ソロモン諸島国ホテル事情「メンダナホテル編」

2008年10月15日(水) 0時09分
ソロモン諸島の日本人ご用達ホテル
「ソロモン・キタノメンダナホテル」★★★
ソロモン諸島滞在記G(2008年8月7日〜8月20日)



南国のホテルに見られる
エントランスは扉が無く
海に面したプールのある区画まで
何も遮るものが無く開放的。

レストランも以前はその一部だったが、
現在はガラス張りの
クーラーが利いた部屋になっている。


7月に入ってメンダナのHPから
メールで空港への送迎と
最初の一泊の予約メールを出した、
宿泊料金はすぐに折り返し連絡をくれたが、
肝心の予約完了のメールが
出発の前日まで届かず、
予約ができたのかどうか分からない
不安で3回ほど同じメールを送った。


そして明日出発という日になって
「予約完了のメールを自分宛に誤って送信していた」と
なんとも情けないメールが届いた。
とりあえず予約は出来たということで
ガダルカナル島のヘンダーソン空港に到着し
空港の外へ出たがメンダナの送迎の車は見当たらず、
タクシーで市内へ。


お粗末な対応で旅の最初の印象も変わる。

ホテルに着いてチェックインし、
部屋へ入ると1Fの駐車場が見える部屋で、
ここが15,000円もするのかとガッカリ。

翌日はシービューの部屋が空いてるということで
部屋を移動した、こちらは16,000円を超える
値段だけは立派な部屋。
バンコクでこれだけ払えば相当いい所に泊まれるのに
などと思いながらも、
ベランダから見える海を椅子に座っていつまでも
眺めた。


この日本の北野建設がマネジメントをしている
メンダナホテルはソロモンでは
最高級のホテルなので、値段はそれなりと言うことかもしれないが、
期待するようなていねいな対応は望めない。


週末ということもあってか、週明けに
国内線で別の島へ行きたいというと、
航空会社の電話番号を教えてくれた、
普通そっちでやってくれるんじゃないのかと
思いつつも、普段は安いホテルに泊まり、
全部を自分でやってるから、
次の移動の手配とマライタ島のアウキでの
宿泊予約を自分でした。

ツアーデスクってあるんじゃなかったっけ?
まあね、ホテルの設備自体は問題ないし、
自分で出来るのだから仕方ないか。


でも送迎に来れなかったことや
予約の不手際を謝罪するくらいは出来たんじゃないかな、
そういうことでそのホテルの印象は
全然違うものになる。

TVではオリンピック競技を見た、
日本のNHKが見れる、日本食レストランがあり、
日本人のスタッフも居るということで、
日本語での色んな対応も可能なようで、
そういうところは安心して使える利点だ。

ホテルは街の中心に位置して居て、
どこへ行くにも便利、
インターネットは日本語は見れないし、
もちろん入力も出来ないが、
パソコンを持ち込む場合は
部屋によってはネット接続が出来るようだ。

値段に見合ったサービスと考えると
高いという印象は拭えないが、

ソロモンで過ごして感じたのは
旅行者が受けるサービス全般高いということ、
旅行だからねと
ここは頑張って奮発するしかない。

とはいえ、マライタ島のアウキでの滞在から
再びホニアラに戻った時は、
クオリティインというホテルに泊まった。
ここでの滞在はまた別の機会に。

@「ソロモン・キタノメンダナホテル」HPはココをクリック

@データ@
ガーデンビュー 約15.000円
シービュー   約16.000円〜
 ファミリータイプやスィートタイプもある。
空港の送迎は有料でしてくれる、すごく丁寧な対応。

★100点満点で総合評価65点

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お金に余裕があれば、ここより良い設備は
他では得られそうも無いので、泊まりたいが、
プール不要、TVも無くていいなど
割り切れるなら、この値段の高いホテルは勧めない、
ただし日本語が通じる唯一のホテルなので
そのあたりを総合的に配慮して決めたい。

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アウキのオーガニック・カフェ(ソロモン諸島・マライタ島)

2008年09月23日(火) 10時09分
アウキのオーガニック・カフェ(ソロモン諸島・マライタ島)


