桐生親子の事件録―152 旬の痛み

May 02 [Sun], 2010, 11:11
 ――このみっともない姿が全国のお茶の間に現在生中継されている……。
 未成年の誘拐だから俺の情報は完全に伏せられると安心していた。それなのに…。
「みゆきちゃん…。」
 旬はこの世で唯一愛する最愛の少女を想った。
 今みゆきちゃんもニュースでこの映像を見ているだろう…。
 そしていずれ俺の悪行が全て暴かれるんだ…。
 暴行、いたずらわいせつ被害、殺傷事件、さつ人…こんなワードが並んぶ。結構酷いな。
 いや、晃が関わる裏の顔はとっくに暴かれてるんだよな。
 最低の親子だ。
 これでもう、俺達がどうしようもない奴だとわかってしまったんだろう。
 俺は悪だ。
 真っ黒だ。
 きっとあの優しいみゆきちゃんのお母さんも
 なんて子かしら、みゆき、あんなヤクザなお父さんを持ったヤクザな子には
 近寄っちゃいけません。
 などと言って言い聞かせているんだろう。そしてあの可愛いみゆきちゃんも
 母さん怖い、あんな子と知りあうんじゃなかった。
 とも言っているだろう。
 旬の心臓はそう考えた途端にどうにもならないくらい苦しくなった。
 そして旬はぎゅーっと自分の胸を手でわしずかみにした!
 まるで自分の心臓を取り出したいかのように。
 旬の心は泣いた。
 みゆきちゃん、俺を嫌ってくれ…!
 俺は人ころしだ!なのに一切憐れみを感じない!それどころかすっごく楽しかった!
 だからもっと殺りたい……なんて感じてる。
 俺はどーしようもない奴だ……っ!
 俺はみゆきちゃんの様な子にほんの少しでも近ずいちゃいけなかったんだ…っ!
 君のような光輝く子にほんのわずかでも俺の様な黒い汚点が着いちゃいけないんだ!
 許してくれ。
 お願いだから。
 死んだら君の側に行かせてくれ。
 もし君が近寄って欲しくないなら半径10m……
 いや100mの所から君を見守らせてくれ。
 そしてもし君にほんの少しでも危険が及ぶなら―僕はきっと君の盾となって君を守る!
 僕は君の為に…これから死ぬのだから…………。
 などと旬が愛と死に耽るうちに屋上に着き、すっかり打ちひしがれている旬を
 リーダーは乱暴に引きずってなんだか階下で水漏れしてるだろう?
 というくらいコンクリが割れた屋上に二人で出た。
 外はもう美しい夕焼けから濃い蒼へと変化し、蒼い世界に少しずつ灯りがともる。
 少しひんやりした風が吹いて旬のサラサラの黒髪がそよいでいる。
 すぐ間もなく晃も現れた。晃は必死で階段を駆け上がってリーダーと旬を追いかけた。
「ハアハアハアハアハアハア、し、旬…ゼーゼーゼー。」 
「…………。」
 打ちひしがれた旬は顔の表情も精気がなく、うな垂れて晃を見ていなかった。
 まだみゆきを想って絶望している旬。
 唯一の光・みゆきに嫌われたのだと思う事はこれまでの全ての怒りをも凌駕する程に
 旬の心を虚ろにした。
 晃はそんな旬の思いなど全く気ずかずひたすら旬を取り返そうと叫んだ。
「旬っ!旬を返してくれっ!」
「演技は止めろ桐生!ここなら話が出来る!取引だ!俺がこのガキをころしてやる!」
「やめろーっ!やめてくれーっ!」
「桐生、あんたどうしたいんだ?」
 リーダーは晃を睨み、晃は旬を見、旬は虚ろで意識もぼんやりしている。
「旬ーっ…!」 
 晃が叫んでも晃を見ない旬…。
「………。」
 晃はすっかり打ちのめされている旬を見てやはり先程の犯人の一人と
 何かあったのだ と思い込んだ。
 あの生意気な冷酷なふてぶてしい旬がこんなに打ちのめされている……。
 晃の怒りは頂点に達し、逆上した。
「許さない!俺が貴様をころしてやるっ!」
 晃は犯人にゆっくりと近寄った。その目は強い怒りで厳しく睨みつけている。
 リーダーは旬の首にナイフをつきつけたまま後ろにじりじりと下がった。
 晃の目は本気の怒りに満ちている。その目を見てリーダーはまた悩んだ。
 桐生はどうしたいんだ?本当に息子を返して欲しいのか?俺と組む気はねえのか?
