小説『悪辣』 冒頭部分試し読み

June 26 [Fri], 2015, 3:48
序幕

峠の武装茶屋にて

     一

云州から普賢州に抜ける山道の途次に掛茶屋があり、行客で賑わっていた。
行客の多くは、襤褸と見紛う着物を纏い、賊匪のような風体の男たちである。そのうちのひとりが、御茶子の娘に落花狼藉を働いている。着物の上から些かなる乳房を弄られた娘は、叫声をあげて逃げまどった。行客たちは、娘の有様を見て呵呵と大笑する。皆、酒酔いしているようで、陽に焼けた肌の下が薄らと赤みがかっている。夕暮れに染まりはじめた秋空の下を汚穢た声々が飛び交っていた。その喧騒から少し離れた縁台に男が腰を掛け、饅頭を口に運んでいる。歳は三十を過ぎた頃か。金色になるまでに色の抜けた頭髪は、夕暮れに透けて輝いて見える。粗衣と裏腹に、拵えの良い打刀と脇差を腰に佩用している。金髪の男は饅頭を喉に押し込むと、朱の野点傘がつくる地の翳りに目を落とした。
「騒がしいね」
ちょうど茶を運んできた茶屋の店主が、男の言葉を聞いて頭を垂れる。
「すいやせん旦那。最近ああいう輩が増えましてね。客商売も難しい時代ですわ」
「そうじゃない」男はそう言って、茶に口をつける。
「と、申しますと」店主が聞き返すと、男は空を見上げた。
「鴉だよ──」
上空を、汚穢た声々を啄むよう鴉たちが舞っている。店主は忌みた眼で鴉たちを眺めた。
「峠をひとつ越えれば鴉ヶ岳。餌に困った鴉どもがここいらにも飛んでくる。あいつらは死肉を啄むんですわ。血を吸った山の桜は綺麗な紅花を咲かせるそうで」
「げに美しきは血桜か──」吐き捨てるように呟いた。
男は湯飲みに残った茶を一気に飲み干すと、双手の親指を腰帯にかけて縁台から立ち上がり、立ち去ろうとする。
「ちょいとお客さん」
店主が呼び止めると、男は気怠く足を止めた。
「なんだ?」
「お勘定を。お召し上がりになられた茶と饅頭の代金がまだ──」
言い切らないうちに、男は腰から刀を抜き、それを店主の喉元に突きつけた。
「手銭がないのだ。悪いが附けにしておいてくれ。なんなら、親父の奢りでもいいんだが」
「なるほど。そりゃ大層なこって」
途端、周りで巫山戯ていた行客たちが刀を抜き、総掛かりとなって男に斬りかかった。あまりに突然のことに男は反撃の余地もなく、身を攀じりながら刀を躱すだけで精一杯である。
「何事か。たかが峠の茶屋風情がかくも強面雁首揃えるとは只事ではない」男の声は驚きからか震えていた。「さては、旅客を襲うと噂の武装茶屋たあ、てめえらのこったな?」
旅客たちは刀を構えながら男の逃げ道を塞ぐ。茶屋の店主もまた刀を抜いて旅各たちに並ぶ。その様は首魁然としており、旅客たちは店主の手下のようである。
「この滅正義の悪辣世を生き抜くには、手段を選ぶ暇はない。さて、身銭に着物その鈍も、身ぐるみ置いてさっさと失せな。あの世へな」
店主も旅客たちもその賊匪の本性を露わとし、怯える男に向けて刀を振り上げた。そのうちのひとりの手から刀がするりと抜け、足元の砂利に落ちる。次に別のひとりが、がくりと地に膝を落とした。ひとり、またひとりと地面に突っ伏していく。
「なんだ!」店主が惑う。
「体が言うこと聞かねえ……」
「何事が起きてる?」
賊匪たちは地面にもんどりうち、口から沫を吹きながら体中を痙攣させている。男はその様を見下ろしながら、襟髪を掻き、笑みを浮かべた。
「ようやく効いてきたようだな」
「己、なにを謀らんや?」状況を解せぬまま店主が嘆ずる。
  • URL:https://yaplog.jp/suemitsu/archive/2832
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:末満健一 Suemitsu Ken-ichi
読者になる
脚本家・演出家・構成家・俳優・グラフィックデザイナー

1976年6月18日生。大阪府出身。39歳。2002年演劇ユニット「ピースピット」(現在活動休止中)を立ち上げ、大阪・東京にてボーダーレスに活動を行う。趣味はグラフィックデザイン、漫画読書、映画鑑賞、歌舞伎鑑賞 他。大槻ケンヂと桜玉吉とティム・バートンを愛す。

連絡先:peacepitweb@hotmail.com

《2015年の予定》
3月 SPECTER(大阪)
4月 羽田劇場(東京)
4月 GOLD BANGBANG!!(大阪)
5月 冬の来訪者たち(大阪)
5月 或る扉師の生涯(ラジオ日本)
6月 ラブラブROUTE21(神戸)
7月 Equal-イコール-(東京)
8月 舞台『K』 第二章(東京/大阪)
8月 LILIUM感謝祭(東京)
10月 夕陽伝(東京/大阪)
11月 TRUMP(東京/大阪)
12月 幽悲伝(大阪)

2015年06月
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
P R


メールフォーム

TITLE


MESSAGE


『SPECTER』メインテーマ
「異郷にて森は寂寥」
月別アーカイブ