アウキのメインロードの両脇は
二階建ての建物が並び、
多くは中華系の商店で
その中に「オーガニック・カフェ」を見つけた。


入り口を入って最初の部屋は
主に野菜の種を売っている。
また近郊で育成しているソロモン米の
成長の様子を
パネルにして飾っているのが目を引く。


奥に入るとそこは食堂で、
昼にはランチなどの食事も提供している。
アウキでは宿泊施設には
簡易な食堂があるが、
単独の食事場所として、
町では「ドラゴンレストラン」という表示はあるが
今は営業していなかったり、
そのほかマーケットエリアでは
「フィッシュ&チップス」が
手軽に食べられるが
食堂となると他には見当たらない。


旅行者が少ないし、
外食の習慣がないからだろう、
このカフェの存在は旅行者にとっては貴重だ。

この日は「チキンのバーベキュー」25ドル(約400円)
他にはコーヒーが3ドルから。

テーブルが7つあり、
この時は3つのテーブルが埋まっていた。
経営としてはどうなんだろう?と思ったが、
こういうのは続けることにも意味があるので
このままクォリティも落とさないで
頑張って欲しいなと感じた。

また3日後のマライタデーの後、
ロッジで休もうと歩いていると
呼び止められ、話しを聞くとアウキ近郊の
フィユ村で行われている
APSDのマネージャーだと紹介され、
彼と再びオーガニックカフェへ。

この日のランチはフィッシュ&チップス、これに
よく冷えたココナッツジュース、
名前は失念したが、
元マライタ州の州知事だったと
いうことで、この日本とソロモンを結ぶ
Asia Pacific Sustainable Development という組織の
重要性などについて、
ものすごい熱意で話してくれた。


APSDが本拠を置くフィユ村は青年海外協力隊員が
かつては村落普及員として派遣され
日本との繋がりは他よりも強い。

研修センターなどは
かなり立派なものが出来ているようだし、
日本からの研修ボランティアを不定期で募集しても
いるようなので、これからも繋がっていくのだろう。


いつかソロモンにソロモン米が流通し
安価で提供される日がきますように。


@参考@
APSDのHP ← ここをクリックするとHPに飛びます

APSDを始めとして、様々な活動に援助している。
コスモ石油エコカード基金活動紹介  ← クリック
農業研修センター 
 ← クリック ボランティアについてちょっと考える


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日本とは全く違う、その違いを経験するだけでも行く価値がある。

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そして漂う旅行カバン、ソロモン諸島を旅する

2008年09月17日(水) 0時09分


首都ホニアラで乗せた
機内預けの荷物が2週間遅れで
宅配便でウチにやって来た。


ブリズベンの空港で同じ飛行機に乗っていた
人達の荷物が全部なくなり、
自分のカバンが出て来ないと
空港の係官にその旨告げると
逆に向こうから「どうして?」と聞かれた。

どうしてったって、こっちに分かるわけない、
二時間近く足止めされ、
職業や最終学歴、家族構成、
ソロモンで何をしたのか、
はたまたパスポートを見て
入出国のスタンプが100以上あるのを
「これは仕事か」と聞くので、
「全部、個人的な旅行だ」というと、
もっていた小さなカバンの中身までをつぶさに
検査する始末。

しまいにはあまりに頭にきて
「困ってるのはこっちの方だ、
自分の荷物は空港で預けたのだから
どうして出て来ないかなんて
分かるわけない」と、日本語で声を荒げたら、
今度はまあまあという態度に。

これを英語で言えたらカッコイイのにね。

日本に戻って再度説明をして
帰りの飛行機はもちろん、その日や翌日も
荷物がなくなった最悪の状況を考え、
あれこれ思った。

もし出て来なかったら・‥、
服や細々とした旅行道具は仕方ないとしても、
カメラのメディアはわざわざカバンに入れたので、
その最後に入れた状況まで目に浮かんで来て、
痛いなーと。

帰国して3日目に
航空会社から「荷物がみつかりました」と連絡が入り、
受け取りの手続きを指示された、
荷物はなんと
パプア・ニューギニアを旅しているらしい。


思わず「すごい!」と言った、
無くなるのは困るけど、
自分ではまだ行っていない場所を
自分の荷物が、空港だけとは言え
旅してるのは、なんだか嬉しかった。


佐川さんが運んで来てくれた荷物を開けると、
少し遠ざかっていた旅の感触が
一瞬戻って来た、
迷いに迷ったTシャツも日本で見ると
ちょっと違うかな。

帰国してからも楽しませてもらった旅行を
終えて、もう3週間になり、
旅の写真を整理し、
今度はソロモンの友人へ送る写真の整理を始めた。


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映画の出来と映画が語る事柄の意義はまた別物。

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アウキ(auki)近郊のカントリーライフ(ソロモン諸島、マライタ島)