 それなら返したらむしろ交渉はできねえ、桐生はワルだ。
 本当に息子が欲しいなら取り返した後はどうせ警察に俺の身柄を渡すだけだ。
 それならこのまま人質を連れて警察に交渉したほうが…。
 リーダーはぐいぐいと旬を引きずる。
 旬は全く逆らう様子がなく犯人に従っているので、それがますます晃を誤解させた。
「旬!負けるなー!乗り越えるんだ!お前はいつでも一人で闘って来たじゃないか!」
 晃の叫びを聞いて旬はぼんやり答えた。
「ああ、だからもういい、晃は家に帰れ……。」
「お前もいっしょに帰るんだ!」
「俺はもういいよ…。生きていたくない。」


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桐生親子の事件録―153

May 04 [Tue], 2010, 11:06
「旬、身体なんて汚されたって、心が汚されなければいいんだ!
 おまえは汚れていない…。」
 などと晃が必死に説得するので思わず顔を上げて
「はあ?!お前何の話だよ?」
 と旬は不審に思って聞き直した。
「俺に隠さなくていい…。見たんだ、お前が犯人に後部座席で…。」
 これを聞いて旬の怒りが瞬間的に沸騰した。
「てめえっ!何を勘違いしてやがる!ふざけやがって!俺が黙ってやらせるか!
 誰が汚されだたとう!マジでむかつくっ!もうてめえは許さねえぞ晃ーっ!」
「え?ホント?」
 それを聞いて晃は喜び、旬はリーダーのナイフを持つ腕を合気道の技で捻りあげた。
「ぎゃーっ!」
 腕をひねられたリーダーはナイフを落としたが旬はリーダーは無視して
 あっさりリーダーから離れグワッと一気に晃に駆け寄ったすぐにいきなりジャンプし
 晃の顎にハイキックを食らわせた。晃は反射的にわずかに反ったが、当たった。
「うぶごっ!」
 晃が仰け反ってそのまま後ろに吹き飛ばされる!
 口喧嘩はよくしていたが、知性的である事を重んじる旬は晃と取っ組み合いの
 喧嘩はして来なかった。
 しかも旬の目的は喧嘩ではなく、晃の抹殺、報復だ。
 旬の本気の蹴り技の勢いにド―ッと吹き飛ばされた晃はその威力に驚いた。
 まともにあたってらヤバかった!
 旬がキックボクシングジム会長から将来はプロになれると言われた蹴りの
 半端ない威力を晃は初めて体験した。
 何しろ水泳部の変態監督はいまだ生死の境を彷徨っているわけで……。
 しかしもうどーにも怒りの静まらない旬は倒れた晃に向って更なる攻撃を仕掛けた。
 蹴りを2発連続けてかまし、晃はそれを食らう前に身体をゴロゴロ転がして逃れた。
「逃がさねえぞ、晃っ!」
 旬は転がる晃を捕らえようと蹴りをガンガン入れた、晃はなんとか逃げる。
「ひー!」
 旬は脳ミソを使う完全犯罪が大好きだが肉体を使うのも、実は好きだった。
 今、旬は本気で晃を抹殺しようと思っている。
 何しろ長年自分に嘘をつき勝手極まりない迷惑を掛けてきた晃のせいで誘拐された。
 旬の怒りは絶頂だ!
 そのうえこの俺を性犯罪の被害者として憐れんでいやがっただと?
 このスケベ野郎!どいつもこいつも俺をいやらしい目で見やがって!畜生ーっ!
 俺は女じゃねえ!男なんだ!
 旬の怒りは全て晃へ向けられた。
 誘拐犯などそもそもどーでもいい、ただたまたま自分に都合よく殺れる
 素敵な餌が向こうから飛び込んできてくれたと嬉しく思うくらいだった。
 おかげで4人も殺れていい気分なのだ。
 とにかく何より晃がマスコミを集めやがった事がどうにも許せねええええ―っ!
