周南市湯野温泉 後山招魂場

June 15 [Thu], 2017, 7:00
山口県内には、まだ未訪問の招魂場が沢山あるのですが、
いかんせんホームが下関なもので、東側はなかなか行けてません。
とはいえ、少しずつ制覇して行きたいと思ってはいるのです。

今回は周南市にある後山招魂場(湯野神社)に行ってまいりました。
後山招魂場は、周南市でも西側の防府市寄りにありますので、
とりあえず近いところから攻めて行こうと、今回行った次第です。

後山招魂場は、湯野温泉という温泉郷にあります。

湯野温泉は、戦国時代の天正年間に開かれた温泉。
また、別の説では、神功皇后の時代よりあり、
三韓征伐が終わっての帰路、生まれて間もない誉田別皇子(応神天皇)が、
ひどい熱病に掛かってしまったので、ここの湯を飲ませると、
たちまち熱が引いたという伝説もあるようです。


湯野温泉薬師」。
温泉街にある薬師堂。
河村三五兵衛という人が、朝晩湯気が立ち上がる所を見つけ、
或る夜の夢に薬師如来が現れ「土に埋まっている仏を掘り出して祀れ、
温泉が湧き出て繁盛するであろう」とのお告げを受け、
湯気が立ち上がる所を掘り続け、薬師如来像と温泉が出てきたという。
ここはその薬師如来を祀ったものだそうです。


山田家本屋」。
茅葺屋根の立派な屋敷が温泉街にあります。
この湯野は長州藩寄組筆頭堅田家の所領で、
山田家はその堅田家の重臣でした。
幕末には藩主毛利敬親村田清風なども立ち寄ったとされ、
当主は楫取素彦と懇意だったようで、
楫取の年賀状なども展示されていました。
観覧無料です。

さて、招魂場ですが、これがなかなか大変なところにあり、
見つけるのは苦労しました。

入口は田んぼの脇。
事前のリサーチ無しでは、絶対見つけられないような場所です。

スマホのGoogleMAP片手に、ここ通っていいの?
と思うような細道を通ります。
民家の敷地だと思うのですが、寺院巡礼コースのようで、
通ってもいいのでしょうね(てか、通らないと行けない)。

ギリギリ道だとわかるような道を通ると、
階段が隠れるように出てきます。


急な石段ですが、招魂場は大体こういう石段がありますので、
そんなに気にせず登ります。


登るとまだ先に石段が・・・。まだ先か・・・。


途中の祠には、上部の無い小さな仏像がありました。
廃仏毀釈でこのようになったのか?
それとも天災でたまたまこうなったのか?


まだまだ進みます。こりゃ結構辛いですね。


で、やっと鳥居が見えてきました。


正面は逆行なので裏側から写します。


招魂場は2段になっており、1段目に鳥居があります。
1段目の中央に拝殿跡と思われる石組みがありました。


拝殿跡の石組みの奥に2段目に続く石段が見えます。


2段目の奥に招魂墓が並んでいました。
一列に14柱建てられています。

左側

右側

この招魂場は、この地の領主堅田少輔によって建立されたもので、
寄組筆頭堅田家家臣の戦死者を祀ったものです。
堅田家では幕長戦争戊辰戦争で14人の戦死者を出しており、
慶応4年に他の招魂場に倣って建立されました。
後に官祭招魂社となり、「湯野神社」と改称されます。

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