2008年09月09日(火) 7時30分
アウキ(auki)近郊のカントリーライフ

アウキはマライタ州の州都として
首都からの飛行機が毎日2便と
船の往来もある、州で一番大きい町だ。

州政府の建物や裁判所、2つの銀行と
郵便局、複数の宿泊施設に20軒ほどの商店と
一通り揃っている。

海を正面になだらかな丘には
立派な家も多く見られる。

しかし10分も歩けば伝統的な
ニッパヤシの葉で屋根や壁を葺いた
高床式の家が多くなる。
この家なら土台にする材木以外は
山に入って家族、親戚総出で葉を集め
乾燥させればワリと簡単に出来上がる。

もちろん窓は有ってもガラスは入って無いし、
水道や電気の設備もない。

友人のマチューは35歳、
知り合った当時は車の修理などをしていたが、
現在は水道局で働いている。
実家は山のずっと奥に有ると言い、
今は仕事に便利な場所に親戚の土地を借りて、
そこに伝統的な家を建てて
そこに夫婦と子供4人、全部で6人で住んでいる。

家は寝室に6畳2間と食事をする8畳くらいの
居間のある家で暮らしている。
寝室にはカギがついていて、
中には蚊帳を吊っていた。
居間は屋根のある板の間という感じで
階段をあがれば誰でも入ってこれる。

キッチンは別に小屋があり、
そこで火を使ってご飯を炊いたり、
炒めもの、煮物などをしている。

居間に座って紅茶をいれてもらい、
すぐ下を流れる川で釣りをする子供を見たり、
器用にココナッツミルクを作る様子を
ただ見てるのはゆったりとした良い時間だ。

日が落ちてくると、灯油のランプが登場、
この明りがボヤッとしてるので
話してるとすぐに眠くなってくる、

最新の電池式ランプもあったが、
あっと言う間に電池が無くなるので
特別な時にしか使わないと言う。

夕飯はご飯を中心に近くの畑で採れた
キャベツ(野菜の総称のように使うので、実際の
キャベツとは違うモロヘイヤに似た感じ)を
ココナッツミルクで煮て、
ちょっと塩を振りかけたような
ものや、おかずなのかサツマイモや
タロイモが並ぶ、
自分のような客がある時は
これに魚のココナッツミルク煮や、
新鮮な魚が無い時は
ツナ缶を開けてくれる。


ご飯はお皿に山盛りとりわけてくれる、
残すと悪いからと食べるのだけど、
おかずが無いので、ご飯だけを口に運ぶ、
出された水は飲みたいけど、
煮沸してる訳は無いし、
店で買ったミネラルウォーターではないので
飲むのをためらうが、
そのうち飲んでしまう。
何とかはなるものだ。

ここはマラリアの汚染地域、
町にはマラリア予防啓発の施設もあるが、
蚊取り線香を買う余裕があれば
食べ物に回すだろうし、
効果的な対策は無いと言って良い。

蚊帳が寝室にあるだけ素晴らしいが
「暑い」からと子供は居間で寝ているらしい。


彼らの夜の娯楽は教会へ行くことだ、
もちろん神に祈りを捧げるのだけれど、
人が集まって歌を歌い、
興がのってくると
自然と体を揺らしての大合唱で、
10時や11時頃まで教会にいるというから
村で一番立派な施設が教会なのもうなずける。

政府の仕事をしている親戚所有の土地に
家を建てさせてもらっているが、
収入の差は歴然だ。
子供をを学校へ行かすお金にも困る人も多いが、
公的な機関で働く役人はかなり裕福な生活をしている、
教育にも熱心で、大学まで行かせたら
ほとんどは政府の仕事に就き安泰だ。

そんなことの対極にいる
我が友人マチューは、
旅人の自分の目で見て
裕福とは言えないが、仕事前や終わりに
宿泊しているロッジに来てくれ
何かと世話をやいてくれた。

仕事を持ち、色々な制約が生まれると、
次の日や来週の予定を組んで暮らしている、
日本人と同じように、
自分の大切な時間を犠牲にすることで、
もっと経済的に豊かな生活をと願う、
これは当然のことだけれど、
あまりに差の激しい彼らの現状を見ると、
格差格差と騒ぐ日本はまだ
格差なんて言えないくらいだ。

