2006年インド旅行5日目Aベナレス(バラナシ)3日目

2006年09月08日(金) 0時49分
ベナレス(バラナシ)3日目/2006年インド旅行5日目A(3/18)
ーマニカルニカー・ガートへの道ー
   人は灰になりガンガーに流される



白人バックパッカー5人くらいとすれ違った、
なんとなく雰囲気が今までと違い道が少し広くなったなと
感じると、すぐ前方に煙が見えた、
その向こうにガンがーも見える。

3階建ての建物の2階に上って、
見下ろすと3カ所くらいで火葬が行われている。

まさに火にかけられるところ、他では灰の塊から
煙が出ている、すぐ側に牛がいる、数人が炎を見守っている。
緑の美しい布の端がめくれて足が見えた。


もう充分だと思った。


そして3人にバイバイと言ってから歩きだした、
沢木耕太郎の深夜特急を持って来ていた、読み返した
この火葬場のシーンは多分今自分がみたままだろう。

熱病のような感じは自分には感じられなかった。
だから何だというのだ、自分は日本で彼の本を読み、
そしてなんとなくは分かっていたはずだ、
あれは彼の旅だと。

少し歩きだしてカフェの文字を見つけ休憩することにした。
緊張していたのか喉が乾いているのに、カフェの文字で気が付いた。

暑い空気をかき回すだけの扇風機の送る風に
少しすると汗がひいて、
コーヒーの香りに落ち着きを取り戻す。
沢木のような「何か」を自分も感じたいと願っていた、
しかし人の旅をなぞろうとしてもダメなのだ、
自分自身の旅をしないことには。


分かっている、分かっている
だけど何かを感じる感覚はにぶっているのは確かだ、
冷静に考えるにはここは暑すぎる、
すぐに物売りが声をかけてくる、かなりの距離をものともせず、
無視をしても後を付いてくる。

そして全くの別世界のようなところで日々新しい出会いをしていると、
それらを飲み込んで自分の言葉に置き換えるのがおっくうになるのだ。

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2006年インド旅行5日目@ベナレス(バラナシ)3日目

2006年09月05日(火) 7時18分
ベナレス(バラナシ)3日目/2006年インド旅行5日目@(3/18)
  −ゆっくりと更新してます、インド滞在記ー


ゆっくり眠っていようと思っても、4時の鐘で起こされてしまう。
それからは断続的に眠ったり、起きたりを繰り返した。

テラスに下りて、コーヒーを飲む、ガートから
割れた音の音楽が聞こえる、ボートにたくさんの
観光客が乗っている。
普通ツアーだと夜明けに列車で駅に着き、その後
大きめのボートに乗ってガンがーを下り、
バスに乗り換えて博物館や寺院をササッと見て回ると、
また列車に乗ってカジュラホやデリーに向かうようだ。

せっかく来たのなら見所はなるべく見たいと思いつつも、
あんなふうに慌ただしいのは嫌だなと思う。
それでもどんなにこちらのリズムに合わせたいと願っても、
やはり自分はここでは異邦人に過ぎない。

10持過ぎ、昨日ボートで見た
火葬場のマニカルニカー・ガートに向かって歩きだす。

途中シヴァ信仰の中心地として全巡礼が目指すという、
ヴィシュワナート寺院があり、アクセサリーや様々な
土産物を売る小さい店や露店を見ながら歩いていると、
少年3人が「ここから黄金寺院が見える」と言いながら、
僕の手を引っ張る。

地球の歩き方に書いてあった3階から寺院の上部が
見えるという店のようだ。
特に見たいとは思わなかったので、手を引っ張り返すと、
「カソウバハ、アチラ」とカタコトの日本語。

彼らの後をついて、またしても迷路のような細い道を行く、
絶対に自力では戻れないなと思いながらも
もう着いて行くしかない。

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2006年インド旅行4日目Aベナレス(バラナシ)2日目

2006年08月21日(月) 8時28分
ベナレス(バラナシ)2日目/2006年インド旅行4日目A
早朝のガンガーを漂うようなボート体験の後、やっと朝が始まる・・・。

一旦ホテルに戻り、コーヒータイム。
その後バナラシ鉄道駅に向かう。

ここからバスでサルナートへ行こうと、
バスを探すが分からないので、
オートリクシャーに
駅→サルナート→ゴードウリヤーまでを交渉し、
250ルピーで乗車、
渋滞の道を車やバスの
わずかな隙間を縫うように、走りだした。

