秋鯖や回遊といふ苦役あり

2012年09月24日(月) 0時50分
悲しいことがあった。8月12日にオランダのマーテン君の父上テオさんが亡くなられた。ガンであった。昨年秋に症状が分かり治療していた。実は今回6月21日にデン・ハーグからマーテン君と一緒にアメスフォートに行ったのはテオさんの見舞いのためだった。彼は私の3歳年長だけである。まだ若い。ずっとベットに伏せっていた。彼とは旧知の仲であった。知性とユーモアを兼ね備えた良きヨーロッパ人であった。過去10年以上前の思い出が蘇る。彼はオランダで高名な造形作家であり、アメスフォートやユトレヒトなど様々な場所に造形物がある。その作品の表情が実に良い。「自由」が基本的なモチーフとなっている。彼は学生の時、日本の玉川大学に留学し造形等を学んだ。日本びいきの影響を息子のマーテン君が引き継いだのであろう。マーテン君が我が家に滞在していたとき、12月にテオさんがオランダからやって来た。玉川大学の卒業生作品展に作品を展示するためである。確か「明日への希望」という名のブロンズ像である。そのブロンズ像を我々に進呈してくれ今でも私の居間に飾ってある。クリスマスイヴの日、私はクリスマス・グッズを隠し持ち帰宅した。そしてテオさん、マーテン君、妻を前にして片言の英語で厳かに告げた。「我々日本人は誠実で信仰深い民族である。それでクリスマスは静かに祝うことにしている。」ここで私が微笑む。テオさん、マーテンが私の言葉に反応する。そして私は、「故に我々は決してこんなことは消してNEVERしない!」と言うや袋をぶちまけてクラッカーを撮り紐を引いて鳴らす。Never!Never!と叫ぶ。直ぐ様テオさんもクラッカーを鳴らす。マーテン君はドンちゃん騒ぎをビデオで撮している。妻も笑っている。皆んな笑いすぎてしまった。また別の日、妻が茶の湯に招待した。早川先生の教室に行くと妻が着物姿で待っていた。外国生活の長かった早川先生のご主人がホスト役を買ってくれた。茶を入れる妻の姿も初々しかった。またその2年後の平成12年6月に今度は私と妻と一緒にオランダに行った時にご両親共にオランダを案内してくれた。特にアムステルダム国立美術館では作品一つ一つに対して丁寧な解説をしてくれた。ファン・ダイクを初めとした画家の静物画に秘められたシンボル(暗号)について、また何故に子供の顔が大人びているのか、を説明してくれた。芸術家である。
そして今回が彼に会う三回目であった。彼は自作作品集の本をサインにて私に手渡してくれた。最後に会ったのは6月23日のベルギーのゲントで娘メアラインの家であった。彼女の作品展を見るためだった。オランダからベルギーまでおよそ4時間程の行程をこられたがベットから起きることは出来なかった。私は帰りしなに、「私はあなたが元気になることを祈っています。また会いましょう。」と言うと、彼は疲れた表情ながら、口を一寸上げ微笑んだ。これが最後の別れだとお互い思った。帰国後マーテン君から父上の訃報を知らせるメールが来た。私はお悔やみの最後に「天国であなたの父テオさんと私の妻恭子さんは再会を喜びハグしていることでしょう。」と結んだ。マーテンくんからの案内で葬儀の様子もインターネットで見ることが出来た。その後私はYoutubeでテオさんの作品や仕事ぶりやインタビュー動画を発見し静かに見ている。あの時皆んなで楽しんだ人の内、早川先生のご主人、妻恭子、テオさんが幽明堺を異にしてしまった。寂しい限りである。