 貴様のせいで俺はみゆきちゃんに嫌われたのだあああああああああああ――っ!
 晃はなんとか立ちあがり旬の激しい攻撃を必死で避けた。
 物凄い速さで蹴りとパンチを次々食らわし怒りだした旬は手に負えない。
 晃も昔はケンカをしょっちゅうしていたが旬の様に本格的に格闘技を学んだ事は
 一回もない。ただ旬より背が高く足が長い晃は歩幅で旬に勝っている。
 だからひたすら逃げた。
「旬、旬、まて、俺が悪かった、勘違いだった、すまん!」
 必死に晃は謝ったが怒りだすと止まらない遺伝子は発動を止めなかった。
「な、なんだこいつら?」
 落としたナイフを拾ってあたふた構えたリーダーは晃と旬が暗い中突然ケンカを始め、 
 グルグル狭い屋上を走り始めたこの騒ぎを見ながら
 二人を目で追って首を左右に振った。
 なんなんだこの親子は…俺を無視してやがる。
 リーダーは自分が人質まで失ったらもう捕まるしかないと心細くなった。
 …ここまで来て、下に行けば警察がいて、もう逃げられないのに、
 さっきまでの人質が今逆上して暴れている…俺はこの先どうしたらいいんだ…。
 屋上を狭しと走り回る桐生親子にリーダーは一人取り残された。
 どうしていいかわからぬまま回る二人を見ながら屋上の真ん中にふらふら立つ。
「ぶっころ〜〜〜〜〜〜〜す!」
「落ち着け旬!冷静になれえ〜〜〜〜!」
 晃をころして俺も死んでやるーっと旬は今思っていた。
 グルグル回る二人をおろおろと眺めて悩んだ結果
 リーダーはとにかく再び旬を人質にして逃げようと考えた、
 だが旬の暴れ方はもう手に負えない。
「なんて恐ろしく危険な餓鬼なんだ…。」
 こうなるとやはりさっきまで静かにしてたのは何故なんだろうと疑問がわく。
 親父を返して最後の留めに俺をころす気だったんじゃないのか?
 …やはりこのガキは危ない…。
 いっそ親父の晃を連れってた方が自分も安全じゃないかと考え直した。
 しかし旬がどうにもこうにも暴れてどうやって近寄ればいいか……。


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桐生親子の事件録―154

May 05 [Wed], 2010, 12:12
 あのガキは顔は美少年だが中身はどこかの殺し屋が入ってるんじゃないかと思うほど
 凶悪だ。
「おおお――――――っ!」
 などと旬は吠えた。その目は恐ろしい眼光だ。
 晃もこの旬の凶悪な眼光にこれは本気で俺をころす気かと恐怖し、必死で逃げ回った。
 晃の脳裏に過去旬に暴行されて重体に追い込まれ点滴に囲まれた、
 たくさんの少年達の悲惨な姿がよぎった。自分の子供ながら迫力がある。
 例えるならば檻から逃げて来た猛獣の子供に追いかけ回されている感じ。
 こんなに恐ろしいガキだったのかと旬の牙が己に向けられて改めて晃は実感した。
「旬!落ち着けっ!誰か、た、助けてくれえ―――――――――〜っ!」
 と情けない悲鳴を上げ普段のイケメンぶりからは考えられないくらいみっともなく
 ひーひー喚いて逃げ回った。
 その頃警察はエレベーターを使わず犯人を刺激しない様に階段を上がって
 そっと屋上入口に集合していた。
 屋上入口の扉から中を警官が窺うと、桐生親子が走り回っている。
「何が起きているんだ?」
 警官は直ぐにこの状況を刑事に伝え、刑事は下で待機する上司に指示を仰いだ。
「ナイフを持った犯人に追いかけられてそれから逃げ回っているのか?」
 現場を見ていない上司の刑事はその状況をそう予測した。
「突入の準備をしておけ。」
 屋上待機の警官達は状況によっては緊急で犯人を取り押さえる準備をし命令を待った。
 ビルの周囲では警官数十人とマスコミが押すな下がれの大騒ぎをしているが、
 この様子は警察に足止めされている下の連中には分からない。
 だが暗くなった空を飛ぶ中継ヘリが放送していた。
 空中からバラバラバラと旋回しながら屋上の桐生親子を見るレポーターも困惑した。
「あれは…桐生氏が逃げている…?息子さんも…?」
 暗い屋上を桐生親子がグルグル走り回っているが何故なのか理解できない。