幹線道路を折れると急に道の状態が悪くなり、
激しい振動で笑ってしまう。
これでは車の傷みも早いだろう。

サルナートはブッダが初めて説法をした場所、仏教徒の
聖地。
遺跡が整備された公園内に点在し、
さっきまでの喧噪から離れて静かな場所だった。
オレンジの袈裟を来た僧侶がゆっくりと歩いている。

韓国人の団体が木陰でガイドの話を聞いていた。

待っていたリクシャーに乗り込み、ゴードウリヤーへ。
ホテルに近い車両の乗り入れが可能な場所まで乗せてもらう。

もう昼を過ぎているので、辺りをブラついて食事の出来る場所を探し、
レストランの看板を見て建物の中に入った。

そこは中庭の一部をレストランにしていて、
すぐそばには寺院があり、また一番端のテーブルの脇には
なんと牛が3頭つながれていてビックリ。
日本なら衛生面ですぐにクレームがつきそうだが、
牛達がのんびり藁みたいなものを食べている横で、
観光客が何かを食べているという不思議なロケーションだった。

この店になんとムサカがあったのでオーダーした。
ムサカはギリシャのアテネに行った時に食べたが、
まさかインドのこんな牛の側で食べられるとは。
ムサカとドリンクで100ルピー、満足してホテルに戻った。

夜にはまたガート近くをブラつき、絵葉書を100枚くらい購入、
一枚1ルピーと格安。カフェでチャイを飲み、
葉書を書いたり、日記を書いたりしてガートを
川辺まで降りて、暗いガンガーの川面を見つめたりした。

何か見えるとでもいうかのように、気が付けば周囲の多くの人が
同じ様に揺れもしないガンガーの川面を見つめているのだ。

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2006年インド旅行4日目@ベナレス(バラナシ)2日目

2006年08月17日(木) 0時13分
ベナレス(バラナシ)2日目/2006年インド旅行4日目@

鐘の音で強制的に目覚めた。
時計を見るとなんと4時だ、
何かが始まる感じ、
急に人の声が聞こえ始める。

まだ、月が出ていて外は真っ暗だ。

ガンガーの向こうが赤くなり始めるまで、
少し横になっては
しばらくすると起き上がり、
ベランダから近くのダシャシュワメード・ガート辺りを見て、
人が集まって来るのをまだ醒め切っていない頭で眺めた。

ボートがいくつか動き出した。

6時になってガートに向かって歩きだした。
ガートとは川沿いに点在する川に降りる階段が川水まで
没している堤のことで、
ここで多くの人達が沐浴をしている。
またヒンドゥー教徒の火葬場を指す場合もあるようだ。

すぐに「ボートに乗らないか」と声をかけられる。
アルカホテルから出て来るのを見られているので
言い値が高い、無視して歩くと石段に座ってるおじさんに呼び止められ、
値段を聞くと60ルピー(180円)ということで交渉成立、
ボートに乗り込んだ。

ここに来る前に数年前にここを訪れていた友人の言葉や、
昨夜何度もリピートした長渕の歌なんかを
思い出しながらゆっくりとしたボートからの景色を楽しんだ。

既に煙の上がっている塊や、新しく整然と積み上げられた薪が見える、
マニカルニカー・ガートだ、ここは火葬場なのだ。

写真は撮らないようにと言われるが、もちろん始めから撮る気はない。

ボートはゆっくりと回転しダシャーシュワメード・ガートヘ方向を変えた。

Aに続く・・・。

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インド旅行3日目A/ムンバイ→ベナレス(バラナシ)

2006年08月09日(水) 0時20分
インド旅行3日目A/ムンバイ→ベナレス(バラナシ)
前のページの続き、ガンジスのダシャシュワーメード・ガートまで来て
そこに見た光景は・・・ 

訳もなく「うわー」と声に出した。
何だか自分が此処にいるのが信じられなくて、
自分の声を確認するかのように。

しばらくすると台の上に10人位の男性が上り、
けたたましい音楽に合わせた歌が始まり、かれらは一斉に踊りだした。
多くの人が見守る中、観光客のフラッシュが何度も光り、
子供がそこいらを走り回り、人はそれでもどんどん
この場所に押し寄せ、はがきや小さな像を持った少年たちが
さかんに買う人を見つけて歩き回る。