野分めく軍靴の音の止みにけり

2012年09月22日(土) 1時19分
8月1日(水)宮崎はこの日台風が通る。その狭間を縫って町に出る。友人福岡君と天ぷら「江戸ッ子」で待ち合せる。彼はワイン通でワインとワイングラス持参で現れた。いつもの姿でこの店も良く心得ている。半年ぶりの再会である。彼とは浪人時代、高校補修課からの付合いである。高校では文系だった私と理系だった彼とが出会うのは補修課しかなかった。ゆっくり天婦羅とワインで過ごすのは至福の時間である。彼と別れて、ホテル・マリックスの入浴施設「ラグーン」でしばし浸り、久し振りに足マッサージもやってもらった。
2日(木)弟の洋菓子店「プランタン」へ行き、お中元の手配する。昼食に弟と「さといもラーメン」に行く。帰りに弟からの勧めで自転車を買うことにする。買った自転車に乗り、実家に寄って仏壇の父に手を合わせる。一旦家に戻り、夜再び町に出て「山崎寿司」に行く。弟と懇談する。二点目はワインの店へ行く。かなり飲んでしまった。
3日(金)自宅で草刈りなどをやって過ごす。夜は近くの「鹿児島王将」にする。
4日(土)同じく自宅で過ごす。自炊する。明日のための下準備をする。
5日(日)母と妹、妹の夫の政信さんを招いて料理をもてなす。名付けて「小松台御膳」。今ここに品書きのメモがある。先付・茄子のしょう油焼、吸物・アサリの潮汁、煮物・茄子と豚肉の冷やし、揚物・アジの南蛮漬、焼物・ステーキバルサミコ酢、であった。
6日(月)政信さんと青島パブリックGCでハーフを回る。後、汗を流した後、妹も含め三人で「うを佐」で大反省会。
7日(火)午前に奥平君と青井岳温泉に行く。ここは別名美人の湯と良い湯質がなめらかである。まず温泉近くの蕎麦処「観」を蕎麦を食べ温泉に浸る。帰りの車の中で彼と話が小学、中学時代のことなどを交す。いじめられていた女子の話に及ぶ。いじめに加担はしなかったが止めることも出来なかった。その子の名は二人とも覚えていた。私はフルネームで覚えていた。半世紀程前の話であるがお互いまだ引き摺っていた。ほろ苦い思い出もある。さて夜は弟と義妹を招いて「小松台御膳その2」をもてなす。アサリの酒蒸し、鶏肉カシューナッツ炒め、アスパラ豚肉巻き、タコと鯛のカルパッチョ、を振舞う。
8日(水)朝方道路沿いの草取り、庭の草取りを行なう。昼食に自転車で「さといもラーメン」に行くも当日休業のため、やむ無く近くの「木村ラーメン」にする。帰りにシダックスで一人カラオケを行なう。
9日(木)政信さんとレイクサイドCCでハーフを回る。夕食は妹の手料理をご馳走になる。
10日(金)妹、政信さん、母とドライブする。最初に「養白寺」で妻を参った後、日南海岸を北上し日向市の食事処「金が浜」で「地魚定食」を食べる。カツオ刺身、舌平目煮付、鱧フライなどで代金は千円也。帰りに川南町の茶「大塚園」に寄りまたハム工房Geschmackに寄りそれぞれ土産を買う。夕食は我が家でエビのブロッコリー炒め、土産のソーセージなどを食す。
11日(土)昼食は母、姉、妹の4人でホテル・シェラトンの「カリノナ」でバイキングを食す。その後、宮崎県立美術館に行き、「(細見美術館)琳派・若冲展」を観る。幸運にも学芸員の方の解説付きであったのでじゅっくり鑑賞することが出来た。夜は弟と「勝健鮨」で歓談する。二次会は店で知り合いになった方二人とバー「加羅」で飲む。久し振りに人前でカラオケを歌う。随分飲んだ。
12日(日)母、姉、妹と青島の串かつの店に連れて行ってもらった。食後パームビーチホテルの温泉に入る。昨日いささか飲みすぎたので夕食は自宅で野菜炒めなどで簡単に済ます。
13日(月)弟の店プランタンで土産を宅急便にしてもらい、その後「さといもラーメン」から入浴施設「ラグーン」とお決まりのコースで過ごす。夜、妹の求めで書「風」を書き上げる。
14日(火)2週間に渡った宮崎での生活から京都へ戻る日である。母、姉、妹と「うを佐」で昼食をした後宮崎空港へ行き皆さんと別れる。今回も多くの方にお世話になった。感謝の極みである。京都に戻り、直子と近くの竜宮飯店で食事をする。


