りと私も楽に?弾けるのばかりだったので、我ながらうまくいきました。
ただ、521、4番まであるのに、3番でアーメンしてしまって、あわてて4番弾きました。う〜、皆さんすみません。
前奏も後奏もなかなかうまくいったので、我ながら「やり遂げたぞ」感はありました。
今日の説教は、悲しみや、試練の渦中にあるときには、そればっかりになってしまって、神様からの試練だと気付かなかったりするのですが、聖書の御言葉がしっかり心に刻まれていれば、心強く歩いていけるんだな、と教えてくださるものでした。
私は割りと右から左へ流れていってしまうほうなので(おばかなのです・・・)もうちょっとしっかり御言葉を心に貯めていきたいと思う今日この頃。

信仰によって(ヘブル11の1〜3) 

2007年11月04日(日) 21時29分
私たちの生きているこの世界は、神の言葉によって造られました。
神様は、お造りになったこの世界を、全く新しく造り変えると言われました。
新天地の出現であり、神の御国の到来であります。目に見えない世界が見える形で現れるのです。アブラハムは信仰によってその事を示され、天にある故郷を求めている者として、地上では旅人であり寄留者であることを自ら言い表して、その生涯を終えました。
永遠に続く目に見えない世界のある事を知っている私たちが、どうして目に見える世界に起る様々な現象に心を奪われて動揺し、不安になったり、不平不満を言ったりするのでしょうか。
神様を見上げて、しっかりとした歩みをしたいものであります。
できる事とできない事のけじめを知って、高ぶる事のないように。
神様を信じるという事は、いつも、へりくだって生きることではないでしょうか。
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娘が奏楽しました。賛美歌505、583、52、新生51、賛美歌541.子供祝福式にて461,465
今日は子供祝福の礼拝だったので、受洗してない娘が奏楽をさせてもらいました。
今日の説教、出来ることと出来ないことの見極めですか〜耳痛いですね〜
例えば奏楽とか、私は本当にへたっぴなんですけど、うちの教会の方は(先生も)本当に忍耐強いというか、気持ちが大切だからと言ってくださる。
いろんなサイトを見てみると、やっぱ奏楽には技術が大切みたいなところもあるみたいだけど〜
祈りながら努力していこうと、思います。



汝のわざを現したまえ(列王記上17の1) 

2007年10月28日(日) 9時10分

信仰が試される時があります。祈りが聞かれないと思うような時、絶えず苦難が襲ってきて心も体も疲れ果ててしまうような時です。
エリヤの時代が、そういう時代でした。国中が、バアル礼拝で、行ける誠の神を崇め敬う人々がいなくなってしまったのです。
エリヤ自身の信仰が試されたのです。彼は祈りのうちに、神のことばを確信しました。それは、神を捨て、その戒めを守らなければ、天は青銅となり、地は鉄となると言う言葉でした。
そして、この約束を握って、イスラレルの人々を不信仰から救いだそうとしたのです。
ハバククは祈ります。
「あなたのみわざを、この年のあいだに活き働かせてください。」
祈りのが聞かれるまでに時間がかかる時があります。しかし、主は失望せずに祈り続けなさいと励まして下さいます。
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なんと2週続けての分をアップ。
祈りのが聞かれるまでに時間がかかる時があります。しかし、主は失望せずに祈り続けなさいと励まして下さいます。

なんと、私自身をふるい立たせる御言葉でしょう。あきらめたらいけません。
でも、いろんなことを考えるにつけ、私は全てのことに満たされてるなぁ、と思います。感謝です。



無くてならぬもの  (ルカ10の38〜42) 

2007年10月21日(日) 9時07分
マルタは、主イエスの為に接待のことで忙しく立ち働いていました。マリヤは、主の足もとに座ってみ言葉に聞き入っていました。二人とも、イエス様を迎えして心から喜んでいました。
マルタは、イエス様に喜んでいただきたいと思って、どういうもてなしをしたらよいかと思ったのです。しかし、イエス様が喜びとされたのは接待ではなく、私の話を聞いてくれるマリヤの方でした。
私達は主を喜ばせる為に一生懸命働こうとします。しかし、主イエスは、あなたと話しがしたいのですよ、わたしの話を聞いてほしいのですよと言われるのです。
主イエスが12弟子をお選びになった時も「彼らを自分の側に置くためであり」と記されています。
まず、主のみもとでお言葉を聞く所から始まります。そしてそれは「無くてはならぬもの」
まず第一とするべきものであると主は言われたのであります。

心つくして(出エジプト20の1〜6) 

