駅で (3)

2006年08月01日(火) 23時29分
彼女が何かしゃべろうとした矢先、
カウンターの中にいたもしゃもしゃ髭のマスターが
言葉を継いだ。

「それは、2階に射撃練習をしにきた人たちだよ。
上は射場になっているんだ。」
人差し指で天井を指差した。
「射撃、ですか。」

「そう。おもちゃのエアガンを使った射撃大会が、
毎年全国各地で行われていてね。
毎月、何回かああやって集まって、
皆で練習しているんだ。」
「へえ。」

「あの大きなケースには、銃が入っている。
剥き出しでは持てないので、
ああやってケースに入れて、
持ち運びをするんだ。
にしてもねえ、銃本体とケースに付属品、
合わせて5kgは下らないだろう。
この炎天下の中、汗だくになってまで、
よくまあ、来るもんだよ。」

そう言ってマスターは
嬉しそうにフフッと笑った。
カウンターに寄り掛かって
話を聞いていた彼女も
一緒にフフッと笑った。
あ、いい笑顔。

「面白そうですね。」
「今日は5時から練習会だ。
今、皆で準備をしているよ。
彼女ももうすぐ切り上げて、
練習会に参加するんだ。
もし時間が許すようだったら、
一緒に行って見学していくといいよ。
ああ、いやいや、初めてのお客さんに
無理強いはいけないなあ。
年を取ると強引でいかん。」

首を振りながら苦笑するマスターに、
僕は心の中で叫んだ。
「とんでもないことです。
時間は売るほどあります。
それに彼女も一緒だなんて、
願っても無いことです!」と。

しかし、高まった気持ちがすぐに引いた。
大勢の人達の中で、
僕は上手く振舞っていけるのだろうか。
ふとした拍子に言葉で
人を傷つけてしまったりしないだろうか。
集団の中にいるとそんな心配ばかりだ。
おかげで友達は少ないし、
人付き合いも正直苦手だ。

「良かったら是非。
あと20分くらいで始まりますし。
私がお供します。」
僕の顔を覗き込んで、彼女が誘う。
またあの笑顔。くらっと来てしまった。

彼女の誘いと射撃への興味VS.僕の性格。
2対1で見学することに決めた。
彼女も一緒だし、長居するつもりはない。
何とかなるだろう。

僕は時間まで、少し薄まったアイスコーヒーを
ちびりちびりと飲みながら、
マスターと世間話をすることになった。

駅で (2)

2006年07月18日(火) 22時29分
からんころん。
ドアを開けると、ベルの音がする。

「いらっしゃいませ!」
女の子の弾む声が迎えてくれた。
店内は、道路に面した窓側に円卓が3つ。
右手奥には壁に作りつけた長椅子と、
2人用テーブルが5つ。
入り口すぐ右のL字カウンターは
奥に伸び、右に曲がっている。
僕はカウンターの奥のL字短辺部分に席を占めた。
ここからだと店内が一望出来る。

メニューを開いて眺めていると、
女の子が水を運んできた。
年の頃なら二十歳前。
学生のアルバイトか何かだろう。
綿の半そで、綿のパンツ、
マスターとおそろいの紺色のエプロン。
胸には2匹のうさぎが跳ねている。

「お決まりでしたら、お伺いします」
「じゃあアイスコーヒーを」
「かしこまりました」

ストレートの髪の毛をバレッタで留めた女の子は、
極上の笑顔を僕に向けた。
心臓がどきんと脈を打った。
なんて嬉しそうな顔をする子なんだろう。
構ってもらうのが嬉しくてたまらない
小鹿や子犬のような子だ。

コーヒーを待つ間、
手持ち無沙汰の僕は彼女を眺めるともなしに眺めていた。
卓上を拭き、椅子を整え、客を迎える準備をしている。
全ての席を整えると、満足げに微笑んだ。
今度は客席を周り、水の追加を聞いている。
今度はさっき見せてくれた笑顔。

好きなことをしている人の顔は素敵だ。
あの子もそんな顔をしている。
軽やかに動き回り、振りまくその笑顔を見ると嬉しくなった。
僕は仕事の時、どんな顔をしているだろう。

ぼんやり思考を漂わせていると、
カウンターへ戻る彼女と視線が合った。
彼女は途端に表情を固まらせ、うつむいてしまった。
およそ見たくないものを見たらしい。
僕のせいか。
知らずニタニタしていたのだろうか。
彼女から見たら、僕も十分オヤジの部類だ。
オヤジが若い娘を見てだらしなく笑う様を思う。
ああ、何ということをしてしまったのか。
不快にさせてしまったことを後悔した。