  
庭(前)            庭(後)           黄昏
  
小松台御膳           同             同
 
「風」の書          金ガ浜・地魚定食千円也

宵山や比翼の鳥は来はせぬか

2012年09月21日(金) 1時44分
7月2日(月)俳友NKさんと四条西陣界隈を吟行する。尤も当日は1句も作りはしなかったが恒例の「百句」には反映しているはずである。阪急烏丸駅で待合せ、昼食を大丸横の蕎麦「大黒屋」で取る。西陣を歩き今回の目的の「紫織庵‐祇園祭と屏風飾り展」に行く。途中「くろちく本店」に立ち寄り、郷土の土産にハンカチを数枚買う。7月に入ると町が祇園祭に彩られてゆく。紫織庵は西陣の風情を大いに残している佇まいの町家である。庭も美しく、二階の洋間は高名な武田伍一氏の設計である。その後新町通りを下る。NKさんが「確かこの近くに本能寺跡がある。」とのことで訪ね歩く。ようやくにして油小路蛸薬師の福祉施設脇に碑を見つけた。再び四条烏丸迄戻り京懐石「美濃吉」で夕食をしNKさんと別れる。この週は書道教室とキャンパスプラザでの「数学」受講以外は殆んど自宅にいて料理レシピを極めていた。
10日(火)はキャンパスプラザで「日中文化交流史」を受講する。その前が忙しかった。郵便局で株式配当金を受け取り、京都吟行で府市民税を支払い、右京区役所市民税課へ行くため太秦天神川駅迄徒歩でゆく。修正申告を行なうためである。年金収入が少額の場合、税務署への確定申告が本年から不要となったために株式譲渡申告(損の繰延手続き)にか行わなかったら、府市民税の請求が来た次第である。前日区役所に問い合わせると修正申告が出来るとのことである。良かった。逆に若干の還付がある。そのまま諦めて納付しないで良かった。その手続きを終えて地下鉄で京都駅に出て、受講した次第である。しかし徒歩は暑くて辛かった。
13日(金)か魚村短歌教室に行く。受講後恒例の下村先輩と「キリンシティー」で歓談する。オランダ土産にフェルメール画集(イタリア語版)を渡す。
14日(土)は令さん主催の「宵々々山句会」吟行に参加する。一同地下鉄五条に集合し、室町通りを上る。しかし京都の夏は暑い。たまらず出店のビールを飲む。皆、旧知の方々ばかりで和やかに祇園祭を楽しむ。屏風を覗いたり、鉾を間近でみる。白楽天山、鶏鉾、菊水鉾、山伏山、鯉山、黒主山、役行者山を見て新町通りへ下る。八幡山、北観音山、南観音山、放下鉾を見て、今回の句会場「桃栗」に一同集う。私はタイトル句の他に・祇園会や母を恋ひたる山のあり、・胴懸に希蝋の叙事史驟雨降る、など13句を作り、内10句に選を受けた。
15日(土)は京都とレールの予定だったが天候が思わしくなくやむを得ず中止し京都市内を散策することにして仲間を募ったところ吉岡さんと黒田氏の参加があり一堂京都駅に集合した。京都駅から東本願寺枳穀邸、文子天満宮を経て耳塚、豊国神社、方広寺そして六波羅密寺、六道珍皇寺を参り、昼食は円山公園の利休庵で豆腐料理とビール、そこから大豊神社、安楽寺(素通り)を経て法然院を散策する。バスで戻ってきた。相当に歩いているな、というのが今の実感である。19日(木)大学の同窓生との会合である。梅田の新阪急ホテル・アネックス地下の「もつ鍋おおやま」を予約した。全員揃うのは2月の山口フグ旅行以来である。山岡君、山口君、永岡君そして私の四人で大いに懇談する。またもや飲み放題コースにしたため皆実に飲んだ。話はまたもや台湾に皆で行こうということになった。幹事は私である。
20日(金)京都センチュリーホテルで行われた「葡萄の会」に参加する。しかし私は開始時間が12時だったにも関わらず13時と間違い慌てて駆けつける。15分ほど遅れて声を掛けてくれたNKさんに心配を掛けてしまった。申し訳ない。ポルトガル料理とポルトガルワインを堪能した。その後のコンサートはポルトガルギターデュオのマリオネットとファディスタ鹿糠ちはるさん。ポルトガルギターの澄んだ音色とファドの哀愁がワインとともに心に染みわたる。曲名は「・シェーラ・唐街雨情・故郷の人々、大切な人(カティスト)・ローザブランカ(白い薔薇)・銀色オリエント・コインブラ・神戸から帰るとき・ルル・南蛮渡来・暗い橋桁・光の中で」(聞き書きのため聞き違いあるかも。又曲順はこの逆の順番である。)贅沢な時間を過ごした。
24日(火)〜26日(木)直子と韓国旅行
28日(土)は錦土曜句会に・遠雷にずたずたになる皇統譜、など8句を出句する。終了後場所を変えて日本酒を飲みながら五人ほどで半歌仙を巻く。私は十三夏月 伏義もゐて女禍も泳ぎし月の海、など四句を付け目出度く挙句で終了した。
30日(月)宮崎に帰る。妹が迎えに来てくれる。妹宅にお邪魔し夕食を戴く。
31日(火)友人奥平君の運転で入浴施設・石崎の杜「歓鯨館」へ行く。ゆっくり寛ぎ、付設の野菜販売所で地の野菜を仕入れる。7月も何かと充実していた。