「太田さん、どういうことですか?もっと詳しく教えてください。」
 ニュース番組のキャスターがそのあやふやな説明に苛立ちながら尋ねる。
 ヘリから見ると暗い屋上で大人と子供が走り回って見える。
 犯人らしき人物は屋上の真ん中に立っている。
 屋上はもう辺りが暗くなってカメラの写りも悪い。しかしヘリはそこまで近ずけない。
 なんとか望遠でアップを試みるが暗い屋上を二人は走り回っているので捉えきれない。
 そのうち今度は真ん中に立っていた男も走りだした。
 晃を追う旬を追うリーダー。結局親子は犯人に追われているのだろうとレポーターは
 解釈した。
「たぶん、桐生氏の御子息が…なんとか連れ去り犯人の手を逃れ、
 その、二人で犯人から逃げているのでは…。」
「たぶんですか?たぶんじゃわからないんです!はっきりしてください!」
 キャスターの口調は厳しく、レポーターは悲しい気持ちになった。
「もっとよく映して!」
 なんとか正しい情報を送ろうとカメラをズームする。
 やっと走って逃げまどう晃の後ろを凶悪な目で追いかける旬のアップを一瞬映せた。
 どんどん暗くなってきたからクリアな映像ではないが二人をよく知る者ならわかる。
 その映像を見て桐生親子となじみの深い警察所では
「おーい、見ろよ、桐生があの馬鹿親父を追いかけ回してるぞ〜。」
「あーあ、またやってるし…。」
「なんで桐生は毎年この時期なんか事件を起こすんだ?」
「夏が近ずくとテンションあがるんだろ。」
「秋と冬はなんでだ?」
「年末が近ずいてテンションあがるんだろ。」
「親父は年中発情してるし。」
「はははは。」 
 とみんなでやはりあの親子はおかしいという話で楽しく盛り上がった。
 合気道道場でも
「見たか?桐生が誘拐されて犯人に……。」
「さすがの桐生も泣いたかな?」
「ってゆうか犯人ころしたの桐生じゃないのか?」
「うん。あいつならやりかねない。
 前に腕折られた奴いまだ冬になると腕が痛むんだって。」
「他の被害者もだろう。可哀想に。ひで―奴だよ桐生は……。」
「ぼく桐生と組み手する時ぼくも腕折られるんじゃないかいつも怖くて…。」
「わかるわかる、みんなそうだ。あいつのご機嫌が悪い時は特にもう…。」
 師範が練習生の話を後ろで聞いて怒鳴った。
「ここで桐生の話はするなーっ!貴様ら練習しないなら出ていけ―っ!」
 師範と桐生の確執は有名だったので練習生は縮こまって練習した。
 師範は怖い顔をして唸った。
 首を折られた犯人、師範の脳裏に小学生の頃の旬の顔が甦る。
 私にわざと見せつける様に首を折る真似をしてみせたあの悪魔の様な笑顔…。
 恐ろしい奴だ。桐生なら本当にやりかねない。
 師範はじっと考え込んだ。桐生は私が教えた合気道の技を他者への暴力に使った。
 ―あんたはキレイ事を他人に押し付けてる!
 あんたこそ合気道の道を極めていないのさーっ!
 この私を睨む目は憎悪に満ち満ちていた。…あれは恐ろしい子供だ。
 あんな奴が我が道場の門下生だったと世間に知られたら…。
 もし本当に…桐生がころしたのだとしたならば…技を教えた我が道場が非難されないか?
 師範は強張った表情でどこか一点を見つめて微動だにしなかった。
 また練習を中断して皆が成り行きを見ていた旬の通っていたキックボクシングの
 ジムでも
「桐生…ストレス溜まってんだな。
 だからたまにサンドバック蹴りに来いって言ったのにね。」
 とジムの会長が一回タバコを吸った後に、ぼそりと呟いた。



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桐生親子の事件録―155

May 07 [Fri], 2010, 11:00
 一心不乱に逃げ惑う晃はうっかりボコボコの足元に引っ掛かり派手に転倒した。
 晃は格闘技のロープに逃げる如くズリズリ手すりに手を伸ばして掴もうとした。
 丁度手すりの角、リングコーナーのようだがそこには晃を助ける手はない。
 晃は逃げ場を失って隅っこに追い詰められたのだ。晃の血がサーッと引く。
 それを見て旬は倒れた晃の首を折ろうと駆け寄った!