「お待たせしました」
しばらくすると、アイスコーヒーが運ばれてきた。
給仕をする彼女の表情が少し硬い。
何か声を掛けて和らげなければ。
そうだ、さっきの集団のこと。

「あの」
「はいっ」
トレイを盾にして身構えられてしまった。

「さっき、この店に、こう、キーボードが入るような
大きなケースを持った人たちが入っていったのを
見かけたのだけれど」

駅で (1)

2006年07月15日(土) 23時24分
彼らに会ったのは、去年の夏。
梅雨明けのうだる暑さの中、自宅から2駅先の町でのこと。

その日、僕は夏用のシャツを調達しに出掛けていた。
クールビズとかで、社内の温度が上げられてしまい、
ネクタイ不要でも見栄えのするシャツが必要になったのだ。
ノーネクタイの白シャツおやじもいるが、
僕らのセンスから言えば、ノーサンキューの格好だ。

街中を歩き回ったため、僕は汗だくになった。
メインストリートを横道に入ると、ちょっとした広場がある。
道沿いのビル郡の影、木製のベンチ、
商店街で植樹した柳が心地よい空間を作っていて、
買い物疲れを癒す格好のスポットになっている。
僕は空いているベンチに腰掛けた。
何枚か眼鏡に適うシャツを手に入れて一安心。
時折吹く風に、眼を閉じほっと息をついた。

ふと目を開けると、一人の青年が広場を通り過ぎた。
音楽をする人だろうか。
キーボードが入るような大きな黒いケースを背負っている。

また目の前を通り過ぎる大荷物の人。
今度は40代のおじさんだ。
先程の青年のようにキーボードが入るくらいの大きさのケース。
この人の荷物はモスグリーンの横長のトランクケースみたいだ。

注意してみると、一人二人と、
同じような大きさの荷物を抱えた人が、
広場の先のカフェに入っていく。
キーボードの人ばかり?
アンサンブルをするとか、練習会があるとか?

ふと回りを見渡すとベンチは全て埋まっていた。
それもデパートの紙袋をたくさん抱えたおばさんや、
服飾店のロゴが入った紙袋をどっさり抱えた若い女性ばかり。
男一人ベンチ一つ占領するのも気が引けた。
取りあえず、ふらりとベンチを立った。
すぐに年配の女性たちが席を占めた。

さてどうしようか。
上京以来4年。友人も彼女もいない
一人暮らしの部屋に急いで戻る理由は無い。
週末の時間は長い。
もう少し時間を潰したい。

駅の反対側にも店がある。
もう何枚かシャツを買い足してもいい。
が、少し喉を潤してからにしたかった。
一番近いのは広場の先、
先ほどのキーボード集団が入っていったカフェだ。

道に面している大きな窓から覗くと、客は3組ほど。
店内にキーボード集団は見えない。
取りあえず店内に入り、腰を落ち着けることにした。

帰途にて

2006年06月30日(金) 23時58分
日に背を照らされながら
ことこと電車に揺られている。
窓から凶暴な陽射しが入り、
私の影が床に映る。

陽射しが強い時はくっきりと、
雲でかすんだらぼんやりと
私の上半身は床で影になる。
建物があると、床中影で真っ暗け。

くっきり、ぼんやり。
くっきり、真っ暗け。
帰り道の電車で座席にもたれて、
床をぼんやり眺めている。

くっきりしていた影が、
急に影だらけの真っ暗けになる。
建物の影に入ったんだ。
私はぼんやり考えた。
けれどいつまでも影から抜け出さない。
今は低層住宅街の高架の上を走行中。
遮る物は何も無いはずなのに。

気になって、ふと振り返ると
窓の外にプテラノドンがいた。
細長いくちばしをパッカーンと開けて、
こうもりの何十倍もの大きさの翼を、
はたはたとはためかせながら、
電車の窓にへばりついていた。
鋭い目つきでこちらを覗き込んでいる。

驚いた。
それよりも感動した。
化石でしか見たことの無かった翼竜を、
こんな間近で見られるとは。
プテラノドンよろしく、私も大口を開けていた。
私達は見つめあっていた。
しばらくするとプテラノドンは、電車から遠ざかって行った。
私は行儀良く、前を向いて座り直した。

そう、こんな日があってもいい。
今日はいい日だった。
明日はどんな一日だろう。

帰ったら、あの子にも話してあげよう。
きっと喜んでくれるだろう。
あの子の笑顔を想像したら笑みがこぼれた。
私は心地よい揺れに
身を任せながら居眠りをした。