  
紫織庵             同             郵便ポスト
  
葡萄の会            法然院           祇園祭
  

祇園祭             同              同

この茅の輪くぐり根の國土深く

2012年09月20日(木) 3時44分
6月1日(金)は夕刻から西大路ウォーキングクラブの二人と西院で待ち合わせし北野神社へ向う。北野神社から千本通りへ引き返す。途中で私は松原の「やまとの湯」に行くために二人と別れた。
2日(土)バスで亀岡駅に行き、そこから明智越に挑む。保津川を渡り、こころは光秀となり養源寺、文覚寺を過ぎ簾戸口から山道を登る。峯の堂跡を経て、神明峠へ向う。誰一人であうことはない。黙々と歩く。山裾の道を狭く鋭い。苦戦しながら神明峠に出ることが出来た。そこから水尾の里へ向う。鄙びた雰囲気が良い。尚も下り保津峡駅に辿り着く。愛宕山の峻険な姿と保津峡が一幅の屏風の姿をしている。
7日(木)キャンパスプラザでの数学受講の後、書道の先生の作品展を観るために寺町へ行く。会場で虎時さんに出会う。会場を出て二人で紙司「柿本」へ行く。私は書道作品展のための紙を買う。腕は上達しないのにこんなことに注力している。良いのかな。虎時さんと「キリンシティー」の飲む。その後別れて一人でそば処「大黒屋」で大ザルを食べて帰る。
8日(金)魚村氏の短歌講座を受講しに梅田に行く。受講後オランダへの土産を買うため難波道具屋筋へ行く。下村さんにも付き合って貰う。寿司のサンプル、天麩羅蕎麦のサンプル等々を購入した。食事は下村さんの案内で食事処「治兵衛」に行く。料理も良く流石下村さんの紹介の店である。
9日(土)多忙を極める。当日は短歌の師である塚本邦雄氏の命日であり、この日に玲瓏「神変歌会」が墓所のある妙蓮寺が行われる。新規の方、旧知の方と歌論を交える。1時から5時迄たっぷり歌会が行われた。6時に烏丸御池に向う。俳友NKさんの紹介で硝子造形作家狩野智宏氏の作品を見に誉田屋のギャラリーへ行く。NKさんとそこで落ち合う。幻想的な作品で大脳皮質を大いに刺激された。狩野氏にも挨拶させてもらった。7時に高槻に行くためNKさんに別れる。高槻の包丁処「あら木」で直子と婚約者の伊藤君と落ち合う。あら木の料理を堪能しながら三人で楽しい時間を過ごした。尚、この日直子から欧州旅行用にOrobiancoのバックをプレゼントしてもらった。私の誕生日と父の日の祝も兼ねている。
10日(日)マーテン君からの頼まれものの盆栽用の鉢を受け取りに京都駅近くの「広樹園」に行き、主人から鉢を受け取る。代金は立て替えた。これを傷付けないようにオランダまで運ばねばならない。夕飯は直子と近所の竜宮飯店に行く。
12日(火)唯史から宅急便でプレゼントが届く。吉田カバンPORTERのショルダーバックである。これも欧州旅行に持って行くことにする。
14日(木)欧州旅行の前日、直子と京懐石「美濃吉」へ行く。何と支払いは直子がしてくれた。曰く「Facebookに私がおごったって書いといて。」とか。良い前夜祭であった。
15日から24日までオランダ、ベルギー旅行。
26日(火)京カレッジ「日中文化交流史」受講、27日(水)書道教室、28日(木)京カレッジ「身の回りの数学」受講と淡々と過ごす。
30日(土)10時半大宮駅に集合し俳友と共に夏越の祓のため祗園梛神社へ行く。茅の輪を潜り今年前半の無事を感謝し、また後半の無事を祈願した。また茅を頂戴し小さな茅の輪を作った。昼食を大宮駅前の茶房「Hattori」で取る。一旦皆さんと別れ、1時半に岡崎の「泉屋博古館」へ行く。京カレッジ「日中文化交流史」の課外授業である。吉井先生は人柄に優れた方である。中国太古の文物の数々を閲覧した。午後4時に八坂神社近くの京都祗園ホテルへ行く。吉井先生が車で送って貰う。短歌結社「日月」の講演会に出る。「日月」主宰の永田先生、会員の方々に挨拶する。夏越祓えで一緒した令さんと再び会う。二条流和歌についての講演だったがすこぶる有益だった。6時に終りその足で令さんと錦土曜句会に向う。タイトル句の他に・乳牛の模様それでも夏の空、に選を受けた。こうして六月も尽日を迎えた。


