奈良県大和郡山市 小泉陣屋跡

September 11 [Wed], 2019, 7:00
小泉藩は、賤ヶ岳七本槍の一人片桐且元の弟片桐貞隆を藩祖とし、
江戸時代を通じて片桐家が治めています。

2代藩主片桐貞昌は、茶人桑山宗仙に茶道を学び、
石州流茶道の祖として知られ、将軍の茶道指南役にもなっており、
また、8代藩主片桐貞信も茶人として高名でした。
現在も陣屋跡の敷地にある高林庵が、石州流茶道宗家として現存し、
片桐家当主の居宅になっています。


小泉城址」。
小泉城は築城年は不明ですが、興福寺衆徒小泉家の築城した城で、
小泉家と筒井家の争いにおいて数度の落城を繰り返しました。
その後、大和国が豊臣秀長の領地となり、
家臣の羽田長門が小泉を与えられ、小泉城は拡大整備されています。

豊臣秀吉によって小泉は片桐貞隆に与えられますが、
秀吉の死後に関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康が台頭すると、
大坂城に近い茨木城に移って豊臣家を補佐しました。

しかし方広寺鐘銘事件によって兄の且元と共に内通を疑われた為、
兄と共に豊臣家から離れています。そして豊臣家は滅亡。
貞隆は6000石の加増を受けて、小泉城を藩庁としました。
小泉藩は格式としては無城大名であり、藩政期には陣屋規模に縮小されていた為、
江戸時代の小泉城は、正確には小泉陣屋が正しいといえます。


高林庵」。
一般財団法人高林庵 石州流茶道宗家」の本部。
説明板には「片桐城跡」となっています。


ナギナタ池」。
小泉城の堀だった場所で、高林庵の敷地に面しています。

ナギナタ池より南に下ると、小泉神社があり、
そこに陣屋門が移築されています。

旧小泉城之城門」。
神社ですが寺院の山門のように建てられている門で、
小泉陣屋の正門が移築されたもの。


旧小泉城移築裏門(金輪寺西門)」。
小泉城跡の北東方向にある金輪寺には、
陣屋の裏門が移築されています。

小泉藩は茶人として名高い8代貞信の隠居後、藩主の早逝が続き、
藩政は安定していません。10代片桐貞照の代に桜田門外の変が発生。
ほど近い日比谷門の警備を任されていた貞照は、
日比谷門番の役目を解かれ、差控え処分となっています。

11代藩主片桐貞利は、貞照の死後家督を相続しますが、
わずか半年足らずで病死。次代の片桐貞篤の代で維新を迎え、
京都警備に藩兵を派遣しています。


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