 それと同時に誘拐犯は晃の喉元にナイフをかざすチャンスと思って走り寄った!
「仕留めるぜ晃ーっ!」
「桐生―!」
 と同じ方向に同時に走った二人は、晃を目掛けて接近したリーダーと旬が交錯して
 気がつけば旬の背中に誘拐犯リーダーの大きなナイフが深く刺さっていた。
「さ…3度目の正直…?」
 旬は意味不明の感想をもらした。
 その様子をヘリから中継していたアナウンサーは悲鳴の様に叫んだ。
「ああ、スタジオの安東さん!大変です、い、今、桐生氏の御子息がお父さんを庇って
 犯人に刺されましたあ―――っ!」
 ビル上空を旋回するヘリコプターは暗い屋上にライトを一瞬照らしまた旋回した。
「野郎ーっ!」 
 旬の怒りは瞬間的にリーダーに向けられた!そしてリーダーをギロリと睨みつけた!
「てめえ、よくも邪魔しやがったなあ〜っ!」
 旬は吠えてナイフが背中に刺さったままリーダーを手すり向こうに落としてやろうと
 全身で体当たりした!
「うわ――――――っ!」
 その二人分の体重と衝撃で錆びていた手すりは壊れメキッと向こう側に折れ曲がった。
 お互いの体重で吹っ飛んだリーダーと旬の二人の身体はそのまま夜景煌めく夜の街へ
 ふわっと空中に飛び出してしまった!
 その瞬間、晃は全身バネの様に跳ね起き旬に飛びついた!
「旬―――――――――――――――っ!」
「わあああ―――――――――――――っ!」
 リーダーは悲鳴を上げながらそのまま10階下に真っ逆さまに落下した。
 ドーンッという音と衝撃。
「きゃーっ!」
「ひーっ!」
 突然上から人間が降ってきた地上は悲鳴と怒号のパニックになった。
 あと少しずれていたらマスコミの群れに落ちて二次被害で死傷者が出ていただろう。
「わー、人が落ちて来た!桐生の息子か?」
「犯人だ!ダメだ、死んでる!即死だ!生放送はマズイ!」
「きゃーっ!」
「下がれ、下がれ!カメラは無事か?」
「もう少しで俺の上に落ちてた!撮れ!もういい、撮れ―!」
 頭が割れて眼球が飛び出たリーダーの死体にカメラのフラッシュがたかれた。
 次々死体が現れてとんでもない大事件になって、
 下はマスコミと警察の攻防で阿鼻叫喚の大騒ぎになった。
 しかし旬は晃が必死にその手を掴んで空中で今にも落ちんとぶら下がっていた。
 風の音が晃の耳に聞こえる。
 すっかり暗くなり、夜景がキラキラ美しく輝き、風が強くなっていた。
 びゅうびゅうと強く吹いて、まるで晃にその手を離させようとする悪魔の手の様に、
 晃の髪を叩き、旬を掴む手を揺らし、足を踏ん張る晃の身体をなぎ倒そうとした。
 晃は両足を踏ん張って、今にも暗闇に吸い込まれそうな旬の体を引っ張っている。
 晃も重いスーツケースを担いできたから既に肩が壊れかけて手が震えている。
 晃の指が今にも滑り落ちそうな旬の腕を必死で掴んでいる。
 しかしそれなのにどんどん強くなってきた風が旬の体を揺らし、
 もう晃の手から旬の身体は逃げて行きそうだ。
 「…旬っ、しっかりしろ!」
 旬はナイフが刺さった背中から血が流れ徐々に意識がぼんやり白く薄れてきていた。
 晃の腕がブルブル震えているのを旬も感じた。
 晃…。
 晃の手のぬくもりは以前警察の廊下を晃と手を繋いで歩いたぬくもりを旬に甦らせた。
「…もういい…離してくれ…晃…。」
「だめだしっかりしろっ!」
「俺は死んだ方がいい…。俺はゴミだ…。」
「馬鹿、何言ってる!?しっかりしろ、旬!」




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桐生親子の事件録―156

May 08 [Sat], 2010, 11:25
「…そう言ったじゃないか…お前も…万里子も……全部知ってるんだぞ……。
 万里子が最初に俺に言ったのはおまえなんかゴミだ。生むんじゃなかった。
 …そう言ったんだ……。」
 晃の顔色が変わった。
「旬……。」
「お前だって言ってたじゃないか…俺に押し付ける気か、俺は要らないって…。」
 晃の表情がくしゃくしゃの泣き顔になってきた。
 それは旬が生まれてからずっと最近まで本当に自分が思っていた事だからだ。
 いまさら言い訳ができないほどそれは事実だったのだ。
「頼む……離してくれ…晃…その方がいっそ……親切だ……。」
「旬、すまない。ほんとにすまない。俺が悪かった。もう一度やり直させてくれ…。」
 晃は泣いた…。
 もう目が開かないくらいの涙で目の前が何も見えなくなるのを必死で振り払って、
 旬の腕を絶対に離さない覚悟を決めた。
 もしこの手を離すなら、自分も一緒に落ちると決めたのだ!
