2010年10月10日、大沢監督にご挨拶する為に鎌ヶ谷スタジアムへ。
October 11 [Mon], 2010, 22:45
マイミクの沙夜さんが献花は桔梗にするというので、自分も桔梗にしようと思ったのだが、行きつけのお花屋さんはバラ祭りの最終日ということもあり桔梗がなかった。そこで、トルコ桔梗を監督に捧げる事に。これなら白だし、華美にはならないだろう。
試合日ではないので、シャトルバスは運行していない。なので往復は徒歩で。途中、ドーナツ屋さんを見つけ、「そういえば監督は甘いものすきだったな」とドーナツも買って行くことにした。
鎌ヶ谷スタジアム到着。こんなに静かな鎌スタは初めてかも。

献花台。数人の方がいた。皆、監督へ想いを伝えに、雨の中この地へ足を運んだのだ。

一杯の花。メッセージ。お酒・・・ 形は違えど、監督への感謝の気持ちに変わりはない。皆に愛された大沢監督。

ボールもあった。病床で、ボールを握り締めていたという監督。まさに野球に捧げた人生。あっぱれ!!

今日はお別れを言いに来たのではない。
これまでのお礼と、これからもファイターズを宜しくお願い致しますというお願いのご挨拶に来たのだ。
お礼とお願いを心の中で念じた後、隣のお寺の鐘が鳴った。正午を知らせる鐘。いいタイミングだ。
記帳し、撮影した後、一礼してスタジアムを後にした。
かってのパシフィック・リーグは、暗黒時代だった。
テレビも新聞も、報道するのはセントラル・リーグ、それも巨人中心。
自分も、ファイターズファンというだけで奇異な目で見られた時代。かれこれ30年前の話。悔しかった。
強くても、日陰の存在。それがパ・リーグだった。
強くても、観客が入らない。だから赤字。その内、阪急ブレーブスが、南海ホークスが身売りした。近年では近鉄バファローズが合併。
でも、ファイターズだけはそのままだった。大社オーナーがいたから。
大社オーナーがいたからこそ、ファイターズは現存し、今、優勝を随時争えるチームにまでになったのだ。
そして大沢監督。色々な言動やパフォーマンスで紙面を賑わせた。今思えば、日陰のパ・リーグを何とか目立たせよう、際立たせようという狙いがあったのかもしれない。『FFに狙われるような選手になれ!』こんな発言もあったな。
大社オーナー、そして大沢監督。暗黒時代のパ・リーグ、ファイターズにとって、二人は闇を照らす太陽であった。希望であった。ファイターズの“象徴”であった。
だが、その象徴は二人共旅立ってしまった。
この二人が守ろうとしたもの。それがファイターズであり、ひいてはパシフィック・リーグなのだ。
二人の遺志を受け継ぎ、我々はファイターズを支え、パシフィックを盛り上げていかなければならない。
それがお二人に対しての最大の餞になるだろう。
あらためて。
大沢監督。今まで色々ありがとうございました。今は、ゆっくりお休み下さい。
自分にとってはいつまでも大沢さんは「監督」です。監督の事は、一生忘れません。
これからも、ファイターズを天上から見守って下さい。宜しくお願い致します。
試合日ではないので、シャトルバスは運行していない。なので往復は徒歩で。途中、ドーナツ屋さんを見つけ、「そういえば監督は甘いものすきだったな」とドーナツも買って行くことにした。鎌ヶ谷スタジアム到着。こんなに静かな鎌スタは初めてかも。

献花台。数人の方がいた。皆、監督へ想いを伝えに、雨の中この地へ足を運んだのだ。

一杯の花。メッセージ。お酒・・・ 形は違えど、監督への感謝の気持ちに変わりはない。皆に愛された大沢監督。

ボールもあった。病床で、ボールを握り締めていたという監督。まさに野球に捧げた人生。あっぱれ!!

今日はお別れを言いに来たのではない。
これまでのお礼と、これからもファイターズを宜しくお願い致しますというお願いのご挨拶に来たのだ。
お礼とお願いを心の中で念じた後、隣のお寺の鐘が鳴った。正午を知らせる鐘。いいタイミングだ。
記帳し、撮影した後、一礼してスタジアムを後にした。
かってのパシフィック・リーグは、暗黒時代だった。
テレビも新聞も、報道するのはセントラル・リーグ、それも巨人中心。
自分も、ファイターズファンというだけで奇異な目で見られた時代。かれこれ30年前の話。悔しかった。
強くても、日陰の存在。それがパ・リーグだった。
強くても、観客が入らない。だから赤字。その内、阪急ブレーブスが、南海ホークスが身売りした。近年では近鉄バファローズが合併。
でも、ファイターズだけはそのままだった。大社オーナーがいたから。
大社オーナーがいたからこそ、ファイターズは現存し、今、優勝を随時争えるチームにまでになったのだ。
そして大沢監督。色々な言動やパフォーマンスで紙面を賑わせた。今思えば、日陰のパ・リーグを何とか目立たせよう、際立たせようという狙いがあったのかもしれない。『FFに狙われるような選手になれ!』こんな発言もあったな。
大社オーナー、そして大沢監督。暗黒時代のパ・リーグ、ファイターズにとって、二人は闇を照らす太陽であった。希望であった。ファイターズの“象徴”であった。
だが、その象徴は二人共旅立ってしまった。
この二人が守ろうとしたもの。それがファイターズであり、ひいてはパシフィック・リーグなのだ。
二人の遺志を受け継ぎ、我々はファイターズを支え、パシフィックを盛り上げていかなければならない。
それがお二人に対しての最大の餞になるだろう。
あらためて。
大沢監督。今まで色々ありがとうございました。今は、ゆっくりお休み下さい。
自分にとってはいつまでも大沢さんは「監督」です。監督の事は、一生忘れません。
これからも、ファイターズを天上から見守って下さい。宜しくお願い致します。
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