お米が月収の半分くらいなんて家庭が
ザラにある彼らの暮らしぶりは
どこかおかしいと思わざる負えないを得ない。

そんなアンバランスさや経済のいびつな構造を
肌身に感じながら、
ロハスやフェアトレードという言葉の
あまりにも遠くに現実はあるのだなーと感じた。
そんなソロモンのカントリーライフ

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何が幸せなのか、その物差しは簡単には言えない、
人と比べるより、自分がどう感じているのか、
それだけでいいのに、人はやはり他人と比べたがるのだ。

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「マライタデーに参加」マライタ州、アウキ、ソロモン諸島滞在

2008年09月03日(水) 7時39分
「マライタデーに参加」アウキの青い空




2008年8月15日は
マライタ州の制定25周年の記念日。

二日程前から飾り付けが始まり、
ニッパヤシで作った簡易な屋根付き建物は
いくつかに区分されて、
当日は各種団体の行う活動が紹介されたり、
プロジェクトの生産品を展示即売していた。


警察署前から警察官を先頭にした
パレードが始まり、
小さなアウキの町をパレードして
会場へ入場すると、
集まった多くの市民が歓声を上げた。

長い長い来賓のスピーチの間には
耐えられなくなった警察官が倒れて運ばれる光景も。

その後はカスタムダンスが披露された。

有名な手製パイプを演奏しながらの踊りや
胸もあらわな女性達のダンスなど、
最初は遠巻きにしていた観客が
だんだん近寄って、
最後は輪の中でダンスが披露され、
子供達も大喜びの時間が過ぎた。


3時間近くの式典とダンスが終わり
一緒に見ていたマチュー(友人)と別れて
ロッジに戻った。

アウキはマライタ州の州都、
でもTVがある家は僅かだ、
以前はビデオを上映する場所があったが
今は無く、こういった催しがみんなに娯楽を
提供する貴重な機会なのだろう、
面白い動作に沸き起こる歓声は
青い空に吸い込まれるまで
しばらく耳に残り、その楽しい雰囲気の中に
自分がいることの幸せを体全体で感じた瞬間。



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式典に使われた場所は、ゆくゆく日本の援助で
新しいマーケットエリアになる予定だという。

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ソロモン諸島への道/ソロモン諸島再訪B(2008/8/7-8/20)

2008年08月23日(土) 20時48分
名古屋のセントレア(中部国際空港)
夜8時半のジェットスター航空で
ケアンズ経由でオーストラリオアの
ブリズベンに着いたのは翌朝8時半。


この後、ソロモン諸島の首都ホニアラまでは
スカイエアワールド航空に乗り継ぎ、
到着が夕方6時頃になるため、
銀行に行けないと思い、
オーストラリアドルをソロモンドルに
両替してもらったが、
手持ちが911ドルしかないということで、
それでもとりあえず月曜まで
これでなんとか間に合わせよう。


ヘンダーソン空港は元は第二次世界大戦に
日本軍が基礎を作ったもの、
空港整備にも日本の援助が入っている。


入国審査もスムーズ、ビザ取得も特に問題なし、
長い滞在の場合は分からないが
10日程度の短い滞在なら、入国には問題無いと感じた。


それより手荷物検査は全部開けて、
全体を見ていく、これは検査というより
興味から見てるという雰囲気だった。

あっという間に入国できて、特に何も無い空港を抜けると
タクシーが待つ外へ、
市内までは70ドル(約1.200円)
ソロモンドルはネットで換算すると15円程度となるが、
日本円やオーストリアドル、トラベラーズチェック等々、
何からチェンジしても手数料もあり
感覚的には1ソロモンドル=約18円くらい、
旅行中は簡単に1ドル20円と換算していた。


実はこの国の首都にある一番いいホテルと評判の
ソロモンキタノメンダナホテルは日本の北野建設が
運営し、日本人スタッフもいるホテルということで、
空港への出迎えと最初の一泊を予約していたが、
迎えの車は無く、自力でホテルへ。

タクシーの運転手はマライタ島出身の人で
自分もこの後、マライタ島のアウキへ行くよというと
急に打ち解けた感じになって、
部族抗争後のホニアラのことや、津波の事なんかを
話してくれた。

タクシーから見る市内への周囲の様子は
特に特徴のある風景ではなかったが、
念願の再訪が叶って、
「来た、来た、来た」と何度も口に出して言った。

12月に来たときは道路沿いの南洋ネムの木が
赤い花をつけて歓迎してくれているみたいに感じたが、
今回は青い葉をつけているだけだった。


中央市場を通る、
人通りが急に増える、
車の多さに驚く、バスの停留所が各所に見える、
20分くらいでホテルに到着した。

さてこれから12日間の旅行が始まる。

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ソロモン諸島の旅行記を記していく、
色々考えさせられた、いつもとはちょっと違う旅