2007年10月07日(日) 21時20分

エジプトから開放されたイスラエルは、自由を喜びました。10回ものエジプト王との交渉で彼らは
挫折を味わってきました。しかし、最後は神の審判によって恐れをなしたエジプト王は、この国か
ら出て行けと言いました。
人々はそこに神様のみわざを見ました。
「あなたがたをエジプトから導き出したのは、私である。私こそ、神であって、他に神はいない」
神の民として自覚をもった人々に律法が授けられました。
「心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない」
神を愛するとは、戒めを守ることです。主イエスの戒めは
「互いに愛し合いなさい」
です。私達は、互いに愛し合うことによって、神を愛していることの証を立てるよう、求められて
います。

祝福の世継ぎ(Tペテロ3の8〜17) 

2007年10月03日(水) 21時18分
日ごとの恵み
「私達はその中にはいって彼と食を共にし、彼もまた私と食を共にするであろう」黙示録3の10
中東では、食事を一緒にすることは交友関係のしるしとされている。主イエスは、ご自身が私達のうに入られる事につて
「私はー彼と共に食事をし、彼も私と共に食事をする」
と言われている。
したがって、キリスト者の生活は私たちが主イエスと交友関係を享受することにつながる。
この交友関係は、地上のいかなるものより優れたものである。
それは決して断ち切られることもなく、終わることもない。どこにいても、何をしていても、私達の救い主は共にいて下さる。この関係は、人間同士の交友関係が心と心のふれあいを通して日に日に深められ、育成されて行くのと同じように進展する。
キリスト者にとって、主とのこのような関係が祈りと聖書の学びを通して達成される。
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今週は平塚から岩井先生が来ての特別集会でした。前日の土曜日の夜も集会があって、私はそちらで奏楽。まぁ、こんなものかな〜?というできだったら、最後の曲で、4番まであったのに3番で終えてしまい、あわてて弾きました(汗)
それでも皆さんが大きな声で歌って下さってうれしかったです。
説教は同じTペテロの手紙から。気難しい主人にもつかえよ、という説教でした。
今日日曜日は、悪口を言われても言い返さず、祝福をもって報いなさい、という説教でした。
・・・・難しいですが、そのように過ごして生きたいな、と決意を新たにしました。

異邦人の使徒 使徒行伝9の1〜16 

2007年09月04日(火) 21時43分
パウロは、教会を迫害していました。そうすることが、神の喜び給う事であると思っていたからです。まちがった熱心に捕らえられていたパウロを救う為、復活の主が、彼に現れて下さいました。
「私の名のために彼がどんなに苦しまなければならないかを、彼に知らせよう」
パウロは新しく生まれ変わり、ただちに諸教会で、イエスこそ神の子であると説きはじめました。
パウロは、異邦人の使徒として活躍し、各地に異邦人の教会が生まれていきました。
エペソの異邦人クリスチャンに言いました。
「あなたがたは聖徒たちと同じ国籍であり、神の家族なのである」
キリストにあって、ユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者の間の隔ての中垣は取り除かれ、十字架によって和解し、1つとされ、神に近づく事ができるようになりました。
パウロはその事を喜び、異邦人伝道に邁進しました。
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ひぇ〜、これは8月26日の教会せっきょうです〜
奏楽しました。前奏、讃美歌502、56、312、新生の歌45、541、後奏。
502は初めてだったのでドキドキ、まぁ、うまくいったかな?なぜか、間違えない自信のあった312がボロボロ・・・ちょっとショックでした。

9月2日は習いに行ってるゴスペル教室の全クラスの発表会!昨年参加できなかったオープニングのハレルヤ&ハレエニも参加できて嬉しかった。
当日、手話歌が覚え切れてない〜という悪夢で目が覚めたのですが、そっちの方はリハーサルでうまく出来、ホッとしたのですが、自分のグループの方のリハで、私なんか声が通ってない〜(いや、いつものことなんだけど・・・)、って思ってすごく不安・・・に。
本番は今自分の出来る精一杯はだしました。もう絶叫してますもん。がーっと。