 旬は意識を失った。
「あそこだー!急げ―!」
 晃のもとに屋上入り口前で待機していた刑事や警官達が大勢駆け寄り晃を後ろから
 抱きかかえ、晃の両隣に身体を投げ出し旬を一緒に引き上げてくれた。
 警官達にズリあげられて血の気を失った真っ白い顔の旬が現れた。
「わあああああああーっ!旬ーっ!」
 晃はやっと引き上げられた旬を抱きしめ泣いた。
「許してくれ…許してくれ……旬……!」
 泣きじゃくる晃の隣で刑事が部下に怒鳴りつけている。
「救急車!早く!呼んでないのか?子供が刺された!ぐずぐずするな早く呼べ―!」
 晃は自分で旬を抱いてビルの一階の陰に連れて救急車が来るのを待った。
 下では大変な数のテレビカメラとカメラフラッシュが二人を待ち構えていた。
 救急車がやって来て、マスコミが陣取って動かなかった為に車をどかすまで
 ビル側まで来れそうもなかった。
 だから薄暗い古いビルの玄関から晃が旬を大切そうに抱いて出て来た。
 背の高いハンサムな晃が我が子の美少年の旬を抱いて現れた姿はやたら格好良く
 まるでドラマのワンシーンのようだった。
 マスコミが一斉に走り寄るのを警官達が抑え、その人々の怒号の中を晃は走った。
 旬を揺らさない様に…晃はほんの少しの短い道だがとても長いと感じる時間を走った。
 晃の手の隙間から旬の血が流れて道路に血の帯が出来た。
 晃と旬はフラッシュの光と大勢の人々の波を割って救急車に乗って病院に行った。
「すみません、旬を、息子を…。」
「お父さん、お子さんをうつ伏せにして寝かせて下さい。」
 救急車の中で救急隊員は旬の口に酸素マスクをかけてくれた。
「…ダメだ…。」
 意識の朦朧とする旬が何かをうなされてうわごとを言っている。
「どうした?なんだ?旬?」
 ハアハア、息も絶え絶えで小さな声で…俺じゃ…ダメだ…みゆきちゃん…
 そう言っていると晃は気付いた。
 旬は血を流しうつろな意識でみゆきを呼んでいた。
「旬。」
 旬の小さな手を握り締めて、晃は泣いた。
 旬は大好きな女の子に自分が相応しくないと諦めた…
 それでもやり直そうとしていたのに…
 ごめんな…旬。
 病院に着くと、すぐにストレッチャーで旬は手術室に連れて行かれた。
 旬に寄り添ってずっと手を握って晃も走っていたが晃を看護師が制した。
「お父さん離れてください!」
 旬の手を握って走っていた晃はその手を引き離されて、手術室の扉が閉まるのを
 呆然と見ていた。
 旬の傷は今回もかなり深く、晃は旬の命が助かるように真夜中長く続く手術が
 無事に終わるのを願ってひたすら病院の手術室の暗い廊下で一人ぼっちで祈り続けた。


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