炎帝や大友皇子の征矢を折る

2012年05月19日(土) 0時10分
4月16日(月)終日自宅に籠る。
17日(火)京カレッジで「日中文化交流史」の講義を受講後高槻に行く。娘と包丁処「あら木」で待合せて、料理を堪能してきた。主人の手捌き、気配りは東寺の千手観音菩薩か三眼を持つ帝釈天の如し。付き出し、刺身盛合せ、たらの西京焼、たらの白子の天麩羅、筍の椀もの、酢の物、ご飯のコースに更にウニの茶碗蒸し、手打ちそばを追加する。娘も私も幸福な気分になった。
18日(水)は書道教室を終えた後、近くのたこ焼き店でビールとたこ焼きを食べその足で知恩院に向う。本日は法然の御忌であり、深夜知恩院三門に上がり念仏を唱えてた。昨年は諸事情で中止となったので二年ぶりである。気が付いたことだが堂内が明るくなっている。燭台の明かりが電灯になっている。お陰で阿弥陀仏も十二弟子も天井の龍も天女も迦陵頻伽もよく見える、がそれはいけない。幽玄の趣がなくなっている。暗闇の世界で朧気ながら眼を凝らして見るのが良いのであるがいささか興ざめだ。今年は一人とあって30分強で退出した。夜中12時頃であった。
19日(木)京カレッジの「数学」の講義後、寺町に行く。「鳩居堂」と「書司 柿本」を訪ねる。さる7日に催された「歌仙 百千鳥の巻」の取りまとめを仰せつかったためである。私は和紙店巡りが大好きである。
20日(金)書店を巡って「文字の文化史」(講談社学術文庫)を探すが見当たらず。残念である。
21日(土)京都トレール西山コースを山口、田中、岡田、同、黒田、吉岡、谷口、私の総勢8名で行なう。既に9日に下見を行っている。京都駅で待合せてバスで栂ノ尾に向う。高山寺を参拝した後清滝川に沿って歩く。皆さん殆んど旧知の仲になっている。私の大学時代、会社、俳句のつながりの方々である。皆んな和気藹々なのが嬉しい。一緒に記念写真を撮る。無事嵐山に戻り、駅の近くの喫茶店で皆でビールで乾杯する。散会後、四条河原町に行く。これから「錦句会」である。トレール帰りの4名と句会もご一緒する。「ようやる!」とは大学時代の友人の弁。
22日(日)は疲れで一日家で癒す。夕食はカルボナーラで済ます。
23日(月)レシピ本を読み耽り、「サーモンと鯛のマリネ」「牛肉のソテー・バルサミコ酢」を作ろうと張り切る。バルサミコ酢の煮詰め方、時間の兼ね合いがなかなか難しい。料理の見場は良かった。ともあれ男の料理は見た目が大事である。
24日(火)「日中文化交流史」の講義後自宅に戻る。生協で食材を仕入れる。色んな料理を試みるつもり。今夜はちらし寿司である。昆布出汁から始める。剥き海老はいただけない。反省する。
25日(水)書道も少しながら成長したかな、とも思うがまだまだである。草書が難しい。仮名書きの基本がまだ出来ていない。練習するのみ。自宅で復習の際、正座することにする。これも練習で徐々に長く座ることが出来出した。
26日(木)「数学」の講義の後、「やまとの湯」で寛ぐ。入浴料600円、マッサージ機300円で至福の時間を過ごす。何ものにも代え難いひとときである。
27日(金)午後3時より一人で嵐山から松尾山、苔寺谷まで歩く。そこから西山山麓トレッキングコースを桂坂野鳥遊園まで歩くことにしたが唐櫃越から分岐点を間違い、亀岡方向に30分ほど歩いたところでアカン!と思い、引き返す。時は6時、夕陽よ沈むな!と念じつつ無事下山した。誤りを正すことの難しさ、慢心に対する戒めを痛感する。因みにこの唐櫃越は光秀が亀山城から本能寺に向かった道の一つ。こんな狭い道を夜陰に乗じて駆け巡るのは並大抵のことではない。当日の歩数23,412歩であった。
28日(土)は終日家で過ごす。
29日(日)は奈良に向う。短歌結社「日月」奈良歌会に出席させてもらう。懇談会が近くの料理店でしかも飲み放題1時間半でセットされていた。これが問題。根が貧相な私は早く飲まねばとビールと焼酎ロックを随分飲んで案の定酩酊状態となりそのまま近鉄で京都に戻るが間違って特急に乗り、車掌さんに途中で寝ているところを起こされ追加料金500円を払い、京都駅で気が付けば携帯電話がないことに気付く。家では娘に責められる。料理店にも会場にも無かったが、翌日近鉄京都駅で保管されていることが判明した。還暦過ぎた男がこんなことで良いのかと思ってしまう。酒はゆっくり一杯の値段を計算しながら冷静に飲むに限る。
30日(月)携帯電話を貰いに近鉄京都駅に行く。無事貰った。夜は葛野大路から九条、西大路、四条と歩く。こうして四月尽日を迎えた。