が、やはり課題は山積み。歌いだしてからず〜っと皆さんに指摘されてる神様に祈りつつ、いつか課題が解けることを夢見て、あきらめず頑張っていこうとおもってます。

信仰をもって進みなさい   使徒行伝18の1〜11 

2007年08月21日(火) 18時17分
パウロは、アクラとプリスキラというキリスト者夫婦に出会います。彼らは、ローマの教会員でしたが、ローマ皇帝のユダヤ人追放令で、ローマからコリントまで来たのです。パウロは、二人からローマでの主のお働きを聞くことが出来ました。マケドニア人の幻を見て、ヨーロッパに足を踏み入れ、手探り状態で伝道していたパウロの目に、帝国の首都ローマが見えたのです。さらに、パウロはコリントでユダヤ人の会堂から独立して伝道することを宣言しました。
しかし、パウロはその事が正しかったかどうか不安になりました。その時、主は幻で
「恐れるな、語り続けよ、黙っているな。あなたには、私がついている。」
と言われ、パウロの選択を認識して下さいました。
「いつも全力を注いで主のわざにはげみなさい」
福音に生きる者、生かされている者となりましょう。
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パウロさんがユダヤ人の会堂から独立を選んだとき、どんなに悩んだのでしょうか。
私の悩みなんてパウロさんに比べたら小さい小さい、そのくらい大変な決断だったのだと思いました。
そのパウロさんを支えていったキリストを信じた人たち、そして、パウロさんの祈りにこたえて大丈夫だよと道を示して下さった神様。
私ももうちょっと頑張って祈っらないと〜と思った今日の教会でした。

姫路広畑教会訪問 

2007年08月02日(木) 15時24分
7月28、29日で姫路の広畑教会に錦町教会3家族で行ってまいりました。
1家族は29日からの参加でした。
倉吉経由で行ったので、4時間かかりました〜でも、道が割りにいい道だったので、そんなに疲れなかった。
我が家のステップワゴンに大人4人と子供5人。そしてわんこ。
ちょっと、ぎゅうぎゅう。
広畑教会は結婚する前行っていたSちゃんが、「ぜったいいつか行こう」といってくれていて、やっと実現。
広畑教会に泊まらせてもらうことになって、そしバーベキューや朝ご飯、昼ごはんと3食もたべさせてもらってしまいました。
いたれり、つくせり〜。
広畑教会では、27、28日と子供キャンプが行われてて、皆さんお疲れだったでしょうに、私たちの相手もしてくれました。
驚いたのは、皆さん長い時間教会におられること・・・・
夜10時過ぎても歌の練習とかされてました。(8月4日にコンサートを行われる関係もあるかも)
28日の日曜礼拝、聖書の朗読をして、あとは歌う歌う。
この日の司会は2年前錦町教会に来ていただいて、コンサートをしてくださった姉妹だったので、その記憶がプレイバックして、まるでコンサートにきてるようでした。
手拍子なども加わって、(乗り遅れてはいけない!)とついていきましたよ〜♪
伝道師さんによる説教を聞いて礼拝が終わり、午後から私達を歓迎してくださる会がありました。
婦人の方々による歌、「君は愛される〜」で、つい、私はでしゃばっちゃったわ〜その節は皆様有難う御座いました。
そして、広畑のゴスペルクワイアの皆さんによる歌を3曲。もっと聴きたかったですね〜。ドラムの迫力ある演奏には、新鮮な気持ちになりました。

2時半に教会を後にし、姫路城にいきました。。
ぜーぜーいいながら姫路城を回り、4時過ぎに姫路出発。無事家にたどりつきました。

広畑教会の皆様、本当にありがとうございました。コンサートの成功を祈ってます。

安心して行きなさい(マルコ5の25〜34) 

2007年07月10日(火) 19時49分
私たちの心には、いつも不安がつきまといます。しかし、疑いながらも神様を少しでも信じたいという気持ちが、間違いなく存在しています。
12年間、長血を患っている女性も、そのような一人でありました。
彼女は少しは財産がありました。多くの医者にかかり、言うとおりのことをしましたが、治らず、その持ち物をみな費やしてしまいました。そこで、イエスさまの所にやってきました。
ひそかに、主のみ衣にさわろうとしたのは、病のせいだけでなく、不安もあったかもしれません。しかし、主はからし種一粒の信仰であったとしても、私達を勇気づけ、励まし、安心していきなさいと、前に押し出してくださいます。
「安心して行きなさい。あなたがたが行く道は主が見守っておられます。」
神様の守りと導きの御手を信じて、恐れることなく、前に進んでまいりましょう。
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今日の説教はこんな私でも大丈夫なんだ、と思わせていただけるお話でした。
自分自身、全てをイエス様を信じてゆだねた生活をしてるとは思えないから・・・
イエスさまはいつも見守ってくださってる、それを心にしっかりとめて行きたいと思います。

☆プロフィール☆
☆名前☆あきぶ☆
☆好きなこと☆ペットとたわむれること☆
☆家族構成☆夫、娘、息子☆
☆働く主婦、家事さぼりぎみ☆
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