様々なことがその場所で繰り広げられ、自分もその中に
映画のシーンのように存在していることに
静かに興奮していた。

とりあえず何か食べようと、
大通りを川を背に歩きだす。
目に付いたレストランに入り、
チキンカレーセット100ルピー(300円)をオーダーした、
カレーセットは特別美味しい訳でもないが
充分食べられる。

店を出て小さい道でにぎやかそうな所を選んで
少し進んでは戻った。
絵葉書を購入、見つけた
ネットカフェでブログの更新をした。
ネットは早さも問題なく、快適、
ムンバイのネットカフェに見習ってもらいたいと思った。

ホテルに無事戻り、部屋のバルコニーの椅子に座り
運んでもらったコーヒーでくつろぐ。
ガンガーの川面に月が浮かんでいる、
この夜のなかでもボートが時折行き交う。

持って来た長渕の「ガンジス」をイヤホンで聞く。
まだ一日目、来たばかりだけれど、
他では感じたことのない衝撃を受けたことは事実だ。

今日自分がこの目で見たものは、本当に現代の
今の今、実際のことなのかと。

さっきのガンジスの石段の光の届かない暗がりで
オレのジーンズの裾をひっぱった老人の手、
行きも帰りも路地で見た、横たわる人間の塊。

そして祈り。

人は何に祈るのだろう、
そしてそれは届くのだろうか、
叶えられるのだろうか。

きっとただただ祈るだけなのか。

眼下のガンジス川沿いにまだわずかに光が見える。
ゆっくりと眠りに落ちていくようだ。

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インド旅行3日目@/ムンバイ→ベナレス(バラナシ)

2006年08月04日(金) 21時46分
今年3月のインド旅行3日目
ムンバイ→べナレス2006/3/16@

チェックアウトは案外スムーズにいき、一日の良い出だし。
タクシーで国内線の空港へ。500ルピー〔1,500円)

6:20チェックインを済ませてパスを手にした。
航空券を日本でインディアン航空の予約をしていたが、
プリントアウトした予約が本当に大丈夫か
すごく不安だったが、スムーズに完了でほっとする。

日本の代理店にはジェットエアーを勧められた、
チケット代が全部で5万円位、
日常的に遅れるというインディアンエアーは3万円ちょっとだったので、
自力で購入していた。
ムンバイ→ベナレス2万円
ベナレス→デリー1万円

途中の遅れをデリーで取り返し、ほぼ定刻に
ベナレスに到着。

2時過ぎにはアルカ・ホテルに着いた。
朝からホテルに着くまでには、
タクシーとの値段交渉、
空港カウンターでの並び順の確保、
荷物の心配等々、あれこれあったが、
まだ3日目特に問題ナシ。

荷物をほどいて、シャワーを浴び、さっぱりしてから
テラスでチャイを飲んでほっとした。

ここバラナシでの目的はひとつ。
ガンがーを見ること。
これからの4泊5日、
インドはもちろん世界中の観光客を集める
ガンジス川の景色を飽きるほど見ようと思った。

部屋に戻り少し眠る。
夕暮れ少し前、コーヒーを飲みにテラスに降り、
その後、やっと外へ出た。

自分で細い路地を歩きだすと、いくつか角を曲がった時点で、
もう帰り道を覚えようとするのはやめた。

突進して来るバイク、寝そべる牛、その横に動かない人間、
旅に非日常を求めているところもあるが、
これはその限度を越えている。予想以上だ。

ひとつ角を曲がると急に前方が開け、大きな通りに出た。
舗装されていないのでなんとなく通りの建物は全体的に
埃っぽい。たくさん並んだ商店の軒先に吊り下げられた
夥しい極彩色の布が一層鮮やかに目に飛び込んで来る。

地図でおおまかな地形をイメージして歩き始めたので、
道を左に折れて少し前歩くと、そこにガンがーへ降りる
階段が見えた。
川べりは照明が当てられ、何かが始まるらしい。 (続く)

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2006年インド旅行記Aムンバイ

2006年07月26日(水) 1時00分
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2006/3/15 ムンバイ2日目

