宮崎県宮崎市 佐土原城跡

June 14 [Fri], 2019, 7:00
佐土原藩薩摩藩の支藩として知られますが、
藩主家である佐土原藩島津家は、薩摩藩一門の垂水島津家の傍流で、
薩摩藩からは一門家から出た支藩の扱いを受けていますが、
正確には幕府から直接領地を与えられた独立藩でした。

これは少々ややこしい話になりますが、
関ヶ原の「島津の退き口」で戦死した島津豊久の領地が、
一旦幕府の直轄地となった後に、幕府より島津一門の島津以久に与えられ、
元々以久が領していた垂水は以久嫡男の子島津久信(嫡流)が継ぎ、
佐土原藩は三男の島津忠興(庶流)が継ぎます。
つまり嫡流(長男)が薩摩藩一門家老家垂水島津家となり、
庶流(三男)が佐土原藩主家となったワケですね。

以久に与えられる以前の佐土原は、
島津貴久の4人の息子の一番末子である島津家久の領地でした。
家久は戦上手として知られ、沖田畷の戦い龍造寺隆信を、
戸次川の戦い長宗我部信親十河存保を討ち取るなど、
一部では戦国最強とも称された武将でしたが、
病気で急死してしまい、跡は豊久が継いでいます。

この豊久も美男子でありながら、
初陣で首級を挙げた知略と武勇に優れた人物で、
文禄・慶長の役でも目覚しい活躍を見せました。
「島津の退き口」では、殿軍を務めて追撃の井伊直政を落馬させ、
大将である島津義弘を無事に撤退させましたが、
自分は討死しています。
最近では漫画「ドリフターズ」の主人公としても知られ、
知名度も高いのですが、佐土原藩島津家は豊久の系譜ではありません。
佐土原では、家久・豊久を「前島津」と呼んで、
藩主家である以久の系譜(後島津)と区別しています。


佐土原城二ノ丸跡」。
佐土原藩の藩庁である佐土原城は、整備・復元されていますが、
その規模は陣屋程度のものです。
元々佐土原城は日向伊東家の居城で巨大な山城でしたが、
2代藩主島津忠興の時代に山頂の城郭は破棄され、
二ノ丸に御殿を建設して藩庁としています。


鶴松館(宮崎市佐土原歴史資料館)」。
なんと入場は無料!内部は撮影禁止ですが、
佐土原人形や佐土原城の資料などが展示されています。

幕末の佐土原藩は、宗家の薩摩藩に従属しており、
薩英戦争の際には間に合わなかったながらも援軍を送り、
和睦交渉の際には、佐土原藩から樺山舎人能勢二郎左衛門が参加。
薩英両者が主張を譲らず、交渉が平行線を辿る中、
幕府と共に薩摩藩を説得して和睦を促し、
賠償金(幕府より借用)の支払いの際には、
薩摩藩が直接支払うと負けを認めた事になるので、
その支払いは幕府と佐土原藩が行っています。

薩摩藩邸焼討事件では、薩摩藩邸と共に藩邸を焼かれ、
戊辰戦争では458名が出兵し、常に前線で活躍。
磐城戦争等で48名の戦死者を出しています。

また佐土原藩には、弓場組という一種の政治結社が存在し、
藩政府の決定にも従わないほどの勢力を持っていました。
元々は武道奨励のため藩が組織したもので、
20代の若い藩士が武技を鍛えて敵対する他藩に備えていましたが、
彼らは次第に政治を議論するようになり、
江戸時代を通じて何件かの騒動を起こしています。
佐土原藩兵が勇猛であったのには、この弓場組の存在も大きく、
幕末期の尊攘運動統幕活動にも貢献しました。

しかし彼らは藩政府の悩みの種でもあり、
彼らの意向を無視して政治は出来ないというほどだったようです。
そこで藩は彼らの組織を一掃するために藩庁移転を計画。
明治政府の許可を得て、海沿いの広瀬への移転が決定されました。
佐土原城は解体され、その資材が広瀬に運ばれて御殿が建てられますが、
廃藩置県によって中止となり、佐土原藩は廃藩しました。

西南戦争では、旧士族の多くが西郷軍に参加。
最後の藩主島津忠寛の三男島津啓次郎も参加し、
佐土原隊を率いて各地を転戦し、城山で戦死しています。


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HP「ぬしと朝寝がしてみたい」のオフィシャルブログです。 下関を拠点に史跡をまわったり、幕末・維新に係る記事を書いたりします。
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