  
狩野智宏氏作品          同         オランダ土産(道具屋筋)
  
保津峡駅             明智越         同

能舞台シテに蜥蜴が出やうとは

2012年09月19日(水) 14時17分
オランダ紀行、ソウル紀行を除いて5月より更新を怠っていた。手帳を繰りながら記載する。現在は秋であるが記載時期は夏であるのでタイトル句もその季節に合わせる。五月のことなどを徒然に。
5月2日(水)金澤翔子展を書道教室の方々と観に行く。八幡市駅で先生始め門人の方々6名が待合せ、松花堂美術館にタクシーで向う。まずは「京都吉兆」松花堂店で食事する。和やかな雰囲気である。男性は私一人である。食後、庭園を散策した後美術館に行く。金澤翔子の書体は自由闊達、縦横に筆が走る。先生曰く、「書に邪心が無い。」様々の「龍」の字を堪能した。
4日(金)昼、長男の唯史が婚約者の智子さんを連れて帰って来た。3人で大山崎美術館に行く。私の大好きな場所で遠方からの客はよく案内するところである。二人も喜んでくれた。夜は自宅で「さつき膳」と銘打って私の手作り料理でもてなす。二人がもぞもぞしながら報告があるという。「結婚を来年春にしたい」とのことであり私は二人を祝福した。直子が今年10月にハワイで挙式をするので半年の間に二人が結婚することになる。忙しくなるな、というのが実感である。5日(土)は夕刻より四条烏丸「美濃吉」の花懐石を三人で食す。ゆったりとした時が流れてゆく。食後、アイリッシュパブ「フィールド」で飲み直す。ギネスが旨い。帰宅後も歓談し夜中の3時頃から冷蔵庫にあったウニを取り出し海苔を巻いて酒の肴にする。唯史、智子さん、私でウニパーティは深夜に及んだ。6日(日)二人は福岡に帰って行った。
11日(金)魚村晋太郎氏の「短歌講座」を受講するため梅田の朝日カルチャーセンターの行く。受講後旧知の下村先輩と「KirinCity」で懇談する。帰宅後、「西大路ウォーキングクラブ」に参加する。西大路から二条城を回って来た。
5月19日(土)は山口君、黒田氏の三人で京都トレール北山コースにチャレンジする。比叡山までは阪急電車、京阪電車、叡山電車、ロープウェイを乗り継いで比叡山山頂からスタートする。アップダウンが苦しい。最終点を三千院にした。大原には初めて行った。河原町「ミュンヘン」でビールで打ち上げを行なう。その後山口君と別れ、黒田氏と錦句会に行く。
5月26日(土)はメンバーが代わり、今度は京都トレール西山コースを歩く。田中さん、岡田さん夫妻と私の4名である。嵐山、松尾山を経て苔寺谷に到り、西山コースは完結する。更に唐櫃越途中まで訪ね、引き返す。打ち上げは「源八鮨」で行なう。
5月28日は上桂から唐櫃越えを経由して亀岡へ向かおうとした。光秀が本能寺へ向かった道の一つ。二時間程順調に進み沓掛山迄来たところで、引き返して来る若者に会った。訳を聞けば「山頂に猿の一群10匹程に遭遇した。しばらく去るのを待ったが去らない。危険を感じたので引き返すことにした。」とのこと。私は諦め切れず山頂に向かったがザワザワと言う音とキーと言う声。慌てて引き返す。私も光秀も猿には分が悪い。
今度は本能寺へのもう一つの道「明智越え」にチャレンジするである。
今月の句友NKさんとの皐月100句バトルでは私は思い半ばで逝った古今の人への鎮魂を主題に句を作った。一句目は大友皇子、百句目は立川談志。基準は哀れを感じるかどうか。光秀は哀れ、三成は哀れでない。中岡慎太郎は哀れだが竜馬は哀れではない。江藤淳は哀れだが三島由紀夫は哀れではない。この取捨選択は楽しい作業だった。・藤棚に夏目雅子の影の跡