プリンス・オブ・ウェールズ博物館→インド門、タージマハル・ホテル→ホテル

プリンス・オブ・ウェールズ博物館は、
1905年にイギリス皇太子訪印に合わせて造られた.
インド・サラセン調の豪奢な建物。
中に入る前にため息が出る、
先程車中から見たスラムの光景がまだ生々しく、
100年も前に既にこんな立派な建物を造る一方で
人間の暮らす場所があまりに粗末で
無力感を覚える。

気を取り直して入場。
エレファンタ島のシヴァ神像やブッダをモチーフの
レリーフなど、館内は広く涼しいのでゆっくりと見て回った。

博物館を出てインド門に向かう、
日差しは強いがカラッとしていて
海の匂いが空気に交じり、それに微妙に香辛料の香りが
加わってインドに来たんだなと実感。

インド門は、海をバックに存在感たっぷり、
多くの人が何するでもなくぶらぶらしている。
この日、ホーリーと言うお祭りで色んな色の粉をお互いに
掛け合い、赤や黄色の全身染まった人がかなり居て、
粉をかけられないように何度か逃げ回った。

そして振り返ると声を上げてしまうくらい圧倒的な
存在感で建つのが「タージ・マハル・ホテル」だ。
この区画だけは異空間のように、
人を寄せ付けないような雰囲気。
ゴージャスってこういうことを言うんだなと感じた。

泊るには宿泊代金が高すぎなので、トイレ休憩に中に入る。
ロビーのソファーは自分のような
ちょっと体験タージという人で占領されている。
異空間を堪能すべくアーケードを見て歩き、
プールをチェック、絵葉書を購入。

海外に来ると貧富の差というのがあまりに
あからさまで混乱する。
日本では差こそあれそれほど感じないのに、
この違いはどうだろう。

ホテルに戻って屋上のレストランでコーヒーを飲む。50ルピー約150円。
明日は早朝から移動、デリー経由でこの旅の目的地ベナレスだ。

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2006年インド旅行記@

2006年07月18日(火) 23時50分
今年3月のインド旅行記を少しずつ記録に残すことにする。

インド/ムンバイ 2006/3/14-15

セントレア→バンコク→ムンバイ

丸一日移動に費やして、
ムンバイの空港に到着。
インド門近くにホテルを取ったので、
タクシーで街頭の少ない道路を
かなりのスピードで到着。

深夜12:30
シャワーを浴びてベッドに寝転んだ。

翌インド2日目

タクシーで市内見物→ガンジー博物館→プリンス・オブ・ウェールズ博物館
→インド門、タージマハル・ホテル→ホテル

ホテルの屋上のレストランでチャイを飲む。
インド門やタージマハル・ホテルを眺めながら
予定を立てる。

とりあえずホテル前に止まっているタクシーと交渉して
マリンドライブを走る、
海沿いにレンガ造りの建物が
立ち並ぶ良いロケーションを楽しむ。

マニ・ハヴァン(ガンジー博物館)へ、
正面を改装中、入場料ナシで団体の欧米の人達に
挟まれるような感じで一緒に見学。

ガンジーの部屋を再現したところでは
写真でみかける「紡ぎ車チャルカ」も展示されている。
その他の部屋では彼の出会った様々な場面が
小型の模型で再現されている。

住宅街の中にあるので自力で探すのは難しそう。

その後大きな駅のすぐ裏の大きな洗濯場へ。
いつもならたくさんの人が一斉に
洗濯をしている光景を見られるらしいが、
丁度この日は「ホーリー」という
祝日でひとはまばらだった。

ここで働いているのは
カースト最下層の人達だそうだ。
毎日働いても働いても自家用車を持つことや、
まして海外へ飛行機で行くことは、たぶん一生無いだろう人達。
運命と割り切れるものか。
確かに自分も仕方ないと諦める事だってある、
でもそれはチャレンジさえ許されないことではない。

タクシーの運転手がさかんに絨毯屋へ行かないかと
しつこいので、プリンス・オブ・ウエールズ博物館で
降ろしてもらい代金を支払った。険悪な雰囲気になりかけたが向こうも商売、
こんなことはいつだってある。
約3時間で500ルピー〔1,500円)
目的もなく主な通りを走ってもらったので、
町のおおよその感じが掴めた。