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夏の旅終了・・・ソロモン諸島の青い空から

2008年08月20日(水) 22時37分


頼んでいたボートの手配が出来て
ランガランガラグーンを回ってもらった、
波は無く快晴、鏡のような海面を
滑るように進んでいく。

伝統的な高床式でニッパヤシで作った家が
所々に集落を作っている、
作りかけの船がいくつか見える、
手漕ぎのカヌーで遊ぶ子供たち、
漁をしている人たち。

たぶん50年前でもそれ程変わらない風景だろう、
朝、宿泊先ロッジが停電で断水と
笑ってしまうような状況で、まあ仕方ないなと
思いながらも、こんなとこまで来て
日本と同じようなことを要求してしまう自分を
再認識したが、
目で見える範囲の家々にはたぶん
電気もなければ水道も無い。

いつか全部の家に電気や水が通じるのかも
しれないが、まだだいぶかかりそうだ。

今回の旅で何人かに言われて嬉しかったのは
空港から町までの道、そのほか
日本の援助が入って道路が格段に良くなっていたこと、
次にはマーケットエリアと港の整備が
予定されているらしい。

そんなでこぼこの無い道を歩いて
宿に帰るとクーラーを最強にして
「あー、生き返る!」と電気の恩恵を受ける
そんな軟弱な旅行者、
電気がある、無いで
豊かさまで語ろうとは思わないが
それでも快適であることは間違いない。

今回の旅のテーマは
懐かしい顔に会うこと、
そして記念のマライタデーの見物だった。
たくさんの懐かしい顔に会い
彼らの新しい生活を知り
なんだか自分がパワーをもらうことが出来た。


首都ホニアラからオーストラリアのブリズベン経由で帰国、
帰りに一泊したブリズベンは、すごく寒くて
オーストラリアは冬なんだなと実感。

ボートに乗っている間、日差しをさえぎるものが無く
腕時計の跡に日焼けして帰国、
同じ暑さでも熱帯の暑さとは違う懐かしい日本の
モワッとする熱気に包まれて
懐かしい帰り道、
また日常が始まる。


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ブリズベンではダウンを着てる人も居て
薄着で寒かった!

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ソロモン諸島再訪

2008年08月17日(日) 8時10分
ソロモン諸島の首都ホニアラはガダルカナル島にあり、
第二次世界大戦では、多くの日本兵が戦死したことで
有名だが、自分にとってはかつてここで過ごした日々が忘れられず
10数年振りの再訪をやっと果たすことが出来た
個人的に思い入れが深い国だ。

首都からお隣のマライタ島の州都アウキに着いたのは
夕方5時、首都では日が落ちてくると気軽にちょっとその辺に
行ってくるという感じではない。
ガダルカナルとマライタの間での紛争で
一時は殆どの外国人が退去したこともあり、
なんとなく物騒に感じてしまうし、店のほとんども閉まってしまうからだ。

でもアウキは特に問題なく歩ける小さな町、
荷物をロッジに置いたらすぐにマーケットエリアへ行った、
懐かしい、何も変わっていないと思いながら、終了間近の
マーケットを歩くと、明らかに違っているのは
殆どの値段が上昇していることだ。

そんなの当然と思うかもしれないが
日本の物価上昇と比べたら驚くほどなのだ。
でもそんなことに真剣に悩むわけでもなく、
まずは近くの村へ行こうと、店に寄って缶詰やラーメンを買い、
たぶんこっちだったよなという、あやふやな記憶を頼って
歩き出した。

多くの初めて会う人たちが、ハローと声をかけてくれる、
そして 探している人の名前を言うと、
子供たちがこっちだと連れていってくれるようだ。
ついて行くと記憶とはだいぶ違う立派な家、
以前来た時はニッパヤシの葉で作った家だったから
躊躇していると、向こうでオレの名を読んでいる。

懐かしい顔がそこにあった。
とうとう来んだと改めて実感した瞬間だ。

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インドのように牛が歩く小路にでも
ラッキーならネットカフェを見つけることができるが
この国では一番高級なホテルでも日本語の画面が見れない、
いろいろ諦めがつくと、旅は楽になるのだけれど

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