  
知恩院三門楼上      掲示板           唐櫃越





春嵐や塩津山にも隠國も

2012年05月18日(金) 18時36分
四月のことを備忘録をもとに
4月1日(日)家に籠りて外に出ず。夕食は鯨のステーキだが美味ならず。
2日(月)やまとの湯で寛ぐ。マッサージを行い、定番の牛乳を腰に手を当てて一気に飲む。この日の料理は「タラとアサリの酒蒸」。本来の予定では「金目鯛とハマグリ」だったがスーパーにないため断念。
3日(火)まさに春嵐の日であった。一日を自宅で過ごす。
4日(水)夜から書道教室へ通うため阪急、京阪電車を乗り継いで神宮丸太町へ、ここから黒谷まで20分の徒歩。ゆったりとした時間を使う。これも書道の道に加わっているかなと思う。終ってから西院の「天下一品」でラーメン、ギョーザ、ビールで遅い夕食とする。ここから自宅まで歩く。9435歩也。
5日(木)この日は近所のスーパー以外何処にも出ていない。豚しゃぶを食う。
6日(金)午後7時に大阪難波に行く。同じ会社で旅行仲間の檀○君、小○さん、坂○さんと高島屋内の「佐海屋」で久し振りに会い懇談会を行なう。皆さん元気であった。以前の会社の仲間と会うのも楽しい。
7日(土)年に一度の歌仙の日である。和田さん、下村さんと東寺で落ち合い、「東寺春の特別公開」を観た後、今村さんの待つ会場「檸檬館」へ行く。目出度く万尾と相成る。その後件の三人で四条烏丸の居酒屋で百献傾ける。この付き合いは何ものにかけがえがない。酩酊しながら自宅に戻る。
8日(日)風花句会である。大阪城公園駅で俳友NKさんと落ち合い、桜を味わいつつ対岸の「アサヒビール・パノラマスカイレストラン」でランチを取り、その後句会場へ行く。皆さんとは久し振りである。句会終了後近くの居酒屋で懇談する。
9日(月)次週行なうトレールの下見のために京都駅からJRバスで栂ノ尾へ行く。昼に到着し、川畔の茶店で山菜蕎麦を食した後清滝川沿いに下る。新鮮な空気と風景が心地よい。岩肌の荒い箇所もあり滑りやすい箇所もある。細心の注意で下る。圧巻は清滝川と保津川の合流点を見渡せる展望台(岩場)である。思わず足が竦む。その後嵐山まで下る。気持ちの良い一日であった。
10日(火)本日から京カレッジでの講義が始まる。「日中文化交流史」の講義は予想以上の優れた内容である。但し受講生が少ないのが寂しい。もっと多くの学生、社会人が受講する価値がある内容である。
11日(水)書道に通う。
12日(木)は京カレッジで「身の回りの数学」を受講する。私以外は皆学生である。しかしみんな真面目な印象で講義中眠りにつく者もいないのが良い。久し振りの数学は新鮮ではあるが難しい。合同式とはなんぞや。しばし数の世界に浸っていたい。夕食は「鶏肉のカシューナッツ炒め」を作る。ブロッコリーの緑が鮮やかだ。
13日(金)歌友である魚村さんの朝日カルチャーセンターでの「短歌講座」を受講するため大阪梅田に行く。短歌講義と自作二首を持ち寄り評を受ける。月一度の講義である。参加者に知友がいるのも嬉しい。終会後、阪急淡路駅へ向う。淡路のイタリアン「ALBAR」にかっての同僚吉○さん、谷○さん、今○君の四人で久し振りに懇談する。ワインもかなり入った。楽しい会話が続いた。
14日(土)HAIKU麟塾句会へ参加するため大山崎駅に向う。今回で大山崎での句会は最後とのことで寂しい限りである。麟さんには随分お世話になった。俳句の天才とはこの人以外にはいないと思っている。今回の麟塾賞は麟さんに次いで【栄誉ある準優勝】を私は受賞した。賞状と複勝のタヌキの置物を頂戴した。如何なる賞よりも私はこのタヌキが気に入っている。閉会後みんなで桂駅近くの「養老乃瀧」で麟さんを交えて懇談した。


  
「栂ノ家」より清滝川    落合隧道         清滝川保津川合流点
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