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「ホテル・アルカ」ガンジス川の最高の眺望

2006年07月12日(水) 23時45分
「ホテル・アルカ」オススメ
2006/3/16-20の4泊5日滞在

インドのヒンドゥー教の聖地バナラシで4泊しようと
決めたときから、窓若しくはバルコニーから
ガンジス川が見える部屋に泊まろうと、ネットで検索して見つけた宿。

旅のHPやブログでいくつかお勧めの記事を
見たことも決め手になった。

空港からタクシー、リキシャを乗り継いで
ガンがー近くで降ろされ、そこからは
目が合った少年にゲストハウスまで連れて行ってもらった。

その辺りでは、ひときわ大きな3階建の建物で、
中庭を取り囲むように部屋が並んでいる。

泊まったのは3階の一番端で川の眺望は部屋のテラスから
3方向が見渡せる中でも一番良い部屋。
エアコン、TV、テーブルセットがある。20畳くらいの部屋。

全ての窓にモスキートネットがあり、虫の侵入を防げる、
電気式の虫除器も付いている、またこの部屋専用の発電機がある。
僕はさらに日本から持っていった蚊取り線香も付けて虫除け。

中庭のレストランからルームサービスも可能で
テラスでチャイを飲みながら、ガンジス川を
行き交うボートを見たりもできる。

夜、ガンジス川に映る月がわずかに揺れるのを目を凝らして見ていると、
同じ様にこの光景は何百年も続いているが、
このひと時、自分がここにいて、その光景を見ていることに
何か自分にとっての大切なことを感じる、それは
うまく言葉に出来ない感覚だ。

評価
5点
[5点満点]
この辺りでは飛び抜けて高額な宿泊代金、
500円ー1,000円位の宿泊施設がメインの中で、
突出しているが、快適さそして何より
部屋から一望のガンガーの景観を考えると
決して高くない。大満足のGHだ。

Double A/c Room with bath balcony view to Ganges  990ルピー(約3.000円)
インドの物価は安い、できるだけチープな旅を目指すなら、ここはふさわしくないが、
一生に一度来られるかどうかなら、3.000円は高くない、
旅の目的に合わせて選びたい。
完全バックパッカーには不向き、少し快適な旅をというひとにはオススメ。
公式HP ↓
ホテル・アルカ

ベナレスの熱病・沢木耕太郎「深夜特急3インド・ネパール」

2006年04月16日(日) 1時15分
同じ本を何度も読むことはあまりないが
沢木耕太郎の「深夜特急」は何度も読み
そして旅に行くときに何度か同じ本を買って持っていく。

インドやタイ、香港を始めとするアジアを旅する人の多くが、
この本を手にしていることだろう。
大きなバックパックの中で一緒に移動するのだ。

今回の旅行の前に「3インド・ネパール編」を購入。
この文庫は平成6年4月の改装初版で17年7月に「39刷」とある。

沢木の旅は25年以上も前のものだ。
だけど大都市以外の小さな町の様子は
驚くほど変わらない。
そして自分も同じような「旅の熱病」に触れたくて
旅をする。

でも旅の終わりに感じるのだ。
ここに彼と同じ旅はないと。

そうだそんなことは始めから分っている、
自分の目で足で感じたいのだ。

旅の途中ではそのときの光景をうまく言葉で言い表せない。
どんなに困難があっても旅が終わる頃には
なんだか甘く物悲しく、
そして少しの疲れと大きな達成感に包まれる。

旅は終わってから熟成される。

インドから帰って3週間あまり、まだ自分の中の旅は終わっていない。

旅先で書いた絵葉書の返事のメールが来た。

そこには、沢木の旅をドラマ化し、大沢たかおが演じた
インドの旅の部分について
『ちなみにインドの安食堂でカレーを手で食べていると
店の主人にどうしてスプーンを使わないのか、と聞かれ
「ここがインドだからさ」と答える場面が好きです。
インドに行ったら手でカレーを食べてみたいです。』

こんなことが書かれていた、オレも旅行前に友人が借りてくれたDVDで
この同じシーンを見ていた。
何気ないシーンだけどいいよね。
カレーは何度もというか毎日食べたが
手では食べなかった。

旅先で交わす現地の人との会話は
たいしたことを話していなくても嬉しいものだ。
いつか実現してもらいたいものだ、「インドでカレーを手で食べる」
立派な旅の動機だと思う。

オレの場合は
「ベナレス(バラナシ)でガンガーを見る」だった。
シンとした静かな夜に感じた圧倒的な孤独と
訳の分らない涙、
日常で流していたら困るけれど、
その場所その夜
必然だった。

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