  
大山崎美術館        松花堂美術館         同
  
比叡山            唐櫃越            西山コース竹林

流星がリアルト橋を潜るまで

2012年09月18日(火) 22時40分
7月26日(木)韓国最後の日である。朝食はアワビ入り粥にする。腹に優しい食事であった。娘と話し合って本日は明洞でショッピングと写真館で撮影をしようということになった。午後5時過ぎに金ぽ空港から関西空港に向けて飛び立つことになっているのでしばしの時間を過ごすことになる。ホテルのチェックインを終え、ホテルのバスで明洞の停車場まで行く。荷物を一旦ロッテ百貨店内の荷物預り所にお願いして街に繰り出した。まずは町の両替店で一万円を両替した。銀行より町の両替店の方が遥かにレートが良いのが韓国(というかソウル)の特徴である。コスメティックの店を三店程回る。娘の独壇場である。それから写真館を探すことにする。娘が持っている観光雑誌に載っている写真館に行って見たがここは値段が高すぎる。二店目は大通り近くの私が見覚えがあってそこを訪ねる。しかし昨日見たところではあるが値段もそこそこ高くしかもかなり怪しい雰囲気で二人とも止めようと言うことになった。暑さで疲れたところで喫茶店に行くことにした。店内が涼しくやっと一息付く。しばし寛ぐ。二階の座席はひっそりとしていたがインテリアも洒落ていて店員の方の応対も丁寧で好感を持った。時間もそろそろ迫って来た。その後、小公地下街を散策する。娘は昨日一人でここの眼鏡店に行った為男性店員と顔なじみになっていた。「こちらが父です。」「そうですか。お父さんもどうですか。」「いえ、時間がないので結構です。」と笑顔で交す。尚も地下街を進んでいくと幸運なことに写真館がある。「皇宮(ファングン)スタジオ」である。料金を訊ねると10万ウォンとかなりリーズナブルである。二人でチマチョゴリを着る。二人で二枚、直子のみで二枚、計4枚の写真を撮る。各々2セット貰う。店主は要領良くパソコン画面で写真の補正を行ってくれる。全部完了したところで、そろそろ空港に行く時間である。ロッテホテルからタクシーで金ぽ空港に向い、空港内の売店で簡単な土産を買い関西空港に飛び立った。娘とのおそらく最後の二人旅を楽しんだ。

背後より抜いてゆきたる鶏頭花

2012年09月01日(土) 0時31分
ロッテ免税店で待ち合わせたは良いが直子に「通勤用のバックが欲しい。」とねだられる。「SEE BY CHLOE」の黒い大きなバックである。ブランドが「CHLOE」でないのが救い。オランダのスキポール空港の免税ショップで「SEE BY CHLOE」の財布を土産に買ったので大体の値段の違いは分かっている。プレゼントした。夕食はタクシーに乗り、直子の案内で漢江を越え狎鴎亭(あっぷじょん)へ行く。まずプリンセスホテルの喫茶店に韓流スターが来るとのことで行くがその気配もなくホテル前のケーキショップに変える。プリンセスホテルの受付の女性はチェ・ジウのような雰囲気を持っていた。美人だったね、などと直子と話す。ケーキとアイスでしばし寛いだ後、「カンホドン678」と言う人気の焼肉店に行く。お笑い芸人カンホドンの店とかで直子は以前に友達と行ったところである。ユッケ、牛肉カルビ、豚肉のサムギョプサル、を注文する。日本と盛り方が違う。圧倒的ボリームである。ユッケは日本では食中毒事件以来食していなかったので久しぶりだった。人気の店で大入りであった。日本人は私達だけであった。すっかり満腹した後、
直子のリードで再びタクシーに乗り新沙洞カロスキルへ行く。ファッション街である。直子がガイド本にマークをしていた二店に行く。ネックレスがリーズナブルで良い感じだが直子は「長すぎる。」と言う。確かに二重になっているが長すぎる。そこへ日本人の女性の一団がやってくる。「わー、これ良いけど、このネックレスどんだけ長いん!」と言い合っている。それを聞いて二人で微笑む。直子に別の品を買ってやった。帰りしなに若い女性達に私は「本当に長いですよね。内の娘の長すぎるって諦めました。」と言うと皆んな笑って「そうですよねえ。」と笑いあった。異国では見知らない人達(日本人)と親しげに話すことが出来るから不思議だ。良い刺激を受けホテルまでタクシーで帰る。翌日日本に帰ることになる。


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